葉山 優也 12
オレがフォローに走ろうとしたその時だった。霧山さんと並んでいたサキの体が急停止した。そしてすばやくバックステップをしながら、ボールを持ち、胸の前に構える。
「おいおい」
槙野さんの慌てた声が聞こえる。いやいや、そう言いたいのはオレも同じですけどね。
サキの前にぽっかりとあいた空間を、霧山さんがうめる前にサキの手からボールが離れた。
撃ちやがった。ミドルシュート。しかもそれオレの真似だろ、お前。無茶すんなよ。
槙野さんと競うようにゴール下へ走り出す。何しろ、サキのミドルシュートなんて試合じゃ始めて見るからな。1人で練習してるのは見たことあるけど、下手なんだよなあ。まあ、仕方ないっちゃあ仕方ないんだけど。それをここでいきなり撃つなよ。
案の定、ボールはバックボードとリングに勢いよく弾かれた。それこそゴール下にいた貴弘達の頭上をあっさりと飛び越えるほどに。結局そのボールを掴んだのは、オレに少し遅れて走っていた槙野さんだった。
「くっそー、ダメだったかあ」
「お前、無茶すんなよ」
「うるさいわねえ。あのままあそこで止められるのは、何かやばい気がしたのよ」
そういうことか。こいつもわかってたんだな。確かに、あのまま止められてたら向こうの思う壺だもんな。入りはしなかったけど、今のなら「霧山さんをかわしてシュートを撃った」っていうプラスになるとこがあることはあるからな。それにしても・・・。
「めちゃくちゃだったなあ。いろいろと」
「ふんっ。わかってるわよ。でも数撃ちゃあたるわよ」
本当、めちゃくちゃなヤツ。
その頃、向こうは槙野さんが持っていたボールを霧山さんに渡していた。
「油断してるからだぜ、お前」
「してねえよ」
「余計なこと考えてたんだろ、どうせ。お前が気にする事じゃないだろ」
「してねえって。それに散々いじってたお前が言うな。気にしてるとすれば、お前の所為だな」
なんだかんだ言っても、やっぱサキのこと気になるみたいだな。まあ、今のはその所為ってだけでもないと思うけどな。
邪魔くさそうに槙野さんをあしらうと、霧山さんはボールを持ってスタートラインへ向かった。そういえば槙野さんがオレに付くのディフェンスだけって言ってたっけ。つまりオフェンスは霧山さんがG、槙野さんがFになるわけか・・・。
「お前ら、ディフェンス」
後ろから貴弘の声が響く。
「わかってるわよ」
それぞれの位置に付くと、相手は思ってた通りの顔でオレを見つめていた。
「何で?」
「こういう作戦ですから」
しらっと答えたオレを見て槙野さんが少し引きつった笑みを浮かべた。
そう、槙野さんのマークに付いたのはオレ。そして霧山さんにはサキ。
「言い出したはサキ?」
「いや、貴弘です」
試合前、貴弘が言った事はこれだった。あの時は「大丈夫か?」って思ってたけど、やっぱ正解だったな。槙野さん達が・・・特に、霧山さんがサキの事まったく気にならなかったら、本当に無意味だったけど、してないなんて言ってるけど向こうもちゃんと意識してるってのが始まってすぐに確信できたからな。で、サキはオレが思ってたほどじゃあないってのも。これならいける。
「なるほどなるほど。サキが自信満々になるわけだ。いいねえ。おもしろいなあ、お前ら。」
槙野さんは引きつっていた笑顔から、本当に楽しそうに笑いはじめた。
「優哉を潰そうってわけか。それでこっちのリズムを崩そうとしてるんだろ? オレ達と同じ作戦だよな」
「まあ、そうですね」
なんだかやけに余裕そうだな。
「いやあ、まさかこんなことしてくるとは思ってなかったな。なにが驚いたかって、サキを優哉につけさせるってのがすげえよな。あいつ普通なら絶対嫌がるぜ。それが言われたとおりにやってるってのが驚きなんだよな。お前らの実力を認めて、信頼してるって事だろ? あのサキが。お前ら何者だよ?」
何者って言われてもなあ。ただの同級生? それに別にサキが、はいはいってオレ達の言う事聞いてるわけじゃないし。
と、そこで槙野さんにパスが来た。
「まあ、思ってたよりは楽しめそうだよ」
ボールを持って向かい合った槙野さんは笑顔のままだったが、その目からはじめて真剣ないろが見えた。
来るか?
ゆっくりとドリブルを始める。と、霧山さんにパス。そしてオレを振り切るように走り出す。ただ、ゴールへは向かっていない。ボールが戻ってきた霧山さんは、今度は盛田さんへ。仕掛けるそぶりを見せながらも、盛田さんは近くにいた槙野さんへ。今度はフェイントを入れ抜きに来た。
そんなんじゃ抜けないっすよ。オレが止めるとあっさり霧山さんに戻す。リズムのいいパス回しだけど、それくらいでやられるオレ達じゃあない。
霧山さんはドリブルをしながらゆっくりと辺りを見渡し、ペースを落ち着かせる。
「こっち」
すばやくフリースローラインのあたりに出てきた盛田さんがそう言ったその瞬間、オレの目の前の景色が変わった。
「やべ」
さっき抜きに来た時とはまったく次元の違う速さで、槙野さんがフェイントをいれ、オレを振り切る。
見逃してくれなかった。霧山さんの手から鋭いパスが飛ぶ。盛田さんと貴弘の横でワンバウンドしたそれは、ゴール下で綺麗に槙野さんの手に収まった。
当然のごとく、フリーの槙野さんはレイアップを決めると、地面ではね続けるボールをつかみ、「どうだ」と言わんばかりの表情でオレに渡した。
速いって。この人。しかもあっさりと先制されちまったよ。それよりなにより、サキになんていわれるか・・・。
盛り上がる槙野さん達を横目で見ながら、スタートラインへ戻る。
「悪い」
「いや、やっぱサキの言う通りうまいわ、あの人たち」
続いて、サキが険しい顔で近づく。
「ほーらみなさい。うまいって言ったでしょ」
悪かったって。説教は覚悟してるけど試合中だから短くな。
「ふんっ、まあ、気にすんなよ」
サキはそれだけ言うと、にやりと相貌を崩した。
やれやれ、お前は、オレの真似すんのやめろって。
さてと、仕切りなおしだな。今度はどうするかな?
さっきの様子だとサキは厳しいだろうから・・・、やっぱ貴弘か。
貴弘の動きに注意して出しどころを探していると、
「ユーヤっ!」
サキの大声につられ、そっちに目を移し、思わずパスを出す。
あっ、やっちゃった。大丈夫かな。
とりあえず、フォローが出来るようサキに近づく。と、反対から貴弘も同じ様に寄ってきた。考えてる事は同じか。そう思っていたけど違った。貴弘は霧山さん越しにサキと目を合わせると、胸の前で腕をクロスさせた。
スクリーンプレイ(攻撃側のプレーヤーが、守備側のプレーヤーに対して自らの体を壁のようにして、相手プレーヤーの動きを封じるプレー)か。ってサキにはわかんないだろ。そう思ってるとサキが小さく、けれども確かに頷いた。えっ?
サキが動く。それにつられ霧山さんも。が、突っかかる。スクリーン成功。サキはその横を悠々と横切る。知ってたのか、何で?
想像してなかったのか、盛田さんも棒立ちで、あっさり置きざりにした。
今度こそ決まった。このゴールでとりあえず逆転。
「どんなもんよ」
満面の笑み。
「参ったな、やってくれる・・・」
オレの横で槙野さんがそう呟いた。オレもまったく同じ気持ちですけどね。
「ナイス、タカっ」
上機嫌で貴弘に声をかけると、サキはオレに向かってガッツポーズをした。
とにかくこれでオレ達も勢いづいた。確かに槙野さん達はうまい。リズムよくパスをまわし、チャンスを見つけると確実に決めてくる。
かたやオレ達は、つたない連携と勢い。そしてそれぞれの能力に任せて何とかしのいでいた。能力って言っても正直、確実なのは貴弘しかいないんだよな。悔しいけど、貴弘しか相手より実力が上回っているヤツがいない。サキはもちろん、オレもきつい。
オレ達は貴弘を中心に、何とかサキをフリーにさせ得点をしていった。オレはというと、槙野さんをかわしつつ、パスとサキのフォローに必死で、仕掛けるどころじゃなかった。情けねえけどな。でも、槙野さんうますぎ。隙を見せると何してくるかわかんないんだよな、この人。
時間が過ぎる。
前半も残りわずか。このワンプレーで終わりかな。
オレ達は4点差をつけられ、槙野さん達の攻撃。ここは止めておきたいよな。
「ふう、やるねえ。ここまでしんどくなるとは思ってなかったよ」
槙野さんは腕で顔を流れる汗を拭きながら、感心したようにオレを一瞥した。
「こっちもですよ。もうちょい手加減してくれませんかね?」
オレの言葉に槙野さんは軽く笑うと、
「悪いけど、ここまで面白くされると、そうもいかないな。正直言うとちょっとなめてたんだけどな。もちろん勝つつもりでいたけど、楽しければ負けてもいいかって感じで。今はそんな気さらさら無いけど」
そんな熱くならないでくださいよ。まあ、やってた人間の本能ってやつですか? それはわからなくもないですけどね。
「立花・・・だっけ? あのC。バスケやってないって関さんから聞いたけど、それ嘘だろ? 見れば一発だって。しかもただやってるってだけじゃないな。もしかしたら高校バスケの中じゃあ結構有名なヤツじゃないの?」
正解。と言いたいところだけど、サキに言われてるからな。とりあえず、
「想像にお任せしますよ」
こんな事を言い合いながらも、槙野さんは隙あらばオレを振り切ろうとしている様子がよくわかった。
「でも、1番はやっぱサキだなー。あいつ上手くなったよな。オレ達とやってた頃はもっとめちゃくちゃだったのにさ。普通に5対5やっててもボール持ったら、1人でゴールに突進してたからな」
気づいてましたか。オレも最近ずっと同じ事を思ってますよ。つまり、あいつはオレと出会ったこの1週間ちょっとの間でも急激に上手くなっている。それこそ昨日から今日にかけてだってそうだった。
それが顕著に見て取れるのがオフェンス。昨日はオレが言ったように、ただ闇雲に走っていただけだったのが、今日は違っていた。はじめ走らない事に疑問を抱いていたけど、今日のサキの走りは、量より質が勝っていた。相手との駆け引き、そこからフリーになってどこに走ればパスが貰いやすいか、シュートが撃ちやすいか、そんな事を考えているように見えた。
それにさっきのスクリーンもそうだし、ディフェンスだって確実に成長の後が見えた。いったいどこでどう憶えてきたんだか。いや、もし憶えてきたとしても、それをすぐにやってのけるあいつのセンスに舌を巻くね。
「バスケの動きになってきてるし、個人技だけじゃなくて、チームプレイも上手くなってるだろ? オレ達の1番の誤算はそこなんだよな・・・っと」
槙野さんにパスが来た。オレと向き合いドリブルを始める。
「とりあえず、サキとあいつは後回しだな。悪いけど、まずはお前な」
不適に笑う。ちょっと待って。それってまずはオレを潰すって事ですか? さすがに少し頭にきた。いや、槙野さんが上手いってのは認めるけど、オレを潰すって? そこまで力の差は無いだろ。悪いけど返り討ちを覚悟してくださいよ。そんなこと言われて大人しくしてるヤツじゃないんでね、オレは。それに人の言うとおりにされるのって嫌いだし。
今までより腰を落とし、厳しい視線を槙野さんへと向けた。少しの動きも見逃さず、どんな攻撃にも対応できるよう神経を尖らせる。
フェイントを入れ、槙野さんが動く。右っ!
進路をふさがれた槙野さんはレッグスルー(ボールを股の間にくぐらせる)をしながら、すばやく後ろにさがる。そしてすかさず逆、逆――。前後左右に数え切れないフェイント。
そして一段と力強い踏み込み。今度こそ来た。こっちだろ。
「あっ・・・」
思わず声がこぼれる。槙野さんはすばやいクロスオーバーで逆に切り返した。完全に体重が乗っていたオレは、まったく動けなかった。
抜かれたっ――。
慌てて振り返ると、槙野さんはゴールに向かって突っ込んでいた。おいおい、貴弘がいるんだぜ。ブロックはあいつの得意技。わりい、止めてくれ。貴弘。
ゴール下に立ちはだかる貴弘なんかお構いなしで、槙野さんは飛び込んでいった。貴弘もブロックに飛ぶ。タイミングはばっちり。覆いかぶさるように、貴弘の体が槙野さんを包み込んだ。完璧。止めた。
確信が現実になろうとしたその時、槙野さんの持っていたボールが半円を描き始めた。ちょっと待ってくれ、まさか・・・。
「おおお・・・」
ギャラリーのどよめきが起こった。
空中で貴弘の横を潜り抜けると、槙野さんはボールをほうりあげ、それは当たり前のようにゴールネットを通過していった。
ダブルクラッチっ!
マジかよ。こんなに綺麗に決めるのなんかはじめて見た。いや、見せられた。
貴弘を見ると、厳しい顔つきでゴールを決め、着地した槇野さんの姿を追っていた。
オレが標的じゃなかったのかよ。一気に2人なんて聞いてないぜ。
「オレもなかなかやるだろ?」
すれ違いざま、勝ち誇ったように槙野さんはそう呟いた。その言葉を聴いた瞬間、オレの中で何かがキレて、何かが入った。
悪いけど、もう上手く説明できねえ。だから簡単にこれだけは言っておくよ。
あの人は絶対に叩き潰す。
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