ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
本編
70話:疑惑の欠片




「そっちはどうだった?」
「いや~中々良い石が手に入りましたよ」

 一通り活動を終えて一旦デリアルディアの宿に戻った悠介達は、遅い昼食をとりながら互いの活動成果を報告し合う。
 ソルザックは目的の鉄鉱石を十分に集められたので、鉱山の配送業者に依頼してフォンクランクまで運んで貰えるよう手配も済ませているそうだ。
 悠介達の調査活動も採取した土などを持って帰って屋敷の地下で研究を進めるだけなので、今回の任務は殆ど達成されている。

「さて、本当なら任務が終わった後は適当に観光でもして帰還する予定だったんだけど……」

「今の状況じゃあノンビリ観光なんざ出来やせんな」
「リーンヴァールでなら、それなりに落ち着けるんじゃねーですかね?」
「用が済んだのに、何時までも居座る訳に行くまい」

 結局、立場的な事も踏まえて危険地帯に長居は無用との結論に達し、明日一で帰国の途につくことが決まった。撤収作業、という程の大荷物がある訳でもなかったが、携帯食糧や水などを馬車に積み込んで帰国の準備を始める。




 夕暮れ時。街に帰って来た傭兵団や冒険者の先発隊には多くの死傷者が出ており、魔獣施設周辺は予想以上に危険である事が知れ渡った。そんな中、帰り支度を進める闇神隊をあからさまに『怖気づいた』と批判する者も出始める。
 が、悠介達は最初に決めた通り、徹底スルー作戦で侮辱も挑発も無視してトラブルを回避していた。

 夜に入り、闇神隊メンバーは就寝までの自由時間を思い思いに過ごす。エイシャとイフョカはシャイードとフョンケを連れて裁縫店などを見て回り、ヴォーマルとソルザックは宿の酒場で酒盛り。レイフョルドは何処に消えたのか部屋にも姿が見えない。
 悠介はスンとラーザッシアを伴って宿場通り近くの露店巡りをしていた。

「じゃあ後は御土産に何か買って帰ろうか」
「ヴォレット様に渡すなら、光るペンダントなんてどうでしょう?」
「あの姫様、そういうの好きそうだもんね」

 リーンランプの構造自体はそれほど複雑では無い為、ペンダントサイズまで縮めたアクセサリー型リーンランプなどという如何にも狙った御土産品が露店に並んでいる。発光時間はあまり長持ちしないが、一応苔の詰め替えも出来るらしい。
 和やかに買い物を楽しむ悠介達。とそこへ、近くの酒場から出て来た酔っ払いが目立つ黒の隊服を見つけて絡み始めた。

「ぅお? てんかのアンシンたいちょーどのは~、むぎとどれぇはべらせてカンコーきどりってかぁ~」

「スン、シア、向こうを回ろう」
「はい」
「そうね」

 酔っ払いは訳が分からんと苦笑しながら、悠介は通りの反対側を見に行こうと二人を促す。今日は帰り支度で買出しをしていた時から、態々近くで聞こえるように噂をする者達を数人見かけたが、放置しておけば特に害はなかった。
 ソルザックが忠告していたとおり、魔獣施設の攻略に出向いてきている傭兵団や冒険者の中には名を上げる事に躍起な者もおり、手っ取り早く名声(ソレ)を得んとする彼等の挑発には、闇神隊長(ユースケ)の力を見定めようとするような節が見られた。

 それでも、タリス青年のように正面切って悠介に決闘を挑んでくるような輩はいない。野心家も理想家も、理性ある者は大抵、慎重に事を進めようとする。そして、理性の働かない者は軽はずみな行動に出易く、またソレを他者に利用され易い。

「をーい、にーげんのかぁ? ぉお?」

「ねえ……ついて来るわよ?」
「うーん、酔っ払いはなぁ」
「困りましたね……」

 これでは落ち着いて買い物も出来ないなぁと困っている悠介達の様子を遠巻きに窺う者達が数人、彼等は酔っ払いが何かやらかしてくれる事を期待して囃し立て始める。注目を浴びた事でエキサイトする酔っ払い。

 悠介達に直接的な侮辱に当たらないギリギリの挑発を行なうも全く相手にされなかった彼等は、噂の闇神隊長が実際にどんな力を持つのか、噂のみでは測りようが無く、決闘を挑む場合に備えての攻略法も立てられないでいた。
 巨大な壁を出したとか、一瞬で砦を建てたとか、部隊ごと瞬間移動した、といった噂ばかりで、どのように戦うのかがサッパリ分からない。少しでもその力を見せてくれれば、そこから噂の内容と照らし合わせて具体的な戦術などを推測する事が出来る。

 だが、彼等のそんな思惑は酒場から出て来た酔っ払いの仲間によってあっさり散らされた。

「おい、何やってんだ、席にもどれよ。団長がデリア産の美酒を奢ってくれるそうだぞ」
「ぉおっ いいねえ~でりあのみしゅはさいこーらろっ」

 呂律の回らない舌に千鳥足でいそいそと酒場に戻っていく酔っ払い。それを見送り、悠介達に向き直って軽く謝罪の言葉を口にする革鎧姿の男は、元冒険者の彼だった。

「すまなかったな、あいつの友人が今日の斥候から帰って来なくてさ……ちょっと深酒してるんだ」
「そっか……。いや、事情は分かったし助かったよ」

 理解を示す悠介に、元冒険者の彼は感謝の意を示して頷いた。先日、大通りで話した時のような狂気は感じられず、彼の危なげな気配は特定の話題などに誘発されるモノなのかもしれないと、悠介は推察した。

「闇神隊はこのまま帰国するのか?」
「まあね、一応任務は済ませたから」

 元冒険者の彼は少し考えるように沈黙すると、徐にこう切り出す。

「……なあ、無理にとは言えないけど、良かったら魔獣退治に手を貸して欲しいんだ」
「それは……」

 やはり同時に複数の魔獣を相手にするとなると、戦闘集団である傭兵団でも梃子摺る上に、神技阻害能力を持つ調整魔獣が混じれば、これまで積み重ねてきた対魔獣戦術の定石が全く通用しなくなってしまうらしい。
 斥候部隊が壊滅的な死傷者を出した事で、各傭兵団や冒険者グループは何れも今後の活動に対して慎重になっているそうだ。

「もちろん無茶な頼みだって事は分かってる。だけど、もしかしたら正式に任務が下るかもしれないだろ?」

 彼は調整魔獣と戦って無傷でそれ(・・)を撃退した功績を持つ闇神隊がいてくれれば、尻込みしている団員や他のグループを奮い立たせる事にもなるので、是非とも参加して貰いたいのだと言う。

「この魔獣騒ぎも早く片が付けられると思うんだ、考えておいてくれよ」

 そう言い残して、元冒険者の彼は自分が現在所属している団の待つ酒場へと戻って行った。




「うーむ」

 悠介としては仲間を危険な目に合わせたくはないし、自分も危ない事には近付きたくないのだが、彼の願いを無下にするのも悪い気がした。見ていて危なっかしい空気を孕んでいる所も気になる。
 とは言え、既に帰国する事が決まっているのに今更こんな話を持ち出しても皆を戸惑わせるだけだしなぁと悩む。

「みんなに話してみる?」
「わたしは、ユウスケさんの決めた事に従いますよ?」

「んー、でもなぁ」

 話しておくべきか、話さないでおくべきか、それが問題だ。などと唸りながら宿場通りまで戻って来た悠介達に、物陰から声を掛けてくる者がいた。

「おや、今お帰りかい?」
「レイフョルドか……つか、なんでそんな隙間にいるんだ」

 悠介は建物と建物の間から出て来る自称森の民にツッコミつつも、丁度良い相談相手が現れたと彼の意見を聞いてみる事にした。レイフョルドを前にすると未だ警戒感で緊張した様子を見せるラーザッシアをスンに任せて、二人を先に宿へと帰す。




「そうだねぇ、無理に義理立てする事もないとは思うけど――」

 カルツィオ全体の脅威になうる可能性もある調整魔獣の件だけに、彼等と協力しあってみるのも一つの手かもしれないねぇと、珍しく煮え切らない言い方をするレイフョルド。

「そこを判断しきれんから相談してる訳なんだが……」
「あっはっは、そうだったねぇ。ふむ、じゃあ少し踏み込んで考えてみよう」

 調整魔獣の脅威は始まったばかりで、今の所はまだトレントリエッタ領の一部地域という局地的な範囲に限られている。が、今この場所には世界を股に掛けて活動する多くの傭兵団や冒険者達が集まっているのだ。
 ここで動いておけば、闇神隊の活躍を目撃した彼等の情報網を通して、トレントリエッタのみならずカルツィオ全ての国々、人々に対しても好印象を与えられるだろう。

「ユースケ君の活動を通して、世界に良い影響を与えられるかもしれない」
「世界に……」

 悠介の耳から心へ、スーッと入り込んでくる様なレイフョルドの言葉。頭の中で『世界に良い影響を与える』というフレーズが繰り返される。


「っ!」

 突然、キンッ というガラス板が割れたような音が響き、悠介のボンヤリしていた意識が覚醒した。自分がボンヤリしていた事に、たった今気付いた悠介が目をぱちくりさせる。

「なにを……っ してるんですか!」

 少し怯えの入った、しかし普段の彼女からは滅多に感じられない怒気の籠もった険しい表情を浮かべ、通りの角からキッと睨みつけるような視線をレイフョルドに向けていたのは、イフョカだった。

 レイフョルドが悠介に『幻惑の風』を使っている事に気付いたイフョカは、咄嗟に伝達妨害にも使われる『撹乱の風』をぶつける事で、その催眠効果を打ち消したのだ。

「あれ、これはちょっと予想外だったなぁ」

 まさか君がそういう行動に出るとは思わなかったと、レイフョルドは何時もの微笑を見せる。イフョカが近くにいる事には気付いていたが、気弱な所がある彼女のこと、例え幻惑の現場を見ても様子を窺うだけで何も出来ないだろうと思っていたらしい。

 宿内に響いた救援を求める広伝によって何事かと飛び出してきた闇神隊メンバーは、イフョカから事情を聞くと其々の神技や武器を持ってレイフョルドを威嚇する。
 つい先程、顔を合わせたばかりだったスンとラーザッシアの二人も、迷わず弓を構えるスンにラーザッシアが矢尻を強化して補佐を行なった。

「まあまあ、みなさん落ち着いて。今回はちょっと事情があったんだよ」

 割と緊迫した状況なのだがレイフョルドは慌てた様子も見せず、実はトレントリエッタの王と相談して闇神隊の力が借りられるならばと、頼まれていた事を告げる。その説明にはヴォーマルが突っ込んだ。

「ちょっと待て、あんたはフォンクランク側の人間じゃないのか? 何故トレントリエッタの為に動く」
「トレントリエッタの為、と言うよりも、そうした方がフォンクランクの益になるからさ」

「闇神隊が事件に関わる事で、フォンクランクの利益になると?」
「まあ端的に言えば、そういう事だね」

 闇神隊主導で事件の解決を図る事が出来れば、トレントリエッタに恩を売りつつ闇神隊の、ひいてはフォンクランクの名声を更に高めていく事になるという、レイフョルドの説明に一応の納得は見せるヴォーマル達。
 だが幻惑の風、いわゆる催眠術的な方法で悠介を操ろうとした事実は見過ごせない。警戒の眼差しを緩めない部下達とは裏腹に『今のが催眠術かー』とあまり危機感の無い様子で頭を掻いていた悠介は、ふと思い至って訊ねる。

「まさか……森で仕官するよう勧めた時も?」
「いや、あの時はそんな細工はしてないよ」

 実際、自分で悩んで彼女にも相談して決めたでしょ? とスンに視線を向けるレイフョルド。釣られてスンを見つめた悠介からの目配せに、スンはあの当時レイフョルドとは顔を合わせていなかった事を告げる。

「ふむ……しかし、こういうやり方ってヴォレットの父ちゃんは許可してるのか?」
「サラッと痛い所を突いてくるねぇ」

 ヴォレットが聞いたら怒りそうな気がするんだがと問う悠介に、レイフョルドは肯定とも否定ともつかない苦笑を返した。そうして、裏にある事情を仄めかすように言葉を続ける。

「うーん、出来れば闇神隊自ら魔獣施設の封鎖に関わってくれた方が、色々上手く行くんだけどなぁ」
「どういう事だ?」

「エスヴォブス王は、君の力と存在を高く評価しているって事だよ」

 それを聞いたヴォーマル達は、これはエスヴォブス王の意向なのか? と若干の動揺を見せた。
 レイフョルドが王から何らかの特命を帯びているであろう事は皆の推測する範囲内であったが、危険な仕事になると分かっていて調整魔獣の件に関わらせようと画策した事は、考えようによっては『切り時』と判断されているとも思えなくもない。

 国内外から色々甘いと評されるエスヴォブス王だが、その実、周囲にそう思わせる偽装力に、必要な処置を講ずる場合は些かの躊躇も置かずに行なえる、まさしく賢王と呼ぶに相応しい狡猾さも合わせ持っているのだ。
 闇神隊長が自ら調整魔獣の件に関わり、もし殉職するような事になった場合。命令を出していないエスヴォブス王に民衆の非難が向けられる事は無く、王は何時ものように『危険な魔獣に挑んで散った勇敢な英雄』を称えて国民を纏める材料とするだろう。

 そんな闇神隊メンバーの心中を敏感に察したレイフョルドは、彼等の疑念を拭うべくフォローを入れた。例によって悠介はよく分かっていないらしく、皆の様子に首を傾げていたが。

「今のは言葉通り受け取って貰って大丈夫だよ、王は闇神隊になら任せられると判断してるのさ」
「それなら……なぜ直接、任務として命令を出さない?」

 シャイードの尤もな疑問に少し考える素振りを見せたレイフョルドは、幻惑の風を警戒しているイフョカを見てクスリと笑うと、降参ポーズで少しぶっちゃけてしまう事にした。


 現地で魔獣施設封鎖に協力する事を本国に伝える。エスヴォブス王がそれを許可する。闇神隊の活躍如何によって、現在こちらに向かっているトレントリエッタ軍の負担を大幅に減らす事が出来る。

 クリフザッハ王はフォンクランクに感謝の意を表明して両国の友好を謳い、済し崩し的にだが自然な流れでフォンクランクとの軍事同盟を宣言する。

 魔獣施設周辺一帯の封鎖という目的で派遣されていたほぼ無傷のトレントリエッタ軍は、そのままガゼッタと繋がる二つの街道に魔獣の拡散を防止する為、付近一帯の監視という名目で拠点を設けてそこに駐留させる。

 その裏には、フォンクランクとトレントリエッタによる街道封鎖に近い交易制限によって、今後ガゼッタの力を少しずつ削いで行くという狙いがあった。今現在ガゼッタが有する軍事力以上の武力拡大や保持を難しくする事で、侵攻を封じ込めるのだ。
 フォンクランクとトレントリエッタによる一連の動きを気取られないよう、調整魔獣の事件を上手く利用するつもりだった。


「それと、ユースケ君に危険な仕事をさせてヴォレット姫にそっぽ向かれないようにする為の工作かな」

 闇神隊が自ら動いたという事実を作りたかったのは、エスヴォブス王の画策を隠す意図があったりする。

「娘の機嫌を損ねると口を聞いて貰えなくなるって嘆いてたからねぇ」
「それは……親バカというかなんというか」

 悠介が王に遣える普通の衛士であったなら、王から直接『密命』という形で任務を賜わっていたであろうが、色々な意味で普通ではなかった事が、今回のような持って回ったやり方になったのだとレイフョルドは説明した。


「でもまあ、そういう理由(うら)があるんなら無視する訳にもいかないなぁ」

 悠介は本当に危なそうなので余り関わりたくはないのだけれど、フォンクランクの宮殿衛士として立場や給料も貰ってる以上、それが王の意向なら出来うる限りの事はするよと、傭兵団や冒険者達に混じって施設封鎖に協力する事を告げる。

「経緯はどうあれ、あっしらは国に遣える衛士ですからな」
「隊長が決めた事に従うまでだ」
「ま、やり方は気にくわねーけど、仕方ねーわな」
「隊長が、そう決めたのでしたら……」
「わたしは何時でもユウスケさんに着いて行きますよ」

 闇神隊メンバー達もそう言って悠介の判断を支持した。そうと決まれば、街や宿に滞在期間を延ばす手続きをしたり、馬車に積み込む荷物を一部入れ替えたりと、明日からの活動に備えて仕事が増える。


 ソルザックとラーザッシアは採取物の事もあるので先に帰らせる事となり、レイフョルドが責任を持って二人を無事にサンクアディエットまで送り届ける事を約束した。

「戦いにはお役に立てなくて申し訳ない」
「みんな気をつけて、必ず無事に帰って来てね」

 先に帰国する事を気に病むソルザックと、皆の無事を祈るラーザッシア。二人は翌日の早朝、レイフョルドと共にデリアルディアを出発して行った。


 斯くして、闇神隊は調整魔獣施設の封鎖活動に参加する事となった。






「えーと、特定の波とか……揺らぎを伴った響き方をするように、風を動かして……それで、催眠状態にするんです」
「ふむふむ」

 厳密には風技でなくとも行なえるが、風技で行った方が周囲からの雑音を遮断するなどコントロールもできる分、他の神技よりも効果は高いと説明するイフョカ。

「要は耳から入ってくる音の波に秘密がある訳か。常にフィルターが掛かるようにしとけば大丈夫かな?」

 イフョカから『幻惑の風』の性質について教えて貰い、隊服に防御対策を施して地道に隙を潰していく悠介であった。







+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。