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クラッチ
作:高階涼介



葉山 優也 5


 貴弘達の話だと、オレはマイペースで人の目を気にしないなんて思われているらしいけど、オレにだって人並みにコンプレックスってものがある。
 外見なんてほとんどそうだし、他にも人付き合いが苦手なことや、勉強も駄目で、特に数学や物理の数式なんかは催眠術の模様にしか見えない。まだまだ挙げていけばきりがないけど、そんな中で、オレの1番のコンプレックスが立花貴弘の存在だ。
 前にもちょっと憧れてるって言ったけど、オレの目から見た貴弘はオレの理想に限りなく近かった。
 人当たりもよく男女共に友達が多い。頭の回転がよくて行動力があり、言ったことは大抵やってしまう有言実行タイプ。多少、唯我独尊的なとこがあるけど、なんとなく許されてしまう、というかそこも魅力になってるんだよな。それで、運動神経抜群でかっこいいってどうなってんだよ。オレが勝てるものって言ったら、平均点以下で争う学校のテストくらいなもんだ。これでもし、勉強でも負けてたらオレはこの世の理不尽さに絶望し、首を吊っていたかもな。
 まあ、そんな冗談は置いといて、つまりオレはあいつに対して劣等感ってものを持っている。
 だからといってあいつに悪い感情を持っているわけじゃあない。一緒にいて楽しいし、親友って言葉にもうそはない。
 ぬぐいきれないほんの小さなわだかまりってとこかな。バカらしいと思っているんだけど、あいつと話してたりするとどうしても胸の奥に湧き上がってきてしまう。そしてこんなことを思ってしまう自分に嫌悪感を抱き、嫌気がさす。何でオレはこんなヤツなんだ? って。
 貴弘と深く係わるようになるにつれ、オレは自信を失い、自分を恥じるようになった。本当に才能のある特別な存在ってヤツは、こういうヤツのことなんだって。こういうヤツらから見れば、オレなんてその辺のヤツらと、何にも変わらないんだろうな。それに、よくよく考えたら、オレには人に胸を張って「これだけは、負けねえ」って言えるものが無い。
 だからオレは、自分の事を特別だとは思わないし、それなら普通の人生って言うかさ、それなりの生き方をしないと疲れると思わないか?
 スポーツなんて得にそうだ。どんなに努力したって、持って生まれた絶対的な能力が最後にモノを言うだろ? オレはちょっと運動神経がいいだけで、あとは貧弱な体と脆い精神。スポーツをやる人間にとっては致命的だよな。
 おかしな話だよ。オレがバスケをやめる、大きなきっかけを作ったのが、オレにバスケをさせたいと、1番しつこく言ってくるヤツなんだからな。気づいてないだろうな。というか気づかれたくないけど、こんなかっこ悪い悩み。
 だいたい、あいつだって何を考えて言っているんだか。自分中心で物事を考えるやつだぜ? あいつの都合で振り回されるのは遊んでるときだけで十分だ。それは楽しいけど、オレの生活までかき回されるなんてごめんだね。
 だからこれは、バスケをやらないってのは、オレの小さな小さな抵抗。うまく言えないけど、「立花貴弘」という存在に屈してない、自分の意思で行動しているって自分に言い聞かせるため。そしてお前の思い通りにならないヤツだって居るんだぜって、他のヤツとは違うってあいつに認めさせたい。認めてもらいたい・・・・・・。
 結局は自分を「普通」と認めたくない、ちっぽけなプライドを満足させるための手段なのかもな。バカらしい方法だけど。


 悪いな、貴弘。オレ、こんなんでお前のこと親友って言っていていいのかな? お前はそう思ってくれてるのかな?
 はあ・・・、オレって何でこんなんだろうな。ホントかっこわりぃ・・・・・・。





 愚痴はこのくらいにしておこうか。
 今日は学校でサキに蹴っ飛ばされてから、2日が経っていた。あの日帰ってきた貴弘は苦笑いを浮かべただけで、何も言ってこなかった。オレも何も言わなかったしな。昨日もそして今日も、貴弘、サキからのアクションは何もなく、あきらめたのかと胸をなでおろしていた。
 でも、それは大間違いで、オレは何にもわかってなかった。あの後の2人の会話と、あの時の貴弘の苦笑いの意味ってやつを。そしてオレがそれを理解するのが最悪のかたちになるなんてな。


「ただいま」

 バイトも無く、吉岡達いつもの仲間と駅前をぶらついてから帰宅したオレの耳に、明るい笑い声が聞こえてきた。

「誰か来てんのか?」

 靴を脱ぎながらつぶやく。
 簡単に説明するけど、オレの家族構成は、親父に母さん、そしてオレの3人。で、親父は現在、単身赴任中。そんなわけで、今は母さんと2人で暮らしている。
 ただ、うちの母さんはもともと体が弱く、親父が単身赴任をしてからは、よく親戚のおばさんたちが気遣って家に訪ねて来るようになっていたため、今日もそんなに気にしなかった。

「ただいま」

 リビングに入りながらもう1度言う。今度は胃を刺激するいい匂いがオレの鼻に届いてきた。

「あっ、お帰り。ユーヤ」

 キッチンから響く聞き慣れた母さんの声に続き、

「おっ帰り〜、ユ〜ヤ君」

 明らかにおばさんたちのものではなく聞き慣れない・・・、いや、ここではそうだけど、最近では散々聞いた声が続いた。
 オレはその声の主を見つけると、そいつのために作りかけていたはずの愛想笑いを、一瞬で凍りつかせた。挨拶のために開きかけた口も制止。そして自分の目を疑った。
 ちょっと待ってくれ。訳がわからん。ちょっと整理する時間をくれ。
 ここはオレの家だよな。間違いない。見慣れたテーブル、カーテン、ソファ、etc・・・。世界で1番安心できて、安らぎを与えてくれる空間。それは揺ぎ無い事実で、何があっても守り抜かなければいけない場所だ。それなのに、それをぶっ壊す要素が存在している。安らぎとは程遠い、それどころかまったく逆の存在。これだけは、こいつだけはここに居ちゃだめだろ。それでも現実は現実。現実なのか? 本当に? なんで? どうする?
 無理。整理なんかできねえよ。とにかくこんな言葉しか出てこなかった。

「何で、お前が居るんだよっ!」

 いきなりの怒鳴り声に、2人の顔から笑顔が消えた。が、そいつは母さんの視線が自分からそれているのを確認すると、オレに向かってニヤリと不気味に笑いやがった。
 最悪だ。オレには悪魔の微笑みに見えるぜ。

「何で居るんだって言ってるんだよっ!」

たまらずもう1度叫ぶ。

「サキっ!」













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