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第八話 幻想の裂け目
旧火焔地獄。

俺が燐に初めて出会った場所。

しかして今立っているその場所は、とてもそのような思い出深い場所とは思えぬ程に目を覆いたくなるような惨状だった。



「・・・おい燐!どこだ!?」

誰一人残っていなかった。あるのは、黒ずみ雑巾のように転がっている大量の無惨な人型の何かだった。


「・・・酷いな」

声を震わせる魔理沙、そしてこの光景に必死に目を逸らそうとする四天王。そして

「大丈夫、お燐は死んではいませんよ」


死んでいない?それは一体なんのつもりだ?下層のことで、さとりは何度も憂いた顔してたじゃないか。そのうえこの惨状を見ても、燐が生きている?冗談がきついんじゃないか?


「そういうつもりではありませんでした、すいません・・・。しかし、お燐が死んでいないと言うのは事実です」
「・・・本当なのか?」

目を見ればすぐにそれが真実と分かったが、聞き返さずにはいられなかった。

「ええ、もし八雲の命令を忠実にこなしているのであれば、恐らくお燐は地上へ連行されたでしょう」
「地上に!?」

ということは、命の保証なんてないじゃないか!生きているかどうかなんて・・・

「いえ、意味もなく八雲が人質をとるような真似はしないでしょう。地底の実力者はなるべく生きて捕らえるよう、彼女は計画しているようですし」
「そうか・・・、悪い、少し熱くなりすぎた」

辛いのは、さとりも一緒だった。それにこの地に燐がいなければ、旧地獄街道での敗北は必至だったのだ。さとりの判断に、落ち度はない。



「二人してシケた顔すんなよな。取られたのなら、また取り戻せばいい話だ」

こんな時の勇儀の一言は、金じゃ買えない栄養剤だな。


「まったくその通りなのですが、そのためには更なる困難が付き纏うことになります」
「紫の計画か」
「その通り、八雲最大にして完全な策略、それを彼女は『プロジェクトA』と呼んでいます」


プロジェクトA。世界を創造する壮大な計画らしいが、にわかには信じがたいところである。そもそも世界を創造するってどういうことだ?

「それを説明するにはまず彼女の能力から説明しなければなりません。・・・単刀直入に言うと、彼女の能力は『境界を操る力』といったところでしょう」


境界を・・・?一見大した能力には見えないが、実際のところそれがどれだけ驚異の力であるかは先刻にも思い知らされている。

「しかしそれは彼女の力のほんのわずかに過ぎません。この能力の本当に恐ろしいところ、それは能力が概念という枠に及ぶという点です」

概念。つまりは物体外にも通用するってことか?

「単純に言えばそういうことです。そして今、彼女はその力を『世界』という概念に向けようとしている・・・」

・・・なんだかスケールのでかい話になってきたな。紫は一体何をやらかそうとしているんだ。

「具体的に言いましょうか。例えば『海と陸地の境界』を消し去ってしまえば地上を海に沈ませることができます。『昼と夜の境界』を操り昼間を消し去ってしまえば地上は永遠に太陽の訪れない極寒地獄となります」

おいおい、簡単に言うけどそんなことがたやすく出来るはずが

「出来るんですよ。彼女なら」

恐ろしいほど平然とさとりは言う。本当にそんなことが出来るというのなら世界を創造するという荒業も不可能ではないのかもしれない。



「紫の力はいつも反則だからなぁ。まーでも、なんかされる前にぶっ倒せばいい話だぜ」
「倒すっても、そううまくいくかね?どこにいるのかも分からないんだろ?」
「居場所なら見当はついています。その場所の名は」


一同の視線がさとりにくぎづけになる中その薄い唇を細々と動かした。



「・・・幻想の裂け目」




















「もう、なんで魔理沙が敵の味方してんのよ!」

霊夢の荒だたしい口調に我興味なしといった視線で返答するは紫。

「いいじゃないの。例え向こうが何人できても彼女達には何も出来ないわ。・・・この二人が私の手中にある限りね」

一方は巨大な翼を休め、小さくうずくまる少女。そして他方には獣のような耳を生やし、紫を睨みながら何か喚いている少女。しかしてその声は、彼女達の周囲を取り巻き発光する、球状で半透明の障壁に遮られていた。

「結果として地底を潰すことには失敗したけど・・・ふふ、まぁいいわ。霊夢にはもう一頑張りしてもらおうかしらねぇ」
「相変わらず人使いが荒いこと。あくまで私の目的は異変解決だってこと、忘れないでよね」
「分かってるわよ。まぁでも、これで残る不安要素はあと一つ・・・」
「あの、心を読めるっていう気持ちの悪い能力をもった妖怪?」

違うわ、首を横に振りながら紫は静かに呟いた。
確かにさとりの能力は紫の前に壁となっと立ち塞がるだれう。
しかし、それ以上に頭を痛める要素・・・イレギュラーとでも言うべきか、それの存在が完璧である計画に唯一支障をきたす可能性を秘めているのである。地底攻略の作戦は完璧だった。たった一人の妖怪を捩伏せることなど赤子の手を捻るよりも簡単なことであるし、そもそも彼女の力だけならば地底の鬼が味方することもなかったのである。


「でも、最後に勝つのは正義の役目。プロジェクトAはそれを確固たる事実にしてくれるわ」
「・・・やっぱり、本当にやるつもりなのね」
「当たり前よ」

凍り付くような声色で、

「何千年と生き続けて成しえなかった懇願は今宵、現実のものとなるの。素晴らしいと思わない?」

「・・・そうね」


そして、全ての始まりを告げる朝日が地平線から顔を覗かせた。















自らの先導で四天王、魔理沙を引き連れて地上へと赴いたさとりはひたすら長い階段を昇り続け、更に上を目指していた。夜も明け、ちょうど空が完全な蒼色に染まり出したころ

「で、この先にその幻想の裂け目とやらがあるのか?もう三時間は歩き続けてるぜ?そろそろ休憩を」
「泣き言言わないのー。人間界からきた普通の人間さんはまだぴんぴんしてるよ?」

魔理沙が疲労丸出しの声でぼやくのに対し萃香が一蹴。というか、流石にぴんぴんはしてないんだが・・・。

「着きましたよ」

さとりの一言で一同はっと正面を見る。いよいよ最終決戦が始まる、その舞台とはいったいどんな場所なのだろうか。その緊張にも似た感情はさっくりと崩されることになる。


「・・・えっと」
「これはつまり」
「立派な住居と・・・庭園?」


四天王ご一行様が頭にクエスチョンマークを浮かべながらおっしゃるその言葉はまさにこの風景を描写するに相応しいものであり、お茶の教室でもやっていそうななんとも独特な雰囲気を醸し出す建物(住居?)と、皇室もびっくりな巨大庭園がセットで堂々と俺達の視界を占拠していた。幻想の裂け目なんていうからてっきり紫の作り出す境界のようなものを想像していたのだが、これは・・・?


「ここって白玉楼じゃないの?なんでまたわざわざ敵の家に?」

四天王で唯一地上で暮らしていた鬼、萃香は怪訝な表情でさとりに聞いた。

「私も、幻想の裂け目の正確な場所は分かりません。ですが、この辺りのどこかにその入口があると聞いています。地上に詳しいお二人なら何か手掛かりを持っていると思ったのですが・・・」

萃香、魔理沙は互いに顔を見合わせしばし静止。そしてでた結論は

「知らないよ」
「知らないぜ」



さぁさっそく詰みましたよこれ。ということはあてもなくがむしゃらにさまよい探すしかないってことか?おいおい冗談きついぜ。



「あらあらこれまた大勢で、ようこそ白玉楼へ〜」


と、なんとも間の抜けた声が俺達を凍り付かせた。何故ならその声には聞き覚えがあったからだ。

「幽々子、やっぱり現れたな!」

わざとらしくズビシと指を、その声の主に突き付ける魔理沙。その指の先には、縁側でひらひらと手を振っている幽々子の姿があった。旧地獄街道で戦った時と同一人物とは思えない素敵な笑みである。ある意味気持ち悪い・・・。


「やーねー、あなたたちの方から押しかけて来たのにその言い方は酷いわ〜。泣いちゃおうかしら」
「敵意は、ないんですか」
「敵意?何で私があなたたちに敵意を抱かないといけないのかしら?」
「・・・どうやらあなたとは話が合いそうですね。あなたの考える通り、紫の計画は非常に理不尽で危険なものです。恐らくはここ、冥界にも被害が及ぶでしょう」
「そう、あなた、人の心が読めるんだったわね」


突然、幽々子の声のトーンが落ちた。


「それにも関わらずよく私と話せるものね。それも私と話が合うだなんて・・・変な人」
「よく言われますよ。いちいちそんなことを気にしていたらノイローゼじゃ済みませんから、どうぞ私のことはお好きなように思って下さい」

さとりのこの悲観的な言動には思わずため息がでるな。

短い沈黙を、さとり自ら打ち破る。

「あなたが私達の力になってくれないことは分かっています。ですが、もしあなたの親友の過ちを正したいのであれば、少しの知恵を貸してはいただけないでしょうか?」

もちろん俺には幽々子の心は読めないが、その表情が明らかな不快を示していた。心が読まれるのが気に食わないのだろう、俺も初めは抵抗あったからなぁ。

「・・・幻想の裂け目をいくら探しても無駄。何故ならそこは『場所』ではないから」
「おいおいもう少し分かりやすいヒントをだしてくれよな。私たちにゃ心は読めないんだ」

魔理沙の横槍に顔をしかめる幽々子は声をくもらせて

「幻想の裂け目は、空想の世界の上に成り立っているの。そう、もともとこの世界には存在し得ない場所なのよ」

存在し得ない?それじゃあそこにたどり着く方法はないのか?

「いいえ貫斗さん、方法は一つだけありますよ」

にやり、と不穏な笑みを浮かべるさとりは少し得意げにそう言った。その発言には幽々子も驚愕、どうやらそんな方法などないものと思っていた様子である。しかし、そんな空想の場所にどうやってたどり着きっていうんだ?



「簡単ですよ、ふふふ・・・」












雲とも霞ともとれない霧のようなものが支配する空間は、太陽の光さえ届かない。もしかしたら、月の出る夜の方がまだ明るいかもしれない。

「紫、地底の主達が動き出したみたいよ」

どこともなく聞こえてくるその声に反応するかのように、暗黒だった空間に徐々に光が溢れる。水銀灯のように、ゆっくりと。

「そう」

短い一言に、先の声の主、霊夢は小さく息をついて

「そう、じゃなくて。迎え撃つとかはないの?計画実行まではもう少し時間がかかるんでしょう?」
「そうね」

素っ気ない返答ばかりに少々呆れ気味の霊夢は、もういいわ、と紫に手を振るとその場を後にする。
壮大な壮大な計画、それは失敗の許されない完璧な計画でなければならない。だから紫は、その完璧な計画というレールをただひたすらに突き進む。決して脱線などしないよう、全ては幾度となく練り上げた計画通りに。

突如、ガラスの割けるような嫌な音が空間の中を反響した。耳障りな音だが、紫は口元をつりあげて誰に言うでもなく


「始まりね」


とだけ呟くと、自ら生み出した境界に身を潜め、そして文字通り消えた。














さとりの考えは実に単純だった。空想の空間である幻想の裂け目、しかしもしそこに燐が捕らえられているというのならばそれは空想ではなく現実の空間であるはずだ。しかし幽々子はそこを空想空間と呼び、たどり着く方法はないと言う。つまりは、

「この世界から見る空想空間、すなわちそれは人間界。恐らく彼女はこの世界と人間世界の狭間を膨張させ、それを『幻想の裂け目』と名付けた」


自ら空間を創造し、潜む。なるほど、それなら確かにもともと存在し得ない空間といえる上、紫自身の力でそれを隠蔽するのは容易なことである。

「この世界と人間界の境界。それは・・・」
「博麗神社か!」

魔理沙は見事おいしい台詞を掻っ攫た。
・・・神社ってことは恐らくあの巫女が住んでいるのだろう。だとすれば、例え幻想の裂け目が閉ざされていたとしてもそこで暴れてやれば向こうさんは出て来ざるを得ないはずだ。流石さとりだな、そんなことを一瞬で見抜くとは。


「あくまで推測に過ぎませんけどね。しかしあの巫女が絡んでいるとなれば、その方が彼女達にとっては都合がいいのでしょう」
「あなた・・・」

幽々子は怪訝な表情でさとりに向かい視線を投げた。しかしその言葉を続けようとはしない。



「・・・西行寺幽々子、といいましたね」

その視線か、それ以外の理由か、さとりの声のトーンもいつも以上に低くなる。まるで、何かを恐れているかのように。

「ご協力に感謝します。彼女の計画は必ず阻止しますから、ご安心を」
「・・・やっぱり、そうなのね」

心中の分からない俺達には何を言いたいのかよく分からないが、ただ、その内容が恐ろしいことであるのは二人の口調から容易に想像がつく。語る気はないんだろう。


「偉大なる四天王、強大な力を持つ人間、そして、彼女に信頼を寄せる人間界の青年イレギュラー。私が力になれるのはここまでだけど、最後に一つだけ忠告するわ」

今まで吹いていた風が、ぴたりと止んだ。



「この計画は、もはや阻止できない程に進行している。それでも、危険を承知で紫に、いえ、この強大な計画に挑むの?」


・・・何を言うかと思えばそんなこと、聞かれるまでもないな。


「当たり前だ」
「こんなことにこの炎綺様が負けるかってんだ」
「すっきり解決して皆で酒呑むんだからね」
「・・・即日解決」
「私がいれば紫なんて敵じゃないぜ!」

全員がスカっとする程の笑顔だった。不安要素があるなら教えてほしいくらいだな。

「・・・そう。なら行きなさい。止めはしないわ」



日も高い正午、最後の時は着々と近づいていた。
いよいよお話は大詰めになります。私の中ではもう完結しているので、後はそれをうまく文章にするだけ・・・


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