赤い下敷き
僕の高校には、創立30年だというのに、偉そうにも七不思議が有ります。そのどれもが、音楽室のピアノの噂だったり、化学室の人体模型の噂だったり、どこかで聞いた話ばかり。
けれど、一つだけ、他校にない不思議な話があるんです。その話というのは、高校二年生が使う机。そのどれか一つ。一学期にあたる期間の何時かの時点に、必ず赤い下敷きが入っているというものです。
その下敷きを見つけた人間は三日以内に不幸な事故に遭うというオチまで付いたそれなんですが、実際、僕がその高校一年生の時に、上級生の一人が机の中に赤い下敷きを見つけてしまったという噂が流れたんです。
見つけたのは女子生徒であり、結構、大きな悲鳴が廊下まで聞こえたという話を、友人から聞きました。友達の友達から聞いた話というわけではなく、その友人が悲鳴自体を聞いたそうなので、嘘では無いと思います。
悲鳴の理由というのは、つまり下敷きを見つけてしまったことと、それを見つけてしまった結果、不幸になってしまうという噂があるからでしょう。
実際と言えばそうなのか分かりませんが、その先輩は下敷きを見つけた2日後に車にひかれて、足を骨折する大怪我をしたとか。
ここまでなら、変わった話と言っても、ちょっとした怖い話なんでしょう。ただ、続きがあります。聞いてくれますか?
この話の中で、私はその怖い話に興味を持ちました。とういうのも、下敷きがどこから来たのかという話なんです。
オカルトと言ってしまえばそれまでなんですが、下敷きはちゃんと発見されてるんですよ。女子生徒や周囲が気味悪がって破棄したみたいなんですが、ちゃんとした半透明の赤いプラスチックの下敷きだったそうです。
つまり下敷き自体はオカルトじゃあ無かったってことなんですよ。幽霊とか呪いとかが本当にあったといても、下敷きは誰かがどこかから持って来ないとそこには無いはずなんです。
幽霊が持って来た。と言う可能性だって、オカルトなら有りなのかもしれませんが、どうにも実在する下敷きとそれとが結び付かない気がするんです。例えば、下敷き自体は本物で、それに呪いが掛かっているとかならわかるんですけれど。
だから個人的に、自分で調べてみることにしたんです。まずは噂の出所はいったい何時、何処からなのかという事が気になりました。
うちの学校だけで流れている噂でしたから、多分、学校内で聞いて回れば、何かの答えに辿り着けると思ったんです。
そうして、年配の男性教師から、噂の出所については聞くことができました。なんでも、彼が教師として赴任してきた頃、丁度、当時から20年くらい前になる頃から、赤い下敷きの話が噂されるようになったとのこと。
人様を不幸にするオチがある噂を、学校側が良く思うはずも無く、なんどかそういう話を広めるのは止めるようにと注意したそうなのですが、それでも噂が流れなくなる事は無く、今では、話をしていれば注意はするものの、噂自体を止めることはしなくなっているんだとか。
実際、僕が噂について尋ねた時も、その教師は余計なことをするなと僕を叱りこそすれ、噂の出所が何だったのかについては、教えてくれたんです。
内容については、オカルトというより生々しい実話でした。どんなものかと言えば、いじめの話なんです。
ある生徒が学内でいじめの対象となり、親の意向により転校していったという、オカルトよりもある意味では怖い話。
そのいじめをされた側の人間が、転校する前にある意趣返しをしたというのが、今回の噂の原点らしいです。
なんでも、いじめた側の机の中に、真っ赤な絵の具を塗りたくった下敷きを入れたのだそう。どうせ転校するならそれくらいを。そう思ったのかは知りませんが、兎に角、それを見つけてしまったいじめ側が騒ぎだし、ちょっとした事件になったとか。
さらに、下敷きを見つけてしまった生徒が、学校の階段から転げ落ち、大怪我を負ってしまったので、騒ぎに拍車を掛けてしまったそうです。
結果、これはいじめられた側の呪いのせいだ。そんな噂が飛び交うことになったんだとか。勿論、単なる偶然だとその先生は話していました。
いじめられた側の意趣返しは事実でしたが、生徒は転校先で普通の生徒としての学生生活を再開しており、そんな呪いなどを行っている人物では無かったそうです。生徒の動向について、事件やいじめられていたという事実を心配した先生が、直接向こうの担任に聞いたので、間違いは無いとのことでした。
ただ、そんな偶然から始まった噂が、今も途切れず続いている。そんな、オカルトというより、生々しさのある怖い話を、その先生から聞くことができました。
勿論、話はここで終わりではありません。噂は僕らの代まで続き、実際、机の中に赤い下敷きが入れられた話へと戻ることになるのです。
元になる話が、実際に起こった事件から始まっている以上、今回の下敷きに関しても、幽霊や妖怪の仕業ではなく、実際にいる人間が行なったことである可能性が大いにあります。
じゃあいったい誰が? そんな疑問が浮かんだ僕は、犯人捜しをする能力なんてありませんから、今ある噂の詳細について、とりあえず聞いて回ることにしました。
そうしてわかった事が一つだけ。どうにも、噂には表向きな物とは別に裏向きの物があったというもの。
基本的に語られるのは前者の方なんですが、みんなに聞いて回ると、実はこういう話もあると、訳知り顔で話す人も出て来たんです。
その話というのは、赤い下敷きの手に入れ方についての話です。そう、赤い下敷きは机の中へ勝手に現れる物ではなく、どこかで手に入れるものだったんですよ。
勿論、下敷きを見つけてしまった女生徒が手に入れたものでは無いでしょう。誰かが、かつてのいじめの話と同様に、意趣返しのために下敷きを手に入れ、女生徒の机の中へ放り込んだのです。
では、その赤い下敷きを手に入れる方法とはどんなものであったのか。内容については、まるで儀式の様な物でありました。
まず校舎裏の指定された場所へ、赤い色が付いた下敷きを持って向かいます。そうしてそこで、誰にも見つからずに祈るのだそうです。恨みを持った相手を頭に浮かべながら、呪いたい呪いたいと。
それだけです。ただし条件が幾つか。まず、早い者勝ちだということ。儀式をする場合、それをしている印を付けなければならないというルールがあるらしく、印が付いているのなら、それが無くなるまでは別の呪いを掛けることができない。呪いが成就すれば、その印を消さなければならないんだとか。
次のルールは、それを行えるのは一年生のみというもの。二年生や三年生がしても意味が無いそうです。
そして最後に、この儀式を一年続けること。一年続けることで、下敷きに力が宿り、それを恨む対象の机に潜ませて、本人に発見させれば、発見した対象に不幸を起こせるという噂。
なんとも気の長い話です。ですが、この話を聞いた時点で、僕はとても怖くなりました。どうしてか分かりますか?
まず、赤い下敷きが二年生の、一学期時点の机の中にしか入っていない理由。これはつまり、一年生の一学期の内に、誰かが恨みを抱き、一年間の後、すぐに呪いを実行しているということなんです。時期が二学期以降にずれ込むことが無い。入学の結果、新しい環境になったというのに、すぐ、そんな一年も人を恨む状況になってしまう。それがなんとも恐ろしい。
そうして毎年必ずそれが起こっていたという事実です。毎年、必ず恨まれている人間。恨む人間がいるってことなんですよ。
それがオカルトよりも余程恐ろしい事でした。日常の中で、人のドロドロとした部分を見てしまった様な、そんな感覚。例え最初は単なる偶然だったとしても、これほどの強い感情が長年続いていたのだとしたら、もしかしたら本当に呪いというものが誕生してしまっているのではないか。そんな事すら思えてきました。
事実、下敷きを受け取った女生徒は事故に遭っているんです。噂だって、何の根拠も無ければ風化してたはずで、もしかしたら、下敷きを見つけた人間は、必ず不幸な目に遭ったのではないか。そう考えてしまえるくらいに、噂の内容は、人間の黒い部分を表面化させるものでした。
そんな下敷きが、僕の机の中にあります。はい。真っ赤な絵の具が塗りたくられた下敷きです。僕はとても恐ろしいんです。呪いについても恐ろしいです。だけどですね? それよりも、僕を一年間。恨み続けた人間がいる。その答えがこの下敷きなんだと考えると、とても怖くなって来ます。僕はいったい………誰にどんな理由で恨まれているんでしょうか?