川澄 咲 6
「おっ、やっと来たか。そろそろだぞ」
「お前、今までどこに居たんだよ」
「どこって、そのへんふらふらとしてただけだけど」
普段と変わらない、立花貴弘。さっきのことなんかおくびにも出さない。
う〜ん、こいつも何考えてるんだかわかんないわね。ひょっとしたら、こいつが1番厄介なんじゃない?
私はちょっと話しづらかったけど、ユーヤと立花貴弘はいつも通り、楽しそうに話していた。男ってこういうものなのかしら?
そんな中、目の前の試合が終わった。
私達の試合の番。
決勝トーナメントに行くには、もう負けることは許されない。だけど、相手強いのよね。さっきは勝つとか、見返してやるなんて言ってみたけど、あんまり自信ないんだけど。正直。
あの後の、ユーヤとの話だってさ・・・。
でも、私が弱気になってるところなんて、見せられないしね。
「行くわよっ!」
気を奮い立たせ、コートに足を踏み入れた。
「で、期待していいのか?」
後ろでそう呟く立花貴弘の声が聞こえた。ちょっとドキッとしたけれど、私じゃない。ユーヤに言っているらしい。
振り返ることなく、それでも耳だけには聞き逃すまいと、神経を集中させる。ユーヤは軽く笑ったようだった。そして、
「さあ。まっ、やるだけやるけどな。お前の期待にこたえられるかどうか」
おちょくる様なユーヤの声。立花貴弘は何も言わず、これまた鼻を鳴らして、笑ったみたい。
その時、反対から・・・つまり、対戦相手の話し声が聞こえた。
「さて、軽〜くいこうぜ」
「ここは楽勝だろ」
笑い合う相手。
そりゃあそうよね。今までの試合の結果だけなら、そんな気になるわよね。いつもなら、何ですって、見てなさいよ。って気になるんだけど、今の私は自信をなくしていたし、その言葉が、ただただショックだった。
でも・・・でも・・・。
「あ〜あ、あんな事言われてるぜ」
すぐ後ろで立花貴弘の声がした。驚いて振り向くと、いつの間にか2人が私の後ろに並んで立っていた。2人ともいつもの表情で、でも少し呆れ顔で、
「むかつくなあ」
「むかつくよなあ」
そこで、2人で私を見て、笑う。
「どうするよ?」
やれやれ、まさかこの2人を頼もしいと、思っちゃうなんて。ちょっとヘコみすぎじゃない、私。
そうよね。ここまできたら、開き直るしかないわよね。協力するって、約束したんだし。さっきのユーヤの言葉を、2人を、そして自分を信じて、やるだけやってやるわよ。
「決まってるじゃないっ」
3人の目が、呼吸が、言葉が重なった。
『ぶっ潰す』
相手は男4人のチーム。
まあ、私達のブロックに女って私しか居ないんだけどね。
ここまで2勝してて、勝ち抜けに近いチームのひとつ。他のチームとの対戦成績から考えると、このブロックで2番目に強いってところかしら。
じゃんけんの結果、その相手からのボールで始まる。
相手のGがドリブルを始め、そしてすぐにパス。Fへ。つまり、私の目の前の相手に。
私の頭の中で、さっきのユーヤとの会話が思い起こされてきた。
「ディフェンスはあきらめろ」
「はあ? 何でよ」
「ディフェンスは無理。急にはうまくなんねえんだよ。練習と経験がいるの」
ユーヤは、買ってきたスポーツドリンクを喉に流し込む。
「でも、相手は私のところ狙って・・・」
言葉が詰まる。そう、相手チームは間違いなく、私を狙っていた。ただでさえFっていうポジションだしね。
「いいよ。フリーでシュート打たせないようにしてくれれば。スティールとか無理にねらわけりゃ、ついて行くくらい、サキなら出来るよ」
「う、うん」
「ある程度、ミドルシュートはあきらめるしかない。フリーじゃなきゃ、そう入らないだろ。あ、あと抜かれたときは、オレと貴弘でフォローするし」
ユーヤはそこで力のこもった目で、私を見た。
「お前はオフェンスの事だけ、考えてればいいから」
「え?」
「だってさ、サキの普通のシュートは3点になるんだぜ。使わなきゃもったいないじゃん。6点が使えないのは残念だけどな」
「悪かったわね。ロングシュートが下手で」
ちょっと、ふてくされてみる。
でも、相変わらず3点とか6点とかに反応するのね、あんた。
「そう言うなって。3点でも十分だから。だから次からはお前にボール集めるからな」
「でも、相手のマークは?」
「それもいい。外し方の説明とか面倒くさいし」
面倒くさいって、あんた。本当にこいつの言う事聞いて大丈夫なのかしら。
「だったら、どうすんのよ」
「うん? そうだな、とりあえず走り回れ」
「はあ? 何よそれ。そんなんでいいの」
「疲れるかもしれないけど、1番手っ取り早いし、効果的なんだよ」
「はあ〜・・・」
溜息交じりの返事。
「あっ。ちゃんと、いつパスが来てもいいようにしておけよ」
「わかった・・・けど・・・」
「ボール持ったら、好きなように勝負しろ」
簡単すぎない? いいのかしらこんなんで。
「それと、最後にもう1つ――」
・・・と、そこで相手が動いた。
ゆっくり考えてる場合じゃないわね。
もう、ユーヤの・・・経験者の言う事を信じるしかないわ。
振り切られないよう、少し距離をとっていたのが良かった。スティールを捨ててるってのも。
なんとか相手について行く。が、そこでフェイク。相手の上半身が軽くねじれる。思わず私の体が固まった。そして、その直後――。
「くっ・・・そ・・・」
振り向くと、相手はゴール下。
「ちっ」
舌打ちを漏らした立花貴弘が、ブロックに走ったけれど、その前にボールはネットをくぐり抜けた。
0対2
相手チームに笑顔が広がる。
やっぱり無理よ。私じゃ止められない。これじゃあ今までと同じ様に、ずるずると離されて負けちゃうって。どうするの。
その時背中をバンっと叩かれた。振り返ると、苦笑いを浮かべた立花貴弘。
「おいおい、なんて顔してるんだよ。まだ始まったばっかりだろ」
そして立花貴弘が顎をしゃくる。そっちに目を向けると、ユーヤも私を見ていた。
「気にすんなよ」
それだけ言うと、ボールを持ってスタートラインへ歩き出した。
気にすんなよ。か・・・。あいつの言葉なのに、妙に落ち着いて救われる気になるのは、なんでだろう。
でも、懐かしい感じ。そうよね。団体競技ってこういう雰囲気だったわよね。
「行くぞ。サキ」
立花貴弘がもう1回背中を叩いた。
「うん」
私とした事が、まだまだ吹っ切れてなかったわね。でも今度こそ大丈夫。しっかりと認識した。今はユーヤと立花貴弘がいる。チームメイトがいる。
頷いてポジションにつく私の中にはもう、不安や迷いは無くなっていた。
それを待っていたように、ユーヤがドリブルを始めた。
私のマークについた相手が、薄ら笑いを浮かべる。余裕そうね。だんだんとむかついてきたわ。
よくよく思うと、私がこんなヤツに見下されるなんて、冗談じゃないわ。こいつだけじゃない、誰にだってそうよ。私は見下ろして、おちょくるのが好きなのよ。その逆はまっぴらごめんだわ。
だんだん、いつもの調子に戻ってきているのがわかった。こんなんでわかるってのも、ちょっとアレだけどね・・・。
まあいいわ。とにかく、その気持ち悪い薄ら笑いを絶対に消してやる。見てなさいよ。
「走り回れ」
ユーヤの声が頭の中でよみがえる。
信じるわよ。ユーヤ。
力強く地面を蹴りだす。
「おっ?」
不意をつかれた相手の出足が遅れた。そしてその瞬間、ひと際甲高い、ボールが地面を打つ音が響いた。
「うわっ?」
急に私の目の前にボールが現れる。早くない? まだ走り回ってないんだけど。いいの?
驚きながらも、それに手を伸ばす。まるで吸い込まれるように、それは私の手に収まった。
さっきまで、全然触れなかったのに。こんなに簡単に?
「行けっ!」
2人の声が聞こえた。
はっとなって、目をゴールに向ける。視界の端に、さっきまで私をマークしていたヤツが映る。けど、これなら・・・。
体の向きを変え、ボールを地面に叩きつける。その直後にそいつは視界の中から消えていた。代わりに、
「なーにやってんだよ」
相手のCが私の前を塞いだ。私をマークしてたヤツをからかいながら。
こいつも、笑ってる。ふんっ、今のうちに笑っときなさい。すぐに凍りつかせてやるわ。行くわよっ。
髪を振り乱し、そいつの目の前でクロスオーバー。タンッタンッと小気味いいリズムを刻み、ボールが私の手を右、左、と交差する。
「うおっ」
そいつは1歩も動けず、間抜けな声を出した。ば〜か。ざまーみろ。
次に見えたのは立花貴弘。笑顔の口元が、「行け」と動いた。もちろんよ。私も笑顔を返すと、ゴールを見上げ、すぐにそれを引き締める。
目の前にはもう邪魔するものは何もない。トリコロールの景色。青空、バックボード、リング。広くて気持ちがいいわ。私はそれに向かって飛び込んだ。
「ナイシュウっ!」
着地した私を、そう言って方手を上げた立花貴弘が迎えた。
決まった・・・。こんなにあっさり。
私は軽い放心状態で、立花貴弘を見上げた。さっきまでまったく決められなかったのに。シュートチャンスさえほとんどなかったのに。何かあっけないというか・・・。
けれどすぐにあらゆる感情が浮かんできた。こらえきれないそれに任せるように、破顔し、
「当〜然っ」
立花貴弘とハイタッチを交わした。
やった。決めた。決まった。3対2? 逆転よ。逆転。言いたくないけど、この日初めて私達のチームがリードしてるのよね。始まったばっかだけど。でも、気持ちいいわ。最高。このまま勝てたら、どんな気持ちになるのかしら? おっと、そのためにも浮かれすぎちゃだめよね。でも・・・気持ちいい〜。
「ふんっ」
鼻を鳴らし、勝ち誇った顔で相手を・・・特に、FとCを一瞥する。少し苦い顔をしたけど、すぐに気を取り直したかのように、表情を戻し声を掛け合いながら、リスタートの準備を始めた。
1回くらいじゃだめか。でも、見てなさい、終わったときには、一言も発せられないようにしてやるんだから。
と、その時やっとユーヤが目に入った。スリーポイントラインの外側で、相手のマークに行こうとしている所だった。ユーヤは私と目が合ったのに気づくと、立ち止まり口を動かしてから、くるりと背を向けた。
本人は声を出していたのかもしれないけど、私には聞こえなかった。まったく、こんな時くらいもうちょい大きい声出しなさいよね。
でもユーヤの口は、間違いなく、
「ナイス」
と、そう動いていた。
私も、自分のポジションにつきながら、ユーヤの背中に向かって声をかけた。
「ナイスパースっ」
ユーヤは少し驚いた顔で振り返ると、それをすぐに勝ち誇ったような笑みに変え、口を動かした。今度は私にもはっきりと聞こえた。
「当然」
今度は私の目が丸くなった。まったく・・・。
苦笑いを浮かべていた私の後ろから、立花貴弘の声が響いてきた。
「よっし、ディフェンス。止めようぜ!」
同時にドリブル音が聞こえ始めた。試合が動きだす。
私とユーヤは相手を睨みつけたまま、それぞれ声を上げてそれに答えた。
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