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夢と幻のキネマ館 作者:黒枝 静

『恋と愛のアゲハ』

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1.プロローグ




   ○ 回想 ○


 ヒーローに憧れていた時代があった。
 子供の頃なら、誰でも憧れる存在だと思う。俺もその一人だった。
 ごっこ遊びではいつだって敵役を討つヒーローだった。
 そして妹の杏理は、いつだって助けられるヒロインだった。
 ――ある日、俺は、些細なことで喧嘩を引き起こした。
夕方を背に、三人の影法師が伸び上がる。俺と杏理と――
 相手は……学校の中でも一際凶暴な事で知られる『猛獣』だった。最悪の相手だ。
 それでも俺は、振り上げられる拳を受け止めずにはいられなかった。
 杏理の目の前に立ち、ゴリラのような大きな拳が振り下ろされるのを待つ。
 ガツン……その痛みだけで瞑った目から雫があふれた。
 殴り返そうとしても、ヒーローでない俺では太刀打ちできなかった。
 所詮ごっこ遊びだけの力。現実は非情だった。
 俺は二発、三発と続けざまに殴られ、耐え切れずに泣いた。
 杏理のために戦おうと決めていた気持ちは、すっかり痛みで吹き飛んでしまった。
 俺は、杏理のことを忘れ、ただ泣いた。
 何故俺が殴られているんだ? 
 情けないが、もう杏理の事は見えていなかった。
 だが、杏理はそんな情けない俺のことを、ずっと後ろから見ていたのだ。
 ――そして杏理は、金属バットを猛獣の頭に振り下ろした。
 その時の杏理の顔は、拳の痛みを忘れてしまうほど恐ろしかった。
「お兄ちゃんをいじめないで!」
『猛獣』は気絶した。ばったりと直立したままその場で倒れた。
 杏理は腕力が無かったので、命に別状はなかったのだが、その後大人たちにさんざん叱られた。
 だが、怒られたくらいで、杏理の『怒り』は解かれることがなかった。
 ――私は悪くない。私は兄を助けた。私は悪くない。
 杏理の怒りは、静かにそう言っているように感じた。

 俺の心の中に二つの感情が生まれた。
 ――杏理は、ただのヒロインじゃない。正義のヒロインだった。
 ――そして、そんな杏理を、敵に回してはいけない。
 その時から、杏理のことが好きになった。変な意味ではなく、妹として、憧れた。
 ……もう詳しくは思い出せない、子供の頃の、夢のような記憶。


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