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ASAGI 〜ユートピア殺人事件〜
作:K+K



1−8


…私に許された、たったひと時の平穏。

それは、地獄を抜け出し、君に出会えたこと。
君と一緒に過ごすことのできた、ほんの短い期間のこと。

私は君に出会って、希望を知った。

私は君に出会って、未来を知った。

私は君に出会って・・・愛を知った。

今だから言える。
君に出会えてよかった。

今だから言える。
・・・・××××。
・・・君を、・・・愛してる。

  ☆

船は黒い島の手前で徐々にスピードを下げ、申し合わせたように海岸線手前で止まった。
まあ、ほぼ浅瀬まで乗り上げていたので、座礁したといっても間違いではない。時刻は二時半。都合四時間の航海であった。
天気はますます悪くなり、空一面を暗雲が覆っていた。今にも降り出しそうな気配で、空気はじっとりと湿っていた。
目の前の海岸は、M島の白い砂浜とは似ても似つかず、ごつごつとした真っ黒の岩場だった。その少し奥に葉の大きな植物の生い茂る草地があり、すぐ後ろには薄暗く巨大な森が聳えている。
俺たちはその不気味な島の様子に、上陸を躊躇していた。これは、もしかしたら罠かもしれない。考えたくはないが……美音子さんと、三木さんを殺害した、犯人の。
由梨乃は先ほどから、なんとかして美音子を助けられないか、美音子のところへ戻れないかと考え、救命ボートを探したりしていたが、その間にもクルーザーはかなりの距離を走ってきてしまっていたので、もはやどの地点で彼女が落ちたのかもわからなくなってしまっていた。その為、この広い海で彼女を再び生きた状態で見つけ出すのは、ほぼ絶望的とみられていた。
そのことを思い知らされると、由梨乃は再び声もなくぽろぽろと涙を流し始め、しゃがみ込んでしまった。普段の由梨乃からは、そんな姿は想像もできなかった俺は、正直かなりショックだった。アサギさんも、そんな由梨乃のそばについて、涙ぐみながらじっと肩を抱いてやっていた。そんな二人に俺たちは何も言ってやることができず、ただ船の中を捜索し、船を止める方法や、あるいは消えた三木さんを探し出そうと空しい努力を続けるしかなかった。
しかし、結局黒い島にはあっという間に着いてしまった。今はもう船はうんともすんとも言わず、ただ無言で俺たちの下船を促していた。
だがこの状況でだれも船から降りようとはせず、すでに十分が経とうとしていた。由梨乃は相変わらずデッキで座り込んでいるし、アサギさんも隣で身じろぎ一つしない。優さんだけが精力的に動き、倉庫から非常用食料を取り出して鞄にまとめていた。
「……どうしよう」
芦田さんである。
「これは、降りた方がいいのかしら…でも、食料はこの船にあるし……。またクルーザーが動き出しでもしたら、本格的にこの島に取り残されちゃいそうだし……」
誰もが同じ胸中で会った。しかし、その一方で、島に上陸することで芽生える希望もあった。この島に誰か人がいれば、本島に助けを呼ぶことも可能になる。携帯電話は皆圏外、船の無線も死んでいるこの状況で、それは外界との接触の唯一の手段に思われた。
「誰かが船を下りて見に行くって言うのは…どうかな」
「そうだな、一人じゃ危ないから何人かで……。船にも男性が残ってくれれば、そんなに危ないことはないだろうから…。お互いしっかり目を離さないようにしていれば……」
その言葉には、はぐれたり、危険な目にあったりしないように、という意味のほかにも、この中に犯人がいるかもしれないのだから妙な行動は見逃さないように、というニュアンスが含まれていた。そのことにその場の全員が気づき、気まずそうに目を伏せる。
「なら、僕が行くよ」
名乗りを上げたのは香坂さんである。この中ではわりとガタイのいい、眼鏡のカメラ青年。
「それじゃ、俺も……」
陣野さんも手を挙げた。その背中を、芦田さんが不安そうに見つめている。
「つってもこの島結構広そうじゃん? 二人じゃ足りないだろ? しょうがない、俺たちも行こう」
これは本条である。後ろの二人もうなずく。ややごつく、細い目をした藤さんに、真面目そうで少し気の弱そうな久我野さん。
「じゃあ、女性陣と私、それにマキくん、鎌田くんが船に残ることにしよう。何かあったら、極力すぐに戻ってきて報告してくれ。また、森の中では特に散らばらずに一緒に進むといい。ここで行方不明者がさらに増えたりしてはいけない。二人以下では行動しないこと。いいね」
優さんが指示を出す。適切といえばその通りなのだが……。
「でも、それだと五人では足りないのではないですか。最低六人いないと、二手に分かれることができない。大人数で行くメリットが失われます」
俺は言った。確かに、二人以下での行動は危険だ。ひとりでははぐれることもあるし、二人なら、もしもう一人が犯人だとしたら―――誰もが頭の中に描いてはいながら口にはしない状況だが―――もう一人が殺されてしまう可能性がある。
「そうか、確かにもう一人いた方がいいようだな……」
「優さん」
俺は決心した。
「俺が行きます。おじさんは、由梨乃やアサギさんたちを頼みます」
「…うむ、わかった。その方がいいだろうな。女性陣のことは任せてくれ。ここには、鎌田君もいるしな」
そう言って優さんは鎌田に笑いかける。小さい子供を安心させてあげようという、作り笑いだった。しかし鎌田の方はやはりそっぽを向いて、返事をしなかった。
優さんは俺たちの方に向き直り、
「では、見てきてくれ。くれぐれも無理に奥の方には行かないように。決してはぐれることなく、気をつけて行ってきてくれ」
優さんの号令により、俺たちは船を降りた。海岸に寄せていたわけではないので、岩場までの少しの距離を歩かねばならなかった。
先頭は香坂さんだった。扉からたらされた非常用梯子をおそるおそる降りて行く。この島は浅瀬が広いらしく、一番下まで降りても足が膝までつかる程度の深さしかなかった。これなら、靴を脱いでズボンを思いっきりたくしあげれば服を濡らすことなく上陸できるかもしれない。
香坂さんがそうして歩き出す。あとに、陣野さん、北条、藤さん、久我野さんと続いて、最後に俺が降りて行く。梯子はゆらゆら揺れて不安定に感じたが、今は恐れている場合ではなかった。一歩一歩、確実に身体を下ろしていく。
ぴちゃん。
俺はその島についに足をおろしてしまった。まがまがしい予感が一層強くなる。身震いした。膝より下をあらう海水が、M島のものよりはるかに冷たく感じた。俺は意を決して一歩、一歩と進んでいく。足には、由梨乃の貸してくれたビーチサンダルを履いている。
歩きながら、俺は考えていた。
なぜ、楽しいはずの旅行がこんなことになってしまったのか。
なぜ、善人で、美しくて、確かに一時期は大変なトラブルがあったが、それを克服し、折角元気になりかけていた美音子さんを、あのような不幸が襲ったのか。
何もかもが理不尽に思えた。
何もかもが許せなかった。
神がいるとしたら、なぜこんな仕打ちを、美音子さんに、由梨乃に、強いるのか。くそったれ、俺は許せねえ。俺はもう、神なんか信じない。先ほどまで焦りで多いつくされていた俺の頭は、今では強烈なまでの怒りに支配されつつあった。
そして・・・犯人。
本当にこの中にいるのだろうか。
いるとしたら絶対に許せない。その正体を暴きだし、二度と日の目を見られないようにしてやれねばならない。しかし、無防備だったとはいえ俺たち全員が完全に眠らされていた、そのこともまた悔しかった。
くそ!!!!
俺は人知れず水面をたたいた。涙が出そうになった。前を歩く五人はそんな俺の様子に気づいた風もなく、黙々と歩いて行く。しかしそんな彼らも、おそらく不安と必死に戦っていることだろう。
俺たちは岩場までたどり着いた。タオルを交代で使って足を拭き、靴を履いて、周囲の状況をざっと見まわす。
島自体はそれほど大きくないようだったが、やはり1グループで島内を捜索していては時間がかかりすぎるだろう。
雰囲気的にリーダーとなった香坂さんが指示を出す。
「とりあえず二手に分かれて、片方は海岸線を右に、片方は左に進んで、ひとまず人を探そう。
それほど大きい島ではないから、海水浴場でもあればそう時間をかけずに見つかるはずだ。あるいは、港の一つにでも行き当たるかもしれない。何かあったら大声で助けを求めること。
ええと、片方のグループは僕と、陣野と、マキくんでいいかな。そっちはいつもの大学生チームで……」
「待ってください」
俺が声を上げた。
「なんだい、マキくん」
「皆さんを疑いたくは決してないですが、いつもと同じメンバーというのは、よくないかもしれません。もし複数犯なら、その……」
彼らは俺の言わんとしていることを察してくれたのだろう、
「うむ、確かにその通りだな。メンバー内でのあまり緊密な行動はよした方がいいかもしれない。よし、僕と君たちの中の一人…そうだな、久我野くん、君が変わってくれるかい」
「あ、は、はい」
久我野という気の弱そうな青年は、すこしびくっとして返事をした。
「ではこのメンバーで島の探索を開始する。僕たちのチームはこの海岸を左から、陣野たちのチームは右に回ってくれ。向こうで何かに出会うか、三十分歩いて何も見つからなかったら速やかに戻ってきて船の中のみんなに報告。いいね」
「はい」
そして俺たちは島の外周を回りはじめる。

結論から言うと、島に人の影は一切見あたらなかった。
いわゆる無人島であった。
港どころか、人が何かに利用した形跡すら発見できない海岸線が続くばかりだった。そのほとんどが岩場。それに加え、島の奥部にも黒い、ごつごつした山(火山?とするとこの島は火山島ということだろう)が聳えており、総体としてこの島が黒い塊のように見えるのだ。
森も切れ目なく続いており、奥部への侵入を拒むかのようだ。俺たちは三十分歩き続け、結局なにも見つけることができずに戻ってきた。
しかし、全体として見ると、収穫はあった。
久我野さん、陣野さんに話を聞くことができたことである。
陣野さんには、主に陣野さん、香坂さん、芦田さんの三人の関係について聞いた。香坂さんは他の二人の四年先輩で、現在は会社勤め。陣野さん、芦田さんは大学在学中。W大学の写真サークルの仲間で、その中でもわりと仲のいい三人組だそうだ。まあ俺たち溜まり場メンバーみたいなものか。
陣野さんと芦田さんの間では、特に恋人関係というものはないそうだ(ただ、陣野さんは赤くなりながら否定していたため、本人はまんざらでもないのかもしれない)
写真サークルとはいっても、それほど本格的なものではなく、どちらかといえば「自然撮影」の名目で旅行に行くことの方がメインらしい。香坂さんはそれなりに高価なカメラを使う本格派らしいが、ほか二人はデジカメ持参のようだ。
陣野さんたちに関してはその程度の情報で打ち止め。で、久我野さんの話はというと・・なんとも歯切れが悪かった。それが彼自身の話し方なのか、それとも隠したいことがあるためそうなっているのかはしかとはわからないが……。
「僕たちは、わりと遊び先でばか騒ぎして、よく見られないことが多いんですよ。ほら、本条さんいるじゃないですか?彼なんかとくにナンパが好きで。おかげで僕まで不良にみられてしまうんですよ」
そう話す彼は、本条に対してはあまりいい印象を持っていないようで、しきりに悪口を言っている。彼らは大学の同じ講義でたまたま知り合った仲で、本条が何かと仕切って遊びに行くことが多いらしい。
「彼、たぶん僕たちを取り巻きと考えているんでしょうね……。本当はそんなつもりないんですがね」
彼らのもう一人、藤さんに関しては、
「彼は何も言わずに本条さんに従うことがいいんですがね……。もうちょっと主体性を持った方がいいんじゃないかと思うなあ……。あ、僕がこんなこと言ってること、二人には内緒ですよ」
比較的気の弱そうな久我野青年は、腹の中ではなにかとうっぷんをためているらしい。
二人は、消えた美音子さんと三木さんの話題には触れたがらなかった。というか、俺の証言を信じてくれているかも、正直あやしそうに見えた。
俺は、ミステリならこのメンバーで次に殺されそうなのは……言うまでもないよなあ……などと縁起でもないことを考えていた。

「あっちに平坦な広い砂浜がありました。あのあたりに降りた方がいいでしょう」
香坂さんたちのグループも、人を見つけることはできなかったが、一時的な避難場所は発見できていた。
「もし嵐でも来たら、船がまた流されてしまう危険があります。三木さんがいなくなってしまった今、僕たちの中に船を運転できる人はいないんですから・・」
とりあえず、俺たちはその砂浜に避難することにした。船はくくりつける場所や方法がよくわからなかったが、船中を捜索し、ようやく発見したロープを男で総動員で伸ばし、手近な樹に結びつけた。しかし、結び方も素人なら樹そのものもいつ根っこから抜けてしまうかどうかわからないという不安定なものだったので、嵐が来た場合クルーザーが流されないという保証はどこにもなかった。
とりあえず当面、この広場で救助を待つ、という方針で決定したようだった。
女性陣も船から降り、広場に集まる。由梨乃もだいぶ気を取り直したようだった。今ではしっかり自分の足で立っている感じだ。
アサギさんが由梨乃を心配し、いろいろ話してくれていたおかげのようだった。普段は無口そうな人なのに、こういうときは頼りになるタイプのようだ。俺はお礼を述べる。
由梨乃は、決然として泣きはらした赤い目で俺の目を見て、話しだした。
「…マキ」
「…どうした」
「美音子ちゃんを突き落した犯人、この中にいるんだよね」
「自殺だったり、犯人が三木さんじゃない限りはな」
「…マキ」
「なんだ」
由梨乃は言い放つ。
「絶対、犯人を捕まえてやろう。私たちの手で。私は、そいつを、許さない」












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