翌日、闇神隊一行はデリアルディアへ向けてリーンヴァールを出発した。何時の間にか王宮から戻っていたレイフョルドには、皆で朝食をとっている時にルディアの鉱山行きの話をして、了承を得ている。
「そういや、昨日は王様と何話してたんだ?」
「近頃の景気とか世間話かなぁ」
「さいですか」
駄目もとで聞いてみたが思った通りの外した返答に、悠介はやっぱ教える訳無いよなあと納得する。当のレイフョルドは本当なんだけどなぁ等と言って笑っていた。
リーンヴァールからデリアルディアまでの道程は、地元の住人が使う岩山を抜けるルートと、通常の街道を行くルートがある。切り立った崖を通る岩山の道は慣れないと危険なので、闇神隊は安全な街道を進んでいた。
尤も、調整魔獣の騒ぎがまだ解決していない以上、街道の安全性にも疑問が残るところだったが。
一度国境を越えてフォンクランク領の街道を進み、再びトレントリエッタ領に入る辺りで昼の休憩を挟んで、デリアルディアに到着したのはそろそろ夕方になろうかという頃だった。
「わぁ、ここがデリアルディアなのね」
馬車から身を乗り出したラーザッシアが、ぐるりと周囲を見渡して感嘆する。街道を挟んで発展する二つの街。山側と森側で建物の雰囲気が違っている所に、街の人々の芸術的な趣向が窺えた。
デリアルディアの中央通りは街の発展に伴って拡張された街道がそのまま使われており、商隊の馬車や露店も多く並んでいる。
「すっごく、賑やかですね」
「賑やかというか……やけに騒いでるような気がするんだが」
「武装している者が多く見られる。恐らく傭兵だろう」
「やっぱり、例の魔獣騒ぎのせいかしら……?」
街の雰囲気に単なる賑やかさ以外の物々しさを感じて疑問を口にする悠介に、シャイードは出稼ぎ労働者の多い街にしては武装したまま移動する集団が目立つ事を指摘した。調整魔獣の被害に備えているのでは? と、エイシャが補足気味に呟く。
リーンランプの明かりが灯り始めた大通りをゆっくりと進む闇神隊一行の衛士隊馬車。他国の正規軍が使う馬車が珍しいのか、街を行く人々から少なからず様々な視線を向けられる中、悠介達が街の様子について話している所へ声を掛けてくる者がいた。
「よお! あんた達も来たのか」
傭兵団らしき集団の一つから手を振りながら駆け寄って来たのは、調整魔獣との戦闘が行なわれた森で行動を共にした冒険者グループの一人だった。仲間の死を嘆きながら魔獣の幼生を踏み潰していた姿は、まだ皆の記憶に新しい。
「暫らくぶりですね、元気そうでなによりです」
無難な挨拶を返す悠介に冒険者は笑顔を見せると、後ろを振り返って仲間らしき集団に『ほらな』と言うようなゼスチャーを見せた。彼の仲間たちはフォンクランクの衛士隊馬車に近付こうとする彼を『ヤバイからよせ』と止めようとしていたようだ。
「なあ、やっぱりあんた等も魔獣施設の調査に来たのか?」
「魔獣施設?」
「違うのか? てっきり奴等の殲滅に動いたのかと……いや、幾らなんでも早過ぎるか」
「話が見えないんだが……」
一体何の事かと首を傾げる悠介達に、彼は今この街で起きている出来事を説明してくれた。彼の話によって、街の物々しい騒がしさの理由が明らかになる。
昨日の深夜過ぎ頃、街に一人の男が転がり込んできた。酷く負傷していた男は治癒を受けている間、息も絶え絶えに自分が居た調整魔獣研究施設の事について語り始めた。その内容は人々の恐怖と不安を煽り、好奇心や功名心も刺激するものだった。
興奮状態に陥った研究員の一人が魔獣の檻を次々と開けて回り、逃げ出した魔獣が施設の人間を襲い始めて施設内は大混乱に。
調整処置の済んでいない魔獣には彼等が魔獣を操る為に使っている『魔笛』も通用せず、寧ろ魔笛の波動が目印となって魔獣達を呼び寄せてしまい、魔獣の暴走を食い止めようと魔笛を使った者は尽く食い殺されたそうだ。
生き残った研究員達は施設を緊急閉鎖して脱出するも、既に何匹かは施設の外に逃げ出しており、森でそれらの魔獣に襲われて仲間は散り散りになった。
何とかデリアに辿り着いた男は、自分の探究心から始めた研究がとんでもない災厄を招きかねない事態に発展する事を危惧しながら、調整されていない魔獣と共に調整魔獣が野に放たれてしまった事を伝えて息絶えたという。
「普通の魔獣なら神技で対抗できるけど、調整魔獣って奴を相手にする時は武器で戦わなくちゃならない」
魔笛があれば調整魔獣は無力化できるが、魔笛を使うと付近の魔獣を呼び寄せてしまう危険を伴う。だが、調整魔獣を自由に操る事が出来るという道具ならば、相当な価値が付けられるだろう。
同じく、かなり危険だが閉鎖された施設内にも、それなりに高価な機具などが置いてある筈だ。
そんな訳で、今この街には情報を聞きつけた冒険者や傭兵団が一攫千金を狙って集まって来ているのだという。同時に、街の人々は魔獣の被害に備えて彼等を雇い込んだりもしている。
単に物々しいというだけでなく、賑やかなだけでもなく、賑やかで且つ物々しいという騒がしさの原因は、魔獣退治に出向いてきた者と宝探しに来た者、彼等を当て込んで商売に来た者達が入り乱れて混沌とした現状を作り出しているからなのだ。
「なんとまあ……あの事件の続きに出くわせるとは」
「一応、本国にも知らせておきやすぜ。とにかく宿を取りやしょう」
そう言ってイフョカに目配せしたヴォーマルは、そろそろ後ろが支えて来たことを気にした。歩行速度で話しながらノロノロと進んでいた衛士隊馬車の後方には、傭兵団馬車やら商隊の馬車がぞろぞろ列をなしている。
流石にフォンクランク正規軍の衛士隊馬車、それも噂の闇神隊が乗っている馬車に道を開けろと苦情を浴びせる事は躊躇われたらしい。
「うわっ すんませーん! 直ぐどけますからー!」
車窓から顔を出して頭を下げ下げ宿場の並ぶ通りへ馬車隊を進ませる闇神隊の若い隊長に、後方で立ち往生を喰らっていた馬車の御者達が思わず畏れ多いとばかりに頭を下げ返していた。
「いやあスマンスマン、長話で足止めさせちゃったみたいだな」
「いえいえ、貴重な情報をありがとう」
高級宿場通りは一般的な宿が並ぶ通りに比べて人影も少なく、後続車を気にしなくてもよくなった悠介は、重要な情報を教えてくれた冒険者ともう少し会話を続けてみる事にした。
「あの時の怪我してた人とか、もう良くなったんですか?」
「ああ、怪我はあれから直ぐ治ったみたいだよ。あいつ等とは別れちまったから、その後はどうなったか知らないが」
「え、別れた? って……ああ、その場限りのパーティーメンバーだったって事ですか」
「いや、五~六年は一緒にやってたかなぁ……宝探しが主な活動だったんだけどな」
神妙な表情になる冒険者に、やはり半数近い仲間を失った事が関係しているのかもしれないと推察する。あまり触れるべきではない、そう配慮して話題を変えようとする悠介だったが、冒険者は神妙な表情を険しくしながら言葉を続ける。
「月鏡湖なんか探ったって意味ないんだよ……っ まだ魔獣がいるかも知れないってのに、あいつ等ときたら……」
「え、えーと……じゃあ傭兵団に入ったのって、最近なんですねー」
「そうなんだよ! やっぱり専門家が集まった傭兵団なら効率良く殺せるからさぁ」
ここに至って、悠介を始め闇神隊メンバーの誰もが、彼の言動と雰囲気に違和感を感じていた。初対面となるラーザッシアやソルザックも、言葉の端々と表情に滲み出る狂気の影を感じ取っている。
「おっと、いけね! 仲間が心配するから俺は戻らせて貰うよ、またな!」
元冒険者の彼はそう言って手を振ると、大通りの方へと駆けて行った。
「……うーむ」
「隊長、こっちもそろそろ宿に着きやすぜ」
唸る悠介。闇神隊一行に暫らく微妙な空気が流れたのだった。
予め連絡を入れておいた宿に入り、先程の調整魔獣に関する情報について対策会議を開く悠介達。
闇神隊の貸切状態になっている小規模なれど立派な造りをした宿の広間にて、集まった皆が大きな長テーブルで向かい合う。レイフョルドは一人、壁を背にして廊下付近に立っていた。
「魔獣の事は気に掛かるけど、今回は苔の調査って名目で来てるんで、明日からの活動は予定通り行なおうと思うんだけど」
「事件には積極的に関わらない方針って事ですかい?」
「そうなるな」
「いーんじゃねーすか? 無理に首突っ込む事もねーですし」
フォンクランクに送った情報に対する返答は、早くとも明日の昼過ぎくらいまでは掛かると思われる。他国領での出来事、任務でもない危険な事件に態々こちらから手を出す必要もなかろうという事で、皆は悠介の方針に賛成した。
とりあえず現状で話し合っておくべき事はないかと意見を求めると、ソルザックが挙手を向ける。
「これだけ大勢の傭兵や冒険者が集まっている状況は当初の予定に無かった事だと思いますが、まず考慮すべきは――」
闇神隊の噂を知る者の中には手っ取り早く己が名声を得んとして決闘を申し込んで来たり、挑発を仕掛けて来たりする輩もいると思われるので、喧嘩やトラブルなどにも巻き込まれないよう十分に注意する必要があると対策を促すソルザック。
それについては尤もだとして、街を出歩く時は常に三人以上で行動する事を決めておく。
「まあ、隊長は問題なさそうですがね」
「ああ、隊長ならば大丈夫だろう」
「ええ、隊長は安心だわ」
ヴォーマルとシャイードとエイシャが立て続けにそんな言葉を重ね、イフョカもこくこく頷いた。テーブルの端でボトルを傾けていたフョンケが『ぶふっ』噴出しているのを横目に、悠介は『そのお墨付きは何なんだ』と三人に訊ねると――
「だってユースケに手を出そうとしたら、決まって相手が自滅するじゃない」
ラーザッシアがそう答えて皆を頷かせた。
「え、えーと……ユウスケさんは悪くないです、よ?」
「……スンはいい子だなぁ」
スンの天然に癒される邪神なのであった。
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