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さゆと千里
作:雄



初会相手


夜はあっけなく来るもので、気付けば太陽は沈んでいた。
番頭が花魁おいらんはんたちと楽しげに喋っているのを見て、吐き気がした。
確かに、番頭は顔が良い。端正な顔立ちをしており、素敵な男性やと思う。
それはすべて外見だけで、中身なんて見れたもんじゃない。(うちのような遊女がゆうことやないのは知っとるけど)
不意に目が合い、うちはすぐに目を逸らした。笑い声が聞こえる。




「さゆも来いや」
「いえ、うちは結構どす」




こんな身分の低い女をからかうなんて、根性腐ってるわ。
ここで怒鳴ってやりたいものだが、そんなことしら言うまでもなく寺行き。
下を向いて時が過ぎるのを待った。すると、若い衆の声が聞こえた。




「さゆねえさん、お客さん来てますよ」
「え?」
「初会やゆうてました。なんや有名なべべ着てはったから、ぼんぼんや思いますけど」
「そう・・ 部屋はどこに通してはるの?」
惣籬そうまがきです」
「まあ、あかんわ。初会やろ?」
「そう言われましても、こんなにもろたら断りきれまへんわ」




惣籬がある部屋は、太夫はんや花魁はんが使う高級な和室。
初会のくせに、と心の中でつぶやいたが、若い衆が持っている銭を見ると、相当な額だった。
名代みょうだいもろくにしたことのないうちが、何故このようなお方と?
一応引っ込み禿やったゆうても、接客なんて聞いた話でしかない。
ああ、どうしよう、不服にも怖いなんて思ってしまった。




「親父はんは、このこと知ってはるの?」
「ええ、承諾済みです」
「・・そう、ほな行ってくるわ」
「行ってらっしゃいませ」




若い衆はひどく浮かれていた。
そりゃあそうやろう。あんな大金、うちも初めて目にした。
惣籬がずらりと並ぶ廊下を歩くと、うちの名前が書かれてあった部屋の前があった。
薄暗い部屋に入り、深々とお辞儀をする。相手の顔は、もちろん見えない。




「さゆと申します。よろしゅう」




やっと顔を上げ、前を見ると、若い男の背姿が見えた。
武士のような威厳は持っておらず、どんな罪でも許してくれそうな雰囲気と物腰が噴出していた。
ただ、うちの自己紹介は独り言のようになってしまい、お武家様はなにひとつ言葉を発しない。




「お武家様?」
「・・ああ、すまんな。ここから見える景色がきれいでな、見惚れてしもうてん」




この人の声は、どんなものでも震えさせるような切ない音をしていた。
もちろん、うちの心臓は小刻みに震え、涙腺が壊れそうだった。
こちらを振り返り、やっと顔をあわせた。
切れ長の目をしており、つきのひかりが照らす肌は白く、
若いのに凛としていて、まるで物語の主人公のようだった。




「名は?」
「・・あ、さゆと申します」
「そうか、 ・・さゆ、か」
「お武家様、失礼ですがお名前なんぞ教えて戴けますやろか?」
「ああ、虎鉄竜貴こてつたつきゆうねん」




苗字持ちさんや、と頭の隅で書きなぐって、そしてすぐに消した。
見るたびに、きれいな人やと感じる。一目で人の心を鷲づかみにする、素敵なお人。
夜風で艶やかな黒髪が揺れると、かいだことのない優しい香りが鼻についた。
すると、竜貴はんは静かに笑って、目線を逸らしながらこう言った。




「実はな、こうゆう店来んの初めてなんや」
「そうやったんどすか、」
「卑猥な店かと思うとったが、さゆを見て見る目が変わった」
「嬉しゅうございます」
「・・それはそうと、酒は飲めるか?」
「ええ」




うちは、日付が変わる手前まで竜貴はんと酒をたしなんだ。
竜貴はんはお酒に強く、うちの話を始終やわらかい表情で聞いてくれた。
ほんまは竜貴はんの話をうちが聞くのが遊郭での常識なのだけど、
構わん、と首を横に振り、うちのお猪口に酒を注いでくれた。
そして、なにもせずに帰っていったのだ。




「さゆ、初会のお方どやったん?」
「・・とても、善いお方でした」
「まあ、こんなにもろたん?」
「断ったんですが、引かんくて、」
「はあ・・ 引っ込み禿出身はちゃうなあ」
「いえ、そんな・・」
「貸し。伽耶かやねえさんに渡しといたるから」
「ええ、おおきに」
「もう寝え。明日も早いさかい」
「はい、おやすみなさいませ」




遣り手と鉢合わせるなんて、ついてない。
でも、遣り手と別れたあとも続くこの心臓の叫びはなんなんやろう。
遣り手と会うたからやない。遣り手に金をぶん取られたからやない。
たぶん原因は、竜貴はん。
だって、“虎鉄竜貴”という名前を思い浮かべただけで、こんなにどきどきしてんねんもん。




ふと思い出した。
今朝の会話、そう、逸枝ねえさんの話を。
逸枝ねえさんは、男に騙されて命と落とした。
もし竜貴はんのこと本気になってしまったら、逸枝ねえさんの二の舞や。
そうしたらうちも寺行き。そんなのは絶対に嫌や。




蝋燭の火を消したついでに、竜貴はんのお顔も忘れればええのに。
(それでもどこかで、明日も来てくれへんやろか、なんて思ってたりするの)


これからどーなるか、雄にも分かりません笑
感想、批評など頂けたら幸いです。













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