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本編に詰って、気分転換に書いたイサーク視点です。
賢者の失敗を読まれていないと意味不明かもしれません。

不憫日記 1
 それは、多分、一目惚れだった。

 その日、俺は用意していた服に着替えてこっそりと街に出た。こうして1人で街に出るのは何度目だろうか。物資を運びにやってくる馬車に潜り込むのにもすっかり慣れたものだ。
 殺人的な乗り心地の荷台で荷に紛れて息を殺し、街へ入った直後に飛び降りる。服についた埃を掃いながら、大通りを目指して歩き出した。
 何をするでもなく人ごみの中をただ練り歩き、雑踏の中に身を置く。特に目的がある訳ではない。ただ、騒がしいここに居るだけで、張り詰めていた心が安らぐ気がした。
 俺は、この街が好きだ。シルヴァンティエという国を大切に思っている。

 だが……………。

 ため息をつき、救いを求めるように空を見上げた。澄み渡った青い空を金色の小鳥が優雅に舞っている。ああ、俺もあの鳥のように自由に出来れば。思ってから、鼻で笑った。馬鹿らしい。感傷に浸るなど、ガラではない。どうかしているな俺。
 そろそろ戻るか。息苦しいが、かけがえのないあの場所へ。
 帰路へつこうとした時、人々の小さなざわめきが聞こえた。それはすぐに大きなものへと変わり、その中心に見えたものに俺は目を疑った。

「なんだぁ?」

 あの可笑しな仮面は。見たこともない奇妙な銀色の仮面をつけた男が、人を担いで走っていたのだ。しばし呆然と立ち尽くしてから、我に返る。警備兵はいないのか?辺りを見回すが呆気に取られた街人ばかりで、兵の姿は見当たらない。

「ちっ」

 舌打ちをすると走りだし、仮面の男の前に立ちふさがった。

「お前!何をしている。昼日中から誘拐とは、いい度胸だな。叩き斬ら……くそっ」

 腰に手をやり、言葉を切る。街へ出るために帯刀していなかったのをうっかり忘れていた。この間抜けめ!

「誰か!警備兵を呼んでくれ。早く!」

 声を張り上げると、近くにいた商店の店主がうろたえながらも答えて走り出すのが見えた。これで兵の到着まで時間をかせげば何とかなるだろう。そう安堵しかけたとき、仮面の男は事もあろうに、肩に担いだその人物を俺に向かって投げつけやがった。
 何を考えているんだ!
 格好からして、少女だろうその人物を避けるわけにもいかず、抱きとめる。が、勢いのついた体は思いのほか重く、支えきれずに倒れこんでしまう。それでも何とか腕の中へ抱え込んだ。少女が怪我を負わぬように。

「つぅ……」

 少女を庇って倒れた為に強かに腰をうったようだ。俺のうめき声に少女が顔をあげた。
 少女と眼が合い、息をのむ。一目でこの国のものではないと分かる、見たこともない顔立ち。混じりの無い純粋な黒い瞳は鏡のように鮮やかに俺の姿を映し出す。自分の身におこった事への恐怖からだろう、その目に溜まった涙を目にした瞬間、覚えた事のない感情が心を支配していった。蝕むようにゆっくりと時間をかけて広がったそれは、甘美な痺れをもたらした。

 ――――――泣かせてみたい。俺が。この手で。

 涙に濡れて俺を見つめる、夜を溶かし込んだかのような瞳を、もっと――――見たい。

 ………っつ、俺はっ………何を考えた!一瞬とはいえ自分を飲み込んだ嗜虐的ともいえる感情にゾッとして顔をしかめる。邪な思いを悟られぬように顔を背ければ、逃げ去る仮面の男の姿が見えた。

「あっ、まて」

 慌てて腰を浮かそうとするが、腹の上に乗った少女の重みで叶わなかった。見る間に人ごみに消える仮面の男。

「おい怪我はないか?」

 追跡を諦め、放心状態の少女に声をかけた。無理も無い。攫われかけたのだ。

「あの、ありがとうございます」

 急かさず、少女の様子を見守っていると、思っていたより落ち着いた声がした。このような目にあったというのに、気丈な……。
 見つめる黒い瞳に、先ほど押し殺したばかりの感情が頭をもたげる。その心を見透かすような目に耐えられなくてソッポを向いた。
 横目にも少女の視線を痛いほど感じる。とりあえずこの体勢はまずい。どくように言おうと少女に視線を戻そうとした時、首に忌まわしい印が見えた。思わず眉を寄せる。フードを被ろうとする少女の手をとめ、髪を持ち上げる。
 間違いない、サリの術だ。何故、こんなものをつけられている!所有の印を付けられているようで、気持ちが波立った。

「お前、嫌なものをつけているな」

 怯えさせぬよう努めて平静に言うと、少女の首に手をすべらせ、術を解除する。

「わわっ」

 少女が漏らした声に、心臓がはねた。
 術印が消えた事で少女を解放した喜びよりも、少女が誰のものでもなくなった気がする喜びが勝る。

「これでいい」

 1人満足して頷いた。
 しかし、この体勢は本当にまずい。

「とりあえず、どいてくれ」

 言い方がぶっきらぼうになってしまったのはわかっていたが、色々と、もう限界なんだ。
 慌てて立ち上がった少女が少しふらついたように見えた。大丈夫だろうか?

「じきに警備兵が来る。面倒だから俺はもう行くが………お前、どうする?」

 警備兵に調べられては、ややこしい事になる。それは何としても避けたかったが、少女の事が気がかりだった。ここで別れたら、2度と会えない気がして。

「あ、私も行きます」

 だから、少女がそう答えたとき、俺は心の中で歓喜の声をあげていた。
 歩き出した少女がよろける。やはり担がれていた時のダメージが抜けていないのか。
 俺は少女に手を差し出した。やましい気持ちからではない。断じてない。意味を捉えかねているのか動かない少女に業を煮やして、素早く手を取ると、思いのほか柔らかな感触に酔わされた。


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