ASAGI 〜ユートピア殺人事件〜(9/43)縦書き表示RDF


ASAGI 〜ユートピア殺人事件〜
作:K+K



1−9


何もない島。
それが、俺たちの持った感想だった。
そもそも建物が全く見つからず、人が踏みこんだ形跡もない。
船着き場もない。電線も一本もない。あるのは、ただ欝蒼と茂る巨大すぎる森、そして岩場のみ。こんな絵に描いたような無人島が本当に平成の日本に存在するものかと思いきや、さにあらん、「日本には現在6000を超える無人島があるといわれているからね。この程度のものなら珍しくもなんともない」と香坂さんは言う。
周辺の調査は結局大した実りもなく終わった。主体となって行動してくれた香坂さんに陣野さん、優さん、それに(意外なことに)本条や藤さんのおかげで、島の全景は大まかにだが把握された。久我野さんは途中までがんばって参加していたが、途中でへばってしまったようだ。体力がないのだろう。
「島は海岸線の全周が約2キロメートル、その内部はことごとく木々に覆われている。さらに中心部には大きな山がそびえている。おそらくここは火山島なのでしょう。山を少しのぼればあるいは観測所が何かを発見できる可能性はありますが、森の中に踏み込まねば山には届かない。今のところ人が通れそうな道はありません。もうすぐ日も落ちますので、これから森に踏み込むのは非常に危険です。明日、もう一度調べてみましょう」
香坂さんが全体に説明した。時刻は6時を過ぎたところ。さすがに暗くなりはじめていたし、なんだか雲も出てきている。
一同は砂浜に集合していた。中心に、主に女性陣が集めた薪を使ってのたき火を囲んでいる。燃料はフェリーから調達した。
もう5月とはいえ、外でずっといるとさすがに冷える。とくに今日は風が強かった。
男たちが調査を進めている間、女性たちは薪の収集のほか、船内をいろいろ調べて使えそうなものをひっぱり出してきていた。非常用テントに食糧。ボート。観光客用のバーベキューセット。トランシーバー。その他、こまごまとした機械類も発見したが、どれも専門的なもののようで使い方がよくわからない。
由梨乃はずっと黙りこくって、自分の仕事をこなしていた。いつもの元気な由梨乃の姿からは想像もできない痛ましい姿。しかしその目は、見えない犯罪者に対する復讐の念に燃えているように見えた。
アサギさんはといえば、やはり黙りこくってずっと何かを考えていた。時々何かを紙に書いて、書いては消し、書いては消し…。そして共用に香坂さんが用意したゴミ袋に何枚か捨てていた。あとでのぞいてみたところ、何が何だかわからない幾何学模様やよく読めない走り書きのメモだったりして、結局のところ彼女も混乱しているのかもしれない。芦田さんは不安そうにおろおろするばかりだった。普段軟派そうな香坂さんが妙に頼りになった一方、芦田さんのように普段しっかりしていそうな人は、こういうとき案外ダメなのだな、と若干落胆する思いだった。もっとも、キチンと指示を与えられた後はわりと精力的に働いてくれたのだが。
陣野さんは、そんな芦田さんを元気付けようと何度も話しかけていた。冗談を言って和ませようともしていたが、あまり気の利いた台詞を言うのは得意ではないらしく、この場面にはちょっと不謹慎かな、という感想を与えてしまうだけだった。
「芦田、元気出せよ。まだ人が死んだって決まったわけじゃないだろ?」
「そうだけど…、秋沢さんが船から落ちたのはほとんど間違いないんでしょう?」
「いや、そりゃ、マキくんしか見てないんだからちょっと信憑性に欠ける証言じゃないか?俺は落ちてないと思うぞ、単なるマキくんの見間違いだったんだ。彼も寝ぼけてたからな。うん、そう思う」
本人に聞こえてる所で言うな。
「じゃあ、秋沢さんと三木さんがいなくなっているのはどうして?」
「いや、それはたぶん、…、そうだ、きっと途中で秋沢さんが具合が悪くなったか何かしたから、三木さんが秋沢さんを小型ボートか何かでM島の方に送り返してあげたんじゃないかな。それなら彼らがいなくなった理由もわかるし、ひょっとしたらマキくんがそれを見間違えた可能性もある。うん、これでどうだろう」
「…船の上に私たちを残して? 運転できる人もいないのに?」
「い…、そ、それはだな、多分火急の用事だったんだ。例えばそうしないと秋沢さんが死んでしまうような、心臓発作とかだったんだ。ひょっとしたら死んでしまったのかもしれない。それで、三木さんは大いにあわてて、俺達に伝えるのも忘れて大急ぎで船を出した…。うん、これならうなずけるぞ、めでたしめでたし」
「結局人が死んでるじゃない!! 何がめでたいのよ!!」
芦田さんに怒鳴られる陣野さん。びくっと退いてしまっている。あうう、みっともねえぞ。あれなら何も言わず寄り添ってあげていた方がよほどかっこいい。
と、そんな様子を呆れて見ていた俺に気がついて、芦田さんが寄ってきた。なんだろう。
「ねえ、マキくん」
「なんでしょう」
芦田さんがひそひそ声で話しかけてくる。俺は何も考えず彼女に顔を近づける。しかし、彼女の顔が間近に見えて初めて、ちょっとドキッとした。由梨乃とはまた違って、少し大人っぽい芦田さんは、近くで見るとなかなかの美人であった。
陣野さんがちらちらこっちを見ている。…なぜかちょっと気まずいのですが。
芦田さんはそんな陣野さんをちらりと窺ってから、俺に囁いた。
「あいつ…陣野くんね、全くダメなやつでしょ? 今だってもうちょっと言いようがあるのに、あんな変な作り話で無理やり安心させようとしてさ。逆効果だっつーの」
芦田さんは少しわざとらしく顔をしかめたが、そのあとでふっと表情を緩めて見せた。
「…まったく、呆れるわよね。でもね、あたしを安心させようとしてくれたのは確かなのよねー。うん、根はいい奴なのよ、アイツはね。心意気だけはあたしも買ってるの。ただ、往々にしてそれが空回りするのが彼なのよ。
…マキくん、よかったらさ、アイツと仲良くしてやってくれないかしら」
「…はあ? …仲良く、ですか」
「そう、仲良く。アイツって寂しがり屋だからさ、友達作るのも下手だしね。こんな状況に陥って、一応私を励ましてくれようとしてはいるけど、本当は彼の方が私以上に不安に感じている可能性もあるのよね。てかむしろその方が高いと思う。…だから、ちょっと気軽に話せる人がいたら落ち着くと思うのよ。どう?」
「どうといわれても…。相手が子供ならともかく、ずっと年上の大人に対して仲良く、って言われてもですね…。どうすればいいのやら」
俺はぽりぽりと頭をかいて困っているというジェスチャー。芦田さんはまたふっと笑った。
「それもそうよね…、ごめんなさい。ちょっと無茶言っちゃったわね。気にしないで」
気づくと、芦田さんは普段通りの落ち着きを取り戻している…、ように見えた。なんだかんだで陣野さんの励ましが功を奏したのかもしれなかった。彼女は最後にもう一度にっと俺に笑いかけると、陣野さんのところへ戻っていった。陣野さんはあいかわらず怪訝そうな顔だ。
「寂しがり屋、か…」
俺は呟いた。
まあ、それを言うなら俺自身だって、そういうところがないとは言えないだろうな…、と思った。そもそも、寂しがり屋じゃない人間などいるのだろうか。
ヒトはみんな仲間を求め、友を求め、愛する人を求めている。人は一人では生きられない。というより、一人では生きたくないのである。そこには感動もなく、楽しみもなく、愛もない。結局のところ、人はそれを伝えるべき身近な人間が存在しないと、様々な感情をもてあましてしまい、結果鈍感になっていくのである。感情がやせ細り、永遠に続く退屈の中に生きていては、人間の一生も台無しである。そうならないためにも、感情を豊かにし、それを共有するための仲間を、我々は欲している。
…、やれやれ、何考えてんだろうな、俺は。
俺は一同の様子を見る。その時、ふと、俺は違和感を感じた。
メンバーの中にとくに変ったところはないようだが、何かが決定的に足りない。何だろう…。俺は一応全員の人数確認を試みた。由梨乃、アサギさん、香坂さん、芦田さん、……優さん、陣野さん、大学生たち。
そして……。
「あれ? 鎌田少年は?」
俺は由梨乃に尋ねる。どうも先ほどから姿が見えないのだ。最初から無口で目立たない存在だったせいか、いつ消えたのか記憶にないのだ。
「さあ……、ちょっと前には船内をうろうろしていたから、そんなに遠くに入ってないと思うけど…」
といいつつも、由梨乃の眼は不安そうだ。たしかにこの状態で年端もいかぬ少年を一人で放置しておくのは危険にすぎるというものだ。
「ちょっと船の中を探してくる。由梨乃は島の周りを見て来てくれるか」
「うん、わかった」
俺は現在のところ実質リーダーとなっている香坂さんにその旨を告げると海岸線と船の中を捜索することにした。香坂さんたちはちょうどテントを立て始めているところだった。男性用に二つ、女性用に一つの計三つ立てるようだ。香坂さんは念のためと言って、俺には藤さんを、由梨乃には優さんを同行させた。
「いやあ、大変なことになってしまったね」
藤さんは俺と二人になると口を開いた。思えば、この人と一対一でこうして話をするのは初めてかもしれない。もともと無口っぽい人だからな。
俺たちは、海に足を浸し、停泊しているクルーザーに乗り込もうとしていた。
「本当ですよね…。あの美音子さん、実は以前ちょっとしたトラブルがありまして、やっとそれから立ち直ったって言うのに、こんなことになるなんて…可哀そうで仕方がないです」
言葉は俺の口をついて自然と流れ出た。「可哀そう」という文句は今日どこでもやたらと聞かれるありふれた慰めでしかないが、それでもこうして誰かに言いたかった、まるで聞いてもらうのを待っていたかのように自然に言葉として出てきたということは、俺が心の底からそう思っていることを示していた。可哀そう。もちろん彼女の運命は、そんな陳腐な一言で表現できるほど生易しくもシンプルでもないのだが、今はそう言うのがいちばんわかりやすく、また俺の心情を端的に言い表せているように思われた。
「そうだったのか…。いや、それは確かにかわいそうだ。しかし、それ以上に、妙だ」
藤さんは一言一言区切るように発音した。
「もしそうだとしたら、彼女は自殺だった可能性もあるんじゃないかな…。そのトラブルが原因で、傍目には健康そうに見えても、心の中はどんどん病んでいったとか…、ありえない話ではないだろう。君…マキくんといったか、美音子さんに関するトラブルとは、いったいどういうものだったんだい」
藤さんはじっとこっちを見て言った。目が真剣だ。俺は瞬間的に、しまった、と思った。美音子さんの話題は、そう簡単に人に教えていいものではないような気がする。とてもプライベートでデリケートな事象だからだ。なのに、藤さんの興味を引くような言い方をしてしまったことは、明らかに俺にも非があった。
藤さんは目をそらそうとしない。彼は額が大きく、眼がやや落窪んていて、言っちゃ悪いが「猿の惑星」を彷彿とさせる顔だちをしていた。髪が五分刈りであることもまたその雰囲気を強化している。まあ、迫力のある顔だちをしているといいたいのである。
そんな顔でじっと見られると、こっちもたじろがざるを得ない。
「す、すみません、それに関しては実は僕もよく知らないので…とりあえず、それより今は鎌田くんを探さないと…」
俺はあわててクルーザーのドアを開き、客室に入っていった。
「お〜い、鎌田くーーん!」
俺は若干わざとらしいと思われるほどの大きい声を張り上げた。藤さんはまだ釈然としない顔をしていたが、己の仕事を思い出したらしく、俺と同じように声を張り上げた。
彼はかなり体格ががっしりしており、そのせいかはわからないがよく通るいい声をしていた。肌は浅黒く焼けていた。何かスポーツでもしているのだろうか。
「鎌田くーーーん! いるのかーー!」
日は沈みかけていた。西の空が赤く染まっていた。しかし、俺たちの頭上には分厚い雲が乗っていたため、空が赤く染まることはなく、雲の端にその色を映すのみである。
鎌田少年は見つからないが、まあそうだろうな、と俺たちは思っていた。こんな何もない船内に残っている意味は、はっきり言ってない。あるとしたら、トイレくらいのものか…。しかし、クルーザー自体は小型だったので、たいして奇麗だったり広かったりするトイレがついているわけでもない。わざわざそれだけのためにここまで戻ってくるとは考え難かった。もし仮に、森の方にでも一人で侵入していたなら……、その捜索はかなり難航するだろうな、という不安もわきはじめていた。
「鎌田くーーん!」
彼はトイレにも見つからなかった。十分ほど捜索をして見つからなかったら、いいかげん彼もみんなのところに帰っているかもしれない、いったん退却してみよう、ということになった。藤さんは踵を返そうとして、
「そうだ、操舵室…、あそこで遊んでいるんじゃないだろうか…」
俺は思いついた。まあ、子供にとって面白いのはあそこくらいのものだろう。実際、俺もとても小さいときに家族で旅行に行き、操舵室で色々いじろうとして船長さんを困らせた覚えがある。
俺はデッキへ出る。夕暮れの涼しい風が俺の頬をくすぐる。波による揺れが直に足に伝わってきた。チャプン、チャプン。デッキは真っ暗で、操舵室も単なる黒いシルエットにしか見えなかった。
その時、つん、と妙な臭いがした。それは、そう、まるで…
「血の…臭い……?」
俺は妙な胸騒ぎを感じ、操舵室へ向かって歩き出す。藤さんも俺の後についてきた。そしてやはり、この臭いに気づいたようだった。
「なんだこれ…? 一体…」
俺は操舵室のドアを開ける。一層臭いが強くなる。俺は、思い切って電気のスイッチを入れた。パチン。
そして、次の瞬間、
「うわああああああああああああああああああああああっ??!!」
気がつくと、藤さんが大声をあげてへたり込んでいた。俺も目の前の光景に、思わず絶句し、あとじさった。
な、なんだこれは!!?
どうなっているんだ!!?
操舵室には一人の男性が横たわっていた。しかし、それはまともな姿ではない。その服は血まみれで、上からかかってきた血で真っ赤に染まっていて、部屋の中にも血が飛び散って真っ赤に染まっていて、そして、そして、それが誰かって? それは、ああ、わかんねえよ、だって、その身体には、首から上がないんだから……!!
しかし、次の瞬間俺の目に飛び込んできたのはサッカーボール大の真赤なザクロ。それは床にゴミのように打ち捨てられていた。それはどうやら人間の頭部のようだったが、そう分かるまでにちょっと時間がかかった。だって、だってよお、こんなの、ちょっと普通の神経なら直視できねえじゃねえか……!!
なぜなら、その頭は、その頭は、きれいに、まるで昨日のスイカか何かのように、みごとにパックリと割られていたのだ……!!
「な、なんだよこれ!! 首が!! 首が切られてるじゃねえか!! しかも頭が割れてんじゃねえか!! なんだよこれはよ!!」
そして白目をむき、口もとをだらしなくあけて、未だ頭の先からぽたぽたと鮮血を流し続けるその顔は、見まがうことなどない、それはフェリーの運転手、三木さんに相違なかった。
「やっぱり、殺されていたのか……!!」
となりで藤さんがごくりと唾をのむ音が聞こえた。
俺も、戦慄が身体をかけ登ってくるのを感じていた。
美音子さんが死んだときは、まだ自殺や事故の可能性を捨てることはできなかった。
だが、今回の、この三木さんの場合はもう疑いの余地はない。
何しろ、頭がパックリと割られているのだ。
その隙間から、真っ白な頭骸骨、そして脳味噌らしき物体までのぞいているのだ。
これはもう事故や自殺ではありえない。
殺人事件だ。
犯人の存在する、れっきとした、刑事事件なのである。
そして、犯人は間違いなくあの船に乗っていたのだ。
つまり、俺たちの中にいるのかもしれない、ということ…!!

何と言うことだ。
俺は、今日の今日まで、脱出不可能な孤島、閉鎖された村、謎の洋館、吹雪の山荘、そういったいわゆるクローズド・サークルでの殺人事件なんて、小説やドラマの世界でのみ行われることだと思っていた。
現実にこんなことがあるなんて、さすがに想像だにしなかった。
だが、現に俺の目の前にある。
今日の朝には元気に生きていた人が、こうして無惨な死体となって、俺たちの目の前に現れた。
これは。
これは冗談でもなんでもない。
俺たちは、本当に、犯人とともにこの孤島に閉じ込められたのである。

強烈な、吐き気に似た怒りがこみ上げてくる。
くそ!!
やはり…いたのだ!
美音子さんを殺して、三木さんも殺した、許すまじき真犯人は、やはり存在したのだ!!
…許さない!!
絶対、お前を捕まえてやる。俺たちの手で!!
俺はお前を、絶対に許さない!!
絶対に、許さない!!!
その時、藤さんが突然、壁を指さして大声を上げた。
「お、おいマキ!! あれ、アレ見ろよ!!」
俺ははっと我に返り、操舵室の壁を見る。
……そこには、血ででかでかと、次のような文字が書かれていた。

|Welcome To Utopiaユートピアへようこそ!!

「う………、うひゃあああああああああっ?!」

藤さんは悲鳴を発し、抜けた腰を懸命に立たせて海に飛び込み、一目散に皆のもとへと駆け出して行った……。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう