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ASAGI 〜ユートピア殺人事件〜
作:K+K



1−12


―――――本当に、覚悟はある?
事件の謎を解くと宣言することは、真犯人と真っ向から対峙するということ。
真犯人に、挑戦状を叩きつけるということ。
結果、あなたが次の犠牲者にならないとも限らない。
あなたの大切な人が、事件に巻きこまれないとも限らない。
結局解くことができなければ、あるいは、あなたが解決に失敗したせいでまた誰かが死んでしまうかもしれない。
それでもあなたはこの事件を解こうというのか?
それだけのものを、背負う覚悟があるというの?

……悪いけど、アサギさん、あんたの言うことはよくわからねえ。
確かに俺と由梨乃がこの事件の解決に乗り出すとなると、それは真犯人への挑戦に他ならない。むしろ俺たちもそのつもりでやっている。
…でも、それが原因で今より悪い状態に…たとえば、今あんたが言ったように、人が余計に死んだり、そういうことにはさせない。
そうさせない・・・・・・ために・・・俺たちが乗り出すわけだからな。
俺たちが事件を解決する。
俺たちが犯人を暴きだす。
それだけだ。

………なるほど、よくわかった。
あなたにそれだけの覚悟がある以上、私も協力しよう。
もしここで、これから事件が起きようが起きまいが自分たちの行動とは無関係だ、などと言い出したなら、私はあなたを殴ってさっさと帰っていたところだ。

……それはどうも。
ところで、先ほどの続きだ。アサギさんが「わかったこと」というのは、いったい何だったのか。

よし、ではお互い手の内公開と行こう。
まず、船内だが。
ひとつ、あやしい部屋を発見した。

……え?

客室の真下に当たる、物置のような部屋だ。私たちが昼に三木さんを探した時、エンジン室からシャワー室まであらかたの部屋は捜索したが、あの部屋だけは誰も見つけられていなかった。なぜなら、その部屋のドアの前に荷物棚があり、救命胴衣などで一杯になっていたため、その向こうに部屋があるなどとはだれも気付かなかったのだ。

なるほど…。となると、その部屋に三木さんが監禁されていた可能性がある。

その通り。もちろん、中からはそう言った形跡は発見できなかったが……。
とにかく、犯人はそこに三木さんを監禁してこの島に到着したのち、彼を操舵室まで運びこみ殺害、首を切り落とす。そうすれば、いずれは我々の誰かが発見するだろう。

犯人は、わざと三木さんの死体を晒した、ということ?

おそらくは。
それなら、美音子さんの死体は上がらないのに三木さんの死体だけ発見されたことの説明はつく。

しかし、そうなるとおかしい。俺たちはずっと一緒に行動していたし、誰か一人が突然いなくなるなんてことはなかった。

そう。確かにおかしい。

唯一単独行動をしていたとすれば鎌田少年だが……。彼が一人でそれだけのことをやってのけるとは思えないな……。
ということは……。

そう。
私たち以外の誰か。12人目・・・・の誰かがいる、という疑いが出てくる。

12人目…。
つまり、俺たちの中に犯人はいない……。

だが、それも一つの可能性。
もしそうなら、犯人自身もその部屋に隠れてやり過ごすことはできたはず。
だからパズルのピースがちょうど奇麗にはまる。
でも、それだけのこと。
一つの可能性でしかない……。

そうだよな…。
結局のところ、凶器はいまだに見つかってないわけだし。

そして、奇妙なことと言えばもう一つ…。

ああ…。あの、血文字だな。

そう。「Welcome To Utopia!!」という文字。「ユートピアへようこそ」。…あれは一体、何を意味していたのだろうか…。

……普通に考えれば、「ようこそ」ということは、皆さんを歓迎します、これから皆様をもてなします、ということだよな。……つまり、ミステリ小説なんかみたいに考えれば、これからもっと犠牲者が出る可能性を示唆しているように読み取ることも……。

……やはりそう思うか。

……ああ……。それに、「ウェルカム」という部分が、なんだか俺たちを挑発しているかのようでもある。まるで、この島は自分の領域だから、もうこれからは自分の思いのまま、と強気のメッセージを発しているかのようにも感じられる。

……ふむ…。何にせよ、これ以上の犠牲が出ないように気をつける必要があるな……。
それと、もう一つ。
鎌田くんだが、彼の行動は明らかにおかしかった。

……?

彼も私同様ふらふらしていたので、見るともなく見ていることがあったのだが、ずっとぶつぶつ何かつぶやいている様子だった。
そう……事件の犯人はどうだとか、ブタの物まねがどうだとか、そんな風なことを言っていた気がする。

たしかにあれは変な奴だなあ……。俺の前でもかなり不気味な表情を見せたし…。

なんにせよ、彼には注意する必要があるかもしれない。

……そうだな。
少なくともこれ以上、一人でふらふらさせるのはよすべきだ。
これからは目を離さないようにしよう。

それがいい。私も極力協力する。

……というかあんたこそ一人でふらふらするんじゃない。
こっちが気が気じゃなくなるだろうが。

…む。

と、そのとき、テントからごそごそと二人組が現れた。
藤さんと久我野さんのコンビである。
「あれ、もうそんな時間でしたっけ」
俺ははっとして腕時計を見た。たしかに、二時を回ろうとしているところだ。
すっかり蚊帳の外になり、こっくりこっくりと船を漕いでいた本条を起こす。結局アサギさんのおかげでこいつはずっと大人しくしていたわけだ。俺はテントのなかへと戻ることにした。
「なんだ、俺が起き出した意味、結局なかったんじゃねえかな」
本条はぶつくさ言いながらテントに入っていく。そしてすぐさま再びの大いびきをかきはじめた。
「それじゃ、藤さん、久我野さん…あとをお願いします」
「おう、任せておいてくれ」
最後に俺はアサギさんの方を振り返ったが、彼女は彼女で大あくびして、
「それじゃ私もこれまで。さすがにもう眠くなったから……。
今日はありがとう。おかげで頭の中がまとまった」
「いやいや…こっちこそ」
俺たちは何となく意味ありげな挨拶を交わす。不思議そうな顔をする二人を尻目に、俺たちは各自のテントへ戻っていった。
ごろりと横になると、やはり話し疲れたのか、どっと眠気が襲ってくる。優さんの大いびきも気にならない。
なんとなく、俺たちの「常に複数で行動する」作戦はうまくいっているように思える。これなら犯人もうかつに手は出せないだろう。
願わくば、このまま誰も傷つくことなく、助けが来るまでの時間を過ごせますように…。
残りの全員が無事に帰れますように…。
そう祈りながら、俺は眠りの淵に入っていく…………。



…………そんな願いなんて、あっという間に打ち砕かれちゃうとも知らないでね…………。



くくくくく…………。

  ☆

我々は、過去には戻れない。
俺たちは自分の犯した罪は、一生背負いこんでいかなくてはならない。
そう、藤青年はいつも思っていた。
そもそもが間違った道だったのだ。約一年前の自分は、本当にどうかしていたと思う。
当時の自分は、本条のいいなりで、ずいぶんと悪いことをしてきたものだ、と思う。
それはまあ、どこのチンピラをとっても自分程度のことをしている連中というのはさほど珍しいわけではないし、そのことでたとえば警察に自首しようなどとは思っちゃいない。
しかし、藤青年は、いつもそういった「悪事」の被害者のことをいちいち思わずにはいられなかった。
彼らのことを気遣わずにはいられなかった。
確実に「ワル」ではありながら、「悪」にはなりきれない男、
それが藤義彦という男だった。
久我野も久我野で、本条などには逆らえないらしく、ずるずると不良の道を進んできた。が、この男にも多少の正義と言おうか、あるいは思い切って女々しさと言おうか、そういうところがあり、つまるところ悪党向きではなかった。
だが、リーダー格であるはずの本条が、ある日彼らに言ってきたのだ。
「俺たちもう足を洗おう」と。
実のところ実のない不良行動にうんざりしていた二人にとって、それは願ってもない提案であった。
かくして彼らはこの道から完全に手を切った。さすがにそれを「先輩達」に報告したときには、彼らはボコボコにされた。本条などはそれで歯を折ったし、久我野も指の骨を折った。藤自身も、二三日はまともにメシを食えない状態になった。
しかし、それで済んだ事だった。
本条は未だにナンパ好きで世間から見れば十分チンピラだが、もうすでにヤバいことには手を出していないし、藤や久我野にいたってはいたって普通の大学生にしか見えない。髪は黒く染めたし、ピアスもやめた。煙草も人前ではあまり吸わなくなった。
これでもう、彼らは過去とはすっぱり手を切れた。
…………はずだった。

「…………ったく、どうしてこうなっちまうかなあ」
今回の旅行では初めての煙草を、藤青年はたき火を使ってつけた。
他の連中は皆テントの中でお休み中。現在、彼の腕時計は二時二十分を指している。波の音以外は、実に静かな夜だった。
久我野青年はじっと火を見ている。眠そうではないが、疲れているようではあった。頬のあたりが、気のせいかふだんよりこけて見えた。
「ま、過去の俺たちの行いが悪かったせい、かな」
藤青年はふーっと煙を吐き出した。
人間、生きている限り自分の所業は墓に入るまでその背に背負っていかねばならない。たとえ、それをした時の自分が今と別人にしか思えなくとも、だ。
さもなければ、この世の誰が、自分の代わりに罪を背負っていくというのだ。
「………スイカ割り、か」
藤青年はつい八時間ほど前に見た死体を思い出す。それは、まるで映画に登場する死体の人形か何かのようで、現実味に欠けていた。自分がいま「本物の」死体を見ているという実感がどうしても湧かなかったのだ。
だが、いやむしろそれが故に、あとから湧きあがってきた恐怖はおぞましいほどのものであった。
本島にいたころ、マキとかいう少年たちがしていたスイカ割り。
まるでそれのように、三木氏の頭は、パックリと、嘘のように、見事に割れていたのだから。
「……あれは、まるで………」
……そう。
ああいった死体を藤青年が目にしたのは、何も今回が初めてではなかった。
かつて、あれによく似た死体に遭遇したことがある。
それは彼の人生の中で、なるべく思い出したくない部類の思い出。
あれは、そう―――――
「………おい、藤」
久我野の声ではっと我に返る。みると、久我野は真っ蒼な顔をしていた。小刻みに震えてもいる。
「どうした?久我野」
「も…もしかして次に殺されるのって……」
「…俺たちじゃねえか、ってか?」
「あ、ああ……」
久我野はごくりと唾を飲み込む。なんだか、ドラマとかでまさに次に殺される奴がいかにも言いそうなセリフである。
なんだかなあ…。藤は軽く久我野をたしなめた。
「大丈夫だって。俺たちはちゃんと帰れる。今までろくなことしてこなかった俺たちだけど、帰ったらもうちっとまともな人生歩もうぜ。…俺、新しいバイトも始めたしよ、最近付き合ってる娘もいるんだ。そいつはすごく真面目で純粋なんだけどさ…、まあとにかく、そんな簡単に死んでたまるかよ。この旅行が終わったらやることいっぱいあんじゃねえか。俺たちでいっつもかたまってりゃ心配ないって」
そう言って久我野の肩をバンと叩いた。そして、久し振りのタバコをポケットから取り出し、火をつける。肺いっぱいに煙を吸い込み、ゆったりと吐き出す……。
「そう、この旅行が終わったら…」
ざわざわと木々が不穏な音を立てる。
彼がその人生において最後に見た夜空には、月は出ていなかった。












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