第六話「“旅路”と“当主宅”と“圧縮詠唱”と」
〜水属性領土・南西部〜
山脈を越えてからこっち、草原の道はえらく歩きやすくなったような気がしないでもない。東の方じゃ、二、三週間もぶっ通しで歩いてたからか、後半戦は相当しんどくなっていた訳で。それはもう、クラサナドルで筋肉痛に悩まされるくらいには。
クラサナドルを発ったのは早朝。そして今は正午前。つまり、もう五、六時間は歩き詰めな計算。そりゃあ、確かに足腰には辛い訳でして。
「うぅ〜〜………あ、足の裏が痛い」
「うるさい。散々休んだんだから今日一日くらいは気合いで乗り切れ」
思わず出たオレの愚痴に、神速のツッコミをよこしてくれるフィリウス。そんなに活躍するとオレの仕事が無くなるだろうがこの野郎。
「愚痴っぽい言葉にいちいちツッコミ入れんでも良い。キツイのはみんな同じだってことくらい分かってんだし」
「そうだね。まぁ、それも今日一日の辛抱だし、頑張ろうっ」
そして、ミラさんの言葉はフィリウスのそれよりもオレの気合いを奮い立たせてくれる訳だ。うむ、これぞ世界の不思議、人類の不思議。似たような言葉を言われても、人によって効果が違うのは何故だろう? 何か、魔力による魔法ダメージの補正みたいな感じか?
―――って、そんな訳の分からん例えは置いといて。
「ちなみに―――この草原って水属性領土のどの辺りにあるんですか?」
山脈の向こうとこっちで大体土地を二分してると言うのは知ってるが、この辺がどの辺りなのかは分からん。
「大雑把に言えば、領土の南西辺りだけど―――細かく言えば、領土の中心部分から大体南西に半分進んだあたりかな?」
そして、うーん、と考え込みながら答えるミラさん。多分、頭の中で地図か何かを描いてるんだろうけど―――正直、ガイアの地理に詳しくも無いオレにはそう言う事を言われてもよく分らんのです。水属性領土そのものが中央区の北西部にあるのは知ってるけど。
「まぁ、水属性領土の中でも地属性領土よりは光属性領土寄りだって考えればいいだけの話だ」
「そうは言ってもな―――レガーティッシモ家から光属性領土の境まではまだ距離があるんだろ? 実感湧かないって」
フィリウスの分かりやすいんだか全然分らんのか、その辺すら良く分らない捕捉にツッコミ。
しかし、ここからレガーティッシモ家までは実際のところどれくらいかかるんだろうか?
もう大分歩いてるんだが。
「あの、ミラさん―――じゃなくてフィリウス。レガーティッシモ家まではあとどれくらいかかるんだ?」
俺の前を歩くフィリウスにそう尋ねる。ちなみに、何故言い直したかはアレだ。うっかり地雷踏むのを未然に防ぐ的な予防策?
「あと三、四時間ってところだろう? 流石に半日はかからなかった筈だからな」
すらすらと答えるフィリウス。それに、言い直した辺りにツッコんで来ないのは流石だぞ。オレに次ぐツッコミ役なだけある。
「なんかもう時間感覚がごっちゃになっちゃうよね〜、こういう風に広いとこ歩いてるとさ」
フィリウスの言葉にう〜ん、と背伸びをしつつ答えるミラさん。その呑気な様はこっちの緊張まで解いてしまう訳で、思わず―――
「―――と言うか、ミラさんの場合いつだってそうじゃないですか」
などと! デッドエンド一直線な感じのムンムンするフラグを立てるようなセリフを吐いてしまうオレだった。いい加減学習しろって!
「………………………」
「………………………」
ほら見ろ。ミラさんはおろか、フィリウスまでオレの事を振り返ってやがるし。一方は笑顔、もう一方は憐みの眼で。
………ちなみに、笑顔はもちろんミラさんの方ですよ? その笑顔が怖いのなんのって。
「え〜っと、リョー君? ―――それは一体、どういう意味合いで言ったのかなぁ?」
いやぁ、はっはっはっ。意味も何も、聞いた通りですよミラさん。………何て言える筈もなく、今更ながらに不用意発言を猛省中。
「い、いえ、別に大した意味は無いですよ、本当に、ハイ」
「本当に〜? リョー君、嘘ついても良いこと無いよ?」
笑顔が更に輝く。輝くのだが――その笑顔はステータス異常“恐怖”を強制発生させる効果を持ってるんじゃないかと疑いたくなる程恐ろしい訳で。
「う………うぅ――じ、実は少し度が過ぎたツッコミだったりするんですが………」
その恐怖の前に、オレの胆力が耐えられる筈もなく。ミラさんの圧力with笑顔の前に、オレはあっけなく口を割ることになる訳だ。
「それで? ―――何か言いたい事は無いの?」
「ご、ごめんなさい………」
朝霧涼喜 攻略時間:一分二十七秒 - プレイヤー:ミラ・ディミヌエンド
………と言った状況か? 何だ、この耐久度の低さは? それとも、ミラさんのキャラ性能が良過ぎるとでも言うのか。
「全く、山の向こう側でも同じような事言ったのに、全くリョー君はっ」
「ミラさん―――全く、って二回言うと変ですから」
しっかりしてるのか、それともやっぱり抜けてるのか、その辺すらよく分からんミラさん。そのよく分からん言葉が、オレのアホな考えを遮った。
「フン―――馬鹿が」
「るせぇっ!! 人間、どうしてもツッコみたい言葉があるんだよっ!!」
………フィリウスの言葉に咄嗟にカッコよさげな反応をした訳だが、言ってる事は無茶苦茶アホ臭いな、全く。どうせならこう、『人間、どうしても引けない場面だってあるんだよっ!!』くらいの主人公発言をしてみたいものだ。―――オレのキャラに合わないが。
「はい、じゃあもうこの話題は終わりね。足止めてると、今日中にはレガーティッシモ家まで着けないよ」
「っと、そうですね。それじゃ、行きましょうか」
色んな意味で奇妙な会話に熱中してか、オレもミラさんも、それにフィリウスの足も止まっていた。う〜ん、とことんアホだな。
〜夕暮れ前・レガーティッシモ家前〜
歩いた。一日中歩き通した。その甲斐あって、何とか日が暮れる前には目的のレガーティッシモ家の前まで辿り着く事が出来た訳だ。
う〜ん、しかしだな。毎回当主の家に出向くたびに思うんだが―――
「どんだけデカイんだよ、レガーティッシモ家」
アレか? 生命障害なタイトル付いたゲームに出てくる洋館なのか、ココは?
壁を這う巻き蔓、若干錆びついた門のところの鉄格子、そして何より、夕焼けが照らす屋敷の外観………
「………ヤバイって、これ。何か出るよ、間違いなく出るよ。人の道踏み外しちゃってる何かが出るよ、この屋敷っ」
「取り敢えず落ち着け、朝霧。ここは紛れもなくレガーティッシモ家だ。どこぞとも知れぬ化け物屋敷じゃないことは確かだ」
夜の気配に若干やられたのか、落ち着きを少し無くしていたオレにフィリウスの冷めたツッコミ。それで、一気に現実感が戻ってきた。
「でも―――何か、ここから嫌な予感がする」
「えっ………?」
突然のミラさんの言葉。その、あまりの重さに思わず素っ頓狂な声で訊き返してしまった。
「嫌な、予感?」
「うん。………具体的に何がって訳でもないし、何か証拠がある訳でもないけど……凄く、嫌な予感がする」
「………………………」
率直に聞き返すオレに、黙って聞いているフィリウス。そして、変わらず眉を潜めて屋敷を睨みつけているミラさん。
―――然し、ミラさんがここまで深刻そうな顔をするのも珍しいな。しかも、まだ何も起こってないこの状況下、ただただ嫌な予感がする、って言うだけの理由で。今までは、オレが暴走しかけるだとか、ヴィンセントの“呪力”が感じられたとかの明確な理由があったんだが………
「………オレは特に何も感じないけど」
“呪力”の匂いも無いし、奇妙な結界式も感じられない。そう言うのを読み取るのは得意だって自負はあるが、流石に第六感となると専門外だ。“呪式”は読めても、未来は読めない。“呪法”を感じられても、先は感じられない。―――ここは素直にミラさんに従った方が良いか。
「警戒、しておいても損は無いか」
「この感じ………外れてくれたいいんだけど」
知らず知らずのうちにだろうが、ミラさんの錫杖を握る手に力が入っていた。
「………………………」
そして、フィリウスは何やら考え込むかのような顔で依然、沈黙を保ったままだった。
〜レガーティッシモ家・メインエントランス〜
扉を叩いても返事は無く、それ以上に、正面玄関には鍵すらかかっていなかった。ここまでデカイ家だと、正面は開けっぱなしなのか?
「レオン君の家がここまで不用心だなんて―――本当にマズイかも」
どうやらそう言う訳でもないらしい。辺りをキョロキョロと見回しても、人っ子一人いやしない。
開けた場所だが、先に続く扉は一つだけ。そして、天井の高さも普通だ。見た感じ教室ほどの広さだが、大して大げさな装飾もなく、マットに受付台、そんな当たり障りの物しか置いてない。だが、別に言えばそれだけしか無い。それだけ。奇妙な事に、ここにはまるで―――
「………人の気配がしないな」
生活感と言うものが全く持って見受けられない。まるで、この空間だけが切り離されて、全く別の世界に飛ばされたかのような、そんな違和感。
「リョー君、何か感じられない?」
「“呪力”展開も“呪式”の発現も無いとは思うんですが―――奇妙な違和感だけは感じます」
「………奇妙じゃない違和感なんかあんのか?」
ミラさんの問いかけに周囲に感覚を張り巡らせるオレ。ついでに、非常にどうでもいいツッコミを入れてくるフィリウス。
「切り離されてる―――とでも言いますか? 結界じゃないんですけど、このエントランスだけ、屋敷の中からも、外からも違う空間に存在してるような感じです。言うなら………箱庭、かな? このエントランスだけ見えない仕切りで斬り分けて、別の領域に収めてると言うか」
これは朝霧涼喜としてではなく、“魂ヲ喰ライシ者”としての感覚だ。ただ、“呪法”の気配が全く感じられないこの状況下で、“魂ヲ喰ライシ者”としての感覚がはたらくと言うその状況に少し違和感を感じる。オレには予知の特性など無い筈―――って、そうか。
「特性、か」
「多分ね。―――もし、中枢呪法師の奴らが来てるとすると、一人だけ心当たりはあるけど」
特性による効果なら、“呪力”展開は極限まで抑えられるし、ひょっとしたらオレに感知できないだけで、僅かに結界が張られてる可能性もある。
扉は一つ。その他には外へと通じる正面玄関。―――進むべきか、引くべきか。
特性を使って何かこの空間に効果を及ぼしているのなら、間違いなく罠。だが、オレ達の目的は他でもないここ、レガーティッシモ本宅。加えて、ここにあるであろう六属性の秘宝、『濁聖水の泉』だ。それに、今更帰ることなんて出来る筈もない。だってもう夕方だし。
「取り敢えず、先に進むしかない、か?」
「そうだね。罠なら罠で、真正面から撃ち破るだけだから」
流石はミラさんと言ったところか、やや不安げなオレを励ますが如き力強いお言葉。それだけで自信が湧いてくるのだから不思議なもの………
『我が勅命に従いて、空間全てが断絶す』
「「ッ!?」」
その刹那、強烈な“呪力”発現を感じた。―――いや、それだけじゃない。
『そこに走りし幻想は、決して誰にも破れない』
重い、あまりにも重過ぎるその言葉。それは、以前聞いた事のある詠唱。最大の幻想を紡ぎ出す、それこそ最大の発動式………
「圧縮、詠唱………」
今や、このエントランスには強烈なまでの“呪力”が充満している。そして、その満ち満ちた“呪力”が散らつかせる呪法色。それは―――
「緑青………となると、やっぱりアイツが来てるのか」
「ミラさん。その、今圧縮詠唱を唱えてる奴って知ってる呪法師なんですか?」
オレが振り返りながらミラさんに尋ねる。それに対して答えようとミラさんが口を開いた瞬間………
『無限に連なる空の狭間に、全てを撃ち抜く楔を打とう』
三呪節目の詠唱文。詠唱式そのものは、その全容を少しずつオレの感覚へと姿を見せててきていた。
「知ってる………うん、知ってるよ。十五年前以来会ってないけど、間違いなくアイツが来てる」
眉を潜めつつ、小さく頷くミラさん。また十五年前か、とも思ったが、今はそんな事を気にしてる場合ではない。
「そいつの能力は何なんですか? それに、この圧縮詠唱の効果、分かりますか?」
「特性は“断絶”、二つ名は確か“空間ヲ引キ裂キシ者”だったと思う。
………それで、圧縮詠唱についてだけど……」
オレの問いに的確に答えるミラさん。そして、言葉を続けようとしたのだが―――
『天を斬り裂き大地を砕き、我が幻想を走らせん』
また一つ紡がれた詠唱の言葉に、ミラさんの声が阻まれる。既に四呪節―――時間はそう残っていない。
「……この圧縮詠唱を直接見たことは無いんだけど―――確か、真名は【インフィニティ・ラビリンス】。名前の通り、空間に“断絶”の特性を走らせて、空間そのものを斬ったりくっ付けたりして永遠に終わらない空間ループを作るの」
「無限の―――迷宮か」
真名そのものに効果を伺える名前が付けられてるのは有り難いが―――根本的解決には全く持ってなっていやしない訳で。
「でも、どうすりゃいいんですか? 直接的な攻撃を受けることは無さそうですけど……」
「一旦発動したらもうこの屋敷から出ることは不可能になる。多分、廊下だかドアがいっぱいついた部屋が無限に続く迷宮に閉じ込められることになる。一番いいのは発動しきる前にこの場を離れるか目的地まで行く事だけど―――」
ま、そりゃぁ時間的に無理だな。出るなら話は簡単だが、向かうとなると話は別。ここは仮にも水属性当主の家だ。当主がいるのは屋敷の最奥部だろうし、そこにその“断絶”の呪法師がいるとも限らない。七呪節の圧縮詠唱中に辿り着くのはまず不可能な訳で。
『引き裂き紡ぎ断絶し、織りなす空は迷宮と化す』
『決して出られず引き戻せず、朽ちゆく形が檻を満たす』
六呪節。残すは一つと真名解放。然し気になることが一つ―――
「やけに歪んだ詠唱式だな。上から目線がやけに多過ぎる」
世界の真理を覆す“呪法”の力。それをコントロールするのに強気に出るのは分かるが、世界に対して上から目線は些か態度がデカ過ぎる気がするな。
「だね。まぁ、空間を歪ませる“呪法”だから仕方ないのかもしれないけど」
「………………取り敢えず、ここにいて大丈夫なのか?」
小さく頷くミラさんに続いて、今まで沈黙を保ってきたフィリウスが口を開く。―――確かに、ここにいても安全なのか、オレ達?
「大丈夫だと思う。ただ、強制的に迷宮の中に引きずり込まれる可能性はあるよ」
眉間の皺が更に深くなるミラさん。相当警戒してる訳だが―――中央の時と同じ。完全に後手に回ってしまっている。
『さぁ、今ここに呼び起こそう。有象無象の迷い叫ぶ、絶対不可侵の迷宮壁を!!』
最後の詠唱が唱えられる。
幻想の込められた究極概念、呪法師の紡ぎ出せるおよそ最強の二重式“呪法”。詠唱は完成し、“呪式”は完全に駆動している。
「後は―――真名解放だけ、か」
最早逃げる時間は無い。と言っても、逃げる気など最初から無かったのだが。
「―――ここに留まるのは危険だ。俺は先に行くぞっ」
「はっ? ―――って、オイ! フィリウス!!」
いきなり駆け出したフィリウス。それを止める間もなく奴は目の前にある唯一の扉を開き、レガーティッシモ家の奥へと走り出した。
「待てっ! このバカ野郎ッ!!」
「リョー君も待ってっ!」
あのアホを追いかけようと踏み込んだオレの腕を掴んで止めるミラさん。……どうやら、もう一つ言いたい事があるらしい。
「聞いて。この迷宮結界は一度発動したが最後、永遠に途切れないメビウスの輪みたいな世界に閉じ込められることになる。それに、例え同じ扉を私達が同時に潜ったとしても多分、次の部屋で一緒になることは無い。一回迷いこんだら、迷宮の中だと会えないと思って」
「―――はい。つまり、抜け出すまではミラさんともフィリウスとも会えないってことですね」
オレの確認に小さく頷く。取り敢えず、状況の確認は済んだな。
だが―――発動したが最後、仲間とはぐれることになるって言うのは結構厳しい条件だな。特に、オレは単身で動くにはまだまだ力不足だし、何より双剣が最も生きるのは後方からのバックアップで敵の動きに制限が掛けられる状況下だ。サシで渡り合えないこともないが……
「行くしかない、か」
覚悟を決める。大丈夫。今まで何度も何度もヤバイヤバイと言いながらも生き長らえてきたんだ。今回だって大丈夫だ。
「往きましょう、ミラさんっ!」
「うん。―――お願いだから、無事でいてねリョー君」
そして、フィリウスの駆け込んだ扉に向かって一気に駆け出す。それと同時に、屋敷の中に咆哮が轟くのを感じた―――
「我が迷宮に迷い込めッ! 圧縮詠唱………インフィニティ・ラビリンスッ!!」
【圧縮詠唱/インフィニティ・ラビリンス】
〜レガーッティシモ家・廊下〜
扉を潜った瞬間、圧縮詠唱が完全に発動した。屋敷全体を包む込む濃密な“呪力”、空間に走る詠唱式の残滓。
「こりゃぁ―――酔いそうだな」
アルコールが充満した部屋に叩き込まれたような感じだな。じゃなきゃ火山の噴火口。硫黄の匂いが酷いのなんの、とかそんな感じで。
「ミラさんもいないし、フィリウスはどっか行っちまったし……然し、迷宮って言うからには、この廊下から出られるんだろうな?」
廊下から出られる―――と言うのも、さっきから延々と同じ廊下が続いている訳だ。廊下を走り抜け扉を潜ると、そこに待っているのは全く同じ廊下。そして、その廊下を走り抜けても待ているのは相変わらず同じ廊下。―――無限、と言うだけのことはある。全然終わる気配が無いな。
「………だが、迷宮っぽくはないな」
別に曲がりくねってる訳でもないし、行き止まりとかある訳でもない。―――ラビリンス、ではないよなぁ。どちらかと言うなら、無限回廊とかの方があってるような気がする。終わりの無い一本道。じゃなきゃ、ミラさんの言ってたようなメビウスの輪、とかか?
「―――走るしかないか」
道は一本。分岐も無し。となると前に進むしかない。敷かれたレールを走るみたいで嫌だが………立ち止まるのはもっと嫌だ。
「来るなら来やがれ、この野郎ッ!!」
〜数十分後〜
「ハァハァハァ………」
走る。走り続ける。ミラさんと別れてから既に幾十もの廊下を走り抜けてきたが―――未だにその先へと辿り着かない。
「ハァハァ―――くそっ!! 全然終わる気配ねえじゃねえかっ!!」
正直、扉を何度潜ろうとも見える風景は同じで全く進んでいる気がしない。ちなみに、さっき試しに戻ってみたがやっぱり同じだった。
でもまぁ、この空間そのものに“呪法”が働いているとしたら、そう簡単には抜け出せない筈だ。“呪式”は恐らく術者の所に展開されてるんだろうし、そもそも閉じ込められていたらその術者の所にすら辿り着けない訳で。たどり着くためには“呪式”をどうにかせねばならん。
―――ヤバイ、悪循環に陥ってるぞ。
「壁でもふっ飛ばしたらどうなるんだろうか?」
壁を壊したその先には、再び新たな廊下が―――怖い、怖すぎるぞ、その展開は。双剣振るって壁を壊し、その先の廊下へと一歩踏み込む。そして、そこの壁をもふっ飛ばし、現れるのは更なる廊下。振り返ったら壊した壁が二枚ほど粉々になってて………お茶の間はぼーん!
うはぁ―――自分で考えてて嫌になるほどの虚無感だ、これは。
「空間転移かなんかで飛び越せれば楽なんだろうが………」相変わらず空間転移“呪法”は覚えられず、そしてその“呪法”を吸収してもいない。
そもそも、“断絶”した空間を接ぎ合わせて迷路を作ってるんじゃあ空間跳躍じゃこの迷宮を越えることは出来ないかもしれない。内側から読み取れる限り読み取ったこの圧縮詠唱の“呪式”のキーワードは“断絶”“結合”それに“反復”。
「つまりは、何度も何度も断絶と結合を繰り返して終わらない廊下を作り出してるってことだろ?」
流石に無限に広がる世界を限定的に作り出すのには圧縮詠唱であろうと足りない気がする。―――まぁ、デジョンとかは例外として、だ。
「扉が断絶の境目だとしたらその扉を行ったり来たりするたびに空間は変化してる訳で―――あぁ〜! もうっ! 他人の作った“呪法”の“呪式”構成を頭で理解しろってのが無理な話なんだっ!! 大体、式の大本の呪法陣は読めないんだからどうしようもねえじゃねえかっ!!」
しかも圧縮詠唱。詠唱文の方に込められた構成因子は読み取りようがない。まぁ、読み取れたところで無効化するのは無理………無効化?
「―――そっか、オレってアホだ」
“呪法”に包まれてるんだったら、その“呪法”を内側から喰らえば良いだけの話。ミッシェルのスフィアブレイクの時と同じだ。
「んじゃまぁ、やるか。―――第弐相、ヒュドラ。限定解放」
ミラさん曰く、術者は風属性。その圧縮詠唱だって言うなら“薄明”のソウルドレインじゃなくては意味がない。
「喰らえ………」
右腕を突き出し、それと同時に呪法陣を展開。紺碧に輝く腕輪を目の端に捉えながら、集中して“呪式”へと“呪力”を流し込む。
口を開き、そこから紡ぐは一つの真名。響く波紋が力を導く。完成させる幻想は―――“魂ヲ喰ライシ者”の代名詞!
「………ソウル―――ドレインッ!!」
【ソウルドレイン=薄明】
腕輪が紺碧に煌き、展開された純白の呪法陣が駆動する。そして、次の瞬間に右腕から放たれた同じく純白の光弾。
“吸収”たる幻想の結晶である光弾が廊下と廊下の境目に辿り着いた瞬間、バチバチと大きな音、そして眩い光を放ちながら、そこに込められた“呪力”と“呪式”を喰らっていった。幻想を侵食し、そこに込められた呪法師の力を奪い尽す。
―――それこそが、ソウルドレインの根源たる概念。
「………………………」
黙って、自らの放った“呪法”を見守る。圧縮詠唱という、普通の“呪法”とは桁が違う“呪法”を前にしても、その幻想を崩すことなく喰らっていくソウルドレイン。その光景を見ていて―――その幻想の意味を吟味していて、不意に背筋がゾクリときた。
そして次の瞬間、光が弾けて圧縮詠唱、インフィニティ・ラビリンスはソウルドレインによって喰らい尽された。
………喰らい尽されたのだが。
「―――って、“呪法”がまた働き始めてる?」
オレのソウルドレインは確かに働き、廊下の向こうに見える光景は既に廊下ではない。だが、再び圧縮詠唱の式が駆動し、幻想が現実を侵食し始めていた。
「あぁ〜〜っ!! くそっ! 断絶が切れてる間に抜けるしかないかっ!!」
オレの喰らった分だけじゃ“呪法”を完全に消し去れなかったのかは知らないが、圧縮詠唱は未だに展開している。だったら、この切れ目が唯一の綻び、無限の迷宮から脱出できる唯一の出口なんだ。だったら、そこを走り抜けるしか方法はない。
「くっそぉっ!!」
とにかく! この無限迷宮を抜けることが第一だ!!
〜Another View - ミラ・ディミヌエンド〜
「ハァハァハァ―――」
走って走って、立ち止まることなく走ってもこの無限迷宮は途切れない。それはまあ分かってたんだけど。私の方は先に出されるかと思ったんだけどなぁ。今でも閉じ込められてるのは、もうリョー君が脱出したのか、それともこの中で本当に消耗戦をやるつもりなのか………
「全く―――どんな演出考えてるのか知らないけど、リョー君に変な事したらどうなっても知らないよ?」
ただでさえ不安定な時期だ。私やルーちゃんがいくら気を付けていたところで奴らに動かれたら相当困る事になる。封印解除もまだ第壱段階。全解放にしてもまだラドンとヒュドラを一回ずつ開いただけ。この分だとまだまだ先は長い筈なんだけど―――
―――一旦、解け出したらもう止まらない。そうなったら………もう手を止める暇など無くなるし。
「それに、フィル君のことも気になる」
フィル君は真っ先にインフィニティ・ラビリンスの中に飛び込んで行った。どうも引っかかる。もっと冷静に動く人だと思ってたんだけど。
それに、どうしてここに中枢呪法師がいるのか? よくよく考えると腑に落ちないことだらけだ。レオン君が中枢呪法師と組んでるとは到底思えないけど―――となると、リリーちゃんが人質に捕られたのか、もしくは………どのみち、私やリョー君にとってはあまり良い状況じゃない。
「はぁ―――速く抜けないとマズイことになるかも。………仕方ない、私も開くしかないか」
〜Anothe View End〜 |