葉山 優也 4
「あんたは負けたらジュースなんかじゃ済まさないからね。覚悟しておきなさいよ」
不気味に笑う彼女にボールを投げ渡す。いやいや何をする気なんだか、先に聞いておきたいところだね。
「いくわよ」
あっさり無視をすると、彼女の目がきらりと少し真剣な光を放った。
「はいはい、どーぞ」
ドリブルと同時に体でリズムを取り始める彼女。これがちょっと厄介かな。今までやったことがないタイプだから抜きに来るタイミングがわかりづらいんだよな。それと、こいつたぶん左利きだ。まあストリートだし、ちょいファール気味でも大丈夫だよな。
「っと」
そんなことを考えてる間に小さなフェイントを入れて彼女の体がオレの右側に潜り込んできた。ちょっと反応が遅れたが強引にコースをふさぐ。
「くっ・・・」
すかさず左に行こうとした彼女をまた止める。
ぱたぱたとアスファルトを鳴らしながら、さがって体勢を立て直した彼女の顔にはすこし強張った笑みが浮かんでいた。そう簡単に抜かせるかって。オレの得意そうな顔を見た彼女はさっきよりも厳しい顔つきで突っ込んできた。じゃあオレも少しマジになろうか。
さっきよりも腰を落とした体勢で待ち構えるオレの目の前で彼女がクロスオーバー(ドリブルの左右を切り替える)、一気に抜こうとするがオレも付いていく。軽く舌打ちをもらしまたオレから距離をとろうとしたその瞬間、オレの手がボールに伸びた。「あっ」と言って固まる彼女を横目にルーズボールを拾うと、そのままドリブルをしてセンターラインをわざと大きくまたいでやる。はい、これで攻守交替。
そこで我に返ったのか、呆然とオレを見ていた彼女は顔にかかっていた髪をはじきながら眉を吊り上げた。
「いちいち言わなくてもわかってるわよっ」
「あっそ、じゃあ行くか」
そう言って勢い好く1歩踏み込むと、あわてて彼女はディフェンスの体勢をととのえる。が、オレはそこで止まると彼女を見て軽く笑った。
「あんたムカつくわ」
「そりゃどーも。でも、お互い様だぜ」
そのまま彼女はディフェンスの姿勢を崩さずしばらく黙ってこっちを睨んでいた。オレの手から離れたボールがアスファルトに打ち付けられ、あたりに甲高い音を響かせてまた戻ってくる。秒針のように時間を刻んでいるそれに合わせるように少しずつ彼女を包んでいる空気が変わるのがわかる。
オレも少し顔をマジに戻して彼女を見ていると、しばらくしてその口だけが動きはじめた。
「あんた、名前は」
人に名前を訊くときはそっちから名乗るもんだ。なんてお約束もでないくらい自然と彼女の言葉につられオレも言葉を発した。
「葉山優也」
「はやま・・・ゆーや・・・?」
驚いた表情でオレの名前を繰り返すと、何かを思い出すようにぶつぶつとつぶやき、その後でオレを値踏みするようにじっと見ると、くつくつと笑い出した。何だよいったい。
オレは顔にはてなマークを浮かべながら次々と変わる彼女の表情を見ている。すると最後に彼女はオレを見てにやりと笑った。
だから、いったい何なんだって?
「ふふん、あんたには関係ない事よ。でも、そうね〜・・・・・・、少しだけ教えてあげるとすれば、神様ってのも結構ヒマみたいってことかな」
なんだそりゃ、意味わかんねえよ。
「わかんなくてもいいのよ、あんたにはほんとに関係のない話だから。ただ・・・」
彼女はゆっくり腰を上げ、手首から取ったゴムで髪を束ねると、
「ユーヤ、あんたに本気で勝ちたくなった」
馬鹿みたいに真剣な顔でそう言った。
その瞬間、オレは体の頭のてっぺんから足の先までぞわっとしたモノが駆け抜けるのを感じていた。久しぶりの感覚。
「おもしれぇ・・・」
こみ上げてくる感情をこらえきれずにオレはそうつぶやいた。
なんでだ、抑えようにも抑えきれない。今までの生活で忘れていたもの、忘れようとしていたもの。
中学までで満足してたはずなのに・・・・・・
まあ、否定はしないよ、今でもバスケが好きだってことはね。ただちょっと驚いてる。何にかって? いやいや、まさかここまでさ、オレの頭と体がアツくなるなんてね。
もっと楽しい事がしたかった・・・・・・
やめてからこれまでだって体育や遊びで何回もバスケやってるし、その時はこんなことはなかってのにさ、それが何で今? ストリートでしかも相手は女だぞ。
楽しいこと、やりたいこと・・・・・・
どうなってんだよ。これじゃあまるで今までのオレが無理してたみたいじゃねえか。いろいろやったけど本当はこれがやりたいって。
バスケの真剣勝負
あ〜 もう、ごちゃごちゃとなに変な事考えてんだよ。違うぞ、違うって、オレはそんなにアツいヤツじゃなくってさ、もっと冷めてて割り切れるヤツのはずだろ。
これは、そう。目の前にいるヤツがさっきまでのもそうだし「本気で勝ちたい」なんて言うからムカついちゃってさ「やってみろよ」ってな感じでちょっと本気モードに入っちゃっただけ。そう、そうなんだよ。
「ちょっと待ってなさい」
その声でオレは自分の世界から日の傾きかけたアスファルトのコートへと引きずり出された。彼女は片足1本まだ向こうに突っ込んだままのオレの表情に気づくと怪訝な顔で。
「なに変な顔してんの?」
「もとからこんなんだよ」
「それもそうね」
クスリともせずに言う。なんだオレの軽いジョークはオレの名前よりもつまんないのかよ。
「そんなことより」
彼女は足元を指差すと、
「靴、履き替えてきてあげるから」
くるりと反転し、コートの端に置いてある鞄へと歩き出した。
履き替えてあげるか。どこまでも強気だね。オレが苦笑を浮かべていると、
「そうそう」
彼女は思い出したように足を止めて振り向いた。
「あたしは、サキ」
「はあ、何が?」
「何がって、名前よ。名前」
「ああ」
「そっちの聴いたんだから、一応ね。礼儀ってやつ?」
似合わない台詞だな。いまさらそちらさんに礼儀なんて求めてませんよ。
それだけ言うと彼女・・・サキは、またオレに背を向けて歩き始めた。
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