#96 蟻VSキノコ ⑦
いくつか頭を悩ませる内容があったが、それに関しては後でゆっくりと考えるとしよう。
今までの成績はアント側もフェアリーマッシュ側も一勝一敗。この最後の勝負の結果で、どちらが勝利するのかが決まる。
今回の勝負は単純にお互いのことを知ってもらうことが目的だったため、勝者に何かが送られるということもなく、どちらが勝ったところで、あまり大きな意味はない。
しかし、結果を待つアーマイゼたちの様子は、そうとは思えないほどに真剣なものだった。
両者からの無言のプレッシャーを感じつつ、先ほどの内容を振り返る。
フェアリーマッシュたちは信仰を、アーマイゼは崇拝、アント全体で見れば、忠誠に近いだろうか。
どちらも、いささか行きすぎなように感じる内容ではあったが、その言葉に嘘や偽りは存在しなかったのは、フロレーテが何も言わなかったことを考えると間違いない。
あまりに美化されたそれらに、多少のむず痒さを感じたが、同時にそこまで思ってくれたことを嬉しく感じるのも間違いない。
ゆっくりと時間をかけて、この勝負の結果を決める。その場にいる全員の視線を受け止めながら、息を吸い立ち上がった。
「それでは、結果を発表する。この勝負は、引き分けだ!」
『ダン様!? なぜですか!?』
『なんですと!? 神よ、吾輩の信仰が足りぬと申しますか!』
引き分け。
その結果を聞かされると同時に、両者ともが不満の声をあげる。
彼らの不満も、そして困惑も当然だ。この結果に、不満が無いはずがない。
しかし、それでも、この勝負には勝敗を付けるべきではないと感じた。
どちらの気持ちも本物で、勝敗を付けてしまえば、片方の言葉と気持ちが劣っているとするようなものだ。
かなり強引な幕引きだったが、これで、お互いに一勝一敗一引き分け。
今回は三本勝負という予定だったので、最終結果は引き分けである。
もともと、アントたちとフェアリーマッシュたちに、お互いのことを知ってもらうために始めたこの勝負だったが、何とも締まらない結果に終わってしまった。
今回の勝負に関しては、お互いのことをもっとよく知るという点に関しては、ある程度の目的は果たせただろう。しかし、最終的な目的であった、ジャイアントアントとフェアリーマッシュの仲違いの解決には程遠い。
また別の何かを考えなければ……彼らの仲を改善するには、いったい何をすればいいのだろうか?
そんなこと考えていると、隣にいたフロレーテがこちらへと視線を向ける。
「ダン様。ひとつ、よろしいでしょうか?」
「ああ、どうかしたのか?」
「今回の勝負は、引き分けとなりましたが。今後どちらかを優遇したり、切り捨てるおつもりはありますか?」
はて、彼女は何を言っているのだろう? 一瞬、その言葉の意味が理解できなかった。
そんなことを考えたことは、これまでに一度たりともないし、これから先にもないだろう。
むしろ、お互いに協力してダンジョンの運営に手を貸してほしいと考えているのだ。
そのことは、彼女だって知っているはずなのだが……
「何を――」
フロレーテの真意を聞こうと口を開きかけた時だった。
こちらを、どこか不安そうな様子で窺う、アーマイゼの姿が視界に入る。
少し視線を横へとずらせば、フェアリーマッシュもじっと固唾を飲み、こちらの答えを待っているようだ。
そんな彼らの様子を見て、なんとなく、アントたちとフェアリーマッシュたちの不和の原因が分かったような気がした。
おそらく、彼らの諍いの背景にあったのは、不安なのだろう。
フェアリーマッシュが今までの自分たちの立場を脅かすではないかと、アーマイゼが警戒しているのは知っていた。
フェアリーマッシュたちに関してもそうだ。彼らは、自分たちはジャイアントアントよりも役に立つのだというアピールを、常日頃からしていた。
その裏にあったのは、こちらに見捨てられたくないという意思だったのかもしれない。
もちろん、そんな考えなど欠片も無かったが、そのことをアーマイゼたちにはっきりと伝えたことはなかった。
彼女たちも、こちらから不要とされ、見捨てられる可能性はほとんどないとは思っていたのだろう。
だが、ほんの僅かにくすぶり続けた、もしかしたら、という不安。それが積もり積もって、いくつかのきっかけで燃え上がってしまった。
この勝負も、どちらが今後のダンジョン運営にふさわしいかを見極めようとした――そう捕らえられてしまっていた可能性だってある。
もしも、この予想が正しいのだとしたら、今答えるべきことは一つである。
「そうだな……俺は、アーマイゼたちジャイアントアントも、フェアリーマッシュたちも切り捨てるつもりはない」
アーマイゼたちとフェアリーマッシュを真っ直ぐに見つめて、そう答える。
その言葉が功を奏したのか、彼女たちの不安げな雰囲気が、少しだけ晴れた気がした。
「今までに、そんなことを考えたことはないし、今後もそのつもりはない」
彼女たちの雰囲気のわずかな変化に、手ごたえを感じながらさらに言葉を続けていく。
ジャイアントアントたちは、もはや簡単には切り捨てられない仲間だ。
アーマイゼたちのおかげで、今のダンジョンがある。彼女たちがいなければ、とうの昔にダンジョンは攻略されていたかもしれない。
フェアリーマッシュたちもそうだ。最初は敵対していた彼らだが、悪い存在ではない。
彼らの協力によって、ダンジョンの運営がしやすくなっているのも事実なのだ。
「今回の勝負で、お互いに優れたところや、欠点が分かったはずだ。だから、お互いに協力してダンジョンの運営に力を貸してほしい」
ジャイアントアントとフェアリーマッシュ。
大きく違う彼らの特性は、お互いの欠点を補い、そして優れたところをさらに補強することができる。
彼らが力を合わせれば、今以上に強力なダンジョンができあがるだろう。
「それに何よりも、これ程までに慕ってくれている仲間を、簡単に切り捨てられるはずがないからな……」
最後の勝負で語られた、気恥ずかしくなるほどのそれらを思い出しながら、そう締めくくる。
思えば、フロレーテの提案によって行われた最後あの勝負。
あれは、ジャイアントアントやフェアリーマッシュではなく、俺自身に彼らの気持ちを伝えるためのものだったのではないだろうか?
「だ、そうですよ? どうやら、心配する必要はなかったみたいですね?」
『な、なんのことでしょうか? 私はダン様のことを信じていました!』
『う、うむ。我らが神が吾輩たちを見捨てるなど、考えたこともありませんでしたな!』
どこかたどたどしく、そう答えるアーマイゼとフェアリーマッシュ。
そんな彼女たちからは、不安げな様子が消え去っていた。
「それじゃあみんな。これからも俺に力を貸してくれるか?」
『もちろんです! ダン様のために、全身全霊をかけることを誓いましょう!』
『もちろんですぞ! 我らが英知、存分に発揮して見せましょう!』
どうやら、これで一件落着のようだ。
これからは、お互いに上手く協力しながら、ダンジョンの運営に力を貸してほしいものだ。
「フロレーテ、おかげで助かったよ。ありがとうな」
「これでも、妖精の女王ですからね。これくらいは慣れっこです。ダン様のお役に立てたようで何よりです」
「ああ、これからも、よろしく頼むよ」
「はい、よろしくお願いします」
どこか優し気な表情で、アーマイゼたちを眺めていたフロレーテは、こちらに振り返り微笑む。
これで、今までの不和の最大の原因はなくなった。
これからも、価値観や意見の違いなどから、何度もぶつかることはあるはずだ。
それでも、そんな衝突を何度も超えて、いつの日か、そんなときもあったと笑い合える日が来るのだろう――
◆
「ダン! シュミットちゃんたちから差し入れだよー」
「ああ、ありがとう。そこの机の上に置いてくれ。今日はクッキーか?」
「そうだよ! メディックアントの蜜を使った自信作だって!」
「そうか、それは楽しみだな――」
フィーネが持ってきたクッキーを一口かじると、サクサクとした食感と、柔らかな甘い香りが口の中に広がった。
にこにことクッキーを頬張る彼女とともに、手元の報告書へと目を通していく。
あれから2週間が経ち、ダンジョン内の雰囲気は大きく改善された。
ジャイアントアントとフェアリーマッシュたちは、お互いにいがみ合うようなことも少なくなり、こちらが何も言わずとも協力する場面も増えている。
ふとした拍子に喧嘩することもあるが、それも以前のようなものではなく、単純に議論がヒートアップした結果だったりするようだ。
定期的に送られてくるアントたちの報告書からも、その変化が読み取れる。
『ダン様、新しい装備品に関しての報告ですが――』
「ああ、ちょうど今、そのあたりを読んでいたところだ。順調に進んでいるみたいで何よりだな」
彼女の言葉を聞いて、手元の報告書へと目を向ける。
そこには、以前から続けていた、魔法効果を持たせた装備品の開発についての報告が書かれている。
『はい! 彼らの知識のおかげですね。まさかここまでうまくいくとは思いませんでした』
なかなか思ったような効果を付与することができずに、長いこと進展していなかったのだが、フェアリーマッシュの使っていた魔法陣を装備品に刻むことで、問題点はあっさりと解決してしまった。
知識の見返りに、フェアリーマッシュへはアントたちの作った物品が提供されているようだ。
『フハハハハ! 吾輩の知識が役に立ったようですな!』
アーマイゼから、報告書の内容を聞いていると、そこへ別の念話が響いた。
『ダン様は今私と話をしているのです。邪魔をしないでください――』
アーマイゼとの会話に割り込む、聞き慣れた高笑い。その声の主はフェアリーマッシュである。
そんな彼らへと、報告を中断させられたアーマイゼが、いつかのように非難する――
――かのように見えたが、その後に続く言葉は、以前のものとは違った。
『――と言いたいところですが。今回はいいでしょう。あなた方の協力のおかげで完成した技術です。本当に素晴らしい知識でした』
『ぬ、ぬう……そう真っ直ぐに言われると、何というか照れ……』
『どうかしたのですか?』
『う、うむ。フ、フハハハハ! 気にすることはないぞ! 吾輩たちも対価は貰っている故にな! どれ、その報告、せっかくだから吾輩も手伝ってやろうではないか!』
『そうですね。それでは――』
アーマイゼの話す内容のこまごまとした部分を、フェアリーマッシュが補足しながら報告は続く。
『――以上が、今回の報告書の内容です』
「ああ、よくやった。この調子で進めてくれ」
『かしこまりました! さっそく次に取り掛かるとしましょう!』
『フハハハハ! 同じ神に仕えし者同士、吾輩の知識くらいなら、いくらでも貸しますぞ!』
以前にも増して分かりやすくなった報告を聞き終え、アーマイゼたちをねぎらう。
どうやら、こちらの予想以上に彼女たちの仲は良くなっているようだ。
『――ところでアーマイゼ殿、例の件はどうなっていますかな?』
『ふふ、順調に進んでいますよ。おかげで品質も格段に向上し、耐久性も以前のものとは段違いです。もう片方との相性も抜群ですね』
報告が終わり、フェアリーマッシュが何気なく切り出した例の件という言葉。
その会話を聞く限りでは、どうやら、先ほど報告された装備品以外にも何かを開発しているようだ。
『ほう……それは素晴らしい。完成の暁にはすぐに吾輩のところにも……』
『もちろんです。もうすぐ例の計画を――』
例の件、その内容ははっきりとは分からない。
しかし、なぜろうか、嫌な予感がじわじわと膨らんでいく。
「だ、ダン……みんな仲良くなってよかったね……!」
「あ、ああ? そうだな。これでひと安心だな」
「うん! そうだよ! うん! よかった、よかった! あっ、そうだ! クッキーのおかわり貰ってくるね!」
アントたちから送られてきた報告書にちらりと目をやったフィーネは、なぜか上ずったような声で良かったと繰り返す。
そして、まだまだクッキーは残っているというのに、新しいクッキーを貰うと言って、彼女はダンジョンへと飛び去って行った。
「いったい、どうしたんだ?」
どこかおかしいフィーネの背を見送り、そう独り言をこぼすが、それに答えてくれる者は誰もいない。
内容も、そして見栄えも格段に良くなった報告書を机の上に置き、皿の上に残されたクッキーへと手を伸ばす。沸きあがる不安をごまかすように、ほんのりと甘いそれを口に放り込んだ。
リメイク版投稿につき、こちらのお話はこれで完結とさせていただきます。
尻切れ状態で申し訳ないのですが、よろしくお願いいたします。