立花 貴弘 8
「うわっ・・・」
オレが応えたのを確認する暇も無く、サキに相手のディフェンスが襲い掛かった。
「こっち」
すかさずユーヤがフォロー。相変わらず、このへんうまいよな。
サキはすがる様にユーヤにパスを出した。
ここで相手はオレ達の攻撃に備えて、態勢を整え始め、ユーヤは楽々とスタートラインを超えた。
けれど相手の態勢は整っていなかった。いやこの言い方は失礼かな。相手にも、そしてユーヤにも。ただ、相手のGが忘れて立ってことは事実。
淡々とパスコースを探していたユーヤが軽くフェイントを入れる。その瞬間あいつの雰囲気が豹変するのを感じた。
速いっ。
テクニックも何も無い。カタパルトで加速されたように、一気にトップスピードに乗ったユーヤはそのスピードだけで、あっさりと相手を置き去りにした。
パスに徹していたユーヤが、この試合、いや今日初めて仕掛けた。
やっぱオレ達、考えてる事は一緒だよな。自然と笑みがこぼれてきた。
相手はまったく予想してなかったようで、驚きと後悔の混じった表情で振り返り、ユーヤの姿を追っていた。Fはサキに振り回され、ヘルプに間に合いそうも無い、ゴール下まで進路はオールグリーン。状況は2対1。なんでも出来るな。さて、どうする?
――突っ込んだ。
1歩、2歩。力強く踏み切り飛び上がる。
「行かせるか!」
たまらず、Cがブロックに飛んだ・・・ところで、待ってましたとパス。鋭いパスがオレの胸に飛び込んでくる。
「ナイスッ」
タン。と1回ボールを弾ませてゴールに近づき、オレはボールをリングにくぐらせた。
「ナイシュウ」
そう言って戻ろうとするユーヤに、こぶしを突き出した。
「おう。ナイスパス」
ユーヤは軽く笑い、自分のこぶしを、突き出されたオレのそれに軽くぶつけた。
「このプレーも久々だな」
「あー・・・。そうだな」
そう、昔よくやった。オレ達の十八番。2人でNBAのビデオみたりして、いろんなバリエーション考えてやったっけ。
なんてちょっと思い出にひたっていると、
「1分前」
タイムキーパーの声が聞こえた。
得点ボードに目をやる。
23対8
完全に安全圏だな。相手もそう思ったらしい。だらだらとスタートラインに向かう姿からは、もう戦意は感じられなかった。
「あんた達、何してんのよ。さっさとディフェンスしなさい」
サキが近づき、オレ達の頭をはたく。
「あ〜、はいはい」
オレの言葉にサキは眉を吊り上げた。
「何よ、その気の抜けた返事は。最後まで気を抜くんじゃないわよ」
語気を荒げるサキを、オレ達は驚いた顔で見つめていた。
いや、確かにそうだ。こんな状況でも、最後まで真剣にやらないとな。相手に失礼だし、何が起こるかわからないってやつだろ? こういう癖がつくのも、良くないしな。オレとした事が、ちょっと気分が良かったんで、つい、な。でもまさかお前に言われるとは思って無かったよ。
なんて思っていると、
「いい。あいつらを、ぎったぎたにしてやるのよ。試合前にあいつらが言った事覚えてるでしょ。むっかつくわ〜。許せないじゃない。とことん叩き潰して、恥かかせて、そんで終わった後に思いっきり高笑いしてやるんだから」
うわ〜・・・。
不気味な笑顔を浮かべるサキに、
「そっちかよ・・・」
ユーヤが呆れ顔で呟く。まったくその通り。
「そっちって何よ? あんた達あんな事言われたのに、平気なの? ぶっ潰すって言ったじゃない」
「いや、むかついたし、そう言ったけどな・・・」
「だったら、手を抜くんじゃないわよ。ぎったぎたの、ぼっこぼこにするのよ!」
あんま大声で言うなよ。ほらみろ、あちらさんの目つきが怖いんだけど。
「それから、ユーヤ。あんただけまだゴール決めてないわよ。決められなかったら、ジュースおごりだから」
「はあ〜、ちょっと待てよ。今更そんな事言われても、もう時間無いぜ」
「そんなのしらな〜い。あ、ほら、早くしなさい。始まるわよ」
サキは一転、楽しそうに笑いながらくるりと反転し歩き出した。
ユーヤが困った顔でオレを見る。オレにそんな顔されてもな。とりあえず、
「ごちそうさん」
「え〜」
そこでオレから体をそむけ、
「くっそー、2人して・・・」
ぶつぶつと文句を言いながらもどりはじめた。悪いが、もうあきらめろ。この3人の中じゃあお前はそういうポジションだから。
相手の攻撃が始まった。まあ、さっきも言ったけど、もうオレ達の勝利は確実だ。ただ、サキの言葉で、消えていた相手のやる気にちょっと火がついたみたいだけど。
「おお?」
始まってすぐ、思ってもいなかった事が起こった。
スティール。
どうやら、さっきのサキの言葉で消えかけていた火が燃え出したのは、相手だけじゃなかったらしい。ひょっとすると、オレも原因のひとつか?
その通り、ユーヤだ。
相手Gからボールを掻っ攫う。ドリブルをしながら、サキとオレに見てろとでも言いたげな顔で一瞥をくれると、相手に仕掛けた。あ、やっぱちょっとムキになってる。
ただ今回は相手も必死に食い下がる。完璧に抜けていない。と、そこでユーヤが急ブレーキ。コートにブレーキ痕がついたんじゃないかと思うくらいトップスピードから、ピタッと止まる。そのまますかさずバックステップ。
「おおっ」
またしても声が出る。懐かしい。ユーヤ得意のステップ。ってことはこの後は――。
思ったとおり。バックステップしながらボールを持つ。相手はたたらを踏み対応できていない。ノーマークに近い状況。そんな中で、ユーヤは昔と変わらない、見慣れたフォームで腕を、ボールを空に突き上げた。
「スリー?」
誰かがそう叫んだ。ギャラリーか相手か、それともオレだったのか。ただ、その言葉も含めて、オレには懐かしかった。もしかすると、ユーヤもそうだったのかもしれない。まるで中学時代に、その頃の試合に戻ったかの様な気さえしていた。
あいつの3Pシュートで救われた、楽になった試合がどれほどあっただろう。ここぞと言う時、相手の思ってもいない時、味方でさえ驚く場面であいつはことごとく決めてきた。
いつだったか、ユーヤと冗談交じりで話していた事を思い出す。
「みんながさ、『スリー?』って驚いたり、『打たせるな』って言われながら打つのが最高に気持ちいいんだよ。そんな場面以外はシュートしなくでも全然オッケーだよ、オレはさ」
「そう言うの、性格悪いって言うんじゃね」
「そうかもな。でもいいじゃん。そう言うのが好きなんだから。それにさ、ちゃんと言い方あるんだぜ、これにも」
「言い方?」
「まあ、正確にはちょっと意味違うし、シュートだけに限らないんだけど」
「ああ、わかった。勝負を決めるプレーの事だろ?」
「何だ、知ってんのか。つまんねーの」
ユーヤが放った、あいつ独特の低く速い弾道のボールを、スクリーンアウトも忘れ見つめていた。いや、その必要は無いと思っていた。今のあいつの顔を見てればな。
ガゴンッ!
バックボードに当たり、大きな音をたてボールはリングに吸い込まれた。
「っし!」
珍しくユーヤが胸の前でこぶしを握り、小さなガッツポーズをした。
逆に、相手は肩を落とし、再燃していた火は完全に消えさった。
そうだった。あいつは言っていた。相手に大ダメージを与えるプレーをしたいと。勝負を決めるプレーをしたいと。
「当たり前。オレを誰だと思ってんだよ。『クラッチ』(試合終盤の重要な場面で勝利を決定付けるプレイ)だろ?」
「正解。あ〜あ、まあいいや。オレさ、オフェンスもディフェンスも飛びぬけてるもんがないんだよな」
そんな事は無い。と思っていたけどあえて言わなかった。
「だからさ、そこで勝負したいんだよ。性に合ってると思うし」
「そこ?」
「目標って言うか願望に近いんだけど、オレは最高のGでも、最高の3Pシューターでもなくて――」
オレから目をそらすように空を見上げ続ける。
「最高の『クラッチプレーヤー』になりたいんだ」
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