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クラッチ
作:高階涼介



川澄 咲 3


「やっべ」

 そうつぶやくのが聞こえたかと思うと、ユーヤがゴールに向かって走り出した。私も慌てて後を追う。
 それにしても不覚としか言いようが無い。さっきのユーヤの前後の出入りは近づきにくかったんじゃない。私を後退させるためだったなんて。
 あいつが踏み込んだとき、抜かれたくないって意識が働いて、私はじりじりと後ろにさがってしまっていたみたい。自分としてはそんな意識は無かった。無かったからこそ、スリーポイントラインは私のもっと後ろにあるものだとばかり思っていた。だからあいつがシュートの体勢に入ったとき「こんな遠くから?」って思っちゃったわけ。それが実際はラインから数十センチしか離れていないところだった。
 なんてことっ、まんまとあいつの作戦にはまってしまうなんて、あ〜もう、自分の作戦がうまくいってうかれてた〜。
 というか、スリーなんて打つんじゃないわよ。空気よめっ、バカユーヤ!


 ユーヤのスリーポイント(今はツーポイントだけど)は低い弾道でゴールに一直線に向かっているように見えた。でも、あいつが走ってんだから外れてるわよね。ってゆーか入ったら私負けちゃうじゃん。外れろ〜っ!
 ゴガンっと鈍い音がしてボールがリングに嫌われる。ゴールは私と同じ気持ちだったみたい。あいつムカツクもんね〜。
 ユーヤが飛んだ後に少し遅れて私も続く。思いっきり伸ばした腕の先、二人の指先でボールが弾かれた。

「いっ?」

 ユーヤが変な声を出しながら空中で私に振り返る。何よ?
そう思ったのも一瞬で、着地するとすぐさま二人ともボールに向かってダッシュ。って、速いのよ! あっという間にあのバカはボールを掴み取ると、振り向きざまシュート体勢にはいる。今度は打たせるもんですか。踏み切ってジャンプ・・・と、ユーヤの体がぴたりと止まる。うそっ、やられた、フェイクっ!
 抜かれるかと思いきや、ユーヤはバックステップで、スリーポイントラインをまたいだ。ちょっと待ちなさいよ、あんた。また? しかもこの角度の無いとこから打つ気?
 またしても私がブロックに行く前にユーヤの手からボールが放たれた。そしてその体勢のまま、ユーヤは私にいたずらが成功した時の子どもみたいな視線を向けると、ぺろっと舌を出した。まさかっ・・・。
 あわてて振り返り、空を見上げる。未確認飛行物体のように飛ぶそれは、着地点のリングにまっすぐに向かっていた。

 お願い、外れて――。

 ガガンッ。とボールとリングのぶつかる音。その後で願いむなしくボールはリング、そしてネットをくぐっていった。
 誰かが電源を落としたんじゃないかと思うくらい、一気に全身の力が抜ける。

「う〜ん、やっぱ久々だから綺麗には決まんなかったなぁ〜」

 背後でわざとらしい独り言が聞こえた。

「ぐぐう・・・」
 
 言葉にならないうめき声と一緒に、私の中で抜けたはずの力がいろんな感情を伴ってこみ上げてきた。
 勢いよく振り返ると、私はユーヤに指を突きつけ、

「ひきょ・・・」

 と、言いかけてユーヤのにやけた顔にはっとして、口を止めた。それから突き出した腕を頭の後ろにもっていき、思いっきり髪をかきまわす。

「ん? なんか言った」
「何でもないわよ!」

 意味ありげに笑いながらユーヤは、負け犬2人に「終わったぞ」と声をかけ、歩き出した。

「いつから・・・」
「は?」

 絞り出した声に、ユーヤが足を止めた。

「いつからスリー打とうって思ってたわけ?」

 腕組みをして、上目遣いで睨みつけると、ユーヤは頭を掻きながら少し困ったような顔で、

「あんたが訳の分からんご高説を述べてる時だな」

 やっぱり。それを聞いて思いついたんでしょ? やられたらやり返すってわけね。ほんといい性格してるわ。

「スリーはオレの1番信頼できる、武器だったんだよ。昔はな」

 少し自嘲的な笑いを浮かべる。あれ、なんか雰囲気変わった?
 それでも相変わらず目を合わせないで、なんか変なもんでも見えてんじゃないかと思うくらい不思議な視線を空中に漂わせていた。

「サキの言ってたことは、まあ正しいと思うよ。よくあそこまで、自分に都合よく解釈したなと感心するけど」
「何よ、急に。説教でも始めるき?」
「まさか。人の持論や意見を変えることほど、難しくて面倒なもんは無いからな。それに、オレもどっちかって言うとサキの考えに近いし」
「その割には、文句が多かったような気がするけど」

 諭されるような口調に、イライラが収まらない。

「分かってなさそう。って言ったよな」
「そうね。何、教えてもらえて、感謝してるって?」
「くく、まあ感謝はしてるかな。ただ、分かってなかったんじゃなくて、忘れてたんだよ」

 言ってからユーヤは、今までとはまったく違う、澄み切った笑顔をみせた。意外な表情に私の胸の奥がざわつく。言っとくけど、戸惑いってやつよ。
 そしてまだ楽しそうに続ける。以外におしゃべりね、こいつ。

「もともとGだし、1on1は苦手でね。ばれない反則は高等テクニック。なんてよく言うだろ? オレも昔はいろいろやったよ。ああ、そんなことばっかりやってたわけじゃないけどな」

 言ってくれるわね。散々私を抜いといて苦手? ふん、自覚してるけどね。どうせディフェンス下手ですよ。

「でもやっぱり、相手の嫌がることをやる。ってのがオレのスタイルなんだよ」

 でしょうね。じゃなきゃさっきスリー打とうなんて考えないでしょ。

「サキにあんまり接触しないで、さっさと終わらすにはベストだったんでね。それに、このルールなら、どっかでスリー決めようと思うのは普通だと思うけどね」
「どういうことよ?」

 そこでユーヤが意外そうに、

「どういうことって、簡単な算数だろ?」

 算数? いきなり何言うのかと思ってると、ユーヤの顔がまた面白いおもちゃを見つけたような顔になった。

「あれ、気づいてなかった? 2点が1点、3点が2点だろ? 遊びとかだとよくやるよな、これ。これってさ、2点と3点は1.5倍なのに、1点と2点だと2倍なんだぜ」
「あっ・・・」

 そういうことか。

「普通のルールで10点取ったら勝ち、ってので考えるとスリー2本決めてもまだ2本シュート決めなきゃいけないのに、5点のルールだと1本でいいんだぜ。つまり、シュート1本少なくてすむって事。わかった?」
「うるさいわね、もういいわよ」

 何であれこいつに見下ろされているのは、気に食わない。だいたい、そんな細かいことまで考えてバスケするんじゃないわよ。
 得意そうに言うユーヤをこれ以上見ている気にはならなかった。

「帰る!」

 私は顔を背け歩き出そうとした。

「あ〜、その前にジュース買ってきて。のど渇いた」
「何で私が――」

 言葉が詰まる。もうっ、ほんとむかつくっ!

「く・・・、ちょっと、そこの2人。ジュース買ってきて」

 ユーヤに背を向けて負け犬に声をかける。

「オレは、サキに頼んでるんだけど」
「はぁ、私はあの2人に勝ってるじゃない。そこから1本あげればいいんでしょ」
「うん、でも買ってきて」

 楽しそうな顔で言う。こいつ、サディスティックすぎるのよ。

「いや」
「いや、じゃなくて」
「いや」

 誰があんたなんかに、どうぞ。ってジュース買ってきてやるもんですか。
 何度かこの不毛なやり取りを繰り返していると、

「まあまあ、2人とも」

 いつの間にか負け犬2人が寄ってきていた。

「もういいだろ。オレたちが買ってくるって」
「そうそう、そんなにいがみ合わなくてもさ」

 わかってるじゃない。ユーヤなんかより、よっぽどかわいげってもんがあるわ。
 そこで、ユーヤはため息をひとつつくと、「まあいいか」と言って、私をチラッと見た。頑固なヤツ、って目だけど、それはあんだでしょうが。

「じゃあ、何にする?」

 2人の声が重なった。

「コーラ」

 不覚。同じだけならともかく、ハモるなんて。負け犬2人は面白そうに笑い、私とユーヤは忌々しそうな目を合わせていた。


 負け犬2人がジュースを買いに行ってる間、私たちは特に何も話すことなく、手持ち無沙汰な時間を過ごした。あんたなんかしゃべりなさいよ。あ〜、女の子と話すの苦手だっけ。まあいいわ、私もこれ以上あんたと話してイライラしたくないしね。
 ユーヤがなんとなくボールをいじくり始めたとき、2人が帰ってきた。その時私は馬鹿げた小さな復讐を思いついて、2人に走りよった。

「かして」

 2つのコーラを受け取ると、またユーヤのところに戻る。

「あんたのぶんよ」

 にやにやしながら近づく。そして渡す直前に思いっきり振ってやる。

「てめっ・・・」

 私はそれを投げ渡すと、きびすを返して走り出す。そして、鞄を掴み取ったところで、振り返り、

「ば〜か。覚えときなさいよっ!」

 そのまま振り返ることなく、また走ってコートを後にした。
 

 運動公園を出たところで、足を止める。やれやれ、まったく最悪だったわ。
 汗をぬぐい一息つくと喉の渇きを覚えた。右手の冷たいアルミ缶の感触に気づくと、それを額に当ててから開ける。プシュっと炭酸の抜ける音が心地いい。が、その後で、待ってましたといわんばかりの大噴火が始まった。瞬く間に右手が泡で包まれる。

「何なのよっ。もう!」

 最悪。ついてない日は、とことんツイてないわ。

「まずっ」

 炭酸の抜けきったそれは、不機嫌の栄養ドリンクとしか言い様がないわ。一応言っとかなきゃいけないのかしらね。全部飲みました!





「ほんと、何なのよ・・・」

 カーテンの間から差し込む日の光を感じて、ゆっくりと目を開けた。
 枕もとの携帯を手に取り、時間を確認すると、アラーム設定の1分前。見事ね。

「はあ〜」

 そのままため息をつく。朝一番でため息をつかなきゃいけないなんて、今日もいい日にはなりそうにないわね。
 まさか夢で、またあれを体験するとは・・・。寝る前に振り返ってみようなんて考えなきゃよかった。
 最悪ね、あんなヤツに負けるなんて。たとえ「それを待っていた」としても、もっとすっきりとしたのがあったんじゃない?
 学校に行く支度を終えると、机の上に置いてある1枚の紙を見つめ、立ち尽くす。それを取ろうとして、何度も手が止まる。気持ちの整理が出来ない。
 たっぷり10分くらい過ぎたところで、

「あ〜、もう、信じらんないっ!」

 その紙を掴み取ると、鞄の中に乱暴に詰め込む。
 そして、ユーヤに会ったときに、どんな蹴りをかましてやろうかと、考えながら学校に向かった。














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