魔獣施設にて調査団が夕食の準備を始める少し前。サンクアディエットの高民区ではラーザッシア達が帰国している事を聞いていたヴォレットが、今日のお稽古事を終わらせた足で悠介邸を訪れていた。
突然の姫様ご来訪に悠介邸の使用人達はバタバタとお出迎えの準備で走り回っていたが、形式ばった出迎えは不要だとしてズンズン屋敷の奥へと進んで行くヴォレット。
「シア! いるか」
「あーっ 今扉開けちゃ駄目!」
地下研究室の扉に手を掛けた体勢で一時停止するヴォレット。扉の向こうからはごそごそと荷物を動かす音が響いている。
この地下研究室前に繋がる階段では、ここまでで良いぞと案内を外された使用人達が、ヴォレットに対するラーザッシアの応対に顔を引き攣らせていた。
「いいわよー」
「うむ」
入室許可を得て扉を開けたヴォレットは、固まっている使用人達に適当な茶菓子を用意するよう言いつけて地下の研究室、苔の培養部屋へと入っていった。
根立ち木の森から採取してきた土や苔、水などが入った容器が並ぶ培養部屋。それらをほぉほぉと眺めながら、さっそく土産話を要求しようとしたヴォレットに、ラーザッシアは少し周りを気にする素振りをみせる。
『人払いを求めている』そう捉えたヴォレットは、茶菓子を持って来た使用人達を直ぐに下がらせた。
「誰も近付かぬよう、階段の上を見張っておるのじゃ」
「かしこまりました」
「さっすが姫様」
「で、どうしたのじゃ? なにかあったのか?」
ラーザッシアはデリアルディアでの出来事、レイフョルドが悠介に『幻惑の風』を使った事や、闇神隊が調整魔獣の事件に自ら関わるよう勧められた事など、一連の出来事を詳しく話した。
帰国の道中『無用な混乱を避ける為』と、レイフョルドからはソルザック共々今回の件に関する口止めをされていたのだが、闇神隊に組み込まれた神技兵という立場にあるソルザックと違い、ラーザッシアは悠介個人の奴隷なので、レイフョルドの口止めなんか知らないわとばかりに彼の所業を暴露する。
「ふーむ、彼奴がのう……」
「ユースケは魔獣の事件に関わる気なんてなかったみたい」
「わらわも魔獣討伐に動くというユースケの判断は少し意外に感じておったが、そういう事じゃったか」
父王エスヴォブスの画策もあった事を知り、ヴォレットは腕組みをして考え込む。
「シアよ、此度の事よく話してくれた。今後もユースケの周りで不穏な動きがあれば、包み隠さずわらわに教えてくれ」
そう言ってお茶を一口、リーンヴァールやデリアルディアの街並みなど、トレントリエッタの土産話はまた今度という事で、ヴォレットは早々に悠介邸を後にした。
宮殿に戻ったヴォレットは、クレイヴォルを部屋に招くと『ここだけの話じゃ』と前置きしてラーザッシアから聞いた話は伏せたまま、レイフョルドの活動に関する情報を求めた。
何にでも興味を持つ姫様の事、神出鬼没で何かと謎の多いレイフョルドに興味を持っても不思議ではない。そう結論付けたクレイヴォルは深く考えずに自分の知る限りの情報で答えた。
「私も彼については余り詳しく無いのですが――今朝は王の私室に呼ばれていたようでしたな」
「密談か?」
「さて、その辺りの事は……。まあ、彼は度々王から密命を受けて動いてるようですから」
諜報の報告なり相談なりはよく行なわれているようですと答えるクレイヴォル。『ふむ』と暫らく考え込んだヴォレットは、徐に口を開くと、こんな事を問いかける。
「のう、クレイヴォル。闇神隊に所属している今の衛士達を、宮殿衛士に取り立てる事はできると思うか?」
「宮殿衛士に、ですか? 何故また急にそのような?」
「これだけ功績をあげている闇神隊の隊員を、いつまでも神民衛士の身分に置いておくのは問題かと思っての」
「うーむ……、確かに彼等の功績は高いとも言えますが……」
宮殿衛士に取り立てられるには、相応の身分と高い神技力が求められる。闇神隊メンバーは確かに多くの功績をあげている優秀な衛士ではあるものの、総合的な神技力は平均を下回り、身分は何れもほぼ一般民。
「その功績もユースケ殿の力あってのモノですから、正直なところ厳しいと言わざるを得ないですな」
「そうか……。うむ、では別の手を考えるとしよう」
その後、夕食を済ませてリーンランプを磨き始めるヴォレットを見て、クレイヴォルは『何時もの好奇心と思いつきによる発言だろう』と、この時は特に気にする事なく部屋を後にした。
一方その頃、魔獣施設一階に設けられた根拠地では夕食の準備が進められ、場所を開ける為に施設の備品を移動する作業が行われていた。夕食の準備といっても簡易食を持ち寄って皆で食べるだけなので、椅子とテーブルを用意するだけである。
そんな中、隅の方でテーブルを運んでいるスンに声を掛ける者がいた。探索済みの部屋で残り物を漁っていた小規模グループの数人。彼等はある部屋の棚の隙間に何かを見つけたのだが、人手が足りなくて動かせないので手伝いを募りに来たのだという。
偶々近くで作業をしていたスンに声を掛けたのだそうだ。無技人の身体能力に力の指輪その他の効果で実は闇神隊の中でも一番腕力があるスンは、自分に力仕事を期待される事は当然のように考えていた。故に、彼等の要請を不自然だとは思わなかった。
振り返ると、悠介は明日の事で各グループのリーダー達と軽く打ち合わせ中。施設一階の安全は既に確保されているのだ。悠介の仕事を邪魔してはいけないと思ったスンは、自分の判断で彼等の手伝いに応じる事にした。
『なあおい、やっぱまずいんじゃないか?』
『ばっか、何心配してんだよ、相手は無技じゃないか』
『でも闇神隊の従者だぞ?』
彼等のそんなヒソヒソ話に気付かず、スンは施設入り口付近にある監視役の休憩室だったらしい部屋までやってきた。部屋には手伝いを募りに来た三人組の仲間が二人ほど立っており、スンを見て少し驚いたような表情を浮かべる。
「えっと……どの棚ですか?」
「え? ああ、そこの壁際のやつなんだけど……」
彼等の一人がそう言って少し傾いた重厚そうな木製の大棚を指し示しながら、後から部屋に入ってくる三人組に歩み寄ると、声を潜めつつ抗議を向ける。
『おい、どういう事だ! 闇神隊の従者じゃないか』
『だからっ どうせ無技なんだからいいじゃねえか、後でちょっと借りましたって黄晶の二~三本払っとけば』
『青晶くらいは取られそうな気がするなぁ……』
『普通に街で野良唱買ったほうが安いじゃねえか』
彼等は性処理目的でスンを誘い込んだのだが、闇神隊の従者に手を出すのは拙いんじゃないかという意見と、無技の女従者という時点でそういう役割も兼ねているのだろうから、後で利用料を払えば問題ないだろうという考えとで密かに揉め始める。
大手集団が組み合う通常の遠征隊なら、街唱の一人や二人は雇い込みで同行しているものだが、この調査団は大手でも精鋭ばかりが集められた集団で、皆が皆真面目腐っていて面白みが無い。
せめて一日の終わりに女を抱いて眠りたいと、相手をしてくれそうな娘を物色してみたものの、傭兵団、大手冒険者グループ、何れも腹筋が割れていそうな猛々しい娘しか居なかった。
ガゼッタから来た者達は論外で、闇神隊関係者も当然除外される筈だったのだが――
『他にそれっぽいのも居ねぇんだから仕方ないだろ』
馬鹿正直に唱謡いを頼んでも、自分達のような弱小グループでは断られる可能性が高い。なので少々強引なやり方だが事後承諾という形で借りる事にしたのだと説得する。昂る欲求は抑えられない、背に腹はかえられないという事で納得する彼の仲間たち。
それじゃあ早速頂こうかと、スンを背後から抱き寄せに近付いた彼は、頭に強烈な一撃を受けて早めの床についた。
「あ! ごめんなさい、大丈夫ですかっ」
そこには壁際の大棚を持ち上げたスンの姿。棚を持ち上げた時に少しバランスを崩してしまい、仰け反った拍子に丁度うしろに立った男の脳天を棚が直撃したのだ。ある意味、身長差が生み出した悲劇だった。
彼の仲間達は大の男が二人掛りでも動かすのがやっとだった大棚を一人で持ち上げているスンに驚き、唖然としていた。一応、この大棚を移動させたかったのは本当だったりする。
ちなみに、スンがみせた怪力は先日デリアルディアで出発前の話し合いをした後に、悠介がスンの従者服をカスタマイズして『力の指輪』の他に『力のベルト』『守りの従者服』等を追加した効果である。
大棚を別の場所に立てかけたスンが倒れた男を介抱しようとしたその時、部屋の外から怪訝な色の混じった声が掛けられた。
「おい、そこで何をやってる」
「あ、あんた……傭兵団の……」
「いや、ちょっと唱謡いに従者を借りようかなと……」
翳った表情に鋭い眼つきをしたブレムザップが、彼等の言葉を聞いて更に表情を険しくする。スンは自分が唱謡いに呼ばれたと聞いて目を瞠り、驚きと共に顔を赤らめた。思わず介抱しようとしていた倒れている男から距離を取る。
「お前等……その娘が闇神隊長の恋人だと分かっててやってるのか?」
「はぃ!?」
「こ、恋人!」
目を丸くした彼等からの注目を浴び、今度は別の意味で顔を赤らめているスン。対照的に、さーっと青褪める小規模グループの冒険者達。まさか闇神隊長の想い人だとは思わなかったと慌てふためく。
「すす、すんませんでしたっ 申し訳ないです!」
「こ、この事はどうか内密に……」
次々頭を下げては懇願し始める彼等に、スンはどう応対すれば良いのか分からずオロオロしていたのだが、ブレムザップが助け舟で間に入って取り成してくれた。
闇神隊長への報告は免れないが、言いだしっぺが意図せず『制裁』を喰らっている事や、未遂だった事も含めて寛大な処置に止められるよう求めるブレムザップに、スンは頷いて了承した。
その後、闇神隊の元に戻ったスンから事情を聞いた悠介は、後で何らかのペナルティーを与えるという事で話に決着を付けた。淡々と処理する悠介に、もう少し怒ってくれてもいいのにと何となく寂しい気持ちになるスン。
と思っていたら、冷静でいるように見えてカスタマイズで設置するテーブルや椅子の大きさが巨人サイズだったり前衛芸術的なオブジェになっていたりというミスを連発する悠介に、スンはついつい笑ってしまうのだった。
「隊長、落ち着いて下さいよ」
「いや、落ち着いてるよ? 大丈夫大丈夫」
「すげー怖えーんですけど」
「まさしく混沌だな……」
「あ、でも……この椅子とか、お洒落かも……」
「イフョカ、あなた……」
流線形が暴走したようなデザインの椅子を気に入った様子で撫でているイフョカに、エイシャが微妙な表情を向けていた。
「迷惑を掛けてすまなかった」
夕食の後、調査団全体で就寝の準備が整えられている中、闇神隊に詫びを入れに来るブレムザップ。先程のスンの事もあったので、謝罪と受け入れはスムーズに行なわれた。
やはり暴走の原因は以前の事件で失った仲間の事で、魔獣を前にすると感情を抑えきれなくなるらしい。
「ん、なんとか自制できるよう頑張ってみてくれよ」
「ああ……、もうあんな無様な真似はしない」
彼は去り際、闇神隊の近くに寝床を作っているシンハ達を見つけて何か言いたそうな瞳を向ける。
「なんだ? 言いたい事があるなら言え」
「……俺は、もっと強くなりたい」
「ふん……今の仲間と話し合え。全てのケジメをつけてから、何時かガゼッタに来い」
ガゼッタ流の戦闘術でしっかり鍛えてやるというシンハに、ブレムザップは静かに頷いて去っていった。
「マメな王様だな」
「ふっ」
人材確保に余念の無いガゼッタ王は、闇神隊長の揶揄に余裕の笑みを返すと、その大柄な身体を寝床に収める。添い寝と称して潜り込んで来た里巫女を煩わしそうに腹に乗せつつ休息に入るシンハ。側近達は交代で見張りに付くようだ。
「俺も寝よっと」
そう呟いて悠介も闇神隊印の快適寝袋に潜り込む。魔獣施設の探索はこうして一日目を終えるのだった。
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