クラッチ(21/38)PDFで表示縦書き表示RDF


クラッチ
作:高階涼介



川澄 咲 5


 一瞬、耳を疑った。

「えっ?」

 ユーヤは顔を逸らし、腕組みをして忌々しそうな表情を浮かべたまま黙っていた。
 空耳じゃないわよね。悪かった? ユーヤが、言った? 言ったわよね。間違いない。言った、言った。
 こらえようのない感情と、それに釣られるように、まず口元がにやけてくる。

「えっ、えっ。もう1回。もう1回言ってよ」
「1回しか言わねえって、言っただろ」

 確信した。どうしましょ、踊りだしたい気分だわ。今、目の前に募金箱があったら、喜んで千円札を入れちゃうわね。
 謝ったのよ。ユーヤが。私に。バカで頑固で愛想がなくて、いちいち私に突っかかってくるあのユーヤが。屈服・・・そうついに屈服したのよ、私に。
 もう気分爽快。晴れきった休日の朝に、窓を開けて太陽の光と、穏やかな風を浴びた時みたいに清々しい、実に清々しい気分だわ。

「ねぇ〜、お願〜い。もう1回言ってよ〜」
「嫌だって、言ってるだろ」

 甘えた声で頼んでみたけど、さすがにだめみたい。まあいいわ。1回でも言った事には変わりないし、ユーヤも自分の立場ってもんを理解したみたいだしね。
 それでもしつこく、まあ、からかい半分で言い続けていると、

「お前な、浮かれるのは勝手だけど、勘違いすんなよ」

 そう言うとユーヤは私を睨みつけ、顔を近づけて来た。

「いいか、今のは、これまでの事をチャラにしようってことだからな。これからは態度を改める。とか、そんなんじゃねえからな」
「はあ?」

 何よ、せっかくいい気分だったのに。でも、わざわざ謝ったってことは、ちょっとは気持ちの変化があったってことよね。ということは、これからユーヤが私の上に立つなんてことはないでしょ。
 あれ? でも何で急に変わったのかしら? そんな話なんかしてなかったわよね・・・。

「とにかく、今までのことはリセットってことでいいよな? だから・・・」

 そこでユーヤは表情を引き締め、

「次からは、相手に集中して・・・本気で行くぞ」
「えっ?」

 次って何? 
 不思議そうな私の顔を見ると、ユーヤは、

「おい。『えっ?』じゃないだろ。次だよ。次の試合」

 次の試合・・・、あっ、そうかバスケのことね。すっかり頭から飛んでたわ。何しろあんたが悪かった。なんて言うから・・・。

「あれ、じゃあ今謝ったのって・・・」
「当たり前だろ、次の為だ。あいつに言われたけど、オレだけじゃなくて多分サキもそうだったんだろ。相手にいまいち集中できない。ってのも、心の中で、オレ達は仲間ってより敵だって意識があった。お互いに信用してないってところがさ」
「あっ・・・」

 そのかもしれない。ううん、「かも」じゃないわね。その通りよ。確かに、私は目の前の相手に勝ちたいと思っていたけど、最終的に勝ちたいのはこいつ・・・ユーヤだった。

「そういう気持ちはさ、あってもいいと思うけど、オレ達はそれが強すぎたよな」

 ゆっくりと、染み渡るように、ユーヤの言っている事がわかり始めてきた。それと共に、私はさっきまで浮かれていた自分が、情けなくなっていった。
 私がユーヤを誘ってきた。つまり言いだしっぺ。1番真剣にやってる気でいたし、負けて1番悔しいと思っていたのは、自分だと思っていた。にもかかわらず、勝つために何かを変えようとしたのは、ユーヤが先だなんて。
 ちょっと待って、さっきの立花貴弘の言葉。あれでユーヤが変わったとしたら、1番考えてなかったのは私・・・。
 負けたからって、ただあたり散らしたり、ユーヤが勝つために、私達の中に在るものを、少しでも取り除こうとして言った事を、単純に喜んだり。バカみたいじゃない。
 ユーヤの言葉と、こういうことに頭が回り始めたからか、さっきの立花貴弘の言葉の意味も、だんだんと解ってきた。目的。考え。見てるもの。敵。結局言いたかった事って、当たり前で簡単な事なのね。

「さっき立花貴弘が言ってた事って、そういうこと?」
「多分な」

 今日の目的は、この大会で勝つこと。チームとしてコートに立ったからには、お互い信頼しあわないといけない。それがどんなに嫌なやつでも。コートの中では関係のないことなんだから。そこでは目の前の相手に勝つこと以外に、優先されるものなんかない。そもそも、今日の目的はそこなんだから。
 私だって、わかっているはずだった。それなのに・・・。

「おい、何呆けてんだよ」

 情けなさと、ショックで、呆然としていた私を見て、ユーヤはまるで子どもをあやす様な笑顔で、

「リセットの意味、わかったろ?」
「あっ、うん・・・」

 視線をそらし、表情を変えず頷いた私を見て、ユーヤは困ったような顔で、

「なんだよ、急に。らしくねえなあ。あのさ、むかつかねえ? 貴弘にあんな事言われてさあ」
「え?」

 ユーヤを見ると、今度はいつものいたずらっぽい表情で、

「あいつだって、同じ様なもんだろ。だいたい中学の時から、チームプレイってのを1番無視してきたのは、あいつなんだぜ。自己チューだからな。そんなヤツに言われるなんて、オレは自分が情けないし、お前に言われたくねーよ。って感じなんだけど」
「そうなの?」
「そうだよ」

 てっきりユーヤは、立花貴弘に感謝と謝罪の気持ちでいっぱいなのかと思っていた。いえ、実際はそうなのかも知れないけどそういうことを、口に出して言うヤツじゃないしね。それから、もうひとつ理由があると思う。それに気づいた。いつもだったら言ってたかも。
 私だけじゃない、本当は立花貴弘にも、あんたは負けたくないのね。
 ってね。
 私は自然と笑みが浮かんできた。

「言われっぱなしじゃ、くやしいじゃん?」
「そうね・・・、言われっぱなしじゃあね。」
「それに、このまま負けて終わるってのも。お前、勝つためには、手段を選ばないんだろ?」
「あんたもでしょ?」
「当たり前」

 2人でにやっと笑う。
 そうよね。勝つためには手段を選ばないって、私の信念じゃない。そのためなら嫌なことだって、我慢しなきゃいけない時があるに決まってるのにね。これも忘れてた。じゃなかったら、こんなヤツとチームなんて組んでないわよね。

「わかったわ。あんたはむかつくけど、今はチームメイトだもんね。勝つためなら、あんたとだって協力してみせるわよ。あんたとの勝負はこの大会が終わってから、きっちりつけるけどね」
「そういうこと、そんじゃあ、次からの試合は全部勝とうぜ。それから――」
「立花貴弘を見返してやるわっ」

 また2人して、笑いあう。

「よし、それじゃあ次の試合だけど――」
「あっ、ちょっと待って」

 このままこの話を終わらせたくなかった。
 ユーヤは気づき、変わった。私にも伝えてくれた。そして私も変われそう。まあ、大きな変化じゃないし、どちらかというと、思い出させてくれた。ってのが近いのかもね。それでも私は正直ちょっと感謝してる。サンキューって。それともう1つ・・・。

「ねえ、ちょっと屈んで」
「何で?」
「いいから、ほら」

 ユーヤは少し顔をひねりながらも、腰を落とした。

「もうちょい」
「これくらいか?」
「うん、いいわよ」

 ユーヤの目線が私より下がる。いつもと逆ね。
 ユーヤは、自分が変わったってところを見せてくれた。私だって、このままってわけにはいかないわよ。
 私は両手でユーヤの顔を包みこむ。

「えっ?」

 驚いた顔。それがだんだんと赤くなる。私はそのユーヤに顔を近づけ、こぶし2つ分くらいまで近づいたところで、にっと笑う。そしてそこから加速。
 ごつっ。
 と鈍い音が響く。

「いって」

 私の頭突きをくらったユーヤは、顔をしかめ、額に方手を添えた。私はその顔を持ったまま、

「私も、いろいろと、ごめん」

 そこでユーヤの顔から手を離し、顔を背ける。
 やっぱ謝るなんて、性に合わないわ。照れくさいのよね。でも、ユーヤだってやったんだし、私が出来ないってのも、悔しいじゃない。私だって、そんなに子どもじゃないわ。
 そういえば、さっき私嘘ついて勝ってるってことにしちゃったから、1回少ないじゃない。・・・まあいいか。いろいろ気づかせてくれた事で、それはチャラにしてあげるわ。
 そんな事より、さっきの私みたいに、ユーヤもさぞかしうれしそうな顔になってるんでしょうね。お互い様だし、それくらい覚悟してたからいいけどさ。
 そんなことを考えながら、ユーヤに目を向けると、初めて会ったときに1回だけ見せた、あの澄んだ笑顔を浮かべて、私を見ていた。私は、何故かそれまで以上に、恥ずかしくなって、また目を逸らした。

「そんじゃ、次の試合の事考えるか。どっか座ろうぜ。あ〜、喉も渇いたな。ジュース買ってくか」

 私が謝ったことには、一言も触れず、ユーヤはいつもの口調でそう促した。物足りないというか、何か反応が欲しかったけど、でも今はこれでいいような気がした。

「あ、うん。そうね。コーラ飲みたい・・・かな」
「さすがに、今はやめとけよ。腹にたまるぞ」
「そっか。そうだったわね」
「それとも、炭酸抜いてから飲むか?」
「あれは、死ぬほどまずいわ」
「だよな」

 なんてことのない、普通の会話。だけど何か新鮮。思えば嫌味や、挑発のない会話なんて、まともにした事なかったかも。
 少しだけ・・・ほんの少しだけだけど、ユーヤの本当の性格や思考がわかってきた。そんな気がする。そしてちょっと親近感を覚えた。それが、協力しようと思えた最大の理由。謝れた理由。
 もしかしたら、私達ってちょっと似てるのかもね。今なら、素直にそう思える。また時間がたてば、冗談じゃない。なんて考えちゃうかもしれないけど。今だけは・・・。
 でも、これからもユーヤとの喧嘩や勝負は、無くなる事はないって言い切れる。休戦してるだけだしね。やっぱり、ユーヤは私の最大のライバル。ユーヤには負けたくない。これだけは変わらない。ただ、今みたいに素直に笑い合える時も、これからは増えていくんじゃないかなと、ふと思った。
 そして、それはそれで悪くない気がした。













ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう