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一夜の魔法亭 2 ~秋分の夜の出来事。 作者:ゆずはらしの

それは、秋分の夜の出来事。

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●違ってるよね。~そうだよね?

 店に通じる階段の前で、二人は立ち止まった。


「えーっと、……前回も言った気がするんですが」


 階段を見上げたティラミスが、強張った顔で言う。


「なんだかこう、ね。お店の形が。違ってませんか」


 具体的には、大きさとかが。


「違ってますよね。明らかに、違ってますよね?」

「そんな事もあるだろう」


 同じく見上げるウィルフレッドが、無表情に言う。


「いや、そんな事もって。あるんですか、普通?」

「ないと思うのならないのだろう」

「そんな投げやりに言われても!」

「どう言って欲しいんだ、おまえは」

「だからですね、これって、」


 ティラミスは階段の上にある、『ただの茶屋』であったはずの建物を見上げると、叫んだ。


「絶対、おかしいでしょお~~~~っっっ!?」


 夕暮れの空を背景にして建つ店は、淡い薔薇色の煉瓦の壁に、緑や黄色、黄緑の瓦屋根。

 ふわふわとした光の灯るランタンをあちこちにぶら下げ、窓辺にも、店に通じる階段にも、花やハーブの鉢植えが飾られ、良い香りを大気に漂わせている。

 手前の芝生には、涼やかな音を立てて流れる銀の川。そこには白くきらめく華奢な橋がかかり、建物は……どう見ても二階建て以上の大きさになって、そこにあった。


「あのお店って、確か平屋だったよね?」

「そうかもしれんな」

「階段も、こんな長くなかったよね?」

「そうかもしれんな」

「壁の色も、屋根の色も、あんな風じゃなかったよね?」

「そうかもしれんな」

「こんな川とか橋とか、絶対、この辺りにはなかったよね~~~?」


 涙目になって叫ぶティラミスに、ウィルフレッドはため息をついた。


「あきらめろ。ここはそういう所だ」

「なんでそんなに落ち着いてるのよ、サー・ウィル!?」

「世の中には、そういうものだと受け入れた方が良いものもあるのだと、ここへ来てから思い至った。ここは、そういう所だ。あの店は、そういう場所だ。そう思っておけ。どういうからくりかなんぞは、考えるだけ無駄だぞ。

 第一、説明されても俺にはわからんからな」


 泰然自若たいぜんじじゃく
 そのような態度で、ミストレイクの騎士は腕を組んだ。何かを悟ったかのような表情をしている。
 ちなみに妙に枯れた発言をしているが、実は彼は、まだ二十代である。


「うわ。重みを感じる発言。さすがです、人生の先輩」


 この人の人生には、一体何があったのだろうとティラミスは思った。何かよっぽど、苦労してきたのだろうか。
 なお、ヨーロッパ系の人種を見慣れていない彼女は、ウィルフレッドを三十代以上の、かなりのおっさんだと思っている。


「おまえより長く生きているからな。まあ、落ち着け」

「あー、はい。先輩の態度を見習いマス……」


 どうかすると失礼な発言だが、ウィルフレッドは、とがめたりはしなかった。彼は彼で、ティラミスの年齢を、十五歳ぐらいだろうと思っていたからである。自分の方が年上だと思っているので、このような発言になるし、相手の態度も大目に見ている。そういう訳で、なごやかに会話が成立していた。

 実際には微妙に噛み合っていないのだが、本人たちが気がついていないので、問題になることも、揉め事に発展することもなかった。平和である。


* * *


 橋を渡って川を横切り、階段を昇る。ぽわぽわとした光がランタンの中で揺れ、さわやかなハーブの香りが二人を包んだ。腰に巻いたマントが、どうかするとばさばさと翻り、ティラミスは苛立った。

「ああもう、歩きにくい~」

「そんな大股に歩くからだ。歩幅を狭めて、ゆっくり歩けば良いだろう」

「そんなかったるい真似していたら、遅刻するし、仕事にならないわよ」


 言い合いながら、二人は店の扉の前に立った。


『CLOSED』


 チョコレート色をした木造の扉には、閉店の札がかかっている。


「まだ準備中なのね……でも、中に入らないと」


 手にしたカードをいじくりながら、ティラミスが言う。ウィルフレッドも同じようなカードを取り出していた。文面と、扉の文字を代わる代わるに見ている。


「招待されたのなら、待った方が良くはないか?」

「ううん、招待状は念の為にもらっただけなの。迷わないお守りにって。今夜はあたし、お客じゃなくて、お手伝いなのよ」


 そう言いながらティラミスがカードに視線を落とすと、そこにはこう書かれていた。


『秋分の集い 招待状  『一夜の魔法亭』店主 紅』


「やっぱりこれも、変わってるのね……」


 お店の名前とか。名前とか。
 気を取り直し、ティラミスはドアノブをにぎり、回してみた。鍵がかかっているかと思ったが、すんなりと回る。ドアを押すと、からん、からん、とドアベルが鳴り、古びた木の扉は、中に向かって開いた。

 店の中は、人気がなく、薄暗かった。

 良い感じに古びた木の床。すすけた煉瓦の壁。飾り戸棚に置かれた紅茶の缶。角が丸くなったテーブルと椅子。床や椅子に置かれたプランターや、鉢植えのハーブ。
 壁に取り付けられているアンティークな感じのランタンには、今は灯はともっていない。商品見本を並べるための小さなテーブルの上には、空のバスケットが置いてあるだけ。
 奥のカウンターには、放り出されたエプロンが無造作に置いてある。

 いつも通りだった。ただ灯が消えていて、人がいないだけで。

 外観はあれだけ変わっていたのに、入ってみれば変わりのない店内の様子に、ティラミスはほっとしたような、肩すかしを喰らったような、妙な気分になった。
 それでもなぜか、緊張する。どうしてだろうと考えて、紅さんがいないからだと思い当たる。いつもいる人がそこにいない。それだけで、店の中はどこか、よそよそしい。

 あの人、ホントに、このお店の一部なんだ。なんとなく、そう思った。

 一歩踏み出すと、木の床は、ぎし、と微かな音を立てた。


「中は、いつも通りなのね……」

「そうか?」


 どうにも落ち着かなくてそう言うと、ウィルフレッドの声がした。ちょっといぶかしげな響きがあった。そう言えば、サーが後ろにいたんだっけ。思い出してちょっと安心し、振り向いたティラミスの前で、騎士を自称する男は店内を見回していた。


「暖炉がないぞ」

「暖炉って……」


 そんなの、最初からないじゃない。と言いかけ、夏至の夜の店内を思い起こす。あの時は確か、あった。


「あー、……たまに、出てくるみたいね。暖炉?」

「いつも、あるではないか」

「いつも?」


 あれ?


「え? いつも?」

「あるだろう」

「ええ? だっていつもは」

「あの辺りに暖炉があるぞ」


 ウィルフレッドが示したのは、カウンターのある辺りだった。


「え? だってあれは、いつもあそこに」

「いつもはあそこに、暖炉があって火が炊かれている」

「え?」

「ん?」


 二人は互いに、首をかしげて見つめ合った。どういうこと?
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