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6話:新しき日々の始まり




「これ、素材はモーフかい?」
「そうですよ」
「幾らだい?」

 ルフクの村でも飼育されている家畜の毛を素材にした織物を、悠介のカスタマイズ能力で仕立てた服はこれで完売となった。
 朝から表通りで露店場所を確保し、質の良さそうな服や靴を中々のお買い得価格で並べていたそれらは、飛ぶように売れた。ゼシャールドにやり方を教わりながら売り子をしていた悠介は、売上金を纏めながら一息つく。

「大分売れたのう。あとは日用品でも物色して、帰る準備でも始めるかの」
「そうですね」

 売れ残りの小物商品を片付けながら、悠介は昨夜の重要機密な話を思い出していた。何かと挑発を仕掛けてくる隣国ブルガーデンの内情を探りに、密偵として潜入する予定だというゼシャールド。

 元々そういった任務に携わっていた訳ではないが、現役の宮殿関係者は政務の忙しさも然ることながら、ブルガーデンの国境付近から行われる直接的な武力挑発や、街道封鎖によって人や物資の流れを阻害する間接的な工作などに対処する事で手一杯。
 忠誠の厚い者は敵方の内通者によって知らされているので、送り込む事は危険すぎるし、裏切りそうな者は尚更使えない。

 確かな実力と実績があり、多くの信望者によって未だ宮殿内に影響力を持つゼシャールドは、引退して政務から離れている事も踏まえると、時期や人材という面から考えて最も適任だったのだ。

 昨日の騒動はブルガーデンの密偵に『元宮廷神技指導官ゼシャールドとエスヴォブス王との確執』を演出するいい宣伝になったかもしれないと、ゼシャールドは言っていた。

「よいか? 目を付けた品は余程安いか、直ぐに手に入れたいモノで無い限り、少なくとも二度は往復して相場を見るんじゃ」
「やっぱボッタくりもあるんですねぇ」

 ゼシャールドには自分がこの国を去った後、ルフク村の事を悠介に頼みたいという思惑もあった。スンの事もある。悠介には出来るだけ早くこの世界の事を知り、自力で生活して行ける知恵や知識を身に付けて貰いたいのだ。


「そろそろ昼時(ひるどき)だの」
「昼飯にしますか?」

 買い物も粗方済ませた悠介達は、昼食を摂りに近くの飲食店に入る。食事関係でも気軽に食べられる飲食露店が通りに多く並ぶが、悠介に色々教えておきたいゼシャールドの考えで、普通の店を利用する事にした。
 低民区の店は中民区以上の区画にある店ほど敷居は高くない。大体が大衆食堂のような雰囲気で、夜は酒場も兼営している。

「こういう所はあんま変わらないんですね」
「まあ、同じ(ヒト)種が紡ぎ出す文明じゃからな。世界は違えど、色々似る所もあるんじゃろうて」

 ゼシャールドは街での過ごし方や等民制度に基づいた仕組み等を教授し、悠介は少しずつこの世界の一般知識を吸収していく。昼飯時の混み合う店内、客達で賑わう喧騒の中、師弟のような二人の様子を他のテーブルからそっと窺い見詰める者が居た。




 昼下がり――

 荷馬車に戻って来た悠介達は、買い込んだ荷物を積み込んで村に帰る準備を始めた。明日の朝早く出発すれば、夕方には到着出来るだろう。村の一角に畑を作る計画で作物の種も買ったので、帰ったら早速畑にする場所の土をカスタマイズする予定だ。


「失礼、ゼシャールド殿とお見受けしますが」

 積み込んだ荷物にロープを掛けていた時、荷馬車に近付いて来た緑髪の若い男が、軽く笑みを浮かべながら声を掛けてきた。

「うん? 如何にも、ワシはゼシャールドと呼ばれておるよ」
「元……宮廷神技指導官で、いらしゃる」

 含みを持たせるような男の口調に、ゼシャールドは一瞬視線を鋭くする。悠介はキョトンとした表情でゼシャールドと緑髪の若い男を交互に見やった。知り合いでは無さそうだが、若い男はゼシャールドの事を知っているようだ。

 悠介は緑髪の若い男と対峙するゼシャールドの剣呑な様子から、この男が昨日の話に出て来た『ブルガーデン側の密偵』では? という考えに至ったが、それを表情に出す前にゼシャールドが悠介に声を掛けた。

「ユースケや、スマンがちと番を頼む」
「え? は、はい」

 悠介を荷馬車に残すと、ゼシャールドは緑髪の男と連れ立って街の方へと歩いて行った。悠介は気付いていなかったが、風技の民である緑髪の男は風を操って対象とした相手にのみ聴こえる声で誘いを掛けていたのだ。

『この国を、出る気はありませんか?』

 ゼシャールドの読み通り、昨日の騒ぎはブルガーデン側に元宮廷神技指導官(ゼシャールド)の引き込み工作を決意させたらしい。


 数刻程が経ち、一人で戻って来たゼシャールドは荷台に上がって寝床を整える。
 何の話をして来たのか気になる悠介だったが、ゼシャールドは多くは語らずとも概ね悠介が考えている通りだというような表情で、明日に備えて身体を休めるよう促した。

「少し、早いかもしれんがのう」
「まだ明るいですしね」

 ゼシャールドの呟きと悠介の相槌は噛み合っているように聞こえて、その実、まるで違うモノを指していた。 




 翌朝、悠介達はまだ日が昇りきらない内に街を出発した。その道中、ゼシャールドはこの世界の事について喋りっぱなしだった。
 神民衛士が担う治安維持について、彼等が担当する地域や行使出来る権限の範囲、トラブルが起きた場合の対処法、何処に訴え出れば良いのか等々。街の(かわや)についても細かく説明し、衛生上あまり近付かない方が良い場所なども教えておく。

「村同士の交流は村人から教わるのが良いじゃろう、乗馬の訓練もしておくと良い、新しく馬を買う時は街の――」

 今までのようなゆったりしたペースではなく、まるで詰め込み教育のような勢いで知識を教え込もうとするゼシャールドに、悠介は違和感を覚えながらも、何かそうしなければならような事情があるのだろうと必死で覚える事に集中した。

『やっぱ、昨日の緑髪の奴が関係してるのかな……』

 そんな調子で村に到着した頃には、知恵熱が出そうな程ふらふらになっている悠介なのであった。


「お帰りなさい、先生。 ……ユースケさん、どうしたんですか?」
「ヴァー……コメカミが脈動している……」
「うむ、ちょっと急き過ぎたかの」

 ゼシャールドの荷馬車がルフクの村に入ると、荷物を降ろす手伝いに村人達が集まって来た。売り物の一部には彼等に委託されていたモノもあり、買って来た日用品にも頼まれていた品が混じっている。

「先生! 毛刈りの替え刃はあったかい?」
「ほれ、そこに入っとるじゃろ」
「貝の耳飾は売れたかしら?」
「残念ながら一つしか売れなんだよ」

 わいわいと賑やかな一時(ひととき)を過ごすルフク村の住人達を見渡したゼシャールドは、明日の天候を話題にするくらいの軽い調子で徐に切り出した。

「所で、ワシは明日からまた長旅に出る事になったのでな、暫らく戻れんから皆、怪我や病気などせんようにの」

 それを聞いた村人達は一斉に驚いた表情を浮かべたが、今までにも度々研究などで遠い地へ出かけては、長く家を空けるような事もあったので、皆直ぐに落ち着きを取り戻した。暫らくは怪我に注意しながら生活しなくちゃなぁ等とおどけ合う。

 この場で村人達と別れの挨拶を交わすゼシャールドに、スンは一人『私そんな話聞いてません』という戸惑いの表情を向けている。悠介は予想していた事だったので、それら一連の出来事を冷静に観察していた。

「では、家に戻るとするかの」
「そうですね」
「はい……」

 村人達も其々の家へと帰って行く。荷馬車を家の裏に着けて馬を厩舎に入れると、三人は裏口から家に入った。

「先生、どういう事なんですか?」

 家に入るなり、スンはゼシャールドに詰め寄る。今まで遠出をする時や、旅に出る場合は事前に知らせておいてくれたのだ。今回の暫らく戻らないという長旅宣言は急過ぎる。

「スマンのう、少し込み入った事情が出来たんじゃ」
「……話せない事、なんですか?」

 うむと頷くゼシャールドに、スンは黙って俯いた。ゼシャールドはよく手入れされたスンの白い髪を梳くように一度撫でると、悠介も交えて今後の事を話し始める。

「ワシが留守にしている間も、ユースケはこの家に住むと良い。スンは彼の身の回りの世話を頼む」
「え……わたしが、ユースケさんと……?」

 それは一つ屋根の下で二人きり、共に暮らす事を意味する。ちらりと悠介に視線を向けるスンだったが、悠介はその視線には応えず、ゼシャールドの話に耳を傾けていた。

「ユースケにはスンとこの村の事を頼もうと思っておる。じゃが、お主はまだまだこの世界に関する知識が足りん」
「そうですね……」

 悠介は頷きながら、ゼシャールドの言や指摘には肯定の返答ばかり返しているなぁと自覚する。それは、ゼシャールドが正しく悠介を理解しているという事でもあった。

 正しい認識と誠実な心遣いによって、悠介に必要な情報と知識を与え、進むべき方向を指し示してくれていた。今後はそんなゼシャールドの支え無しでやっていかなければならない。

「見識を広めよ、ユースケ」

 文字が読めるなら書物を読んで知識を学ぶようにと、ゼシャールドは家の奥にある書斎の鍵を悠介に渡した。
 この日の夜、三人でテーブルを囲った夕食は、ささやかながら普段よりも少し豪華な食事で、ゼシャールドとの別れを惜しみつつも旅の無事を祈って送り出す宴となった。




 翌日――

 皆が寝静まっているまだ暗い内にルフク村を出たゼシャールドは、村から少し離れた街道で待つブルガーデンより寄越された馬車に乗り込んだ。ここからフォンクランクの領土を抜けて国境を越え、ブルガーデン領に入るまでは最短距離を行く事になる。

 大胆にも一度サンクアディエットの街を目指し、街を横断して反対側から国境に向うのだ。ゼシャールドに同行するブルガーデンの密偵は、ゼシャールドが自分達を街の衛士隊に引き渡す事は無いと確信していた。

 ここ数年の内偵により、ゼシャールドとエスヴォブス王の確執は深まっているとの調査報告を受けて、遂に本国からの引き込み指令が出たのが四日前。接触する時期を慎重に見定めている所へ先日の騒ぎである。

 好機と見て部下に誘いを掛けさせたのだが、大正解だった。ヴォレット姫のゼシャールド寄りな言動は気になる所であったが、所詮は政務にも関わらない我侭姫の私的な嗜好でしかない。ゼシャールドも相手にしていない様子だった。

「三日もあれば、国境を越えてパウラに到着出来るでしょう。それまで窮屈かとは思いますが……」
「構わんよ、馬車での寝泊りには慣れとる。それよりも、村の近くから物騒な連中を下げてくれんか?」 

 『あの村はワシの憩いの場でな』と言って、村の周辺に潜んでいる者の存在を指摘するゼシャールド。

「……流石は元宮廷神技指導官殿、『風の団』の気配に気付きましたか」
「風の団……こっちでいう『風神隊』か、そんな精鋭まで入り込ませとるとはのう。この国もいよいよ持たんかの」

 やれやれと溜め息を吐いてみせるゼシャールドに、同行者の密偵はニヤリと笑みを返した。






 朝、悠介が起き出して来た時、既にゼシャールドの姿は家に無かった。今日から何をするにも自分で考え、自分で決めて行動しなくてはならない。渡された書斎の鍵をカスタマイズメニューの欄内に見ながら、悠介は当面の問題を解決すべく口を開く。

「おはよう、スン」
「……おはよう、ございます」

 広間のテーブルを挟んで、ぎこちない挨拶が交わされる。表情に不安を滲ませながらそわそわとした様子のスンに、悠介は『自分から動かないと駄目だな』と気持ちを切り替える。鍵をポケットに仕舞って席を立つと、ビクッと肩を震わせるスン。

「朝食の準備、始めよっか?」
「え? あ、はいっ ごめんなさい!」

 スンは慌てて立ち上がると、水桶を持って外の井戸へと向かった。それを見送って肩を竦めた悠介は、とりあえず食糧棚に朝食の肉とララの実を取りに行くのだった。カスタマイズメニューを開き、ララの実に甘味を出すステータスを呼び出しながら。


「おや、スン。おはよう」
「あ、おはよう……バハナおばさん」
「今から朝食の支度かい? 水汲みくらい彼にやって貰えばいいのに」

 力仕事なんだからさぁと促すバハナに、スンはそんなコトとても言い出せないと頭を振った。緩和剤になっていたゼシャールドが居なくなった事で、朝の挨拶を交わすだけでも緊張してしまう。まだ普通に話す事さえ出来ないでいるのだ。

「難儀な子だねぇ」
「ううー……」

 先が思いやられると嘆きつつも、バハナはゼシャールドの代わりに二人の力になってやろうと決心していた。






 サンクアディエットの下街を覆う朝靄も晴れようかという頃、高民区の頂上に(そび)えるヴォルアンス宮殿の食堂では、蜜で味付けされた実の一番美味しい部分を切り取って盛られたデザートを口に運びながら、ヴォレットが独り、給仕長を相手に愚痴っていた。

「ゼシャールドは今日も宮殿に来んのか?」
「色々と事情があるのでしょう」
「つまらんのう、父様は何時までゼシャールドと仲違いしておるのじゃ。さっさと仲直りすれば良いのに」

 下街で思わぬ再開が出来て久し振りに楽しい旅の話が聞けると思っていたのに、ゼシャールドは一向にやって来る気配が無い。側近のクレイヴォルは相変わらず姫君たるもの云々と御小言が五月蝿いばかりで、一緒に居ても面白くない。

「そいえば、もうひとり面白そうな奴が居たな。ユースケと言ったか」

 ゼシャールドの知り合いらしい黒髪の無礼な男。遠い異国の地で育ったそうなので、珍しい話が聞けるかもしれない。

「また御忍びで下街を探してみるのも、良いかも知れん」
「姫様、王様から暫らくは御忍び禁止令が出ていますよ?」
「構わん、構わん。わらわが甘えてやれば一発じゃ『父様(ちちさま)ぁ、わらわのコト嫌いになったのぉ?』とか言ってな」

 お行儀悪くケラケラ笑っている姫君に、給仕長は『王様も苦労しますねぇ』と内心で溜め息を吐くのだった。




 数日後、ブルガーデンから各国に向けて人事に関する公式発表がなされた。

 ――元フォンクランク宮廷神技指導官であるゼシャールド氏を、我が国の精鋭を育成する神技指導官に迎える――