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最終話 愁眉の開ける日々
幻想郷の地上では、紫が気持ち悪いくらいの笑顔で迎えてくれた。

彼女に出会ってすぐのさとりはあからさまに不機嫌な顔をしていたが、紫に持ち掛けられた話にすっかり目を丸くしてしまうのだった。


「地上と地底の不可侵条約を破棄しようと思うんだけど〜」


紫が持ちかけた案は、言葉の通り不可侵条約の破棄であった。地上の賢人であろう紫と地底の主であるさとり、この二人が承諾したのであれば破棄は現実のものとなるだろう。しかしそれをして彼女に一体何のメリットがあるのか、そう考えたのはさとりも同じようだった。紫はそんな俺達をあっさりと驚愕させるようなことを言う。


「地底と地上の者が手を取り助け合い私に挑んでくる姿・・・なかなか素敵だったわよ。この様子なら、もう地底といがみ合う必要もないと思うのだけれど、どうかしら?」



始めからそれが試したくてこんな騒動を起こしたのか、そう問うと彼女はうふふと気味の悪い笑みを浮かべて手を差し出した。

さぁ地底の主さとり、契約を破棄し、これからは互いに手を取り合いませんか、と。



笑うしかなかった。
これは後から聞いた話だが、地上の妖怪は今でも地底の妖怪を嫌っている者が多いそうだ。それになんとしても調和の手を施したかった紫は、自ら悪者を演じ、それを打倒すべく手を取り合う地上と地底の者達を、地上の全ての妖怪達に見せたかったのだという。本当紫って奴は、大した妖怪だよ。













「おっかえりー貫斗!!」


地底に戻った俺達を最初に待っていたのは四天王による手厚い歓迎だった。テーブルにはぎっしりと酒やつまみが並べられ、真奈が今にも飛びつきそうな顔で腕を縛られていた。まぁ、苦労したんだろうな他の三人は。

「二人も無事に帰って来て、ハッピーエンドって寸法だ!めでたい、めでたい!」
「そんな二人の為の酒宴だ!無限に酒の湧く瓢箪もある、好きなだけ飲んでくれい!」


しかしこの人達ハイテンションである。・・・なんだか少しだけ懐かしい感じもするな。


「ほらさとりさんも、そんなところで見てるだけじゃ人生の半分は損するよ?」
「わ、私は酒宴は・・・」
「いーからいーから、今日の主役なんだ、派手にいこうじゃないか!」


と、勇儀に強引に腕を引っ張られていくさとり。なんとも新鮮な絵である。




「さぁお待ちかね!異変解決祝い酒宴イン地霊殿、始まりだ!」




















酒宴はつまみの殆どが真奈の胃袋に吸い取られてしまい、無限に酒の湧く瓢箪のおかげで中盤から酒オンリーの酒豪決定戦が始まった。早々に降りさせて貰いたかったが、何と言うか、酒盛りの場ではテンションも上がっちまうからなぁ。腹はもう一日水分を受け付けないくらいに酒でタップンタップンしちまっている。結局誰が勝ったんだか。

さとりはそんな俺達の様子をうっすら微笑みながらしばしば酒に口をつけていた。あまり得意ではないんだろうな、量もそれほど呑まなかったし、ペースも実にゆったりしたものだった。



「いやぁ、やっぱり宴はいいもんだな。しばらく酒は見たくないが」

さとりの部屋。俺はベッドに腰をかけ、同じく腰かけるさとりに話し掛ける。

「ええ、そうですね」

その時のさとりはなんとも言い難い神妙な面持ちだった。

「どうしたんだ?・・・無理矢理誘われて、やっぱり面白くもなかったか」
「いえ、そんな、まさか」

慌てて否定してくる。


「・・・あんな風に宴会に誘われたのは初めてなんですよ。普段なら宴会を止める側の私が、まさか彼女達と交ざって酒を交わすとは」

悔意ともとれる言葉ではあったが、さとりの表情はいつにも増して豊かだった。


「色々あったけど、勇儀達も漸くさとりと親交を深める気になったんだろうよ。あいつら、見た目はああだけど中身はいいやつらだからな」
「平気で立入禁止区域に侵入したりしますけどね」
「そ、そりゃまぁたまにはそんなこともするかもしれないけどさ」
「・・・ふふふ、どうでしょうね」














その後、俺は本当に楽しい日々を送ることになった。不可侵条約が破棄されたことにより地上の人間や妖怪がちょくちょく遊びにくるようになり、その度に友人が増えるものだから困ったものだ。
地底での生活は結局さとりの部屋を借りる形でおさまっている。空き部屋もあるといえばあるらしいが、いつ危ない妖怪に襲われるか分からないからというさとりの配慮である。いざとなったら守ってくれよ、そう告げるとさとりは小さく頷いてくれた。まぁあれ以来事件も起こってはいないし、比較的地底は平和である。無駄な心配ってやつだな。

勇儀達はあれからもいつも通りだった。週二ペースで酒盛りをしては温泉巡りに誘われたり、時には地上に観光へ行ったりなんてこともあった。俺が地底に来たばっかりの時との唯一の違いといえば、そこにさとりが加わることがあることだろう。すっかりこの六人メンバーは定着し、地上を訪れると自然と人が集まってきたりする。それらを巻き込んでその場で酒宴を開く勇儀達の行動力には脱帽ものだな。


燐や空はあれから随分地霊殿に顔をだすようになった。宴会をやっていればそれにゲスト参加するようにもなったし、地上の友人も出来たらしいな。勿論俺達から二人の管轄に押しかけて好き勝手宴会を開くこともあるが。


霊夢や魔理沙は相変わらずだ。宴会の臭いを嗅ぎ付けてはふらふらとやってくるし、異変が起きれば我先にと解決しにいく。先日も宝船がどうこうとか言って空へ飛んでいくのを見た。・・・あいつら本当に人間なのだろうか。














ある日、俺は紫と二人で話をする機会を得た。向こうからの申し出だが都合がいい、俺にも二、三聞きたいことがあったしな。

地上の博麗神社で待ち合わせるよう言われていたので、言われた通りの時刻に訪れてみる。


「あら、久しぶりねぇ。ただの人間が妖怪だらけの地底で暮らしてまだ生きているなんて、私驚いちゃうわ〜」
「さとりにも同じこと言われたよ。・・・おかげさまで元気にやっている」

その日は雲一つない気の晴れるような快晴で、風も穏やか。未だ冬だと言うのにまるで春の陽気だ。


「二人きりで話があるって言ってたが、霊夢はいないのか?」
「ええ、霊夢なら異変解決に行って留守よ〜。だから貴方と二人きり、のぉーんびりお話ができるのよ〜」


・・・しかし話しづらい相手だ。


「あ、ああ。で、何なんだよその話したいことって」

夏の日差しを受ける向日葵のようだった笑顔を急にしぼませ、雨の日の子供みたいな顔で俯き加減になる。




「この幻想郷に貴方を迷い込ませたのは私なのよ」


「・・・は?」


端から見れば俺は相当のぽかーん顔だったことだろう。無理もない、今更そんな大胆な告白をされて驚くなというほうが無理な話である。
そんな俺の表情を見てか見ないでか、紫は声のトーンを落として言葉を続ける。


「意味はそのままよ。貴方が今ここにいるのは、人間の世界から貴方を幻想郷に転送した私のせいなの」
「いや、それは分かるが・・・何故そんなことをする必要があったんだ?それもうん億といる人間からわざわざ俺を」
「ええ、まぁ、色々理由があるのよねぇ」




それから紫は全てを包み隠さず話してくれた。

第一に、人間を呼ばなければならなかった理由だが、地底の主であるさとりと接触させ、地底内の者と、更には地上のものと繋がる懸け橋の役目を担って貰いたかったらしい。実際紫の思った以上にその役目を全うしてくれたと称賛めいた言葉も受けたが、そんな意識はないんだがね。

第二に、呼ばれる人間が俺でなければならない理由だが、驚くことに本当にテキトーに決めたらしい。あのバスを待っていた時間帯、たまたま調度良さそうな青年を見かけたものだからそのまま幻想郷送りにしたというから驚きを通り越して呆れてしまう。まぁ、何と言うか、普通に考えたら恐ろしい話だよな。





「・・・もし」

神妙な面持ちで紫は切り出す。


「この世界が辛くなったらいつでも言いにきなさい。その時は私が責任をもって貴方を元の世界に帰してあげるわ」




・・・。

何かと思えば、そんなことか。



「心配には及ばないよ」


この幻想郷には大切な仲間が沢山いる。元の世界では到底得られることのできない、心の底から信頼できる仲間が。


「俺はこの世界を、幻想郷を愛してるからな」



「そう」




まるで母親が安心したような、温かい笑顔でこう言った。

「それならよかった」




俺を勝手に幻想郷に連れ出したこと、紫なりに責任を感じてたのかもしれないな。だが、今やそんなこと気にもしていない。寧ろ感謝しているくらいだ。


「・・・そういや、お前も宴会に顔出せばいいのに。さとりは勿論勇儀達も、一連の騒動に関してはもう気にしてないみたいだしな」
「私はいいのよ。・・・例え許されたとしても、私はしてはいけないことをした。危うくあなたたちを殺すところだったのだから」


そんなことはない、もう済んだ話をするのはよそう、そう言いたかったが、次の彼女の顔が不気味なまでに頬をつりあげ笑っていたものだから言いそびれてしまう。紫は例の怪しい境界を空中に作り出すと、体をごっそり入れて首だけになると


「ま、そんな風に言われただけでも嬉しかったわ。やっぱり貴方、ただの人間ではなかったみたいね、あらためて彼女確認できたわ」
「正真正銘普通の人間だ」
「それじゃ、また〜。地底の主とお幸せに〜」


不敵な笑みでそんなことを言いながら紫は完全に境界の中へ没落すると、やがてその境界そのものもノイズのような不気味な低音を漏らしながら消え去った。

なんだか嵐みたいな奴だったな。おちょくるだけおちょくって、言いたいこと言ってさっさと帰る。タチがいいんだか悪いんだか・・・。
まぁでも、あれが紫なりの謝罪だったんだろう。テキトーな奴に見えるが、意外と律儀なのかもしれない。・・・ま、実は何も考えてないのかもしれないが。














「おかえりなさい貫斗さん。随分遅かったですね」

部屋に戻ると何をするでもなくさとりは椅子に腰掛け背もたれに体をあずけていた。まるで俺の帰りを待っていたようにも見える。

「ああ、ちょっと話が長くなっちまってな」

神社を出た頃にはすでに日は傾き、地底に入る頃にはもう真っ暗だ。外はもう真夜中だろう。
俺はベッドに座り込み、そしてさとりを眺める。そうするといつもと同じ、微笑んでるんだか無表情なんだか分からない位の表情で視線を返してくる。今日も、普段通りだな。


「・・・ありがとうございます」


突然、さとりの唇がそんな言葉を紡いだ。

「んあ?突然どうした?」
「いえ、私の独り言ですよ。今日はもう寝ましょうか、明日は貫斗さん、鬼達と温泉巡りと言っていましたよね」
「ああ、勿論さとりも一緒にな」

すると、明らかに頬を赤く染めて

「私は、その、温泉はちょっと・・・」
「まぁ、だよな。平気で一緒に飛び込んでくる勇儀達がどうかしてるもんな」
「ええ、でも・・・」


・・・でも?


「でも、貫斗さん達となら・・・楽しいかもしれませんね」
「お?それはどういう」
「さ、今日はもう寝ましょう。寝不足は妖怪の敵ですからね」



目を閉じると心が鎮まった。さとりの立てる微かな息も、自分の心音も、普段は聞こえない音が時計の針のようにはっきりと聞こえる。







「ずっと」


それらの音に比べ、さとりのその声は大きすぎた。思わず肩を震わしてしまう。



「・・・傍に、いてくださいね」


「どうしたんだ?急にしおらしくなったな」


「・・・」




睡魔が脳を支配し、思考が止まりそうだった。それでもその一言は、不思議と口から溢れ出した。そしてその言葉は、俺の心底で一生変わらない真理であった。






「死ぬまで、離れないさ」
ここまで読んで下さった皆様、長い間お付き合いくださり本当にありがとうございました。無事執筆し終えたのは皆様の応援があってこそです。感謝してもしたりない程です。

今回で最終話となります。後日談等は今の所考えておりません。
原作とは大分掛け離れて読者の皆様を混乱させることもあったかもしれませんが、よろしければ感想やレビューで何か足跡を残して下さい。次回からの執筆作業の参考にさせていただきます。

それでは冒頭と重複してしまいますが、今までご愛読なさっていただき本当にありがとうございました。
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