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本編
67話:リーンヴァールの夜景




 フォンクランクの東海岸沿いからトレントリエッタに向けて南下する街道を、二台の衛士隊馬車が駆け抜けていく。
 前を行く馬車にはヴォーマルを御者に悠介、スン、ラーザッシアと何故かレイフョルドが乗車しており、後ろに続く馬車はシャイードが御者を務めて、エイシャ、フョンケ、イフョカ、それにソルザックが乗り込んでいた。

 悠介達がラーザッシアを連れてトレントリエッタのデリアルディアに行くと聞いたソルザックは、それならルディアの水石鉱山で採れる鉄鉱石が欲しいからと同行を求め、鉱石採掘という名目で付いて来る事になった。

 流石に一台の衛士隊馬車で九人を運ぶのは荷物の関係からも無理があったので、二台用意して分乗する事にしたのだが、メンバーの都合上、高速走行に必要な水技による馬の体力回復や風技の移動補佐はどちらか片方に偏ってしまう事になる。
 その為、当初は移動補佐での高速走行は諦め、馬具に回復効果を付与してほぼ無休憩で走行できるようにする事で、一日の移動距離を稼ごうと計画していた。
 それでもトレントリエッタの首都、リーンヴァールまでは四日ないし五日は掛かると予想されていた。そこへ偶々(・・)宮殿の馬車乗り場を通りかかったレイフョルドが移動補佐役を申し出てくれたので、彼もメンバーに加わる事になったのだ。

 総勢十名の大所帯となった闇神隊一行は、初日にフォンクランクの東端にある港街で一泊し、二日目の昼を過ぎる頃にはトレントリエッタとの国境にさしかかろうとしていた。

「国境を越えれば直ぐリーンヴァールが見えてくるよ、この分だと夕方前には着くだろうね」
「レイフョルドはトレントリエッタにも詳しいのか?」

「それなりには」
「ふーん」

 移動補佐を行いながらも悠介との会話を難なくこなすレイフョルド。悠介はこれだけ長い時間レイフョルドと行動を共にするのは今回が初めてだなぁと、何だかレアキャラのレアイベントにでも遭遇している気分になった。

 ふと、馬車の隅っこでスンと並んで居眠りをしているラーザッシアに視線を向ける。
 サンクアディエットを発つ時、それまで楽しそうな様子を見せていたラーザッシアは、馬車乗り場でレイフョルドの飛び入り参加が決まってから随分大人しくなったというか、彼を警戒するような素振りを見せていた。

「前の職業柄、勘の鋭いところがあるんだと思うよ?」
「まだ何も言ってねぇし……つか思考を読むなっ」

 悠介の視線の先から考えている事を読み取ったレイフョルドは、ラーザッシアが自分を警戒する理由をそれと無く語る。やはり裏の仕事に携わっていた者には、同類の持つ気配のようなモノを感じるのだろうと。
 ラーザッシアの勘はレイフョルドを危険人物であると認識したようだ。

「荒事は専門外じゃなかったっけ?」
「僕自身が手を下すことは殆どないけどね。間接的なやりようなんて、幾らでもあるからねぇ」

 相変わらず掴み所の無い飄々とした雰囲気でそんな事を言い放つレイフョルドの姿に、確かにこういうタイプが一番怖いのかもしれないなと、悠介は内心でラーザッシアの警戒に納得するのだった。

 そんな会話が交わされる中、国境を越えた闇神隊一行の前方にリーンヴァールの街が見え始めた。






 街中が淡い幻想的な灯りに包まれたトレントリエッタの首都、リーンヴァール。領土の大半を深い樹海の森に覆われるトレントリエッタは、旧ノスセンテスに次ぐ古い国家である。国民は風技の民が圧倒的に多い。

「童話の国みたいな感じだなぁ」
「綺麗ですねー」
「…………」

 蔓や木の根、大きな葉っぱ等が目立つリーンヴァールの街並み。悠介はまるで御伽噺に出て来る妖精(エルフ)たちの隠れ里のようだという印象を持ち、スンはリーンランプの輝きに溢れた光景に感嘆する。ラーザッシアは只管感動しているらしく静かだ。

「風が……凄く、洗練されてる……」
「へえ、そうなの? やっぱり風技の民が多い国だと違ったりするのかしら」

「隊長ー、宿行きましょう宿っ 早いとこ一休みしてーです」
「娼館に行きたいって気持ちが透けてるぞ」

 街中を吹き抜けていく伝達の風がとても繊細だと感心するイフョカに、エイシャが相槌を打つ。フョンケは何時も通り、幻想的な街並みの事よりもこの街の唱謡いの事が気になるようだ。ヴォーマルに突っ込まれている。

 風技の民の気質なのか、森に囲まれて閉鎖的に見える国のイメージとは裏腹にトレントリエッタの民は意外と開放的で、身も心も自由な人々が多い。賭博的な娯楽も盛んだ。
 また、国王が頻繁に代わるので王族という家柄はあるといえば数え切れない程あるのだが、無いといえば無いと言えるほど彼等の政治的な影響力は低い。そもそも血生臭い政争とは無縁の、元から権力なぞ持つ気も無い一族が殆どである。

 国王が代わるのは何れも国政の失敗で経済が大きく傾いた場合などに、時の王から『後は任せたぞ』と押し付けられた者が新しい王となり、国を導いてきた。現国王であるグリフザッハ王は、歴代のトレントリエッタ王の中でも長く続いている方だった。
 執政能力は並だが、いい加減な部下達を寛大な心で赦す懐の深さと、何事も慎重に進める地味で堅実な性格が幸いしている。


「そこの通りを右に入れば、高級宿場通りだよ。王宮にもこっちの方が近いからね」
「……詳しいな」

 見通しの良いとは言い難い曲がりくねったリーンヴァールの大通りを行く闇神隊一行。レイフョルドの指示に従って手綱を引くヴォーマルは、一言呟いて右の通りに馬車を進めた。




 高級宿場通りの宿を借りた悠介達は、闇神隊の代表として隊長の悠介にヴォーマル、それに案内役のレイフョルドと連れ立って王宮へと向かう。一応、外国で調査活動を行うにあたって、トレントリエッタ国王に挨拶と親書を渡す事になっている。

「さて、相変わらず公式な挨拶の仕方とか全然分からんのだが……」
「ああ大丈夫、大丈夫。基本的な交渉とかは僕がする事になってるから、ユースケ君達は親書を渡してくれるだけでいいよ」

 そう言って何時もの微笑を向けるレイフョルドに、悠介は内心で『やっぱり最初から仕組まれてたか』と肩を竦める。飛び入り参加というのは建て前で、この調査隊に正式なメンバーとしてレイフョルドの存在を含めない為の口実なのだ。
 宮殿の馬車乗り場からだが、レイフョルドは『闇神隊が道中、現場判断で道案内に拾った者』として、彼の詳細は公式な記録には残らない事になる。エスヴォブス王辺りから何か特命でも帯びて来ているのかもしれない。






「ほんとに親書渡しただけで終わったな」

 闇神隊メンバーの待つ高級宿に帰って来た悠介は、皆の集まる広間に向かいながら隣を歩くヴォーマルに話を振った。レイフョルドはトレントリエッタ王と何やら込み入った話があるらしく、一人王宮に残っている。

「ま、楽なのは歓迎しやすがね」
「ヴォレットの父ちゃんも中々食えない人だからなぁ」

 ヴォーマルはエスヴォブス王を『ヴォレットの父ちゃん』呼ばわりする悠介に噴出したりしつつ、明日以降の予定について行動の確認を行う。ラーザッシアを中心にした苔の張り付く木を調査するグループと、ソルザックの鉱石採掘に付き合うグループ。

「この国の住人は兎も角、出稼ぎ労働者の多い街じゃ治安もあまり良いとは言えやせんからね」

 植物採取と鉱石採掘という二種類の仕事場が常に需要を持つデリアルディアには、各国からも多くの労働者が集っているという。仕事に食いあぶれた傭兵などもいて、中には強盗紛いの手段で他人の成果を横取りしようと狙う者もいるらしい。

「なら鉱山組にはシャイードとフョンケを付けよう、レイフョルドも付いてくれるなら心配ないと思う」
「妥当な人選ですな」

 ルディアの開けた高台にある水石鉱山は坑道に入り込むなりしない限り、道に迷う事もない。デリアの太陽苔が採取出来る森は街の近くとはいえ昼でも薄暗い樹海の奥。灯り役のヴォーマルと伝達役にイフョカの同行は必須だ。




 宿の広間に到着した悠介は、集まっている皆に明日以降、デリアルディアで活動するにあたっての人事編成を告げた。

「――という訳で、シャイードとフョンケはソルザックさんの護衛を頼む」
「了解した」
「そりゃいいですが、アイツも一緒なんすか……」

 シャイードは一言で承諾と頷きを返したが、フョンケは了承しつつもレイフョルドの同行を気にして見せた。
 ブルガーデンとの関係改善以後、宮殿でも偶に見掛ける事があって味方である事は分かっているものの、今回の任務で長く接した結果、ラーザッシアと同じく何か警戒感を持ってしまうそうな。

「確かに、私も彼には何か底知れないモノを感じる瞬間がありますね」

 珍しくソルザックも話に加わり、しかしだからこそ味方としては心強いとフォローを入れる。それについてはフョンケも同意見のようだ。
 その後は人事の確認も滞りなく進み、図らずもレイフョルドの警戒されっぷりが明らかになるオマケが付いて終了した。




 夜――

「まだ起きてたのか」
「あ、ユースケ……」

 宿の屋上に設けられた憩いの場にて、リーンヴァールの夜景と星空を眺めていたラーザッシアは、悠介に声を掛けられて振り返る。昼でも幻想的な灯りに包まれた街並みは、夜になると一層その美しさに磨きがかかる。

「凄く綺麗」
「ああ、確かにこりゃ凄いな」

 街中に灯るリーンランプの光が煌々と輝き、曲がりくねった大通りを幾つかの光が行き来している様は、街の脈動を思わせる。カルツィオでもここでしか観られない光の夜景に、悠介は懐かしい気分になった。元の世界の夜景を思い出してしまうのだ。

「どうしたの?」
「ん? なにが?」

「なんだか今、寂しそうな顔したじゃない」
「え、そう?」

 『自覚ないです』とおどけて見せる悠介に、ラーザッシアは少し首を傾げると、徐に悠介の身体を抱き締めた。いきなり何事かと戸惑う悠介だったが、背中をとんとんと叩かれて気持ちが和らいでいく感覚に肩の力が抜ける。
 思春期を過ぎる頃から忘れていた、誰かに抱き締められる事がこれほど心地良いという事を思い出す。とても安心する。暫らくラーザッシアに抱かれながら、悠介は静かにリーンヴァール夜景を眺めていた。

「……落ち着いた?」
「別の意味で緊張しそうなんだが」

 悠介の答えにクスリと笑ったラーザッシアはそっと身体を離す。

「ユースケはさ、ちょっと頑張り過ぎてるんじゃないの?」
「えー……そうかなぁ、割とノンビリやってると思うんだけど」

「そのノンビリだって、意識してやってるじゃない」
「…………」

 一度は悠介の在り方を見誤ったラーザッシアだが、人の本質を見抜く眼と感性には非常に鋭いモノを備えている。悠介に感じる異質感は、その特異な神技によるモノだけではなく、悠介自身が周囲に馴染みきっていない事を、彼女は見抜いていた。

 上辺だけでも友好的に差し障り無く、自然に接する生き方は、元の世界では当たり前にこなす日常だったので、悠介は自身でも気付かない内に、周囲から求められる自分像を演じている部分があったのだ。

「私はさ、色んな"私"を演じてたから、分かるんだ……その人が本来の自分でいるか否かってこと」
「そっかー……つってもなー」

 『本来の自分』などという概念は結局、自分で『こうだ』と認めた自分がソレに当たるのなら、周囲の求めに応じた自身によって構築される自分像であれば、それもやはり『自分自身』であるとも認められるのではないか? 悠介はそんな疑問を返す。

「? ユースケの言ってる事、難し過ぎてよくわかんない」
「うをいっ」

 自分から話題を振っておいてそれは無いだろうとズッコケながらツッコミを入れる悠介。ラーザッシアはそんな悠介に笑い掛けると、くるりと振り返ってのウィンクを放ちながら言った。

「私は、どんなユースケも受け入れるよ。ご・主・人・サマッ」
「ぐっは……」

 見事に悠介のオタ気質部分へ直撃させるラーザッシアなのであった。







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