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『ガンバレ!』

作者:石馬
今頑張っている、あなたにこそ送りたい言葉です。
「『ガンバレ』って言葉は、結構残酷なときもあるもんだよな」

 不意に、彼はそんなことを口走った。原因は多分、今現在わたしと一緒に観ているテレビ番組の内容なんだろう。
 わたし達が今観ているのは『命』をテーマにした救助物のドラマだ。
 大規模な事故で大ケガを負ってしまった人に対して懸命に呼び掛ける俳優の演技を観て、いきなり彼はさっきのことを言い出したのだ。
 口を開けながら沈黙するわたしをよそに、彼はその言葉の続きを語り始める。

「『ガンバレ』って言葉はさ、励ましたりするのにはこれ以上ってないくらい力になる言葉だけど、今まさに頑張りまくってる人に対して言うと、なんだかその人を否定するような言葉にもなっちゃうんだよな。
 ほら、例えばうつ病の人には『ガンバレ』って言っちゃいけないみたいじゃん、うつ病の人はその人なりに頑張ってて、もうこれ以上頑張れないのに、そう言われると限界以上に無理しちゃうらしいよ」

 わたしは彼がしゃべり終わった後も暫くの間黙ったままだった。こんな会話にどう切り返せばいいものか、正直こまる。だけどあの顔を見るからに、多分彼はわたしがどう答えるのかを待っている様子だ。

「ぶっちゃけさ、お前はどう思う? もう十分すぎなくらい頑張ってる人に、『ガンバレ』って、お前は言えるの?」

 答えないわたしにもう待ちきれなくなったのか、彼は単刀直入に質問してきた。でもやっぱりわたしは、黙ったままだった。

 彼の言っていることは、正しいと思う。わたしも部活で追い込まれてるとき、別にそこまでキツいメニューをこなしている訳じゃないヤツに『ガンバレ』と言われたら頭に来るし、心身ともにくたくたになるまで疲弊した後にまだ『ガンバレ』というコーチに腹が立つことはしょっちゅうだ。わたしだって、その気持ちはよくわかる。でも、それでも、わたしは彼のその見解を、肯定する訳にはいかない。たとえ間違っているのがわたしの方だったとしても、わたしは、認める訳にはいかないんだ。

 わたしは無言で、首を振る。

「……そんなこと言ったって、ダメだよ」

 そこで初めて、わたしは口を開いた。言葉を、発した。ちゃんと自分の口で、自分の声で、自分の意見を彼に伝えるために。

「わたしだってツライよ、頑張ってるって、痛いほどわかってるのに。それでも頑張らなきゃいけないから、『ガンバレ』って言うの。
 ……でも、それでもわたしには励ますことくらいしかできないから、頑張っている人がどれだけ苦しんでも、それを代わってあげることは、できないから、だから…………」

 わたしは続ける。これだけは言わなきゃいけないから、これだけは、どんなに辛くても伝えなきゃいけないから。

「だからガンバって手術受けよう、お兄ちゃん」

 彼は、わたしの兄は、数ヶ月前に病を患った。それは決して軽い病気ではなく、日に日に兄は病魔に蝕まれてやつれていった。
 でも、その病気は決して不治の病なんかではなく、きちんと手術を受ければ治る、そういう病だ。もちろん、その手術も簡単なものなんかではなく、成功する確率は五分だろうと医師から言われている。だから兄は、未だに手術を受けるのをためらい、抗生物質でだましだまし生き長らえていた。
 間違いなく、その間の兄は頑張っていた。髪の毛が抜け落ちても、吐き気を訴えていても、今だって、彼は笑顔を絶やさなかったのだから。それはもう彼が最初に言ったように、これ以上ないくらい頑張っていたのだろう。それを否定する権利は、わたしにないだろう。でも、もう限界だ。兄はもう、早く手術しないと手遅れになるところまできてしまっている。それなのに、それでも兄は手術を受けようとは、しなかった。

 今まではわたしもその理由がさっぱり分からなかった。でも、きっと彼が手術を受けない理由はそこにあるのだろう。
 彼はきっと、もう手術に耐えられるほど頑張れないと思っているのだ。 でも、だからといってそれが生きることを諦めるという答えには繋がらない。だからわたしは説得した。彼にまだ生きていてほしいから、彼にはまだ死んでほしくないから。

「わたしも、頑張るから。お兄ちゃんの苦しいとは比べられないくらい甘いかもしれないけど、もっと部活、頑張るから。だからお兄ちゃんも、頑張ろうよ。もう頑張れなくても、それでも、まだ終わってないんだから、こんなところで頑張りきらないで。もっと、頑張り続けてよ……」

 声が、震えていた。視界が、ゆがんでいた。わたしの思いは、彼に伝わっているのだろうか。わたしのこの思いは、ただのわがままになっていないだろうか。

「……ずいぶん、残酷なことを言うんだな」

 口を開いた兄の言葉は、そのようなものだった。彼はわたしの目を見ることなく、じっと、もう終わりかけているテレビの方を凝視しながら、内容とは裏腹に軽い口調で笑顔を浮かべながら、続けた。

「俺には、もう頑張れるだけの力なんて残ってないんだぜ。それでも、まだ『ガンバレ』なんて言えるのかよ、ひどいヤツだな」

「それでもいい、ひどいヤツでも全然かまわないよ。恨まれたっていい、キライになったっていい。それでお兄ちゃんがまた頑張ってくれるなら、お兄ちゃんが手術を受けてくれるなら、わたしはそれでいいの。
 だから、お願いだから、まだ頑張ってよ、お兄ちゃん」

 わたしは諦めなかった。諦めそうに何度もなったけど、それでも彼への説得を諦めなかった。
 それから、どれだけの時間が経ったのだろうか。
 兄はやっと、手術を受ける決心をしてくれた。手術が終わったら、わたしにめいっぱい恨み辛みを聞かせるという約束をして…………。






 あれから、数ヶ月が過ぎた。わたしは今も、部活を続けている。本当は高校を卒業した時点で燃え尽きた感はあったのだけど、わたしのなかでは限界点まで頑張りきってしまったのだけど、どうしても、まだ『ガンバレ』と彼が言うものだから、やめられないでいる。
 それでも、あの時ほどは辛くない。頑張って頑張って、頑張ったその先で、なお頑張った人をわたしは知ってしまったから。その人に追い付けるように、わたしも頑張って頑張って、頑張ったその先でも頑張らなくちゃいけない。そんな気がしたから。

 だからこれは根比べだ。わたしと彼の、根比べ。彼はもう新しいステップに進んでいる。就職も決まって、婚約者もいる。彼は、まだ頑張っている。



 その彼が言うんだ。まだ『ガンバレ』って。
 だからわたしは、諦められない。
如何でしたでしょうか。

多少気が滅入るところがあるかと思います。
これは【Smile Japan】の趣旨から逸れているという意見のある方は言ってください。

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