葉山 優也 11
コートに着くと、すでにそこには難しい顔をしたサキが立っていた。オレ達に気づくと決まりの悪そうな顔を浮かべたが、すぐに眉を吊り上げオレ達を睨みつけた。そしてずんずんと大股で近づくと、無言でオレ達に蹴りを入れた。
「いってえなあ、何すんだよ」
「うっさい。顔がにやけてんのよ。あんたら」
そう言うと、オレの頬を引っ張りながら、
「変な事は忘れて、集中しなさいよ。あの人達うまいんだからね。あの人達のグループの中で、私が勝てなかった3人なんだから」
「お前に勝てるやつなんて、珍しくねえよ」
オレの言葉にサキは無言で目と手に力を込める。
「ちょっ、痛っ。お前、やめろ」
一転して、うれしそうな顔でオレの頬を引っ張り続ける。この野郎、オレも引っ張ってやろうか?
「それは、こっちのセリフだよ」
オレがサキの顔に手を伸ばそうとしたところで、貴弘が口を開いた。
「どういうことよ?」
手はそのままで、サキは顔を貴弘に向けた。
「お前こそ、冷静にやれんのか? っつーか、勝つ気はあんのかよ?」
「どういう意味よ、それ」
自分を睨みつけるサキに対して、貴弘は少し真面目な顔で、まっすぐ見つめ返していた。
「あの人達の事や、お前と霧山さんとの事。オレはちょっと興味あるけど、今はそんな事聞く気は無いよ。ただ、これだけははっきりさせておきたい。サキはこの大会に出てどうしたかったんだ? あの人に会いたかったから? いいとこ見せたかったから?」
「違うっ!」
少し声を荒げ、貴弘に詰め寄る。痛いって。お前この手を離せ。
「私は勝ちたいの。あの人達に・・・」
「本当に?」
「じゃ無かったら、あんた達なんかとチーム組まないわよっ」
「ああ。なるほど」
貴弘はチラッとオレを見てから続けた。
「そっか、じゃあオレ達と目的は一緒だな」
「えっ?」
「オレ達も勝ちに来てんだよ。まあ、あの人達だけじゃなく、この大会にだけどな。目的は一緒だろ? それさえわかれば今は十分。オレは全力で勝ちにいくさ」
そう言った貴弘に、サキは感謝の気持ちが見て取れる柔らかい笑みを向けていた。
「オレの目的は賞金だけど・・・って、いでっ」
サキがまた指に力を込める。
「お前、いい加減離せよ」
「いや。だってこうしとけば、今みたいにあんたが余計なこと言ったときに、すぐにお仕置きできるじゃない」
お仕置きって・・・。何かオレの扱いひどくねえ? だいたいなんでオレだけこんな目にあってんだよ。
「お前なあ・・・。わかったよ。じゃあ、取引しようぜ」
「取引?」
「ああ。お前、あの人達に勝った事ないし、勝ちたいんだろ?」
「そうだけど、それがどうしたのよ」
「今すぐこの手を離せ。そしたらお前を勝たせてやる。あの人達に」
サキは驚いた顔を浮かべたが、すぐにそれをにやけた笑いに変え。
「あんたねえ、そういうのは100%じゃないと取引とは言わないわよ」
「当たり前だろ」
「ふ〜ん・・・」
オレをたっぷりと睨みつけると、
「面白いじゃない。乗ってあげるわ」
やっとオレの頬が開放される。そこをさすっているオレに、サキは放した指を突きつけ、
「もし負けたら、覚悟しときなさいよね」
とびっきりの笑顔でそう言った。
「いいのか。あんな約束して」
整列に向かう時、面白そうに貴弘が声をかけてきた。
「いいも何も、負ける気で試合なんてするわけ無いんだから、オレは思った事を言っただけだよ」
「へえー」
「まあ、負けたらその時だな。とりあえず全力で逃げるか」
「くくっ、そうだな。まっ、オレも負ける気は無いけど、とばっちりくいたくないし協力してやるかな」
貴弘は口をにやけさせたまま、帽子を深くかぶりなおし、サキを呼び止めた。
「なあ、あの人達のポジションってわかるか」
「ポジション? そうねえ・・・盛田さんは間違いなくCだと思うけど、ナオと優哉さんはどこでもやるのよねえ」
「ふーん、じゃあその2人、どっちがうまい?」
「ああ、それならナオね。むかつくけど、めちゃめちゃうまいのよ。何かどっかのバスケの強豪校出身とかでさー」
おいおい、そうなのかよ。そんなの聞いてねえぞ。やべえな、変な取引しない方がよかったかな?
「なるほどな。・・・じゃあ、こうしないか?」
そうして貴弘が出してきた提案は、簡単で納得のいく事だったが、今となってはいろんな意味で不安にさせるものだった。
「どうだ?」
そう言った貴弘の視線の先にいたサキは、複雑な表情をしていたが、すぐにこわばった笑顔をつくり、
「いいわよ。それでいきましょう」
「よし、決まりだな」
やれやれ、大丈夫かね、こんなんで。今のうちに逃げ道探しておいた方がいいかもな。
3者3様の表情を浮かべて、オレ達は霧山さん達がすでに待っている、コートの真ん中へと足を向けた。
「まーたそんな格好で。こっちが恥ずかしいからやめろよ」
向かい合ったオレ達に、いやサキにか、開口1番槙野さんの軽口が飛んできた。
「うるさいわね。だったら見なきゃいいじゃない。ずっと目瞑ってれば?」
言い忘れていたが、サキは今日も昨日と同じ格好だった。ただ、今日は髪を後ろで束ねていた。ちなみにオレ達もたいして変わってない。昨日と違うのはTシャツのデザインくらいかな?
さてさて、その後も槙野さんはサキをからかいながら、サキはいちいちそれに反応しながら無駄に長い先攻後攻を決めるじゃんけんをしていた。結果、オレ達が先攻。
ああ、そうそう。試合が始まる前に、確認しておこうか。この決勝トーナメントから試合の時間が変わることになっている。昨日まで、流しで8分だったのが、流しで16分。8分ハーフで、昨日まで無かったハーフタイムが3分あることになっている。まあ、昨日の2試合分ってわけだな。
それじゃあ試合に移るとしよう。
オレ達のポジションは昨日と同じ。オレがボールを持ち、スタートラインにつく。目の前に居るのは、槙野さん。
「G・・・ですか・・・」
オレが呟くと、槙野さんはニヤリと笑い。
「ディフェンスだけな。本職はFなんだけどね」
ちらりと後ろを見る。参ったね、そういうことですか。結構本気で勝ちにきてますね。この人達。
槙野さんと同じところに目を向ける。そこに居たのはサキと、マークについている霧山さんの姿だった。
「あいつは嫌がったんだけどな」
でしょうね。
さてと、そんじゃあどうすっかな? 今までどおりサキでいくか、それとも貴弘か・・・。
最初に貴弘に目を向ける。貴弘のマークについてるのは盛田さん。背は貴弘と同じくらいか。がっちりとした体型でパワーもありそうだな。まさにCって感じ。貴弘も苦労しそうだな、こりゃあ。やっぱここはサキかな。
続いてサキに視線を移す。おいおい、どうした。動けよお前。走り回ってマーク外せって言っただろ。昨日はちゃんとやってたじゃねえか。やっぱその人はやりにくいのか?
ただマーク自体は比較的ルーズ。霧山さんもやりにくいのかな。これならまあパス出せない事はないけどな。
サキと目が合った。オレが想像していたのとは違う集中したその顔。さっきまで槙野さんとふざけあって、しかもマークについてるのは霧山さんだってのに、その顔かよ。まったく、変なヤツ。いや、たいしたヤツと言っておこうか。まあ、これで試合前に言ってたことは本当だって確信できたけどな。なんかかわいげってもんが無いよな。
まあいいや、存分にやってくれ。お前が待ち望んだ試合なんだろ?
サキが弾むような足取りで、少しオレに近づく。マークは相変わらずルーズなままだ。霧山さんもそして槙野さんも。アレ? ひょっとして・・・。
オレが出したパスを、楽々とサキが受け取ったところで、急に槙野さんのマークがきつくなった。やっぱりな。
「勝負、させる気っすか?」
「まあな」
案外、こだわってるのは向こうの方なのかな?
「ただ、あの2人のためってわけじゃないぜ」
「えっ?」
「君らのチームに勢いをつけるのってサキだろ? だから最初にあいつを潰してこっちが勢いをつけさせてもらうよ」
そう言うことかよ。やっぱ、この人達しっかり勝ちにきてる。しかもオレ達と同じで、勝つためにはどんな事もやるって気持ちがある。
確かにオレ達のチームの中心はサキだ。それは何も試合の時だけじゃなく、普段からそうだ。サキのペースに巻き込まれ、振り回されてきた。今じゃあもうあいつの機嫌しだいで、オレ達の空気が良くも悪くもなる。それに気づいた時はちょっと嫌だったけど、もう今はそれでいいと思っている。
槙野さん達もあいつの持ってるそういうとこをよくわかってるってわけだ。オレ達よりも付き合い長いわけだし、昨日の試合を観ても一目瞭然ってやつだろうからな。
だから、サキが意識してしまう霧山さんをマークにつかせ、そしてここでサキを止めてあいつに気持ちよくプレーさせないって作戦を取ってきたってところかな。
まあ、いい作戦だとは思うよ。けどね・・・。
「そう思い通りいきますかね」
「んん? 優哉を甘くみないほうがいいぜ。本気出したらオレだって簡単には勝てないんだからな。サキくらい簡単に止めるさ」
「そうですか。まあ、どうなるか見てみましょうか」
オレのこの言葉に、槙野さんははじめて不満そうな表情を見せた。
まだこの人達がどのくらいうまいのかわからないかど、正直オレだって普通にやったらサキが勝てるかどうかは怪しいと思うけどね。その普通にってのが問題なんだよな。
今の槙野さんの言葉からはサキくらいっていう余裕が感じられたし、それに、意識してんのはお互い様みたいだしな。突くならそこだろ。そんな事思ってる今なら逆にっていう期待感があるんだけどな。
ボールを受けたサキはいつものようにクロスオーバーを繰り返し、相手を見つめていた。何考えてんのかね? 今は余計なこと考えんなよ。とにかくいつも通り・・・行けっ。
オレの思いに合わせるように、サキのリズムが変わった。
肩で軽く入れたフェイントを合図に、すばやいクロスオーバーを繰り出した。
抜いたっ――。そのスピードとキレからオレはそう確信した。が・・・。
「マジかよ・・・」
思わず呟く。完璧に見えたタイミング。昨日なら間違いなくオレの目に映っているのは、ただ1人、ゴールに向かって疾走するサキの姿のはずだった。それが今オレが見ているのはサキの進路をふさぎ併走する霧島さん、2人の姿だった。
「なっ、言ったとおりだろ」
オレのこわばった顔を見ながら、そう言った槙野さんの笑顔は不敵なものだった。
やべえ。この人達、マジでうまい。
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