太陽の出ている時間が短いこの時期、森を抜ける街道は昼間でも薄暗く、夕刻になれば夜中と変らない程の暗闇に包まれる。
港街からトレントリエッタとの国境近くにある宿場街へと移動中だった特別討伐隊は、街道脇で休憩していた所を魔獣の群れに急襲されたのだという。まさかフォンクランク領内で魔獣の襲撃に遭うとは思っていなかった特別討伐隊の衛士達は完全に虚を衝かれた。
衛士として一人一人の実力は水準以上だが、短期間で編成された寄せ集めでもある特別討伐隊は統制面にも問題が残っており、神技阻害の波動で風技の伝達や広伝による指揮が封じられていた為、命令系統が混乱して組織的な迎撃行動が遅れてしまう。
なんとか態勢を立て直して反撃に出ようとした時には、既に三分の一近い衛士が魔獣の牙に倒れていた。
更に悪いことは続き、調整魔獣に対しては絶対的な効果を持つ切り札であった筈の魔笛が、明らかに神技阻害の波動を放っている魔獣の群れに全く効果を及ぼさなかったのだ。夜道の如く視界の悪い街道で魔獣の群れを相手に神技の恩恵も受けられず乱戦状態。
結局、港街方面から宿場街へと向かっていた傭兵団が偶々現場を通り掛かり、生き残っていた衛士達は彼等の援護を受けてどうにか港街まで撤退する事が出来たのだった。
結構な資金をばら撒いて腕利きの衛士を集め、下々の大衆にも散々宣伝をして戦果を期待しつつ送り出した特別討伐隊が一度も討伐を果たせず逃げ帰ってきた事で、今回の魔獣被害対策を企画したヴォルダート侯爵は面目丸つぶれである。
だが、ここまで盛大に転んでタダで起きるほど潔くもなければ愚かでもない侯爵は、すぐさま詳しい情報を集めて分析し、今回の結果と状況を如何に有利な方向へ転換させるかと考え、策を練った。
「では、ユースケ殿がわざと特別討伐隊に粗悪品の魔笛を用意したと、貴殿等はそう主張なさられるのか?」
「そういう噂を耳にした、という話だ。事実、大損害を被ったのは魔笛が効果を発揮しなかったからだと聞いている」
「発注された相当数の魔笛を随分と短い期間に用意したという事ですからなぁ、ちゃんと品質を確かめたのか疑問が残りますな」
「確か低民区で事業を行なう為に別の作業を行なっていたとか。用意された魔笛が真面目に作られたモノなのか、些か……」
王の御前で開かれる対策会議にて、集まった各方面の関係者達が今回の事態にどう対処すべきかと議論を交わす中、ヴォルダート侯爵の派閥に属するイヴォール派の宮殿官僚や衛士隊関係者から闇神隊長の仕事に対する疑念が示される。
優秀な衛士を多数失った事はフォンクランクにとって小さくない痛手でもあり、責任の所在も問われるこの会議で殊更に闇神隊長を糾弾しようとする論調にはヴォルダート侯爵の思惑が透けて見えるも、敢えてそこを指摘する者は居ない。
当の侯爵は腕組をして目を閉じ、黙して議論に耳を傾けているが、この場にいる誰もが議論の方向性に彼の意図を感じていた。
そこへ、急遽自宅から宮殿に呼び戻された悠介が、クレイヴォル炎神隊長から事情の説明を受けながら会議の場へと現れた。何故かくっ付いて来ているヴォレットの姿に、居並ぶ会議の参加者達から戸惑いのざわめきが上がる。
闇神隊長がヴォレット姫のお気に入りであることは周知の事実。その姫様の前で率先して闇神隊長を糾弾すれば、自分達に対する覚えが悪くなってしまうという不安から先程までの論調で糾弾を向ける事に躊躇するイヴォール派の面々。
領袖の判断を仰ぐかのように向けられた自身の派閥に属する者達からの視線に応えてか、今まで黙って会議の進行に意識を向けていたヴォルダート侯爵が徐に口を開いた。
「姫様、今は重要な会議中ですぞ。クレイヴォル炎神隊長殿は姫様をしっかり補佐して頂きたいですな」
ちゃんと行動を管理して教育係りの義務を果たせと、暗に退出させるよう促すヴォルダート侯爵に対して、返答に窮するクレイヴォルが言葉を選んでいる隙に、ヴォレットは自身も会議に参加する旨と理由を告げる。
「闇神隊とユースケはわらわの管轄にある衛士じゃからな、闇神隊の活動についての議論ならわらわも聞く必要があるのじゃ」
「遊戯の話ではありませんぞ、姫様」
「特別討伐隊の事じゃろう? 魔笛が通じなかったそうじゃな。安心せい、公私は弁えておる」
条も理もなく庇護するつもりで来た訳では無いと言って壁際の適当な椅子に腰掛けるヴォレット。普段のちょっと変わった嗜好を持つ我侭御転婆姫というイメージとは少々纏う雰囲気の違っている炎の姫君に、この場に集う一同は戸惑いの色を深くする。
ヴォルダート侯爵は無駄かと思いつつもエスヴォブス王に抗議の視線を向けてみるが、思った通り王はスッと手を翳して『かまわぬ』の合図を返す。軽く嘆息し、気を取り直した侯爵は先程までの議論の内容を、今度は自らの言葉で直接当人に問い質した。
「さて、もう聞いていると思うが……貴殿の作った魔笛が調整魔獣に効果をもたらさなかった。どういう事か説明して貰えるかね?」
他の作業にかまけて製作の手を抜き、適当に作った粗悪品を寄越したのではないかという問いに、悠介はハッキリと否定する。
「魔笛が粗悪品って事は絶対に無いと言えます。どうして効果がなかったのか分かりませんが――」
そういう魔獣が居るらしいという噂はあったので、特別討伐隊は運悪くその魔獣に出くわしてしまったのではないかと推論を立てる悠介に、ヴォルダート侯爵は魔笛の品質を問題にした方が攻め易いと判断して粗悪品が混じっていなかったと何故言い切れるのかを追求した。
「絶対に無いと言い切れる根拠を示したまえ」
「そうですね……ちょっと失礼」
悠介は会議のテーブル上に置かれている空になった陶磁器のカップを幾つか集めてカスタマイズを施す。
通常、土技を使って加工品の再調整を行なう場合、磁器のような焼き物であれば表面の装飾部分を削るなり、少しサイズを変えられる程度で、カップを皿にするような大幅な形の変更はかなり難しい。
悠介のカスタマイズ・クリエートは、その物体が元からそういう形状をしていたかのように『存在』を書き換えてしまう能力である。光の粒が舞い消えると、陶磁器のカップは真四角な立方体に姿を変えた。
初めて闇神隊長の神技を間近で目にした者達が思わず目を瞠る。ヴォルダート侯爵も少し驚いた様子を見せていた。
「俺――自分の神技は寸分違わず複製する事が出来るので、意図的に違うモノを作ろうとしない限り絶対に同じモノが出来ます」
そう言って悠介が立方体を積み上げると、縦に積まれた正方形のキューブはまるで初めから長方形の物体として存在していたかのようにぴったりと重なり、その表面も非常に滑らかな艶を出している。
この通り、中身も同じ精度で再現できるので、魔笛の複製に不備は無いと悠介は言い切った。
「……」
重ねられたキューブを手に取り、唸る侯爵。ただの立方体なのだが、刃物でスパッと切り取ったような表面を持つ非常に精度の高い立方体は芸術品にも思えた。ヴォルダート侯爵の掌で玩ばれるキューブに、宮殿官僚の一人が物欲しそうな視線を向けている。
視線に気付いた侯爵が彼の前にキューブを置くと、いそいそと手にとって眺め始めた。この官僚には時折珍しい美術品や工芸品の類を都合してやれば、指示にも従うし資金も出す。扱い易い男だが、少々日和見気質な所に問題も残る輩だった。
キューブになった陶磁器のカップは宮殿の備品なのだが、自分の口添えで彼に与えようと画策するヴォルダート侯爵は、新しい美術品の取り寄せが一つ浮いた事を頭のメモに書き記しつつ、闇神隊長に対する追求に次の手を考える。
「魔笛については一応それで納得しよう。では魔笛の通じない魔獣の噂についてだが、何故事前にその情報を伝えなかったのかね?」
「笛渡す時に伝えましたよ?」
「それについてはわらわが証人になるぞ、ユースケは確かに気をつけるようにと何度も念を押しておった。そうであろう?」
あの日、訓練場にて魔笛を受け取った官僚は、ちらりと見やった侯爵からの目配せに気付いたが、闇神隊長とヴォレット姫の証言に対する真偽を求められて惚ける事が出来ず、それを認めた。一瞬、侯爵から射抜くような視線を当てられてビクリと肩を揺らす。
「つまり……事前に警告を受けておきながら何の対策もしていなかったと、いう事で良いのか?」
じっと会議の様子に耳を傾けていたエスヴォブス王が壇上の玉座からそう訊ねる。受け取り担当だった宮殿官僚は顔を上げられない。すかさずヴォルダート侯爵がフォローに入った。
「王よ、今回の事態は移動中の不意を突かれた事に起因します。確かに油断と怠慢による失態の誹りは免れませぬが――」
魔笛が通じない調整魔獣の存在については正確な情報が必要でしょうと今後の対策に議題を戻し、ついては魔笛と調整魔獣に関する調査を行なう為、参考人として風の刃組織の元魔獣使い等をトレントリエッタから呼び寄せる提案を挙げる。
この提案は即日承認され、後日トレントリエッタからヴォーレイエを始めとする元風の刃組織の構成員が呼ばれる事となった。闇神隊長の糾弾に失敗したヴォルダート侯爵は早々に対策会議を切り上げ、次の手に移る。
「態々御足労を掛けさせてしまったが、会議はこれにて終了だ。また後日にでも風の刃構成員の取調べに協力して頂ければ助かる」
「そうですね、ヴォーレイエ達とは面識もありますし協力しますよ。今日は皆さんお疲れ様でした」
宮殿に呼びつけられ、殆どイチャモンとも言える不躾な質疑を向けられたダケで終わってしまった対策会議に対して不満気な表情一つ浮かべず、出席者達に労いの声さえ掛ける闇神隊長の姿に余裕を感じたヴォルダート侯爵一派の面々は内心に苦々しい思いを懐いた。
闇神隊長がヴォレット姫を伴って現れた時点でこちらの先手が潰され、姫がこの場に居座る事を認められた事で尻込みした者達によって糾弾ネタの幾つかが封じられた挙句、最後には切り返されて自分達の非が明るみになるという結果に愕然とする。
『この男……やはり計略の類に長けているのか。油断ならん』
今回の会議で反闇神隊派以外の同席者達に闇神隊長に対する不信を懐かせる事には失敗したが、当面の目的は闇神隊長の周囲から切り崩して行く事である。まだまだ先は長い。闇神隊長の失脚を狙う活動は始まったばかりなのだ。
ヴォルダート侯爵は闇神隊長の身辺を探らせている子飼いの諜報員が、有益な情報を掴んで戻る事をじっくり待つ事にした。
当の本人は心証アップで敵意回避! などと難易度の高い作戦を目論んでいたが、こちらも成果はあがらなかったようだ。
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