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ASAGI 〜ユートピア殺人事件〜
作:K+K



1−23


200×年4月1日。
××県警、××県民、その他マスコミや関係者にとってはこの日は忘れられない日となった。
××県星河市は都市部と住宅街がかなりはっきりと分断された作りになっており、都市部にはオフィス街や学校・大学、その他およそめぼしい機能はすべて備わっている。しかし住宅地には職場らしい職場や中学校以上の学校が存在しないため、早朝の通勤・通学ラッシュは地方都市にしてはかなり激しい部類に入る。
この都市の電車の始発は朝の五時。六時ごろからはたいていの車両ではすべての席が埋まり、七時・八時台になると電車の利用者数は収容能力の200パーセントを超える日も少なくはない。
近年、この都市にも地下鉄が開通し、利用客の分散が図られたため、朝の電車内環境は若干快適になったと言えるだろう。しかし、地下鉄の駅は間隔が離れすぎていて利用しずらい、まだできて間もないためカード利用化に不備が多いなどの理由から、まだまだ地下鉄利用者の数は伸び悩んでおり、いったんは別の交通手段(バスや自家用車)に切り替えた者も、朝の渋滞や道路の不便さなどから、結局は電車利用に戻る場合も少なくない。いずれにせよ、満員電車の環境改善問題は一進一退を繰り返しているのがの現状である。
そもそもこの都市に電車が開通したのは戦後に入ってから、1950年代のことであり、この規模の都市にしては珍しくインフラ整備の遅れた例であると言える。もちろん戦前に汽車鉄道が通っていた歴史はあるが、当時この都市は現在ほどの人口を有してはおらず、1920年代に一旦廃止となっている。
しかし戦後、疎開していた周辺地方の住民の定住化や満州からの引き揚げ、またそれら引き上げにより人口の急増した周辺都市からあぶれた人口が比較的住環境のよいこの町へと流れ込んできたため、当時は片田舎と呼んでよい程度の規模の工業都市だったこの星河市の人口は爆発的に増加した。工場が集中していたため、職業人口の収容能力が高かったのがその大きな要因の一つといえよう。
さらにはヤミ市の開市場を求めるキナ臭い連中などが集まり、一大市場を形成しはじめたのが1950年代初頭。瞬く間に市場は拡大し、当時有力だった財閥もそこへ参入してきた。星河市への資本導入が本格化したのは、財閥が市場として将来性のあるこの都市に多額の先行投資を行ったことが一番の要因、といっても決して過言ではない。瞬く間に銀行が作られ、デパートができ、大学ができて、星川市は戦前とは見違えるような大規模化を見せた。
星河市の工業としては、戦前より精密機械業が盛んであった。当初はラジオ、電球など戦時中の家庭に欠かせない物資の供給場所の一つとして国が指定した工業地帯であり、戦後もその伝統が続いたためか、ラジカセ、テレビ、自動車部品といった、高度経済成長期に発達・普及した家電の代表格のような品々を世に送り出し、日本の機械工業そのものの発展を支えた。
高度成長期の日本経済の進歩はそのテクノロジーの進化はもちろんのこと、大量生産化が可能となったこと、つまり安い労働力を多数確保できたことに常に支えられていた。大規模化したとはいえやはり地方都市は地方都市、東京の工場などと比べやはり依然賃金は低く、1960〜70年代に入るとこの都市の工場労働者は低所得者層が大半を占めるようになってしまった。やはり高所得者層は、大都市を目指すのである。
こういった特に裕福ではないが職に困っているわけでもない、いわゆる「中流階級」の人々がひしめき合う住宅街が、川をはさんで工場地帯の対岸に形成されていった。今日の同地帯の住民は、たいていがその時に移住してきた家庭の系譜である。
現在、星河市ではやはり周辺の山からの豊かで美しい水などを利用した精密機械工業が盛んであり、コンピュータや自動車、その他家電などの部品が多く大都市へと出荷されている。
以上が、星河市の簡略化した歴史である。
さて、では本題。この平和な都市で起きた…もとい、起きている・・・・・奇妙な事件のことへと話題を移そう。

200×年4月1日。
午後2時ごろ、先に紹介した満員電車に、男性がはねられ死亡した。
男性の名は沖野修一郎(40)。彼もまた工業労働者で、この日も向上へ出勤した彼の姿を家族が見ている。彼は38歳の妻がいて、息子も二人いた。その彼ら全員が、彼は確かに工場へ行くと言い置いて家を出て行ったことを記憶している。
しかし、彼はなぜか工場からは10キロ近く離れた、住宅街よりの線路上ではねられて死亡した。
運転士の話では、彼は踏切を乗り越えてふらふらっと線路上に飛び出してきたらしい。あまりに突然のことだったため、とっさにかけたブレーキも間に合わず、彼はほぼ平常速度で走ってきた電車と衝突、彼の身体は8つのパーツに分断されて飛び散った。
司法解剖の結果、彼は自殺と判断された。轢かれた際についたもの以外にとくに外傷らしいものもなく、薬物等も検出されなかった。
警察も、これを単なる自殺として処理した。職場や家庭で特にトラブルらしいことがあったという証言はとれなかったが、彼が一人何かを抱え込んでいた可能性は大いにあるとみられ、捜査はそれきりストップされた。
そう、客観的に見れば何の問題もなく、これは自殺して終わる筈の一件でしかなかったのである。
しかし、事件が奇妙な展開を見せ始めるのは翌五月のことである。

200×年5月13日。
今度は星河市で殺人事件が起きた。一家皆殺し。
犯行は午後11時ごろ、家族が全員そろった頃に起きたと思われる。
被害者の一人、島山秀和(35)が仕事を終え会社を出たのが午後7時。同僚が証言している。その後彼は上司と共に駅近くの居酒屋に入り9時頃まで談笑、その後帰宅の途についたと思われる。これも、上司の証言を得ている。
そして、おそらく彼が帰宅した10時過ぎ以降、家族が全員そろった頃を見計らって、犯行は行われたものと思われた。
凶器はワイヤーのようなもの。家族全員が首を強く絞められて死亡していた。
被害者は、秀和氏、彼の妻(34)、高校生になる彼の息子(18)、同居していた彼の母(67)である。全員の死体は居間に集められ、仲よく折り重なるように横たわっていた。
凶器は発見されていない。
物取りの可能性は低く、もみ合った痕程度ならあったが、部屋が荒らされた形跡、金品を求めて物色されたらしき形跡は見当たらなかった。
彼らの死体は、毎朝高校生の息子を自宅まで迎えに来ていた友人が、チャイムを押しても反応がないことに不審を抱き、玄関のカギが開いているのに気づいて家の中の様子をのぞいてみたところ、発見したという次第である。
この事件は非常にセンセーショナルな話題となって、新聞やワイドショー、週刊誌を賑わせた。しかし、この事件とさきの4月1日の事件をつなげて考える者はまだなかった。

2006年6月10日。
やはり星河市で殺人事件が発生。今度は駅裏の繁華街、性風俗店の中での出来事だった。
被害者は店のオーナー、城出牧一(42)、店員2名、そして風俗店内で働く若い女性4名。
犯行は深夜0時ごろ。今度は被害者の首が鋭利な刃物で貫かれていた。店は比較的小規模で、犯行中は客はいなかったものと思われる。深夜1時ごろに店を訪れた客の一人が発見、携帯電話を持っていなかった客は公衆電話で警察に通報。その時まだ店内の血は乾いておらず、発見者の靴についた血が店から公衆電話まで点々と続いていた。このため、犯人がつけたかもしれない血痕がまぎれてしまった可能性がある。

このような残虐な事件が立て続けに起きたため、周辺の住民はこのころから警戒を濃くし始めた。一連の事件には何らかの関連があるのではないか、と警察は疑い、同一犯による犯行の可能性も考慮され捜査は続いた。
しかし、必死の捜査にも関わらず犯人の足取りはつかめず、犯行は続けられた。大体月に一度、日にちや被害者の人数、年齢、職業、そういったものはバラバラであったが、それでも死体の発生は止むことがなかった。
また、この連続殺人事件の陰にかくれて、行方不明事件もいくつか発生していた。これは星河市内に限らず、周辺都市でもみられた。
先に紹介した瀬川竜彦氏の一件も、星河市周辺で起きたそれらの内の一つである。
星河市民の間では不安が広がり、子供の集団下校、警察の日常的なパトロール強化、市内の監視カメラ増設、戸締り強化運動、などが行われた。夜は人々が出歩かなくなり、駅周辺の店の利用客もずいぶん減ったといわれる。帰宅ラッシュ時間も少し早まった。その為、電車の混雑はいっそうひどくなったという。
しかし、それでも。
殺人は続いた。
失踪は続いた。

しかし、年の明けた200×年、それがパタリとやんだ。犯人は逮捕されていないが、一応多少住民の不安は解消された。
原因ははっきりしていない。だが、一部ではこのような噂が流れている。
二年前、星河市で女子高校生が夜道で刺殺される事件があった。
それを見事解決した謎の少女がいたという。本名は不明だが、皆彼女を仮に「アサギ」と呼んでいた。それが彼女自身が自称したものなのか、誰かがつけたものなのかはわからない。
そのアサギ少女が、今回の事件に対し、何らかの・・・・対策を施したという。
それは長い時間を要したため、このような期間事件が続いてしまったが、ようやくそれが功を労し、殺人を食い止めるにいたったのではないかというのである。
繰り返すが、ことの真偽は明らかではない。ただ、そういう噂があった・・・・・、というだけの話である。

最後に。
この年に入ってからも、一件だけ殺人事件は発生した。4月14日。星河北高校の付近の安アパートの一室で安尾春信(39)が撲殺死体となって発見された。
しかし、彼は暴力団員であり、そのため付近住民ともたびたび問題を起こしていた男なので、警察は暴力団内でのいざこざが原因の可能性もあるとみて、先の連続殺人と両面の可能性を考慮しつつ捜査を進めている。
ちなみに、この星河北高校は、マキ、由梨乃らが通っている県内随一の進学校であることを付け加えておく。


☆     ☆     ☆


……………………。
気がつくと、俺は浜辺に打ち上げられていた。雨はようやく止み、雲間から太陽がのぞいている。空の面積は増え、嵐は過ぎ去ったことを示していた。
誰が助けてくれたのかはわからないが、海に落ちた俺を助けてくれた人物がいたらしい。アサギさんか、香坂さんか、芦田さんか。それとも……。
ふっと、俺は由梨乃のことを思い出し、はっと顔をあげた。波はあくまで静かに、今は太陽の光をつかの間反射していた。随分と水位も下がったようだ。昨日の時点では海に隠れていた、湿った砂浜が姿を現していた。
俺は立ち上がり、昨日のテント場を目指した。そう離れてはいない。あの後、崖から落ちて波間に飲み込まれ、気を失ってしまったが、むしろそのため無駄にジタバタしなかったことが幸いしたのか、軽い俺の身体は浜に打ち上げられた、という事だったのかもしれない。その後何者かが俺を安全なところまで引っ張っていってくれた…。それが一番妥当なように思えた。
小高い丘の上に登る。昨日香坂さんや陣野さんがテントを立て、バーベキューをしたあの丘だ。
ざっと丘の上を見渡す。人影はない。テントは破れ、焼かれ、ボロボロになっていた。昨日の襲撃、銃で撃たれた上におそらく手榴弾の直撃を受けたのだろうか、ほとんど全体が真っ黒になっていた。俺たちの荷物もおそらく同様だろう。
全く……、本当に銃や爆弾を使ってくるとは思わなかった。命があるだけでも幸いと思わなければ。こんなものの直撃を受けていたら……と想像し、俺は身震いをした。
周りにもいくつか穴が開いていた。俺がいざというとき使おうと握りしめていたアイスピックが、地面に落ちたままになっていた。結局、何の役にも立たなかったな、これ。
焼け焦げたテントの中を見ても誰もいなかった。丘の上から見える範囲では、浜辺にも、岩場にも、崖の方角にも人影はない。
俺は崖下の海へ向かった。今は大分波が静かになっていたが、もしかしたらまだ誰かが波間で洗われているかもしれなかった。
昨日、おそらく俺たちが落下したであろう地点に到達する。やはり、誰もいない。落ちた由梨乃の姿も、アサギさんの姿も、香坂さん、芦田さんの姿もない。鎌田少年ももちろんいなかった。
「……まいったな……」
俺は頭をかいた。とうとう一人になってしまったらしい。こんな島で一人でいるのは危険極まりないし、話し相手がいないと寂しい。何より残ったメンバーが心配でならない。
とにかく、あの丘に戻ろう。もし生きていれば、誰かが戻ってくるかもしれない。それに目下ここが一番周囲の状況を把握しやすい。この一帯に誰かが踏み込んでくれば、すぐにわかるだろう。
もちろん犯人が戻ってくる可能性もあったが、やはり背に腹は代えられない。テントの中にでもうずくまって、周りからは見えないよう隠れているしかなかった。
俺は焦げ臭いテントの中に足を踏み入れた。
やはり俺たちの荷物はボロボロだった。俺のビニール製の鞄は見事な墨になり、嫌なにおいを発していた。由梨乃の気に入っていたカジュアルなリュックサックも見る影もない。みんなの使っていた寝袋も完全に焼け焦げて妙なにおいを発していた。俺はそれをまとめてテントの端にどける。あそこに転がっているのは……香坂さんのカメラだろうか。こちらも無残な黒い塊になり果てている。
と、その時、
「ん?」
奇妙なものを発見した。それも黒いので目立たなかったが、よく見ると一つだけ場違いな、焼け焦げていないものがある。
それは、ぱっと見なんだかよくわからない機械……、携帯ラジオのようなもの、と言えば分りやすいだろうか、手のひらに入る程度のサイズの、アンテナの張ったレコーダのようなもの。スイッチが5つほどあるが、どれが何を示しているのか、文字が書いていないのでわからなかった。
その時思い出した、これは確か、船の中にあったトランシーバーだ。
おそらく香坂さんが船の中から運び出した荷物の中に紛れ込んでいたのだろうが、なぜこんなものがここに――――?誰かが故意に置いたとしか思えない。
俺は、おそらく電源であろう赤いボタンを押してみた。まさか誰かが出るわけでもないだろうと高をくくっていたのだが……、
「ザザッ、ザザッ……」
不快なノイズが入る。何とか電源は入ったようだった。
しかし、次の瞬間、俺は信じがたいものを耳にする。
「ザザザザ……くっ、ザザザザザザ……くっ、くくくくくくく………」
聞き覚えの・・・・・ある笑い声・・・・・トランシーバ・・・・・・ーの奥から・・・・・響いてきた・・・・・
「!? おい、お前鎌田か! おい!! 返事しろ! 聞こえるか!?」
「……ザザッ、……くくくくくく………」
「おい、聞こえてるんだろ、答えろ、鎌田!! 今どこにいる!? 何してるんだ? おい!!」
「くくくく…そう焦んなくても聞こえてるよ、マキお兄ちゃん・・・・・・・
実はね、いいことをちょっと教えてあげようかと思ってさ、トランシーバーしかけてみたワケ。くくく、びっくりした?」
「ああ、したよしたよ、すげえびっくりだ。だから早く教えろ、お前今どこだ!?」
「ああもう、うるさいなあ、焦んないでって言ってるじゃん。
まあいいや、答えてあげるよ。今、昨日お兄ちゃんが迷い込んでそのあと見つけられなかった、あの洞窟の中にいるんだ。くくく。……実はねえお兄ちゃん、僕は犯人を知ってるんだよ」
俺の頭は一瞬真っ白になった。
「……え?本当か??……だって、犯人は俺たちの中にいないはずじゃ…。あの場に全員いたんだし……」
「くくく…。そう思う?じゃあお兄ちゃんは探偵失格だね……。アリバイがあるから全員を容疑者から外すなんて、短絡的もいいところだよ」
「……じゃあ、お前はあの中の誰が犯人か知ってるってことなのか…? ……教えてくれ、誰が犯人なんだよ?」
「くくく…。さあねぇ〜。それ考えるのはお兄ちゃんの仕事でしょ。僕が教えたいいいことってのは、僕さあ、今からその犯人と会うんだよね。対決するんだよ。僕がそいつが犯人だって知ってるし、犯人も僕がそいつを犯人だと知ってることを知ってる。だから、僕は間違いなく犯人に命を狙われるんだ…。あはは、最高に面白くなってきたなあ。これだよ、こういうとんでもない展開を僕は待ってたんだよ…。くくく……」
「な、何言ってる!? おい、馬鹿なこと言うな、やめろ!! お前なんかかなうわけない、大人しく出て来い、こっちに来いよ!! マジに殺されるぞ!?」
「…くくく、それでもいいのさ。これは僕が望んだ事なんだ。僕がやりたいからやること。僕の意思なんだから、お兄ちゃんに止める権利はない。
でも、最後に一応知らせるくらいはしてあげようかな、と思ってねえ。…どう?混乱した?? だよねえ…。くくくく…。
あ、そろそろだよ…。犯人とのご対面。くく、楽しみだなあ…。僕はどうやって殺されるんだろう・・。お兄ちゃん、できたら僕の死体を見つけてね。そしてちゃんと葬ってね。くくく。意地悪して悪かったからさあ、最後くらい許してよお。くっくっく…、あ、そうそう由梨乃お姉ちゃんとかにもよろしくね。まあ、まだ生きてたら・・・・・の話だけど……。
くっくっくっくっく・・・、あっははははははははははははは…………」
ザザザザザザッザザザザザザザザザザザザザ。
ブツン。
交信は途切れた。












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