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69話:根立ち木の森




 一夜明けたデリアルディアの街は、昨日の混沌とした騒がしさから落ち着き、周囲を傭兵と冒険者のグループが警戒する厳戒態勢をとっていた。
 南西方面、ガゼッタ地方から街を目指していた商隊が殆ど辿り着いていないという通商協会の発表があったのだ。

 この事態を受けてトレントレッタ政府は、施設から逃げ出した調整魔獣が広がらないよう、軍を出して一帯を封鎖する方向で動き始めた。同時に、各国へ向けて正式な緊急事態の通達が行なわれる。


 闇神隊が現地から送ってきた情報という形で既にデリアルディア周辺の状況を察知していたフォンクランク、ヴォルアンス宮殿では、日を置かずしてトレントリエッタ政府から出された緊急事態を知らせる通達に、どう支援するかという会議が朝から行なわれていた。


「しかしまあ……流石にここまで続くと笑えんのう」

 物置に仕舞っておいたリーンランプを引っ張り出して部屋で磨いていたヴォレットは、行くところ行くところで事件が起きている気がすると、悠介の邪神属性に呆れるやら感心するやらな呟きを零す。


 同じ頃、ルフク村にて村人達や駐在する衛士隊に魔獣への警戒を呼び掛けていたゼシャールドも、似たような事を想っていた。単なる偶然か、はたまた本当に邪神としての性質が、燻り出すように災厄を呼び起こしているのか。

「余所の村から避難してくる人々の受け入れも考えねばならんのう」
「うーん……土地はまだ余裕あるけど、住む家が間に合わないねぇ」

 『ユースケがいれば助かるんだけどねぇ』などと悠介の超高速建築(カスタマイズ能力)を当てにするような事を言うバハナに、ゼシャールドは『うむ』と一言だけ、呟くように答えたのだった。




 ガゼッタの中枢として定着し始めたパトルティアノーストの旧神義堂では、トレントリエッタからの通達に合わせて警備の兵を森の周辺に展開する指示を出していたシンハ王が、密偵からの別情報に何故もっと早く知らせなかったと叱責を飛ばしていた。
 闇神隊がデリアルディアに向かっているという情報は、魔獣施設周辺の諜報が重視されて後回しとなり、シンハの耳に入ったのは一日遅れとなったのだ。
 デリアルディア周辺に流出している魔獣の規模が流石にやばいという事で、邪神(ユースケ)の援護に向かう事を決めるシンハ。

 邪神(ユースケ)の資質を見定める段階であった頃ならともかく、二千年ぶりに白族帝国の巨城と領土の一部を取り戻し、邪神の力も確認している今、ガゼッタの繁栄を維持して行く上で鍵となる悠介を失う訳には行かない。
 情報を出し渋った結果、みすみす危険地帯に闇神隊を行かせてしまった事で、下手を打ったと悟る。

「上手くいかんモノだな」

 本来なら施設の情報をもっと詳しく調べてからその内容を小出しにしつつ、トレントリエッタとフォンクランクの動きを探り、双方の戦力を測りながら、どのくらい調整魔獣の調査に本腰を入れてくるのかを見極めるというのがシンハの狙いだった。

「明確な戦略意図も無く情報を出し渋って相手を操ろうとしても、そう上手くは行かぬモノなのじゃよ、シン坊や」
「……だったらあの時にそう教えてくれ」
「それでは教訓にならんじゃろが」

 カッカッと笑う里巫女に、シンハは溜め息を吐いた。

 デリアルディアは一応神技人国家の街であり、国のトップと繋がりのあるブルガーデンや色々と脇の甘いフォンクランクに比べれば、それなりに街の警備も厳しい。森の中を勝手に通り抜ける事と、街に近付く事とはまた別なのだ。

「明日発つぞ、今回は俺の側近も連れて行く」
「なんじゃ、また王自ら出向くつもりかえ? 少しは副長達の胃の事も考えてやったらどうじゃ」

邪神(ユースケ)の信頼を得る意味でも部下任せには出来んし、魔獣が相手だ、相応の腕を持つ者でなければ命を落としかねん」
「幾つになっても落ち着かん奴じゃのう、玉座で大人しゅう踏ん反り返っておればええのに」

 辛辣な言葉とは裏腹に楽しそうな笑みを浮かべた里巫女は、無用な争いを避ける為にも抜け道案内に自分も付いて行く事を告げる。

「会うのか? ユースケに」
「なあに、ちょいと覗いてみるダケじゃよ」

「……わかった」






 デリアルディア高級宿場通り――

「それじゃ、お昼に一度集合するって事で」

 悠介達は太陽苔の採取場所であるデリアの森へ向かう組と、ルディアの水石鉱山に向かう組とに分かれてそれぞれ出発した。
 厳戒態勢の街中では、傭兵団や冒険者達が幾つかのグループに分かれ、調整魔獣研究施設の完全閉鎖と魔笛の入手に向かう準備を整えている。大手の傭兵団と一時的に契約して連れて行って貰うフリーの冒険者達は、施設での宝探しが目的のようだ。

「おい見ろよ、闇神隊が出るみたいだぜ」
「いや、ありゃあ太陽苔の調査に来てるだけらしいぞ」

 街を出発する闇神隊が施設の封鎖に向かう訳ではないと知った幾つかの冒険者グループは、同行しようと待ち構えていたら当てが外れてしまい、がっかりした様子を見せている。
 傭兵団と組んだグループの中には闇神隊の勇名に懐疑的な者もいて、色々と口さがない噂も流れた。

「なんだか物々しさは昨日以上だな」
「騒ぎが落ち着いた分、武装集団は目立ちやすからね」

 早朝で露店も少ないから余計にそう感じるのだろうと、朝靄の通りを炎技で照らすヴォーマルが手綱を引きながら答えた。馬車の中では、まだ眠たそうにしているラーザッシアがスンと凭れ合うようにして半分眠っている。

「イフョカはしっかり起きてるな」
「あ、はい……普段から、朝は早かったので」

「あ~ルフク村の生活とあんま変らなそうだよな、無技人街の生活って」
「そうですね……水汲みから食事の支度から、全部自分でしなくちゃいけませんし」

 薄暗い森を行く採取場所までの道程をゴトゴトと馬車に揺られながら、悠介はイフョカとの他愛無い雑談を楽しむのだった。






 ボンヤリとした光に包まれる空間。太陽苔の採取場所は湿地帯のような場所に根が絡み合って上へ伸びたような姿の特殊な木が水面から生え出ており、その木の表面や周辺がまだらに光っている。
 木から剥がれ落ちた太陽苔が水面を流れて広がり、そこから放たれる光がこの辺り一帯を包み込んでいるらしい。

「これはまた、幻想的な光景だなー」
「ホントに……凄い綺麗」

 女性陣は軒並み感嘆の溜め息でその光景に魅入っている。闇神隊の案内役を任されて緊張気味だった作業員の若者は、最近では珍しくなった彼女達の反応に嬉しそうな表情を見せながら、太陽苔の生態や苔の張り付く木に付いて説明を始める。

「この木は"根立ち木"といって、その名の通り殆ど根っこだけで出来てるような木なんですよ」
「へー」

 リーンランプは太陽苔と水石を合わせる事で、ある程度の光度を調節出来るようになっており、水石が発光の鍵とされている。
 根立ち木には水石と同じ成分が地中から吸い上げられて含まれているらしく、太陽苔は根立ち木から養分と共にその成分を取り込んで発光する。根立ち木は太陽苔の光を得て光合成を行なっているのだ。

「なるほど、共生関係にあるわけか」
「ええ、根立ち木はどういう訳かこの辺りでしか育たないので、この一帯の地質に何か秘密があるのだろうと言われてます」

 つまり、太陽苔の栽培を安定させるには、根立ち木が苔に与えている養分を解析して人工的に作り出すか、根立ち木を栽培できる環境を整える事が条件となる。

「水石を砕いて土にするとか、この辺りの土を持っていくとかはー……」
「あー、それは今までに栽培の研究をしてらした方達も試していたようですが――」

 何れも上手く行かなかったらしい。特に、この辺りの土を持っていくやり方は今の採取環境を破壊しかねないという事で反対する者も多く、植木鉢二つ分程くらいしか掘り出す事は許されなかった。

「まあ、そりゃそうだよな」
「……ご理解頂けて何よりです」

 闇神隊の隊長は地面を広範囲に渡って加工する神技を使うらしいと聞かされていた案内役の若者は、問答無用でごっそり持って行かれやしないかと内心冷や冷やしていたのだが、良識ある対応を返されてほっとしていた。


「どうだシア、何か分かりそうか?」
「ん~、ここの水源は?」

「えーと、もう少し奥へ入った所に湧き水があるんですよ。月鏡湖と繋がってるんじゃないか、なんて言われてますが」
「湧き水かぁ……」

 木や土だけでなく水質も一緒に調べたいというラーザッシアの提言により、太陽苔の張り付いた根立ち木の一部に土、この付近の水、それに水源である湧き水とその道中の土も採取する方向で活動を始める。

 悠介は試しにカスタマイズメニューで土や水のステータスを調べてみたが、硬さや粒度を調節するスライダー群の中に太陽苔や根立ち木を育てる養分らしきモノが幾つか並んでいた。

 この養分の素となる物質があれば、それらを材料にして普通のよく似た土に混ぜ込み、カスタマイズでここにある土と同じステータスにする事でこの群生地と同じ環境を作る事が出来るかもしれない。

「一応データのコピーだけしとくか」

 恐らくかなりデリケートなバランスで成り立っているのであろうこの場所を、下手に弄くって生態系に影響を及ぼすような事があってはいけない。悠介は水と土のステータスを記録すると、そっとカスタマイズメニューを閉じた。


「ユースケー! こっちの奥の土も採取したいから、容器持ってきてー!」

 明かり係りのヴォーマルを引き連れて岩に生す別種の苔や付近に生える植物を調べつつ、木々の間から手を振るラーザッシア。

「はいよー って、もう手持ちの容器がないぞ」
「あ、わたし取って来ますね」

「悪いな、手間掛けさせちゃって」

 持って来た容器は既に埋まっているぞと困る悠介に、すかさずスンが馬車まで容器を取りに走ってくれる。

 奴隷の証である黒い腕輪を付けた少女に荷物運びを要求され、無技の従者に申し訳なさそうな態度で礼を言う若き闇神隊長を、案内役の若者は何だか妙なモノを見てしまったような戸惑いの表情を浮かべていた。