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SF短編

空想科学小説「超光速ハナクソ」

作者: 寝る犬

 この力は「超能力」としか言いようが無い。


 俺は自分に超能力があることに気付いてしまった。


 人知を超えた能力。

 他の誰にも真似できない俺だけの能力。


 それは


「ハナクソを好きなだけ加速させて飛ばす事ができる」


 そんな能力だった。


  ◇  ◇  ◇


 それに気付いたのは1時間前。

 バイトも休みで大学へ行く気もなかった俺は、自室でネットを眺めながら鼻をほじっていた。


 予想外にデカいモノが鼻から姿を表し、俺は途方に暮れる。

 生憎とティッシュは先ほどリビドーを適切に処理する為に使用してしまった。

 ゴミ箱は部屋の反対側、1.5m先のベッドの横にある。


 手を伸ばしても届かない。

 ティッシュもない。

 あそこまで歩いて行く気もない。


 俺はしっかりと狙いを定め、ハナクソを指で弾いた。


 俺の体液に空気中のチリや何かが交じり合ってできたその個体は、美しい放物線を描いてゴミ箱の方へと飛ぶ。

 しかし、俺は僅かに目測を誤った。

 目的物に到着する前に、それは失速し床へと落ちて行く。


「あっ惜しい! もうちょっと加速!」


 思わず声が出る。床に落ちたハナクソを拾ってゴミ箱に捨てるなどという悲しい行動をとりたくない俺の願いは切実だ。


 その声に反応するようにハナクソは加速する。


――シュンッ!


 空気を切り裂くような音を立てて加速したハナクソは、ゴミ箱の内側へと激突する。

 百均で購入したプラ製のゴミ箱がぐわんぐわんと揺れ、最後にはその中身を床へとぶちまけた。


 呆然とした俺は、とりあえずのろのろと立ち上がり、何も考えられないままゴミを拾って片付ける。

 全てを綺麗に直した後、俺はベッドに腰を下ろした。



 加速した。

 俺はもしかしてサイコキネシスの能力に目覚めたのか?

 持病の厨二病の発作が起こり、消しゴムや靴下など、様々なものを加速させようとしたり宙に浮かせようとしたり1時間ほど格闘する。

 しかし、その能力は発現しなかった。


「なんだよチクショウ」


 鼻がむず痒くなり、無意識にまたほじってしまった俺は、苛立ちとともにハナクソをゴミ箱へ飛ばす。

 それは俺の想像した通り、まるで野球の変化球のように不自然な軌跡を描いてゴミ箱へと命中した。


「もしかして……」


 もう一度、今度は反対側の鼻をほじり、出てきたそれを飛ばす。


「加速! 加速! 加速!」


 ハナクソは、わずか3回ばかりの「加速」の声で容易く音速を超え、「パンッ!」と言う炸裂音とともにゴミ箱を木っ端微塵に打ち砕いた。


  ◇  ◇  ◇


 物体を加速させる能力。

 ※ただし対象物はハナクソに限る。



 何だその能力?!

 これじゃあテレビに出て有名人になることも出来そうにない。


司会者『今日は今話題の超能力者さんにお出でいただきました。彼はピー(※自主規制)を自在に加速させる能力をお持ちです! それでは早速やっていただきましょう!』


 鼻をほじり始める俺。

 画面にはモザイク(※お見苦しいシーンが有るため、画面にはモザイクが施されています。)

 スタジオの生観覧者から上がる悲鳴。

 弾いたハナクソはまとを正確に射抜く。

 もちろんそのシーンも全編モザイク。



 そんなテレビ番組誰も見ないだろ……。


 それでも誰かにこの能力を見せてみたい俺は、数少ない友人へと電話をかけ、駅前で待ち合わせることになった。

 ハナクソを飛ばす所を友人に見てもらうために、服を着替えて駅へ向かう。


 そんな自分の行動に少々鬱々とした気持ちを感じたまま、俺は家を出た。


  ◇  ◇  ◇


「よう、なんだよ超能力って」


 会ってそうそう、薄笑いを浮かべた友人がそう切り出す。

 まぁそうなるわな。


「超能力って言ったら超能力だよ。少し限定的だけどサイコキネシスだ」


「……」


「お前今『うわぁ……』って言う顔してるぞ』


「モルダー、あなた疲れているのよ」


「モルダーじゃねぇ!」


 とにかく見てもらおうと思い、カラオケかどこかに入ろうと言う算段をしていた俺達の向こう側で、突然悲鳴が上がった。

 さっきのテレビ番組の妄想の中で上がった悲鳴がフラッシュバックして、俺は思わず身をすくめる。

 いやいや、まて。俺はまだハナクソも飛ばしてなければ、ほじってすら居ないぞ。


 悲鳴とざわめきが、休日の駅前の雑踏を急速にこちらへと近づいてくる。


「なんだ? 何かあった?」


 そう言って振り返った友人の背後に、馬のマスクをかぶって、手に血塗ちまみれの柳刃包丁を持った男が、肩で大きく息をしながら立っているのが俺には見えた。


「きょええぇぇぇぁぁぇぇぇあぁぁぁ!!!」


 馬野郎は謎の奇声を発して友人の脇腹に包丁を突き刺す。

 包丁の先が、友人の腹から突き出しているのを俺は呆然と見つめた。


「え? ちょ……え?」


 ドサリと友人が地面に崩れ落ちる。

 包丁から血を滴らせた馬野郎が次に俺に狙いをつけたのがすぐに解った。


 殺される。


 せっかく超能力に目覚めたのに、俺はこんな所でサイコ野郎に殺されて死ぬのか?

 あ、いや待て。


 そうだ、俺は超能力者じゃないか!


 逆に俺の超能力でこいつを倒してやる!

 木っ端微塵になった百均のゴミ箱を思い出し、俺は馬野郎と対峙した。


 やってやる!

 顔を引き締め、はやる気持ちを押さえ、冷静に右腕を持ち上げて、真っ直ぐに伸ばした人差し指を鼻の穴に突っ込む。

 ぐりっ……ぐりっ……ぬるっ。


 おもいっきりほじくった指先には、馬野郎の包丁にもまけず劣らず血塗ちまみれのハナクソが付いていた。

 力いっぱいほじりすぎた。鼻血出た……。


 しかし今はそんなことを気にしていられない。


「きょっ!! きょえぇぇぁぁぁぁ!!!」


 また奇声を上げて包丁を俺に向けた馬野郎に向かって、俺は早撃ちをするガンマンのように腰を落としてハナクソを弾いた。


「加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速かそくかそくかそくかそくかそかそかそかかかかかそく!!!!!!」


 言えるだけの……言えてない所もあったけど……それでも思いの丈を全て込めてハナクソを加速させる。


 たった3回の「加速」で音速を超えたハナクソだ。

 何十もの「加速」を受けたハナクソは、一般相対性理論の枠を超え、物理法則の限界をも捻じ曲げ、容易く……光速を超えた。


 光速を超えてもなお加速したハナクソはどうなるのか?



 普通指から弾かれたハナクソは少し時間が経ってから目標にぶつかる。


 ハナクソの速度がどんどん上がれば、そのぶつかるまでの時間は段々と少なくなり、ついにはハナクソは指から弾かれたのと同時に目標物にぶつかることになる。つまり時間が0になるのだ。


 それでも更に加速されたハナクソは、ぶつかるまでの時間がマイナスになり、俺の指から弾かれる前に目標物にぶつかるようになる。


 超光速、それは事象の因果関係が……原因(ハナクソを弾く)と結果(ハナクソがぶつかる)が逆転する。謂わばハナクソタイムマシーン。


 とにかく俺の能力の限界まで加速したハナクソは、俺が指からハナクソを放つ、ずっとずっとずっと……ずぅぅぅ~っと前に馬野郎へ激突した事になる。

 たとえハナクソと言うチンケな物体であろうとも、当然そんな勢いでぶつかれば人間は吹き飛ぶ。

 馬野郎はまるで核融合を起こしている太陽の表面のように、一瞬で蒸発した。




 右の鼻の穴から鼻血を垂らした俺は、馬野郎が消えた辺りを見つめたまま立ち尽くす。


 ……勝った。


「なんで鼻血出してんの? キモいんだけど。……ってかなんで俺地面に寝てた?」


 起き上がった友人がズボンのホコリを払いながら不思議そうに周りを見回す。

 周囲でも馬野郎に刺されたはずの人たちが次々と起き上がり、そのうちの何人かは、鼻血を流す俺を気持ち悪そうに一瞥して、頭をひねりながら歩み去った。


 馬野郎は俺がハナクソを放つずっとずっとずっと……ずぅぅぅ~っと前に俺のハナクソに当たって死んでいた。

 死んでいる馬野郎が包丁で人を刺せる訳がない。

 つまりこの事件は最初から無かった。


「俺の超能力で事件を解決したんだよ」


「……モルダー、あなた疲れているのよ」


 とりあえず俺はティッシュを配っているお姉さんからポケットティッシュをもらい鼻に詰めると、友人に俺の「ハナクソを加速させる」超能力を見てもらうために、カラオケに向かうのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] おお! ガチSFでした! こういうネタに弱いのでタイトルを見てすぐに読みに伺いました。 ハッピーエンドだったのでほっとしました。あと、「モルダー、あなた疲れてるのよ」にもニヤニヤしました。 …
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