Days - CALLING
「――はい、真島です」
夜の十時を回った1人の部屋。携帯のボタンを押して待つこと5コールめ。
電話越しに聞こえてきた懐かしい声質に、僕は一瞬、思考が止まる。
「……もしもし?」
返事がないのを不審がって、彼女は繰り返し呼びかける。
その何度目かの呼びかけで、ようやく僕は我に返って、間の抜けた第一声を発した。
「ごめん、間違えた」
「何ソレ」
低い、不機嫌そうな声で一言。マズい。
ぎこちない空気を振り払おうと、次の言葉を探していると、
「もー。相手の名前くらいよく確かめて掛けなよね」
そう言って彼女が、おかしそうに笑うのが聞こえて、僕は胸を撫で下ろした。
電話の相手、真島由佳は、高校の時のクラスメイト。
それぞれ別の大学に進学してからは会う機会がなかったから、声を聴くのは、もう半年振りくらい。そんなに経ってない様にも思えるけど、毎日顔を合わせてた高校時代から考えたら、ずいぶんと長く感じる。
僕はただ、携帯のメモリの隣の奴に掛けようとしたら手が滑ったのだと説明をして、何で押した瞬間に気付かないのかと訊かれると、これもまた単に、寝ぼけてた、と意外性の欠片もない、つまらない言い訳をした。
「悪いな夜中に。忙しかった?」
「ううんヒマ。いいじゃん。せっかくだしちょっと話そーよ。あ、でも急ぎの用事?」
「へ? 何が」
「何って電話。間違いじゃない方」
「…いや、別に大した用じゃないし」
「ふーん。だったら少しくらいイイよね。最近どう? 元気でやってる?」
由佳は一方的にも思えるほど自分のペースで話を進める。そういうところは前と少しも変わってない。そして不思議と、それは不快ではなかった。
僕らはそれから、大学生活や新しく始めたバイトの話に始まり、僕はチャリ通から電車通学に変わった苦痛を訴え、由佳の方からはメガネをコンタクトに変えたなんて話をしばらく聞いて。
ふと明日は一限の授業があるから寝坊したらマズいと、由佳が言って、程なく通話は終わった。42分と16秒。普段めったに電話を使わない僕だけれども、長いとは感じなかった。
背中からベッドに倒れ込み、時間が経って待受画面に切り替わった液晶をぼんやりと見つめ、切る間際に彼女が残した、心地よい余韻に浸る。
――じゃあね、おやすみ。
言葉とは逆に眠れそうになく、折り畳んだ携帯電話を横に置いて、しばらく天井を眺めていると、マナーモードにしていた携帯電話が震えて、着信を知らせた。
真島由佳。液晶に映ったその四文字に過剰に反応して、僕は慌ててボタンを押した。
もしもし、と出た声が緊張で上ずってしまったのが自分でもわかったが、由佳はこちらの様子などお構いなしに、いきなり切り出した。
「ねえ、さっきうっかり聞き忘れたんだけど…あ、イエスかノーで答えてね?」
「何…」
「電話、本当に間違えたの?」
沈黙。
そして、体中が熱くなる。
顔から火が出る、とか言う言葉があるけど、まさしくそれで。
そう言えば、彼女を欺くなんて事は、今まで一度だって成功したことがなかったのに僕は会わない日々を過ごす間に、すっかり忘れてしまっていた。
しかも、まんまと不意をつかれて何の言い訳も用意できずに、黙り込んでしまっては、言い逃れなどできるはずもなく。
僕は変な汗をかいてる手をシーツで拭い、溜まった唾を飲み込んで、その答えを口にする。
「………ノー」
本当は。
今まで何度も掛けようとして、そしてためらった。
だって言えるわけないじゃないか。用はないけど、ただ声が聴きたかったなんて。
それなのに、この醜態。恥ずかしくて消えてしまいたい。
言葉を続けられずに固まっていると、由佳は電話の向こうで少し笑い、そして満足そうに言った。
「良かった。また掛けるね」
じゃあね、今度こそおやすみ。そう言って由佳は電話を切った。
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