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クラッチ
作:高階涼介



葉山 優也 10


「何よ」
「何も言ってねえだろうが」
「ふんっ」

 決勝トーナメント当日。この日のサキは朝から不機嫌だった。

「どこまで知ってるの?」
「何にも」
「本当でしょうね」
「しつこい。だいたいオレ達だって、あの後お前と一緒に帰っただろうが」

 遅刻の貴弘を待つ間・・・いや、昨日の帰りからずっと同じ事の繰り返し。面倒くさいなあ、もう。さっさと来いよ貴弘。

「私が来る前よ」
「だーかーらー、何も聞いてないって。あの人のことで知ってるのは名前ぐらいだって言ってるだろ」

 あの人ってのはそう、サキが思わず名前を呟いた人のこと。「ゆーやさん」だ。
 フルネームは霧山優哉(キリヤマ ユウヤ)。槙野さんと同じく20歳の大学生らしい。
 オレが知ってるのは本当にこれだけ。それ以上知ろうとも思わないしな。だいたい名前が同じだからって、まあそれなりに親近感は持つけど、それだけだろ? 「ゆうや」なんて名前も珍しいわけじゃないし。これまでだって何人か知ってるヤツいるしな。

「怪しい・・・」

 サキが湿った目でオレを睨む。

「あのな〜、何でそう疑うんだよ。どうやったら信じるわけ?」
「白々しいからよ。突っ込んでこないなんて、知ってるからとしか思えないじゃない」

 そりゃお前の理屈だ。誰も彼もが他人のことに興味津々、野次馬根性丸出しってわけじゃないっつーの。

「なんだ? 訊かれたいの? お前」
「違うわよ」

 ここまでしつこいと、そうも思ってくるって。まあしかたない。きりがないし、ちょっと付き合ってやるかな。オレは深々と溜息を吐き、

「オレはさ、お前とあの人の間で何があったかなんて、別に興味ないぜ。けどお前がそんなにしつこいってことは、お前にとっては相当恥ずかしい事があったのかなあ、と思っちまううけどな」

 サキの顔が引きつる。

「何も言わなきゃあオレは何にも考えなかったぜ。でもそこまで言われるとなあ、いやでも色々と考えちゃうじゃん。まあ、昨日の態度。お前にとって恥ずかしい事って考えたら、そうだなあ・・・、」

 脅えたようで、恥ずかしそうなサキの顔が面白く、ついつい饒舌になる。ごめん。やっぱこいついじめるの楽しいわ。

「あの人のこと、好きなのかな? なんてとこに行き着くんだけど」

 瞬間。サキの顔が見たことも無い表情へと変わった。真赤な顔で眉を吊り上げ、すべての感情が入り混じったような表情。頭の中がそんな事になってんのかな?

「あー、もうっ!」

 両手で髪をかきむしったかと思うと、オレを思いっきり睨みつける。そして問答無用の回し蹴りが飛んできた。

「いって。お前やめろって・・・」
「うっさい! やっぱ知ってるんじゃない。この馬鹿! あーもう何なの? サイテー」

 恥ずかしさを無理やり抑えているのか、オレを睨みつけるサキの表情は引きつっていてどこか滑稽だった。

「・・・何よ、その顔」

 散々オレを怒鳴りつけた後で、少し落ち着いたのかやっとオレの表情に気づく。

「いや・・・、まさか当たってるとは思わなくて・・・」

 あくまで冷静で、どこか間の抜けたオレの表情にやっとサキもわかったらしい。そう、オレは本当に知らなかった。冗談のつもり、まさかなあって思っていただけなんだけど、自分で言いやがった。

「ちょっ・・・、あんた本当に知らなかったの?」
「そう言ったじゃん」

 サキの顔がまた真赤に染まり、目が泳ぐ。そして無理やり引きつった笑顔を浮かべ、

「あはは・・・、違うわよ、冗談。そう冗談よ冗談」
「へえ〜、冗談ねえ・・・」

 にやけたオレの視線から逃れるように顔を逸らす。
 今更そんなこと言ってもねえ。しかし偶然とはいえ、これでやっとサキの弱みってやつをオレも握る事が出来たわけだ。あいつはオレのこと散々調べてやがるからな。自滅はサービスってとこかい?

「あの人は、アレよ・・・その・・・」
「もういいって、何言っても無駄だぜ」
「うう・・・」

 犬みたいに低くうなると、またしてもサキは両手で髪をかきむしった。面白い。なかなかこんなサキは見れないからな。

「あーっ、最っ低。もう、こいつにだけは知られたくなかったのに〜。ナオの馬鹿っ! 会ったら蹴り入れてやる」

 そこでサキは思い出したようにオレに目を向け、

「あんた。立花貴弘に言うんじゃないわよ!」
「何で?」
「何でって、これ以上私に恥じ掻かせる気? せめてあいつには隠さないと・・・」
「いやー、オレが気づくくらいなら、あいつにもわかるだろ。そっち関係はオレより得意だし。・・・なあ、貴弘?」

 サキが慌てて振り返る。

「まあな。お前、結構思ってる事顔にでてるから」

 面白そうに笑う貴弘がそこにいた。

「いつ来たのよ。あんた」
「ん? 今。でもまあ、だいたいなんの話してたかは想像できるけど。霧山さん・・・だっけ? お前あの人のこと好きなんだろ?」

 さすが。言い切りやがった。サキは何も言えないで、歩いてくる貴弘を睨んでいた。

「まあ、そこまで騒ぐ事でもないだろ。誰だって好きなヤツの1人や2人いるもんだし。気にすんなよな」

 そう言いながら貴弘は、サキの肩をぽんぽんと叩く。なだめてるつもりなのかね? その割には顔がやけに楽しそうだけどな。

「だったら、あんた達も好きなヤツ言いなさいよっ」

 サキの言葉にオレ達は目を合わせてから、声をそろえる。

「イヤ」



 サキは相当こたえたのか、受付を済ますとそのまま1人、ふいっと姿を消してしまった。

「やっ、お2人さん」

 2人きりのオレ達にそう声をかけてきたのは、昨日と同じ笑顔を浮かべた槙野さんだった。

「あっ、どうも・・・」

 ちらっとその後ろ、霧山さんに目を向ける。眠そうな顔でぼーっと立っているその人は、オレと目が合うと、軽く笑い会釈をした。オレも同じ様に頭を動かす。
 さっきの事があるから見方が変わるよな。なにせあのサキが好きになる人だからな。どんな人なのやら。ちょっと興味出てきたかな。

「サキならどっか行っちゃいましたよ」
「ああ、知ってる知ってる。さっき会って蹴りいれられちゃってさ」

 貴弘の言葉に、槙野さんが腰の辺りをさすりながら答えた。後ろからとび蹴りかな。

「『ばれちゃったじゃい』って、もううるさいのなんのって」
「そりゃ怒るって。あんだけ露骨にしなくてもいいだろ」

 もう1人――確か盛田モリタさんだったかな――が呆れたように言う。

「いや、ついあいつからかうのが楽しくて・・・。いやでも、そんなにわかりやすかった?」

 槙野さんの視線がオレ達に向く。

「そうですね。かなりわかりやすかったかな。サキが霧山さんのことが好きって」

 ほらみろと言わんばかりに、霧山さんと盛田さんが槙野さんを睨んだ。

「何だよ、お前ら。あのなチームメイトなら知っておくべきだろ。何も知らないままサキに振り回されるなんて、こいつらかわいそうじゃん。だからオレはあえてだな・・・。あ、そうそう、あいつ他にもな・・・」
「はい、ストップ」

 まったく反省のいろもなく、楽しそうに話続けようとした槙野さんの口を霧山さんがふさいだ。

「ちょっと盛田さん、こいつよろしく」
「はいよ」

 そして見事な連係で盛田さんが槙野さんを羽交い絞めにして、オレ達から引き離す。

「ちょっ、優哉。てめえ。盛田さんも」
「お前、邪魔。先に行ってろ」

 槙野さんが離れたのを確認すると、霧山さんはひとつ、大きな溜息をついてオレ達に視線を移した。
 面と向かうのは初めてかな。背はオレと同じくらいで細身の体に、うっすらと茶色い長めの髪。その下に鋭い目を光らせオレ達を見つめるその人を、正直オレはちょっと怖そうな人だと思っていた。

「悪かったな」

 そう言って笑った霧山さんの笑顔は、思っていたのとはまったく違う、子どものように人懐っこいものだった。

「あいつは話をややこしくして、楽しんでるだけだから。あんまり気にしないでくれよ」
「はあ・・・」
「そうだな・・・、詳しくはさ、サキちゃんに悪いから話せないけど、好きとかなんとかっていう話はさ、もう結構前のことなんだよ。最近はオレ達のところにも顔見せてないし、もうそんな感情は無くなってるかもな」

 今度はやさしく笑い、オレ達を交互に見つめた。オレの頭の中を見透かされるような、それほど透き通った笑顔だった。どうすればそんな顔が出来るのか、訊いてみたいと思ったが、それを聞いてもオレにはとても出来ないだろうな。
 霧山さんは目を伏せると、一瞬意味ありげな表情を浮かべたが、それをすぐに消して続けた。

「まっ、そんなわけだから変な感情を試合に持ち込まないでくれよ。少なくともオレ達はそんな事関係なしにいくからな。負けてもいいってんなら、話は別だけど?」

 挑発的な口調にはっとなる。

「悪いですけど、それはないですね」

 貴弘がまず返す。

「オレ達、そちらさんが気にしてるほど、あいつ個人のことに興味ないですから」

 オレの言葉に霧山さんが、少し意外そうな表情を浮かべた。

「オレ達はこの大会に勝ちに来てるんで」

 くくく。と低く笑うと、鼻の頭をかきながら面白そうに霧山さんがオレ達を見る。

「なるほどね。なかなか面白いヤツらだな。いやいや、試合が楽しみになってきたよ。サキちゃんのことは関係なく、オレ達も純粋にこの大会の優勝目指して来てるんでね」

 そこで霧山さんはポケットから携帯を取り出し、

「そろそろ時間だな。余計なお世話だったみたいだけど、オレはすっきりできたよ」
「いえ、こっちこそ」
「そんじゃあ、また後でな」

 こやかに微笑みながら立ち去る霧山さんの後姿を、オレ達はしばらく黙って見つめていた。

「何か、変わった人・・・っていうか、不思議な人だったな」

 オレがそう呟くと。

「そう・・・だな。なんつーか独特の空気持ってるよな。でも・・・」

 言葉をとめた貴弘に視線を移すと、思案にふけるような表情でオレを見ていた。

「『でも・・・』なんだよ?」
「いや、やっぱいいや。なんでもない。気にすんな」

 いやいや、そういうの一番気になるだろ。

「何だよ」
「なんでもないって。さて、オレ達も行こうぜ。遅れたらサキの機嫌がさらに悪くなるしな」

 妙に楽しそうな顔で歩き出した貴弘の後を、オレは首をかしげながら追いかけた。















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