ガゼッタのパトルティアノースト、旧神義堂では『風の刃』という組織が送り込んで来た使者について議論が交わされていた。
彼等は近い内にトレントリエッタで現政府の転覆を目的とした反乱を起こす事を示唆しており、フォンクランクとトレントリエッタが現在行なっている対ガゼッタ戦略の詳細、交易制限によるガゼッタ弱体化計画を暴露した。
「連中の目的は何だと思う?」
「我々に支援を求めている訳ではなさそうでしたが……」
「ああ、だが……俺達が動く理由になるだけの情報を態々渡していったという事は、それを期待していると考えていいだろう」
「トレントリエッタの反政府組織は、我々の介入を誘っていると?」
『風の刃』がガゼッタを利用しようとしている事は明白だが、交易制限で流通が滞れば地味に効いて来るのも確かだ。
「ここは連中がどう引っ掻き回すつもりなのか、見定めてやるのもいいだろう」
「では、彼等の策に乗るのですか?」
「ああ、だが……」
ただ相手の思い通りに動いてやるつもりは無いと、シンハは各国に潜伏させている密偵に連絡を取るよう指示を出し、トレントリエッタとの国境に騎兵団を移動させるよう命令を下す。
「まずは諜報だ、どんな些細な噂も見逃すな。フォンクランクとトレントリエッタの情報を徹底的に集めろ」
トレントリエッタの南西部には南の海岸線を行く下街道と、北の月鏡湖に沿った上街道がガゼッタ領に伸びている。
現在この両街道にはフォンクランクとトレントリエッタによるガゼッタの封じ込め戦略として、街道封鎖に近い交易制限を掛ける為の拠点が設けられており、首都リーンヴァールから派遣された正規兵がそれぞれ駐留している。
フョルナーの水月の十二日目、深夜――
「敵襲ーー!」
拠点の宿舎に見張り役の怒鳴り声が響く。交代で眠っていた者は飛び起き、食事をとっていた者は口に含んだ実を咀嚼しながら食堂テントを飛び出す。
上街道はガゼッタとの国境に近く、故に、トレントリエッタ軍兵士の駐留するこの拠点が襲撃されるとするなら、それは街道封鎖を懸念するガゼッタ勢力の仕業だろうと思われていた。
「敵の規模は!」
「哨兵からの連絡はどうしたっ」
「伝達妨害を確認――いや、違う……これは」
「おい、なんだこの波動は」
周囲を照らし出していた炎技の明かりが掻き消され、索敵や武具の強化を行なう神技も不安定になり、拠点一帯を奇妙な波動が包み込む。やがて森の奥から複数の足音が近付いて来た。人の足音だけではなく、獣が駆ける足音も混じっている。
「魔獣の襲撃だーー!」
「傭兵も混じってるぞ、コイツ等一体何者だ」
「神技が使えないっ 例の調整魔獣か!」
「首都に応援の伝令を……っ」
神技阻害の波動を受けて混乱する拠点駐留部隊に、風の刃軍の魔獣兵と傭兵部隊が襲い掛かった。拠点前に展開していた迎撃部隊の中で攻撃系神技を中心に使う者は無力化されたも同然となり、刀剣を振るう傭兵達に撫で斬りにされていく。
「武器を取れ! 接近戦の出来ない者は建物に避難させろ!」
「街道側から新たな部隊接近! 魔獣多数!」
強化系神技で武器を扱う者は反撃である程度の抵抗を見せたが、傭兵と互角に戦えてもそこを魔獣に襲われれば一溜まりもない。
上街道の拠点襲撃は深夜から明け方に掛けて行なわれ、調整魔獣の神技阻害と傭兵部隊の波状攻撃による奇襲を受けた拠点駐留軍は、一夜にして壊滅させられたのだった。
フョルナーの水月の十三日目――
「港街か、ここは活気があっていい所だねぇ」
「オド君も連れて来てあげれば良かったかもしれないねー」
ヴォーレイエ達が樹海の奥深くにある集落を発ってから四日目、一行はフォンクランク領の港街に到着した。街の通りには地元民であろう無技人達が行き交う姿も普通に見られ、当初思い描いていた無技に対する排除感のような空気は感じない。
「うーん、首都と地方じゃ少し違うのかもしれないし……」
「そーかなー、サンクアディエットでも最近は無技人が街で働いているらしいって、前の宿場街でも聞いたよ~?」
ぽりぽりと頭を掻きながらリフョナの指摘を躱そうとするヴォーレイエは、宿を探しに行っていたウェルシャが戻って来る姿を見つけて、これ幸いと話題の転換を図る。
「安くていい宿はあったかい?」
「……良い場所の部屋が取れました。お嬢様、リフョナ、急いで宿に向かいましょう」
「? 何かあったのかい?」
「詳細は後ほど。とにかく、今は速やかに移動をお願いします」
ウェルシャの只ならぬ雰囲気にリフョナと顔を見合わせたヴォーレイエは、表通りから路地に入る彼の後に黙って続いた。
窓から月鏡湖の湖面を見渡せる安宿の二階部屋にて、ウェルシャは港街を訪れている通商協会の商人関係者から得たという情報を話す。
今朝方、トレントリエッタの上街道にある拠点が武装集団に襲撃されて駐留していたトレントリエッタ軍部隊が壊滅。『風の刃』を名乗る組織がトレントリエッタ政府に対し、エルフョドラス家当主の名で宣戦布告の声明を出したという。
「な、なんだいそりゃ! アイツらなに勝手な事を……っ」
「シッ ――声を抑えて下さい」
「その情報って確かなの? 確認は?」
「これから真偽と詳細を確認に行きます。二人はなるべく出歩かないよう、ここで待機していて下さい」
まだ情報が錯綜しているらしく、細かい点など不明な部分を調べて組織の者と連絡を付けるべく、ウェルシャはこの街に潜む闇商人の元を訪ねると言って部屋を後にした。
風の刃本拠地集落、総司令部となるフョートレス総務官の屋敷では各方面から入る情報を分析し、次の行動に移る時期を計っていた。西の国境ではガゼッタがこちらの思惑に乗ってくれたらしく、街道に兵を集結させているという報告が届いている。
「下街道拠点の駐留軍はガゼッタの動向を警戒して動けません、上街道の拠点を放棄し、次の段階に移りましょう」
「うむ。次はデリアルディアの攻略だな、リーンヴァールからの援軍が来る前に落とさねばならんが……軍務官」
「二個大隊……半日あれば落として見せよう」
「では、軍務官殿の部隊をデリアルディア攻略に向けて予備の一隊を下街道の拠点牽制に、残りを首都攻略に向けて移動させます」
ガゼッタ軍を動かす事で下街道の拠点に駐留している部隊を警戒させて動きを封じる事に成功した風の刃軍は、上街道の拠点から部隊を退かせつつ、ベネフョスト軍務官率いる二個大隊でデリアルディアに攻撃を開始。
デリアルディアに駐留していたトレントリエッタ軍の守備隊は元々数が少なく、防衛もままならないと判断した指揮官はデリアを放棄してルディアの鉱山に立て篭もり、鉱山道ルートを使ってリーンヴァールからの援軍を待つという籠城作戦に出ようとした。
しかし、予めルディアの鉱山に潜伏していた傭兵部隊が風の刃軍の攻撃と同時に行動を起こして鉱山を占拠。退路を絶たれた守備隊は鉱山の入り口でベネフョスト部隊との挟撃にあい、壊滅してしまう。
宣言通りデリアルディアを半日で占拠したベネフョスト軍務官は、リーンヴァールからの援軍を迎え撃つべく街道に部隊を配置した、ように見せかけてトレントリエッタ軍の目を惹き付ける事で、首都攻略に向けて進軍するアイルザッハ財務官指揮下の本隊を援護する。
リーンヴァールの王宮では右往左往する官僚達と次々もたらされる凶報に、クリフザッハ王が頭を悩ませていた。
「デリアルディア陥落! 現在街道に一個大隊規模の敵部隊が展開されています」
「……一日と持たなかったか、援軍に向かわせた部隊で対処出来そうか?」
「正面の街道を行く部隊と鉱山道の部隊とで挟撃できればなんとか――」
「申し上げます! 鉱山道の岩山が切り崩され、通行不能! 落石で援軍部隊の半数が脱落しました」
その報告に官僚達が色めき立つ。岩山を通る道である鉱山道は日々の生活に必要な物資を大量に運ぶための、リーンヴァールとデリアルディアを繋ぐ大事な輸送路なのだ。
それを潰してしまうとは何たる愚行をと憤りを見せる官僚達に、クリフザッハ王は冷静になるよう宥める。
「ここで不満を言ったとて何にもなるまい。それよりも敵勢力の正確な規模は掴めんのか?」
「残念ながら……」
今現在、確認出来ているのは上街道拠点を襲った部隊とデリアルディアを占拠している部隊、それに下街道の入り口にある宿場街近くにもそれらしい部隊が目撃されている。何れの部隊も傭兵が大半を占めているとの事だった。
「ふむ……。一国に対して宣戦布告の声明を出すほどの組織だ、どれくらいの戦力を揃えておるやら」
「王よ、フォンクランクに救援を求めてみては?」
「デリアルディアに向かわせた援軍は、一度呼び戻した方が良いかもしれませんぞ」
「鉱山道が塞がれたという事は、そこから首都の背後を突かれる心配はないという事か……もしや、敵勢力の狙いは――」
纏まりの無い意見をバラバラに述べる官僚達の言葉の中から幾つか的を射ていそうなモノを拾い上げ、クリフザッハ王は首都防衛とデリアルディア奪回に向けて指示を出す。
「同盟国フォンクランクに救援を求める伝達を放て。デリアルディアへ向かわせた部隊は国境で待機。鉱山道の復旧を急がせよ」
「恐れながら王よ、鉱山道は塞がれたままにしておいた方が良いのでは?」
地理的に街道を通る正面からリーンヴァールを攻めようとすれば、フォンクランクの援軍に側面や背後を突かれる事になるのだ。
その官僚の意見によれば『風の刃』が直接デリアルディアに軍を送り込まれる事を嫌って鉱山道を塞いだと考えるなら、元から『風の刃』にリーンヴァールを攻める意思は無いのではないか、デリアルディアの分離独立が目的なのではないかという。
「考えられぬ話ではないが、嫌な予感がするのでな。国境を渡らず直接首都を狙える道を態々塞いで見せた所に罠の意図を感じるのだ」
深い洞察を見せるクリフザッハ王の返答に、その官僚は頭を垂れて恭順を示した。が、内心ではミスリードに失敗した事を、亡き当主に詫びていた。彼はエルフョドラス家一族の一派であった。
『油断は誘えなかったが、概ね予定通り。フォンクランクの介入より先に首都を陥落させる事が、この闘争の成否を握る鍵だ』
トレントリエッタ政府からフォンクランクに向けて発せられた救援要請を受け、ヴォルアンス宮殿では直ちに派遣する援軍部隊の編成と指揮官の選定に入っていた。
それに先駆けてトレントリエッタとの国境に派遣されている斥候部隊から、ガゼッタに不穏な動きがあるという報告がもたらされる。
「トレントリエッタ領の半島にガゼッタの軍が集結していると?」
「奴等、月鏡湖を渡って来る気なのか?」
「それと、これは港街の自警団組織から上がって来た報告ですが――」
『風の刃』を設立したエルフョドラス家の当主が、港街に潜伏中であるという垂れ込みがあったのだそうだ。
「ふむ……撹乱の可能性は?」
「ありえます。ですが、ガゼッタの動きも気になります」
港街にも部隊を派遣するべきだと主張する諜報部隊長の進言に、宮殿官僚達も同意を見せる。トレントリエッタに派遣する援軍部隊と港街に派遣する調査団の人選には、やはり闇神隊長の名が筆頭候補として挙がった。
以前までなら、姫様の腰巾着にこれ以上の手柄を立てさせてなるものかとばかりに、派遣候補として名が挙がっても反対する者が多かったであろうが、無技の村襲撃事件絡みでヴォーアス家の家督を救い、各門閥家からも認められた頃から、悠介の活躍は国の誉れとして喜ばれるようになっていた。
最近では魔獣施設封鎖に貢献して各国に勇名を轟かせた事も大きい。エスヴォブス王は少し考えると、トレントリエッタに派遣する援軍部隊、港街に派遣する調査団の人選をそれぞれ発表した。
「今度の任務は港街の調査と防衛じゃ。場合によってはトレントリエッタの援軍に向かう事もあり得る」
宮殿の二階、普段あまり使われない方の神民衛士隊控え室にて、集まった闇神隊メンバーに新たな任務を説明するヴォレット。
港街には闇神隊を指揮部隊として編成した調査団が派遣される事になり、トレントリエッタへの援軍には各宮殿衛士隊員から統率力に優れた人材を部隊の指揮官に任命して派遣する衛士団を結成、援軍総指揮官に炎神隊員のヒヴォディルが抜擢された。
「今回の人事、エスヴォブス王もかなり思い切った方策に出やしたね」
「そうなのか?」
宮殿衛士でも副官以下の隊員を指揮官に任命して戦場に送り出す。身分と神技力の高さにしか見所の無かった宮殿衛士隊に経験を積ませる事で、総合的な戦力の底上げを狙っているのではないかとヴォーマルは分析する。
「ま、あの王様の事ですから、十分な勝算があっての作戦なんでしょうけどね」
「ふーむ」
「今度の事でガゼッタの封じ込め戦略が破綻したからのう、父様も事を構える覚悟を考えたのやもしれん」
エスヴォブス王が積極的な戦力の増強を図る事に多少の違和感を覚えつつも、これもまた戦争回避に軸をおいた策なのだろうなぁという見解を懐く闇神隊の面々とヴォレット達。
その傍らで、クレイヴォルは以前忘れようとしたエスヴォブス王とレイフョルドの会話を思い浮かべていた。
『神ならざる神を駒に、世界の覇権を競うカルツィオの歴史――か……』
ふとヴォレットに視線を向ける。闇神隊のメンバーと楽しそうに語らう炎の姫君。
『なんとなく』という理由で闇神隊所属の神民衛士隊員だったメンバー達を正式な闇神隊員へと引き上げた事で、彼等は専属従者のスンや神技兵のソルザックを除く全員が、自らの権限で神民衛士隊を編成して動かす事が出来る立場となった。
この数日間、闇神隊メンバーはそれぞれ『自分の衛士隊』を持ち、指揮する能力を養っていたのだ。
『そこへ来て今回の任務……港街へ派遣する調査団は、恐らく闇神隊メンバーの配下にある衛士隊で構成されるだろう』
この任務で闇神隊と衛士隊の結束が固まれば、ヴォレットの言葉通り、闇神隊は独自の戦力を手に入れたと言える。単なる偶然なのか先見の才によるモノなのか、或いは、これも『邪神』のなせる業なのか。
「という訳でクレイヴォルよ、細かい説明は任せたぞ」
「……では、説明します。港街での主な任務ですが――――」
ヴォレット姫とエスヴォブス王の対峙という他愛無い妄想を思い出して一抹の不安を懐きつつ、クレイヴォルは任務の詳細を告げていく。闇神隊の調査団と、ヒヴォディル援軍衛士団が共にフォンクランクを出発したのは、翌日の早朝。
フョルナーの水月の十六日目の事であった。
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