挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
夢と幻のキネマ館 作者:黒枝 静

『ハイドリウム・ディバイス』

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

255/450

1.黒羽瑞希の日常①



 1.黒羽瑞希の日常①


 I市の山奥、人跡が無くなって久しい廃工場に出入りする少年の姿。
 雨がしんしんと降り注ぐ中、彼は一人空を見上げていた。曇り空は、まだ晴れそうにない。
 時期は六月。梅雨の続く時分では、雨宿りしても、ずっと待ち続けることになるだろう。
 工場に張られた古い金属板が、まるで鉄琴のような心地良い音を叩く……静寂に響くその音色は、彼の心を代弁しているようでもあった。
 その彼というのは、地元の中学校に通う中学三年生、黒羽瑞希くろはね みずきという生徒で、最近、両親を事故で無くしてしまった。
 家がないわけではない。自宅には中学一年の妹が居る。しかし、瑞希はそこに帰らない。この工場こそ、瑞希の居場所であり、何ものにも代えがたい時間を過ごせる場所なのだ。
 瑞希が入口に傘を立てかけると、慎重に工場の奥へと進んだ。
 誰もいない。それを確認できると、始めて胸を撫で下ろすことができた。この廃工場に人が訪れることはないが、誰もいないわけじゃない。時々子供が迷い混んでくることもあるし、大人だって、辺りの山目当てに散策に来ることだってある。
 工場の奥のスペース、ちょうど人一人が生活できるくらいの空間。元々作業員の部屋だろう。中には人が生活していたとおぼしき残滓があった。
 これを改造するのは、なんということもなかった。瑞希はこれをどけて、まず寝床と、簡単な物置をこしらえた。邪魔なものは工場の奥へ、しかし、必要そうなものも多く、それは部屋に残しておいた。
 電化製品も、使えそうなものがあったが、電気が通じていないため、外へ追いやるはめになった。洗濯機や電話、トースターに炊飯器。これらをどけると、かなり広い空間が生まれた。
 部屋に灯りはなく、また、外は薄暗いため、瑞希はまず部屋に入ると、電池で動く電灯のスイッチを押した。部屋はまずまず明るくなった。
 ここでの生活はすでに三ヶ月程経つ。ちょうど、両親が死んだ時期と重なる。
 そして、両親が死んだ時期と、この日本に巣食っていた凶悪な怪物……なんでも『なんとかのアブホース』とかいう怪物が、外国からやって来た魔法使いたちに討伐された時期と重なる。
 瑞希には、『アブホース』がどうかということは、それほど関係ないかもしれないが、日本は、この怪物によって、かなり嫌な思いをした。
 数ヶ月前まで、この日本には、そういった、宇宙からやってきた怪物、通称『宙色の怪物』によって、侵略されかけていた。日本にはこれを退ける力がなく、日本は蹂躙されるままになっていた。
 瑞希も、それを生まれた時から体験しているため、多くを知っているが、魔法使い達が、どのようにして日本から『アブホース』という怪物を退けたのかは、まったく知らない。
 日本だけではない。怪物は世界中に蔓延っている。二〇四〇年から始まった『原初堕神』。これをはじめに、多数の『宙色の怪物』と呼ばれる、超越的な生物と戦いを繰り広げてきた。
 ……このI市に訪れようとしている驚異も、またこれを遠からず関係があるのだが、今はどうでもいいだろう……。
 部屋の全貌が明らかになると、瑞希は寝台に腰掛けた。僅かに濡れた制服が、布団を湿らせた。
 髪は短く、どこか真面目そうな顔つきは優等生そのもので、どうみても、朝昼の授業を抜けだして好き勝手生きる不良には見えないが、実際、彼は今日も授業をすっぽかして、喧嘩をして帰ってきたのだ。
 しかし、驚くべきことか、彼の頬にも腕にも、傷はなかった。服がところどころ破れている程度だ。
 腕を回すと、瑞希は机の上にある本へと手を伸ばす。家から持ち込んだ小説だった。
 瑞希の趣味の一つ……その他には、古びたゲームや機械を集めるのが趣味という、四〇年代の、典型的な少年。中でも、ファンタジックな小説は、瑞希のもっとも好きなジャンルだった。
 学校の勉強もせずに外国のファンタジー小説に目を通す瑞希の姿は、不良そのものの生活を送っているようには見えない。
 ふと、ちかちかと電灯の様子がおかしくなった。電池切れだ。
「……もう電池がない……一回家に帰らないと」
 小物の詰まった戸棚には、もう電池が残っていない。
 お金を取るついでに、家に行こうと瑞希は決めると、自宅の鍵をポケットにしまい、まだ濡れている傘を広げて、家路を進むのだった。


+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ