72話:里巫女
無技の戦士を警戒している傭兵団と冒険者グループの前衛組に後方で待機させてある本隊へ戻るように指示を出すと、本隊に残っている闇神隊メンバーをこちらへ呼び寄せる伝言を頼んで、悠介はシンハ達と向かい合う。直ぐにヴォーマル達も駆けつけた。
「暫らくぶりだな、ユースケ」
「だな。にしても……王様が何やってんだ、こんなとこで」
シンハは以前までに会った時と同じ見慣れた大剣に軽装という出で立ちで、珍しく仲間を連れていた。
普通の長剣を握る無技の戦士らしき男性は、舞踏祭での決闘騒ぎでタリスの付添い人が装備していた甲冑と同じ型のモノを身に着けている。彼の背後には双子っぽい良く似た顔を持つ青髪の女性と緑髪の女性。それに先程の子供。
「お前達が近くの街に滞在していると聞いてな、神技人に魔獣の群れは辛かろう。少し間引いておいた」
闇神隊の援護に来たというシンハに、それは隊長に近付く為の口実ではないのかとシャイードが鋭い視線を向けながら疑問を呈す。
「……ガゼッタは調整魔獣の事を隠蔽しようとしていたようだが?」
調整魔獣についてはブルガーデンからの問い合わせに対する『知っているが教えない』という返答により、ガゼッタは調整魔獣を兵器として使う算段なのではないかと見られている。
今回シンハ達が自らここまで足を運んだのも、闇神隊の援護では無く、闇神隊から調整魔獣を隠す意図があるのではないか、と。
「ああ、そういう手もあるな」
「……」
シャイードの指摘をくくと笑ってさらりと流すシンハ。闇神隊メンバーとシンハ達のグループが睨み合う形で空気が重くなり掛けた所に、悠介の尤もで且つ少し外れた問いがその場を収める。
「つーか、こんな危ない所に子供連れってのはどーなんだ?」
悠介の言葉に複雑な表情を浮かべたシンハが、壁際で欠伸をしている件の人物へ視線を向けようとした時、通路の後方から調査団の本隊が上がって来た。
「ユースケ殿!」
「連中とやり合うなら加勢しますよっ」
「いやいやいや、ちょっと話してただけだから、取り合えずみんな落ち着いてくれ」
血気盛んな傭兵達を下がらせ、彼等が暴発しないようヴォーマルとシャイードに抑え役を頼むと、悠介はシンハ達に向き直る。
「で、話を戻すけど……シンハ達は俺たちの援護に来てくれたって事でいいのか?」
「正確には、お前のだがな」
「ふむ」
シンハの実力も然ることながら、近接戦闘における無技の戦士の強さは折り紙付きだ。調整魔獣を相手にする場合、彼等ほど頼りになる前衛役はいないだろう。
傭兵団、冒険者グループの中にはノスセンテスを祖国に持つ者もいて、彼等はガゼッタに対する明確な敵意を示していたが、悠介はそんな彼等をどうにか説得し、シンハ達との共闘を承諾させた。
今のところ、シンハがガゼッタの王である事を知るのは、この場で闇神隊メンバーしかいない。これについては一応、そのまま秘密にしておこうと決めた。下手に知られれば、先ず間違いなく命を狙おうと動く者が現れる。
「じゃあ先ずは互いの情報交換から始めようか」
シンハ達は魔獣施設の本棟近くから通路に入り、ここまで通路上の魔獣を駆逐しながら進んできたらしい。施設は一応封鎖されていて、中に入る事は出来なかったと証言する。
施設の状態に関する具体的な情報が示された事で、胡散臭げに様子を窺っていた傭兵団や冒険者グループも、それらに係わる手持ちの情報を出し始めた。
「例の研究者の話だと、緊急避難通路の一部が封鎖し切れていないって事らしい」
そこを出入り口にして施設内が魔獣の繁殖場となっている可能性。放って置けば施設全体が巨大な魔獣の巣となり、まさに難攻不落の魔獣要塞と化す。
「早めに施設内を浄化して、残った全ての出入り口を封鎖した方がいいだろう」
「ガゼッタ側は施設の事を何処まで把握してるんだ?」
「研究内容と施設の規模程度だな。詳しく調べようとしていた矢先に、現在の状況が発生したのだ」
なるほど、と皆が納得する。ガゼッタも施設内部については殆ど詳しい情報を持っておらず、今のところは正規の調査団も出していないという事なので、施設内のお宝は手付かずで残っている可能性が高い。
貴重品は闇神隊が優先的に確保する事になっているが、大規模な施設であるだけに、実験器具やら備品などの小物でも十分な稼ぎを得られる事が期待できると、トレジャーハンターな冒険者グループはテンションを上げているようだ。
色々と情報が取り交わされた所で今日はもう少し先まで進もうという話になり、一旦この場で休憩に入る事となった。悠介は防壁でこの通路一帯を封鎖して安全地帯を作り出すと、椅子やらテーブルやらも作って皆に寛ぎの空間を提供する。
防壁の天井付近にギミック機能を使った換気扇を設置する事で、血や獣臭も和らげている。魔獣の徘徊する危険な隠し通路は、何処かの街にあるそこそこ立派な食堂や酒場のような憩いの場になった。
冒険者グループの何人かが集まっては『地底探検に使える』等と話しながら、天井付近で羽を回転させている換気扇を珍しそうに見上げていた。
「あ、闇神隊長の神技って……」
「うーむ、フォンクランクの英雄の力……実は用兵に特化した神技なのか……?」
悠介の力を見定めようとしていた傭兵団長達は、これまでに聞いていた『巨大な壁を作る』『砦を一瞬で構築する』『部隊を転移させる』といった噂と、実際に間近でその力を見た事により、闇神隊長の神技は敵を圧倒する攻撃系統や複数の効果を併せ持つ特殊系統のような単純なモノではないと捉えた。
環境を整えて味方を補佐する神技、それもかなり広い範囲に亘って戦略レベルで揮われるべき力。
『系統で表すならば総合系統といった所か……』
奇しくも傭兵団長達が至った推論は、全ての神技を宿すと表したゼシャールドと同じ所に行き着いた。
各グループが其々個別のテーブルに着く形で一箇所に集まり、身内の雑談や議論を交わしている中、闇神隊はシンハ達と今後の活動について話し合っていた。
この調査団は闇神隊を中心として成り立っているので、共闘する相手との細かい交渉は悠介達の役目でもある。
「ここから施設までは魔獣の襲撃もないだろう」
「そういや、ここまで魔獣を倒しながら来たって話だったな」
「それもあるが、理由は別の所じゃ」
シンハとの会話に割り込んでくる民族衣装っぽい装いの女の子。少し紫掛かった艶のある白髪を背中に流し、切りそろえられた前髪から覗くあどけなくも深く大人びた光を携える瞳。名は『アユウカス』と聞いた。
悠介は口調や物腰から彼女の事をヴォレットのような立場に在る子なのかな? と捉えた。先程からの様子を見る限り、シンハの側近らしい三人は、この女の子に対して敬意を示すような態度で接している事が窺える。
「それは、例えば?」
「お主じゃよ」
椅子からひょいと飛び降りて傍に歩み寄って来たアユウカスは、悠介の眼を覗き込むように見上げながらぴっと指差す。
「お主の存在が、魔獣たちを遠ざけておるようじゃ。どうやらシン坊の取り越し苦労だったようじゃな」
「おい、どういう意味だ婆さん」
「ば、婆さん……?」
悠介はアユウカスの言葉も気になったが、それよりも先ず『こんな小さい女の子に婆さん呼ばわりは無いだろう』とシンハの暴言に突っ込んだ。反論しようと口を開き掛けたシンハだったが、服の裾を引いてそれを制したアユウカスが先に答える。
「詳細は略すが、ワシはこう見えても三千四歳じゃよ?」
「……え? さん……ぜん……?」
アユウカス・イクドゥト。彼女は嘗てカルツィオに降臨した古い邪神の力を受け継ぎ、白族の末裔たちと共に里巫女として悠久の時を生きて来た存在である。三千年に及ぶ記された邪神の歴史とは、彼女自身の事だった。
何かの冗談かと目で問う悠介に、シンハは事実である事を告げる。
「俺がガキの頃から今の姿で里に住んでたからな。俺の親父も、祖父も、みんなガキの頃は世話になってたらしい」
「三代前の王は成人してからも世話してやってたがの、色々と」
くっくと笑うアユウカスに、シンハは何か嫌な事でも思い出したかのような顔をしてそっぽを向いた。俄かには信じ難い話に、暫し唖然となる悠介達。
「話を戻すがの、お主の邪神としての存在が魔獣たちを怯えさせておるのじゃよ」
アユウカスの話によれば、邪神とはこの世界の『意思』神のような存在が、世界に変革をもたらせる為に呼び寄せる使者なのだという。魔獣は邪神の波動に『意思』の存在を感じ取り、本能で畏れるのだろう、と。
「まあ、お主の能力が周囲のあらゆる物に干渉する力であった事が、邪神の波動を深く感じ取らせる事に繋がったのじゃろう」
「えーっと……じゃあ、もしかして街からここまで魔獣が襲って来なかったのって――」
「お主がおったからじゃ。ここの魔獣たちは人馴れしておるでな、お主らが連れている集団程度では餌としか見んと思うぞ?」
先程の戦闘でも、アユウカスに襲い掛かっていた魔獣は邪神の接近に怯んで動きが鈍っていたらしい。
悠介は魔獣を止める事に必死だった為、その時は気付かなかったが、冷静に考えてみると幾らシフトムーブを使ったとは言え、確かに普通なら間に合うタイミングではなかった気もする。
「ふっ……ある意味予想通りだったが、根本的に違っていたか」
あの時、シンハは悠介率いる闇神隊がいたからこそ、傭兵団達がここまで辿り着けたものと思っていた。概ね合ってはいるが、悠介の力に護られながら魔獣を退けての進撃ではなく、悠介の存在そのものが魔獣に道を開かせていたのだ。
それを聞いたシャイードが、以前の事件で疑問に感じていた事の答えを見出す。
「そうか……あの時、巣を焼き払うまで魔獣に動きが無かったのは、隊長がいたからという理由だったのか」
初めて調整魔獣との戦闘を経験したあの森での出来事。そう考えると、親善でノスセンテスを訪れる際や、脱出してからも魔獣と遭遇する事が無かったのは、単に運が良かったという訳では無かったのかと思えてくる。
僅かな時間で邪神の事が色々と分かり、自分の存在や役割についてもっと聞きたいと思う悠介だったが、調査団の参加者達からそろそろ出発しようという声があがる。
悠介がそちらに気を取られた瞬間『詳しく聞きたくばワシの家を訪ねて来るが良い』等と囁きを残してスッと闇神隊から離れるアユウカス。彼女が現在住む家は、パトルティアノーストの中枢塔最上階、旧神議堂である。
「うーむ……」
「中々に鮮やかと言いやしょうか……少なくとも、あの見掛けはアテになりやせんな」
「三千歳ってのも、あながち吹かしじゃねーっぽいっすね」
しれっと悠介をガゼッタに誘って行ったアユウカスに、闇神隊メンバーは感嘆と共に警戒感を懐くのであった。
椅子やテーブルを床に戻し、防壁が取り払われて出発の準備が整えられている中、シンハに向けて両手を伸ばすアユウカス。
「なんだ?」
「ここからまた施設まで歩かせる気か? ワシの歩幅を考慮せい」
しんどいのでだっこしろという要求だった。さっと周りを見渡すと、三人の側近は『自分達の仕事は護衛ですから』と言わんばかりに適度な距離を置いて通路の先を向いている。ガゼッタの王は側近達の背に恨みがましい視線を向けつつ溜め息を吐く。
「あんた不死の身だろうが」
「不死身でも疲れるもんは疲れるんじゃ、いいからはようだっこせい」
シンハは渋々アユウカスを抱き上げると、悠介達からの視線に気付かない振りをしながら施設へと向かう通路を歩き出した。
「……なあ、シンハ」
「言うな……」