葉山 優也 7
本当にふざけてる。どこまでオレを怒らせれば気が済むんだ、こいつは。この前のことはともかく、今日のことは無条件で謝ってもいいことだろ。たかだかこんなことのために家に来て、それだけならまだしも、母さんに変な事言いやがって。
オレが口を開こうとしたその時、
「葉山優也・・・」
先を越された。
「何だよ?」
オレの声なんか聞こえていないかのように、サキは続けた。
「性格は大人しく、親しいヤツしか気づいてないけど、実はちょっと天然。人付き合いが苦手でクラスでも目立つ存在じゃないし、目立ったりすることが嫌い。ただ、先生や両親、近所の人など、大人の評判は良く、真面目な高校生で通ってる。ありえないわよね。こんなやつを・・・これだから世の中から、詐欺って犯罪が無くならないのよ。まあいいわ。それから、勉強は苦手だけど運動神経は良く、中学時代はバスケ一筋。レギュラーで県大会の決勝まで言ったことがある。家族構成は両親と3人。で父親は単身赴任のため現在は母親との2人暮らし。そのお母さんは体が弱いけど、明るくしっかりした人で家事などもちゃんとする。う〜ん、確かにいい人だったわ。あんた本当にあの人の息子? 養子じゃないの? 間逆じゃない。明るいし、よくしゃべるし。でもまあそんな人だから感謝してるし、頭も上らないってわけか・・・。あとそれから――」
「おいおい、いきなり何言ってんだよ」
「何って、私が集めたあんたに関する情報よ、他にも中学時代ずっと1人の娘に片思いしてたけど、結局その娘には告白どころか、まともに話しさえ出来なかった。とか・・・・・・」
「やめろやめろ」
冷や汗がどっと噴き出す。何でそんな一握りの人間しか知らないような情報まで・・・・・・。
「貴弘か?」
それしか考えられねえ。
「さあね〜、情報提供者の名前を明かすなんてこと出来ないわ。その人の安全、私の信用を守るためにもね〜」
いつの間にか、いつものニヤニヤ笑いを浮かべてやがる。
「オレのプライバシーはどうなんだよ」
「知らないわよ。そんなこと」
あ〜くそっ! 女じゃなかったら、絶対殴ってやるのに。間違いなく、貴弘は明日一発殴ってやるけど、とりあえず、
「そんなことまで調べて、何する気だ」
「うん? そうね・・・・・・」
腕組みをして、オレから視線を外し、
「さっきの様子だと、お母さんに頭が上らないってのは本当みたいだし・・・まず、涙を浮かべて鞄を取りに行く。ってのはどうかしら?」
「鞄を取りに行く?」
サキがうれしそうに、両手をひらひらと動かしてから、床を指差す。
「・・・っ!」
絶句。鞄はリビング。で、そこには・・・・・・。
「お母さんどう思うかしら〜? 間違いなくいい気持ちにはならないと思うけど?」
「お前っ」
思わずサキに詰め寄る。
「まあただ、私だってあの人に迷惑かけたくないわ。あんたの母親とは思えないくらいいい人だったし。だから苦しむのはあんただけ。ちょっと説明すれば、間違いなく私の味方になってくれそうだし」
それはそうかもしれない。母さんがサキのことを気に入ってるってのは明らかだ。さっきの印象からサキのことを、優しく素直でかわいい女の子。さらにオレから告白したことになってるから、どちらかというとオレの方が惚れてる。「あなたにはもったいない」って言葉が出るくらいだから、考えたくもないが、付き合ってもらってる。って思ってるかもしれない。
そんな母さんに、サキが泣きついたら、さっきと同じ光景が繰り返されるだけだ。オレの安らぎの地を守るためにも、これはなんとしても阻止せねば。
でも、どうするよ?
「でも、それだけじゃないわよ〜。他にも色々と考えてきたのよね〜」
オレの考えがまとまる前にサキはそう言って、それはもう清々しい笑顔で、実に楽しそうに、オレからしてみれば拷問・・・いや、死んだほうがマシ級の計画を次々と語りだした。
よくもそこまで思いつくもんだと、感心するね。はは。なんて冷静を装ってみたけど、オレはさっきから気持ちの悪い汗をかきっぱなし。誰かこのドSを何とかしてくれ。
「まあ、ざっとこんなもんね。どう? あっ、これからまた思いついたら追加してくから」
「いや、どう。って・・・・・・」
情けないことに、さっきまでの怒り、勢いはどこへやら。オレはただただ立ちつくすだけだった。
そんなオレの変化に気づいたのか、サキはまたしても不気味に口を吊り上げると、
「私、ホントにやるから」
ダメ押し。
いかん、心が折れそうだ。恐怖で・・・。しかし、ここで負けるな、オレ。がんばれ、オレ。
そんなオレの苦悶の表情を、たっぷりと楽しんでから、サキはため息をひとつ吐くとオレから目をそらし、立ち上がってぐるりと部屋を見回した。
「頑固ね〜。もっと簡単に考えなさいよ。ただちょっと、バスケするだけじゃない。この前だってやってたんだし。同じようなもんでしょ? それにさ・・・」
そこでサキは部屋の壁を指差し、
「ジョーダン」
そのまま次々と、向きを変え、
「アイバーソン、コービー、キッド・・・」
と、オレの部屋に張ってあるポスターやユニフォームを指差し、そのNBA選手の名前を言い出した。
「う〜ん、これは知らないわねえ〜」
「レジー・ミラー・・・」
「あっそ、知らない。まあいいや、こ〜んなに部屋一面バスケ一色って、よっぽど好きなんでしょ? 何でやめたか知らないし、知ろうとも思わないけど、また部活でやれって言ってるんじゃないんだし、たった1回。それも遊びよ、遊び。いいじゃない」
サキの言葉通り、オレの部屋は一面バスケで彩られていた。ポスターやレプリカユニフォーム、バッシュにおもちゃのバスケットゴールなどなど。
確かにオレは今でもバスケが大好きだ。観るのもやるのも。何でこのスポーツに、これだけ取りつかれてるのかまったく説明できないけど、でもそんなもんだろ?
1回、遊びか・・・・・・。
オレは・・・やりたい。バスケしたい。思いっきり――。
じゃなくて、それとこれとは別。だってさ・・・・・・あれ? オレ何でここまで嫌がってたんだっけ?
・・・・・・あっ、そうだよこいつと組むのが嫌だったんだよ。そうそう、危ない危ない。それに何より、こいつの思い通りに動かされるのが嫌だ。嫌だが・・・・・・。
「あ〜、じれったいっ! わかったわよ。ちょっとあんた。これ見なさい」
サキが申込書をオレに突きつけ、その1文を指差した。
「ここ。『上位チームには賞金、商品』ってあるでしょ。今年は優勝したら5万円が出るんだけど、優勝できたらそれ、全部あんたにあげるわ」
「5万っ・・・。いや、えっ、マジで?」
これにはぐらつく。かなりぐらつく。が、本気で言ってるのか?
「マジよ。私は別にお金に困ってないし、欲しくないもの。立花貴弘もそう言ってたわ。でも、あんたはバイトしてるくらいだから、お金欲しいんでしょ」
「いや、まあ、そうだけど。本当に5万出んの? いや、出るとしてもこれ、参加資格、高校生以上ってなってるし、ってことはほとんど年上だろ? 勝てないんじゃ」
サキはだんだんイライラしてきたようで、腕を組み、つま先を打ち鳴らし、
「あ〜もう、いちいち細かいし、なんでそんなにネガティブなの。いい。私はねえ、この大会の主催の人の中に知り合いがいるの、その人から聞いたんだから。それにここ。後援企業も書いてあるでしょ。賞金は5万。出るわよ。なんならここで誓約書でも書こうか? 賞金は5万。取ったら全部あんたにあげるって。それと、確かに大学生や社会人の人が多いけど、そういう人たちはほとんど遊び感覚なの。だからこの大会の去年の優勝チームは高校生のチームだったんだって。それにあん・・・、立花貴弘もいるんだし、本気でやれば負けないでしょ」
出る・・・のか。5万。でかいよな。今のバイトだと、1ヵ月ちょいかかるもんなあ。それが、勝つ可能性もあるってんだろ。そうだよな貴弘がいれば、勝てるかもしれない。
う〜ん、バスケで5万、それにサキの脅迫。バスケ、5万、脅迫。バスケ、5万。バスケ、5万。5万、5万――。
「もうっ、黙ってないで何とか言いなさいよねっ! ・・・うん? あーっ!」
と、そこでいきなり大声上げて、部屋の隅に一直線。
「これっ、このバッシュ、レブロンモデルの3よねっ!」
「えっ? ああ、そうだけど?」
さっきまでの話なんかすっかり忘れたように、興奮気味にそれを手に取ると、横にしたりひっくり返したり、うっとりとそれに見とれはじめた。
自分の話の腰を自分で折るなよな。やっぱりこいつの思考、行動にはついていけないね。
「何で持ってんの。あんたが。この色。何でっ!」
「何でって、買ったからに決まってんだろ」
するとサキは子どもみたいに、目をきらきらさせながら、
「ちょうだいっ!」
いきなり何言い出すんだ、こいつは。
「だめに決まってるだろ」
オレはサキに近づくと、それを取り上げる。が、すぐにまた取り返された。サキは唇を尖らせてオレを睨みつけ。
「いいじゃない、もうバスケしてないんだし。履いてないんでしょ。飾ってるだけじゃもったいないわ。私が履いてあげる。その方がこのバッシュもきっと喜ぶわ」
「アホなこと言うなよ。だいたいそれ、男用だし、お前にはでかいって」
「大丈夫、大丈夫。それくらい。もうこれ欲しかったのよ〜。妹がさ、バスケやってるから、バッシュ買おうと思ったときに、バスケの雑誌借りてきて、いいのないかな〜。って見てたんだけど、そのときにこれ見て一目惚れしちゃったのよっ。めちゃめちゃかっこよくない? でも、その時はもう発売してからかなり経ってたから、どこに行ってもなくってさあ。まさかこんなところにあるなんて〜。もうこれは運命よ」
大丈夫でも運命でもない。それにやるとも言ってない。やらねえし。
「いいから返せ」
オレが再び手を伸ばすと、サキはさっとすばやく手を動かす。
「やだ、ちょうだい」
ふてくされた子どもみたいな顔で、何度も上下左右にオレの伸ばす手をかわす。こいつ。
それいくらしたと思ってんだ。それにオレだってあまりのかっこよさに、衝動買いしたくらいなんだぞ。「ちょうだい」と言われて「はい、どうぞ」なんて言うか。
そこで、フェイントを入れてやる。右。と見せかけて――。
「あっ」
捕まえた。が、サキは手を離そうとしない。
「離せよ、お前」
「い〜やっ。バスケしないんでしょ。いいじゃない。ちょうだいよ〜」
こいつは、見た目なんかは大人びてるくせに、この間のコーラ振ったりとか、なんかたまに子どもっぽいんだよな。とにかく離せよ。
一向に離そうとしないサキと、罵声を浴びせながらくだらない引っ張り合いを続ける。特にサキは、
「バスケしないんだから」
を連呼し続けていた。
正直、後で思い起こせばこれもサキの策略だったのかもな。勢いに任せて今までの展開が吹っ飛んでいたオレも悪いんだが。
いい加減、鬱陶しいし面倒くさくなってきて、オレの思考はこの馬鹿げた引っ張り合いを終わらせることに切り替わってしまっていた。つまりオレはうっかりとこう叫んでしまったわけだ。
「わかった。バスケやる。出る。大会出てやるから、離せ」
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