アレは突然私の前に現れた。
不思議な不思議なアレに私は心を奪われた。
アレはとっても綺麗。
話し相手もアレがしてくれた。
―――今日はなにしたの?―――
「今日はテストだったの。半年前にもあったでしょう?」
―――あぁ、前は大変だったよね。何だか狂ったように本に向かって叫んでいたものね―――
「そうそう。でも、今回は平気よ。前からちゃんと勉強していたからね」
―――そうなんだ。良かったね。今日はゆっくりおしゃべりができるね―――
「そうだね。今日は一杯おしゃべりしよう」
毎日帰るとアレに一日の報告をする。
それはいつの間にか日課になっていて、アレは毎日同じような話なのに、飽きもせずに聞いてくれる。
相談にも嫌がらずにのってくれる。
アレのおかげで今の私がある。
アレがいたから、乗り越えられた事が数え切れないくらいある。
「千鶴!あんたどうしたの??何か最近楽しそうじゃん」
「そう?やっぱり〜〜?」
「何々?!何かいい事あったわけ!?」
友人の美奈が私に話しかけてくる。
私の一番の友人だ。
でも、アレの事は内緒。
だって、アレは私だけの物だからね。
美奈にだって貸しては上げられない!
「内緒〜〜!また機会があったらね!」
「何だよもう〜〜!でも、まあ良かったよ、本当に。
この前までの千鶴は見れなかったもんねぇ・・・」
「は?何の話?私は変わらないよ〜〜?」
「え・・・?」
・・・・??・・・変な美奈。
見れなかったって私が?
心底不思議な顔をしている私に向かって美奈は本気で心配そうな顔を向けてくる。
一体なんだって言うんだ・・・?
「だって・・・あんた・・・恵吾と・・・」
「・・・恵吾・・・?誰?それ?」
「ちょ・・・あんた大丈夫!?あんなに泣いてたじゃない!!
恵吾に振られて、ボロボロになってたじゃない!」
「何言ってるのよ、美奈。私、付き合ってたことなんかないよ〜〜?」
「・・・そう・・・ちょ・・・ごめん。今日は先に帰るね・・・」
変な美奈。
ま、いいか!
早く帰ってアレと話そう。きょう、美奈が変だったよって、話さなくっちゃ!
―――おかえり、千鶴―――
「ただいま。今日は友達が変だったんだよ」
―――友達?―――
「そう。美奈っていうの。私の一番の友達なんだよ」
―――そうなんだ。変だったってどうしたの?―――
「私がちちょっと前まで、恵吾って人に振られて落ち込んでボロボロだった。だってさ。私、男と付き合った事なんかないのにね」
―――そうなんだ。駄目だよ。もうその名前を考えちゃ。―――
「え?どうして?」
―――どうしても。ボクと一緒にいたいなら、思い出しちゃだめ。―――
「う・・・うん・・・。」
何なのだろう・・・。
何だか私の周りが変だ。
私が知らない事が、何かあるような気がする・・・。
今日それ以上、アレとは話さなかった。
すごく聞きたくなるから。
アレが聞いてはいけないと言うけれど、何だかすごく気になる・・・。
恵吾って・・・誰・・・?
「ねぇ、千鶴。あんた、本気で恵吾のこと忘れちゃったの?」
「美奈・・・忘れたも何も知らないよ、そんな人」
「・・・そう・・・・。」
どうしてそんなにその人に拘るの。
私は知らないと言ってるのに・・・。
学校に行ったら美奈にすごく質問される。
『恵吾』って言う人の事を。
最初に美奈に聞かれてから一週間経った。。
時間が経つにつれて恵吾って人の事を考えるようになってきた・・・
でも、考えると頭痛がするようになってきた。
頭が痛くて、トイレでうずくまっている時だった。
「千鶴、おかしいよね。恵吾の事、本当にすっかり忘れてるんだもん。」
美奈の声だった。
「だよね。だって、何かいきなり明るくなったっていうか・・・。何だか不気味だよ」
同級生の声・・・
「本当にボロボロだったもんね、千鶴。放心状態っていうか・・・何も見えてないし、寝てすらなかったみたいじゃん。」
「千鶴は恵吾命だったもん。初めてのカレシで、初体験も恵吾にやっちゃってんでしょ?恵吾しかいないっていうか・・・」
「恵吾だって遊びで捨てたわけじゃないんでしょ?千鶴があんまりにも恵吾しか見えなくなっちゃったから・・・だから仕方なくって聞いたけど・・・」
「そうそう。実際ヤバイかったしねぇ。一分一秒も恵吾と離れたくない、みたいなオーラが出まくりだったもん。
親に捨てられた子犬みたいな目で恵吾の事をずっと見てるの!
恵吾じゃなくても、あれはしんどいって!恵吾だからあの千鶴と付き合えたんだと思うよ」
「その恵吾も最近来ないしねぇ・・・。どうしたんだろ?
単位の心配はアイツに限ってしなくても良いと思うけど・・・。でも、こんだけ来ないのって珍しいよね。もう一週間以上来てなくない!?」
「恵吾も恵吾なりに考える事あんじゃないの?やっぱり千鶴と顔あわせにくいとか」
「でも、とうの千鶴があれじゃね・・・。本当にすっかり忘れてるみたいなんだもん・・・」
そんな事を語って二人はトイレから出て行った。
しばらく私は何も考えれなかった。
上手く・・・思考がまとまらない・・・。
私が・・・何かを忘れてしまったの?
「ねぇ・・・恵吾って誰なの・・・?」
―――考えちゃだめだっていっただろう?―――
「だって・・・私知らないうちに忘れてるみたいなの。今日、美奈が話してるの聞いちゃったの」
―――だめだよ。もう、ボクと一緒にいれなくなっちゃうよ―――
「そんな・・・あなたも恵吾をしってるの?」
―――知らないよ、そんな人―――
嘘つき・・・。
どうして皆そんなに恵吾って人に拘るの・・・?
「千鶴!今日遊びに行こうよ!」
「え・・・?うん・・・良いよ」
「何・・・?最近また落ち込んでる?」
「ねぇ・・・美奈・・・またって何・・・?私、前にも落ち込んでたの?全然記憶が無いの!
恵吾って誰!?私は男と付き合ってた事があるの!?」
「ちょ・・・千鶴!落ち着いて・・・!」
「解んないよ・・・アレも恵吾って人の事は考えちゃ駄目っていうし・・・」
「アレ・・・?アレって何?」
「アレはアレ・・・・アレ以外の何者でもないよ。私の話し相手で・・・理解者なの・・・」
「・・・ねぇ、千鶴。今日、泊まりに行っても良い?ゆっくり話しようよ!」
「うん・・・」
「今日ね、美奈が泊まりに来るよ」
―――そう。急にどうして?―――
「美奈が私の事を心配してくれたんだと思う・・・」
―――そう。楽しいと良いね―――
「うん。もうすぐ来ると思うよ。一回家に帰ってから来るって言ってたから」
―――そう・・・―――
何だか今日のアレは悲しそうな感じがしたような気がした・・・。
ピンポン
チャイムが鳴る。
美奈だ。
「いらっしゃい」
「こんばんわ。久しぶりだね〜。千鶴の家に泊まりに来るのも」
「そうだっけ・・・?あんまり覚えてないや」
美奈を中に招く。
奥にはアレがいる。もちろん隠してあるけど・・・。
「お酒、ビールとかしかないけど、構わない?」
「あ、気遣いいらないよ〜〜」
取り敢えずビールとグラスを出して二人して飲み始める。
「美奈・・・私おかしいのかなぁ・・・本当にわからないの・・・恵吾って人の事も・・・何も・・・」
「・・・そうか・・・無理に思い出す必要はないとは思うけど・・・でも、確かに何だか最近の千鶴は変だよ。
あんだけ沈んでた人間が・・・急に笑顔で学校に来るんだもん・・・さすがにちょっと・・・怖かった・・・」
「そっか・・・」
沈黙が流れる。
美奈と一緒にいて沈黙が重いと思ったのは初めてかもしれない。
どうしたら・・・何を言ったら良いんだろう・・・・
こんな時はアレと話したくなる。
アレと話している時は沈黙なんかは起こりえないから。
「ちょっとトイレ借りるね」
美奈がトイレに立った瞬間に私はアレを取り出した。
―――どうしたの?だめだよ。アノ人の事を考えちゃ―――
「うん。解ってる。もう話さないよ。大丈夫。」
―――そっか。良かった。解ってくれて―――
「やっぱり話し相手はあんたじゃなくちゃ駄目みたい。何だか美奈なのに緊張しちゃって・・・」
―――そうだよ。千鶴の事を解ってるのはボクだけなんだから―――
「うん。本当にそう思うよ」
アレとの話に夢中になってて気付かなかった。
美奈がトイレから出てきて、真後ろに立っている事に・・・
振り返ったらそこに美奈がいて、何だか顔が真っ青になっている。
「・・・なに・・・してるの・・・?」
美奈がガタガタ震えている。
とんでもなく恐ろしい物を見たよな顔をしている。
「美奈こそ、何をそんなに脅えてるの・・・?」
「だって・・・あんたの持ってるソレ・・・」
「これ・・?コレは・・・アレだよ。私の唯一の本当の理解者。私の話し相手。いつも私の話を親身に聞いてくて、アドバイスしてくれるんだよ」
「何言って・・・そんなものが喋る訳ないじゃない!!」
美奈が叫ぶ。
何でそんなヒステリックになってるの・・・・?
―――だめだよ。彼女には理解できない。千鶴を理解できるのはボクだけ。
それと一緒でボクを理解できるのも千鶴だけなんだ―――
「そうなの・・・?美奈も・・・?」
―――そうだよ。だから彼女は今、とってもヒステリックになってるんだから―――
「何一人で話してるのよ!?」
「一人・・・?何言ってるの?さっきからこの子も話してるじゃない。聞こえないの?」
「聞こえる訳ないでしょう!?千鶴、あんたさっきから何を持ってるのかわかってるの?
ソレ・・・人の頭じゃない!!!」
・・・・・・・え・・・・・・・・?
「何を言ってるの・・・?美奈・・・?コレは・・・・・私の話し相手で・・・・とっても綺麗で・・・」
「良く見なさいよ!あんたが大切そうに抱えて、ずっと話し掛けているモノをもう一回良く見なさいよ!!あんた持ってるソレは、人の頭意外の何だって言うのよ!?しかもソレ・・・恵吾じゃない・・・!!」
え・・・?
「恵吾を殺したの・・・?」
・・・け・・・い・・・ご・・・・?
「あぁ・・・そうだったね・・・私は・・・恵吾を殺したんだ・・・だって恵吾がわるいんだよ。私から離れるなんて言うから。私には恵吾しかいないのに。
恵吾が笑うんだったら何だってしたのに・・・。なのに恵吾は私を裏切ったんだよ。
優しい優しい恵吾。
最期の最期まで私が死ぬって呼び出したら来てくれた。
恵吾だって私が好きなんだよ。
なのに・・・・。
生きてるから悪いの。変に悩みすぎちゃうから。
だから・・・私は悩みから解放してあげたんだよ。
何で忘れてたんだろう・・・。せっかく幸せになるために恵吾を殺したのに・・・。
頭だけ切り取って・・・後はちゃんと埋葬までして・・・。
ふふふ・・・変なの・・・」
「・・・狂ってる・・・・」
「私は正気だよ。ねぇ、美奈。黙っててくれるよね?私と恵吾の幸せ・・・壊さないでいてくれるよね?
私、美奈には感謝してるんだよ。
恵吾の事を思い出させてくれたんだもん。
ありがとう、美奈
だから・・・ね、私に美奈を殺させないで?」
「いや・・・近寄らないで・・・」
一歩一歩美奈に近づく私。
後ずさりする美奈。
「どうして離れるの?大丈夫だよ。美奈が約束してくれるなら、美奈は殺さないから。ね?」
「言わないから・・・!!絶対に誰にも言わないから!!!だから近寄らないで!!!!」
壁にもたれ掛かって絶叫する美奈。
良かった・・・解ってくれたんだ・・・。
「そう。じゃあ、悪いけど今日はもう帰ってくれる?恵吾と二人っきりになりたいの」
無言のまま脱兎の如く走って帰ってしまった。
そこまで急がなくても良いのに。
「恵吾・・・やっと二人きりだね・・・」
―――・・・―――
「どうしたの?さっきまでみたいに話しかけてよ。何で黙ってるの?」
―――・・・―――
「私が忘れてたから・・・拗ねてるんだね。解った。私が悪いんだもんね。良いよ。機嫌が直るまで黙ってても。
これからはずっと一緒だもんね。二人で幸せになろうね・・・もう、絶対に離れないからね・・・・」
そして私はもう体温も残らない冷たい恵吾の唇に静かに自分の唇を重ねた。 |