東の空から、大地を揺るがすような轟音が響く。その刹那、実際地面が大きく揺さぶられ、木にとまっていたカラスの群れがいっせいに飛び立ち空をまっ黒に染めあげる。
だが、それだけだ。
通りを行く誰かが驚いて近くの建物に駆け込む事もなければ、ベビーカーで眠る赤ん坊が起きて泣き出す事もない。もちろん俺も、コンビニでの立ち読みを辞めるつもりは無い。
天気予報で、今日は一日快晴だと言っていた。
なら戦争の十や二十開戦されて当然だ。
轟音、再び。
東の空に火の粉混じりの噴煙が上がる。
「今日の戦地は近いな」
「聞いてよ、うちのパパ昨日の戦争で戦死したのよ。二階級特進よ、二階級特進!」
翌朝、通学路で幼馴染みのユキに掴まった。こいつとは、幼稚園に上がる前からの腐れ縁だ。
「ほんと、今まで肩身狭かったのよね〜。三十過ぎて上等兵ってあり得ないでしょ」
「俺達の親世代が俺達くらいの頃は、徴兵制なんてなかったらしいからな」
「そりゃ入軍したのが遅い分出世が遅いのはわかるわよ。でもパパなんか、その上毎日のように「戦争は嫌だ、平和が良い」なんて、わけわかんない事呟いててさ。きっと戦闘機に乗り込む時だって「死にたくない〜」とか、意味不明な事言って周りに迷惑かけてたに違いないわ」
戦争を嫌う。
それは、俺達の親世代が結構持ってる思想だったりする。
戦争は領土が広がる、使える資源が増える、雇用も増え経済も活性化する。反対する理由が見つからない。多分ジェネレーションギャップとか言うヤツだろう。使いどころが微妙に間違ってる気もするが。
「よう、ユキ、アキラ。これ見てくれよ」
通学路で出会ううるさいヤツ第二号、ナツヒコが現れた。見てくれと言ってかざした物は、小さな木箱に入った勲章だ。
「すごい、それどうしたの?」
「先月の出兵で敵の補給路を断絶させた成果が認められて、昨日送られて来たんだよ」
勲章か。俺も何度か出兵はしているが、受勲した事は一度もないな。
「なんだよ、親友の初の受勲なのに反応鈍いじゃんかよ。学生兵士で受勲できるなんざ、そうある事じゃないんだぜ」
「アキラの家は軍人一家だからね〜。いまさら勲章一つ見せられたところで珍しくも何とも無いって事でしょ」
「いやそう言うわけじゃ」
確かにうちのリビングには親父と兄貴が貰った勲章が大小問わず並べられている。だが、それはあくまで親父と兄貴の手柄。俺の物じゃない。
「いいなー、アキラは。パパなんか、一個も勲章なんて貰う事ないままいっちゃったんだもん」
「なんだ、ユキの親父さん死んだのか?」
「うん、昨日の戦争でね。ま、交通事故とかじゃなかったのがせめてもの救いかな」
「ふ〜ん。そうだ、ユキ、この勲章お前にやるよ」
「ええー、いらないよ。それ、ナツヒコのでしょ。名前だって掘ってあるしさあ」
ナツヒコとは高校に入ってから出会ったのだが、どうやらユキに気があるようである。あんな、わがまま娘のどこがいいんだか。
「俺の記念すべき初めての勲章だ。これを俺だと思って」
「いらない」
それからユキ。ナツヒコあたりで手を打っておかないと、将来嫁の貰い手がなくなるぞ。ヤツだって、いつ正気に戻るかわからんからな。
今日の一時限目は社会。世界情勢についてだ。
世界は二十六万飛んで……端数は忘れた。とにかく、それだけの国がある。最も、これは俺の国が認知している国数なので、実際には二倍とも三倍とも言われている。
大きい国なら人口十万以上、小国なら十人にも満たないところもざらだ。それぞれの国で、ある物もあれば、ない物もある。鉱山はあるが掘削技術がない国、水脈はあるが組み上げる技術がない国、人口はあるが国土が狭い国、肥えた土地はあるが種が無く農業が出来無い国。
それらの国が自国に足り無い物を獲得するため、すべき事は何か? 簡単だ。持ってる国に攻め入ればいい。
教師はそんなわかりきった事を、延々一時間喋り通して職員室に帰って行った。これだけで給料がもらえるとは、教師というのはどれだけ楽な職業なんだろう。
俺の進路希望にも七番目にランクインしている。(日によって変動アリ)
その日の午後はとても静かだった。
雨。
雨が降ってたらミサイルの照準も狂うし、戦闘機もまっすぐ飛ばない。こんな日は前線の部隊もお休みだ。
帰りに担任に呼び止められた。
手には赤い封筒を持っている。見慣れた召集令状だ。俺も、これで受けとるのは六度目だ。
「アキラもナツヒコを見習って、勲章を頂けるような働きをして来いよ」
俺以外にも令状を受けとった生徒一人二人にそう言って、担任は教室を後にした。型通りの励ましだが、その厚意は素直に受けとっておこう。
「アキラー、令状貰ったんだって? いつから?」
帰り道、またユキに掴まった。クラスが違うのに、どうして毎日顔を合わせなきゃならないんだ。
「明後日からの作戦に参加する事になってる。準備があるから、明日も学校は休むよ」
「いいなー男子は。女子は衛生兵や補給部隊の出願をしても、なかなかお呼びがかからないのに」
確か、倍率八倍くらいだったと思う。その分、女子は二〜四度出兵しただけで階級が一つ上がる。それがまた、採用率を下げる要因になってるわけだが。
「どう? 自身ある?」
「何が?」
「勲章よ、決まってるでしょ。せっかく出兵するんだから、何か一つくらい手柄あげて帰って来なさいよね」
「お前まで言うかよ」
すでに言ったが、我が家は軍人一家だ。勲章の数も親父と兄貴のを合わせれば、二十を超える。そのため、俺に召集命令が下るたびに受勲できるだけの手柄を上げて来いと言われるのだ。学生兵士の受勲率何パーセントだと思ってるんだ。
家では案の定、親父とお袋から、ユキと同じ事を言われた。
翌日も雨は止まなかった。
昨日よりも多少弱くなってるので、明日には晴れるだろう。晴れてくれなきゃ俺の出兵は取り止め……それだけはごめんだ。
明日持って行く道具類を整理していると携帯が鳴った。
相手はユキ。いつもはメールもよこさないのに、珍しい。
「学校は? 今、三時限目だろ」
「今日は、法事」
「ああ、親父さんの骨帰ってきたのか」
「ううん、爆弾でふっ飛んだらしいから、遺品だけだった。いつも持ってたパスケースだけ」
「そうか」
「パパとママとあたしの写真が入ってた。何年も前に撮った家族写真。……多分、揃って撮った最後の写真」
ユキはそこで一呼吸おいた。
「アキラ、帰って来んのよ」
「ああ。そろそろお袋にどやされたくないし、何か武勲を立てて……」
「帰って来んのよ」
「ん?」
「帰って、来んのよ」
一方的にそれだけ言って、切られた。
結局、何が言いたかったんだ?
「おーい、アキラ。こっちだ、こっち」
奇遇にもナツヒコと同じ部隊に配属される事になった。
部隊長はカスガ伍長。親父より少し年上と言ったところか。兵士が整列を終えたのを確認し、カスガ伍長が出撃前のあいさつを始める。
校長にしろ、隊長にしろ、長とつく役職のスピーチはなぜか長い。
「君たち若い命はとても尊い物だ。戦地で無理に手柄を上げようなどと、ましてや華々しく散ろうなどと言う考えを起こさず、自分の身を護る事を……」
「あーあ、今度の隊長は外れだな」
俺の後ろに立ってる、ナツヒコがぼやく。
カスガ隊長は親世代によくいるヘイワシュギシャだ。先日戦死した、ユキの親父もそうだった。
昔はこの手の思想を持つ人が部隊にいると全体の士気が下がると、収容所に送還されていたらしい。しかし、すぐに収容所が満杯、さらに慢性的な人材不足のため、今となっては部隊長ですらお咎め無しと言う状態だ。
俺が出兵するのはこれで六度目。ヘイワシュギシャの部隊長に当たったのはこれが二度目だ。三分の一の部隊長がヘイワシュギシャだという事になる。(俺統計)
ナツヒコが言うには、部隊長がヘイワシュギシャの部隊は生還率は高いが、それに反比例して上げる戦果は微々たる物だとか。これは今回も受勲は無理だな。
だだっ広い荒野に一人仰向けに倒れてる俺。部隊の他の連中は先に行って、もういない。目に映るのは土色の地平線。後は、顔の真横に転がってる俺の右脚くらいだ。
部隊は二手に分かれて、ゲリラ戦を仕掛けていた。片方の部隊が前線で敵の目を引き付けてる隙に、俺の配属された側の隊が荒野を迂回して敵の本隊を叩く。単純にして明瞭、そして効果的な作戦だ。
敵もそれを見越して、通り道に地雷を仕掛けていた。
それを俺がアッサリ踏んづけた。
下半身は消し飛び、這いずって移動するのも、もはや不可能。出血多量で間もなく死ぬだろう。今すぐ病院に搬送しても助からない大怪我だ。医療の心得の無い俺でも、それくらい見当がつく。
空は雲一つ無い快晴。昨日までの雨で不純物が取り除かれ、一層その青さを増している。そのド真ん中に真っ白に輝く太陽が鎮座している。
遠くの空から、轟音が響き火の粉混じりの噴煙が上がった。
今日も、戦争日和だ。 |