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クラッチ
作:高階涼介



立花 貴弘 3


 あんまり付き合いの無いヤツから見ると、ユーヤは無愛想で少し怖いイメージがあるらしい。
 無口だし、目つきがあんまり良くないってのが、その理由で、実は本人も結構目つきは気にしてたりする。顔立ちが結構整ってるから、そのぶん冷たい印象になるのかね。普通に見てるだけなのに、「睨んだ」なんて言われる事がしょっちゅうあるらしい。
 特に女の子にそう思われる事が多くて、クラスの女の子もしゃべりかけにくいようだ。しかもあいつは、女の子と話すのが苦手だから、話しかけられても小さな声で「そう」とか「わかった」とか、オウムやインコでも、もうちょっとしゃべるだろって感じの、短い一言で終わらせて黙ってしまうもんだからなおさらだ。あいつが女の子とまともな会話をしてるのを、オレでさえあんまり見たことが無い。だからか、大人しい娘なんかはオレや吉岡あたりを通して、あいつに伝言を伝えたりすることさえある。
 しかも中学から友達してるオレや吉岡でも、あいつの機嫌の悪い日はそんな会話にしか成らないからやっかいだ。それを面白い、と思うオレ達みたいな心のひろ〜いヤツじゃないと付き合うのは、疲れるかもな。
 まあ、オレクラスになると、あいつのその日の機嫌くらいすぐに分かるようになるんだけどな。傍目にはいつも通りに見えるかもしれないけど、不機嫌な日は、ほんと人としゃべるのが嫌なんです。オーラ全開だけど、機嫌のいい日はまるで、ずっとノリのいい音楽でも聴いてるかのように、リズムを取ったり鼻歌なんかも歌ってたりする。マジでよく見ないとわかんないけどな。
 で、今日のあいつはどちらかといえば後者だな。





 昼休み。オレとユーヤはメシを食った後で、ジュースを飲みながらだべる。ってのがいつものお決まりになっていた。
 今日もいつも通り、くだらない話をしながら自販機に向かっていた。会話が途切れたその時にふと、朝の吉岡の話を思い出した。

「そういえば、昨日は随分面白いことがあったんだって?」

 ユーヤはいくらか複雑な表情を浮かべると、

「吉岡か?」
「まあな」
「ったく、あいつは余計なことをぺらぺらと・・・」

 お前はもうちょっと、余計なことをしゃべれよ。

「女の子に勝負を挑まれたって? バスケで」
「ああ、変なヤツだったよ」
「いいねえ、面白そうじゃん。オレも行けばよかったな。なかなか無いぜ、そんなこと」
「面白いもんかよ。なんか話してるだけでもすっげえむかつくヤツだったんだぜ」

 そこでユーヤは不気味な笑顔を浮かべ、

「まあ、思いっきりたたきつぶしてやったけどな」

 お前らしいよ、そういうとこ。

「吉岡達、驚いたって言ってたぞ」
「何が?」

 自販機の前でユーヤは、小銭を取り出す手を止めてオレに振り返った。

「相手の娘めちゃめちゃうまかったのに、あっさり勝った。って」
「ああ、まっ、オレの敵じゃないね。あれくらい」

 冗談ぽくはぐらかすと、視線を自販機に戻し、いつものようにコーラのボタンを押す。

「で、実際どうだったんだよ?」

 紙コップを取り出すと、それに一口つけてから、

「さあ、そういえば女の子とやったのって初めてだからな。・・・まあ、素人であれだけできりゃ、すげえと思うけど」
「素人?」
「ああ、授業とかでやったことある。ってくらいだろうな。ディフェンスなんかめちゃくちゃだったし」
「それで、吉岡や山岡の勝ったてのか? すげーな」
「あいつら情けなさすぎんだよ」

 オレは苦笑を浮かべながら、自販機に小銭を入れた。
 実際に見てないからよく分かんないけど、相当うまいんだろうな。素人同士で女が男に勝つって、結構すごいことだぞ。

「もったいないな、バスケ部に入んないのかな? すぐにレギュラー取れるぞ、そんな子なら」
「オレが知るかよ。まあ、確かに本気でやったら、相当うまくなるかも知んないけど、チームワーク乱れるぞ、あんなヤツ入ったら」

 オレは、コーヒーを取り出すと、自販機に寄りかかりながらユーヤの方に向き直る。ユーヤの背後に広がる中庭には、オレ達と同じように、ジュース片手に時間をつぶす生徒の姿がそこかしこに見えた。その中にこっちに向かって来る1人の生徒がいたが、別に気にすることもなく、話を続けた。

「それで、お前はいつ入るんだ、バスケ部に?」
「またそれかよ」

 ユーヤはわざと顔をゆがめた。この「わざと」ってのが分かるのがオレのすごいとこだな。

「オレはもうやんないの」

 ため息をつきながら、視線をそらす。
 オレの視界に、さっきの生徒がさらに近づいてくるのが見えた。ジュースでも買うのかと思い、邪魔になりそうなので、話を続けながら動こうとすると、

「でも、昨日やってみて、なんかこうざわっと、ていうか、くるもんあったりなんか・・・」

 そこで、ユーヤの顔に微かにだが、動揺のいろが見えた。おお、マジで?
 オレは、動くのをやめて、期待を込めてそのままユーヤを見る。

「ねえよ、そんなもん。それに昨日やってみて思ったよ。もう相当さび付いてるな。って」
「いやいや、今ならまだ十分取り戻せるって。だから、さっさと戻って来たほうがいいぜ」

 ここぞとばかりに、たたみかけようとしたその時、

「ユ〜ヤ〜っ!」

 怒りを込めた、迫力ある声が響いた。驚いて声の方を見ると、ジュースを買いに来てると思っていた生徒だった。眉を吊り上げ、ダッシュでこっちに向かって一直線。
 オレだけじゃなくユーヤも驚いて振り返ったその時、その生徒はくるりと背中を向けると次の瞬間、きれいな回し蹴りがユーヤに炸裂していた。

「おわっ」

 ユーヤは倒れるのを必死にこらえていたが、手に持っていたものはどうしようもなかった。派手に飛び散った液体が、あたりの地面とユーヤの服を湿らせていた。

「昨日のお返しっ!」

 彼女は顔にかかった髪をはじくと、腰に両手をあててユーヤを見下ろし、満足そうな顔を見せた。
 あっけにとられるとは、まさにこのこと。オレはぽかーんと口を開けたまま、話とユーヤの腰を蹴り飛ばした彼女を、見つめていた。きりっとした少し大人びて見える顔に、艶のある黒髪をなびかせ、勝ち誇った表情で立っている姿は、なんだか無性に絵になっている気がした。

「あ〜、すっきりした」

 彼女はオレに一瞥もくれることなく、そう言うとくるりと背を向けた。

「てめえ、ちょっと待て」

 腰の引けた体勢のまま、ユーヤは声を荒げた。彼女は首だけ回して、めんどくさそうな顔を見せる。

「いきなり何すんだ。どうしてくれんだよ、これ」
「あら、どうしたの? 大変そうね」

 ここで、体を向きなおし他人事のようにユーヤを眺める。なかなか面白い子だな。ひょっとして、ていうか絶対この子だな、ユーヤと昨日勝負したの。

「どうしたのじゃねえ。あ〜、べたべた。最悪」
「最悪ですって? 私なんかあんたのせいで、昨日からずっとそうよ。ふんっ、いい気味ね」
「それこそ知るかっ。負けたのはお前が弱かったからだろうが――」
「うりゃっ」

 すかさず彼女のローキックが、ユーヤに決まる。

「イテッ!」
「まったく、どうしてあんたは、そうむかつくことしか言えないの。ねえ?」

 彼女が初めてオレに目を向けた。と、そこで彼女の大きな目が、さらに大きくなった。

「お前いいかげんに・・・」

 ユーヤの言葉には耳も貸さず、オレの方に体を向けた。

「あれ? あんた立花貴弘じゃない?」
「そうだけど?」

 今度は、オレが驚く番だ。え〜と、はじめましてじゃないのか? どっかで会ったっけ?

「げっ、知り合いだったのかよ?」
「いや〜・・・」

 ユーヤの問いに言葉をにごらせながら、頭をフル回転させる。・・・いつ、どこで・・・、あの時告白された娘? いや、あっちか?

「違うわよ」

 オレの頭の中に、突っ込まれたのかと思ってドキッとしたが、彼女はユーヤに向かって見下した視線を向けると、

「立花貴弘って言ったら、有名よ。女子の間で。かっこいいし、バスケ部期待の新人、1年でレギュラーで県内でも有名なんでしょ。かなりのファンがいるのよね」

 彼女はユーヤに向かって、あきれたように鼻で笑うと、

「それに比べてあんたはさあ、探すのに昼まで掛かっちゃったわよ。クラスのヤツらに訊いても誰も知らないって言うし、ひとつひとつクラス回ったんだから。あんた影薄すぎ」
「うるせえな・・・・・・」

 ユーヤはそれだけ搾り出して、黙る。それを見て、彼女はまた満足そうに笑った。なるほど、吉岡の言う通りかもな。

「何、あんた達友達なの?」
「ああ、中学からな」
「へえ〜、変な組み合わせ」

 意外そうに、オレとユーヤの顔を交互に見ながら、何か考え事をしているようで、

「そうなんだ・・・。ユーヤと立花貴弘がねえ・・・」

 と呟き、そして決心したように軽くうなずくと、制服の胸ポケットから折りたたまれた1枚の紙を取り出した。

「ねえ、あんた達。これに出ない?」

 そう言いながら、取り出した紙をオレに渡してきた。なんか色々と字が書いてあるが、肝心なのはこれだろうな。1番上に大きく書いてあるそれを確認するように声に出す。

「バスケットボール3on3大会・・・?」
「そうよ」

 しぶしぶって感じの表情を浮かべる彼女から離れると、オレはユーヤに近寄ってそれを見せる。それに簡単に目を通すと、ユーヤは興味なさそうに、

「誰と、誰が出るって?」
「だから、私と立花貴弘と・・・、あんたよ」

 彼女は忌々しそうにユーヤを見ると、すぐに視線をはずした。

「いや。だね」

 ユーヤはオレの手から紙を抜き取ると、また目を通しながら、ひらひらと躍らせる。

「な〜んでオレらが出なきゃいけねえんだよ。ふ〜ん、来週の・・・日曜と月曜? ああ体育の日か。って2日もあんのかよ。しかも参加費3,000円も取んの? こんなの誰が出るかって」

 そこで、紙から目を離すと、機嫌の悪そうな彼女にそれを返す。

「だいたい、お前とチーム組むなんて無理。昨日もそうだし、今日も散々やっといて、いきなり何言ってんだか」
「うるさいっ!」

 我慢の限界を超えたのか、彼女は怒鳴りながらまたユーヤにローキックをお見舞いする。

「いってえな、だからやめろって。そこは謝ってお願いするところだろ?」
「だ〜れが、あんたに。わかったわよ、じゃあ、立花貴弘だけでいいわよ」
「はぁ、貴弘? 貴弘だって嫌に決まって・・・」
「いいぜ」

 2人の顔が同時にオレを向く。オレは一口コーヒーをすすってから、

「面白そうじゃん、オレはオッケーだけど」

 彼女の顔に晴れ渡った笑顔が浮かび、オレの腕を掴む。ああ、やっぱかわいい子は、笑顔が似合うな。

「さっすが、立花貴弘。こいつとは違うわね」

 腕を放すと、今度は背中をバンバンと叩きだす。コーヒーこぼれるからやめてくんないか。

「おいおい、貴弘・・・」
「お前もいいじゃん、細かいこと抜きにしてさ。やろうぜ」
「いや、あのな・・・」

 困惑の表情を浮かべるユーヤ。さてさて、こっからどうすっかな。こいつの性格マスターを自称しているオレに言わせてもらえれば、ユーヤにはしぶしぶ、仕方ない、っていう状況を作り出してやんないといけないんだよな。嫌がってるところに強引にいくと、テコでも、ブルドーザーでも動かなくなるし、逆に引きすぎると、あっそ。てな感じでこれまたダメだし、う〜んやっかいだな。

「もういいわよ、ほっとこ。それより違うヤツ探したほうが早くない? ねえ、バスケ部にいいヤツいないの」

 頼むから、あんまりあいつを刺激しないでくれ。これはチャンスなんだよ。うまく転べばユーヤをバスケ部に入れることが、出来るかもしれないんだから。そう思いついたからオレはやるって言ったんだぜ。
 オレが、何とか取り繕う台詞を考えていると、

「ちっ、わかったよ。まあせいぜいがんばんな」

 ユーヤは残っていたコーラを一気に飲み干すと、紙コップを乱暴に捨て、背を向けた。

「おい、ユーヤ」

 やべ、遅かった。

「べとべとして、気持ち悪い。何とかしたいし、先に戻ってるわ」
「そうそう、やんないんなら邪魔だからどっか行って」

 舌打ちをもらすと、片手をポケットに突っ込んで、もう片方で頭をかきながら、ユーヤは振り向くことなく校舎に入って行った。
 ったく、こいつら。オレの苦労も知らないで。ほんと、誰か助けてくんないかな。














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