ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
本編
65話:舞踏祭【後編】




 舞踏祭当日――

 悠介は一応、ルフク村に駐在する衛士隊の伝達係を通じて、タリス達がガゼッタから訪れている事は伏せつつ、スンを巡る事情で私闘に応じても良いかとヴォレットにお伺いを立ててみたところ、『絶対勝て』という有難いお言葉を賜わった。

「ヴォレットらしいというか……」
「ほっほっほっ 今日が舞踏祭でなければ、見物に来ていたかもしれんのう」

 ゼシャールドの言葉に十分あり得ると同意しながら、悠介は決闘の準備が整えられている広場へと向かう。既に多くの村人や衛士達も集まっており、悠介が現れると歓声が沸いた。
 スンは勝者を祝福する役として羽飾りのついた衣装を着せられ、決闘の会場を良く見渡せる場所でバハナと並んで座っている。

 会場の片端には白い訓練兵の甲冑に身を包んだタリスが、連れである正規兵の甲冑を纏った無技の戦士に何かアドバイスを受けている様子で立っていた。会場入りする悠介を意識したような視線を向けつつ、無技の戦士の言葉に時折頷きを返している。

 沢山の角材が山のように積み上げられている自陣側に立ってカスタマイズメニューを開いた悠介は、先日弄っていた戦闘用マップアイテムデータを呼び出し、用意してもらった角材で使用出来るか否かを確かめた。

『ん、これなら大丈夫そうだ』

 元々は足元の地面を材料にカスタマイズして使う戦闘用マップアイテムなので、予め材料が用意されているなら更に安定する。上手くいかなかった場合も想定して、御馴染みの防壁や落とし穴のデータも準備しておく。




「双方、準備はよろしいですか! それでは、中央までお進み下さい!」

 進行役の声に従って会場中央に歩み出る悠介とタリス。両者の名前と肩書きが観衆に告げられる。
 片や、フォンクランクにその名を知らぬ者はないとまで言えるディアノースの英雄、闇神隊長の悠介。片や、ルフクの村出身で無名の見習い戦士、ガゼッタ白刃騎兵団訓練兵タリス。

 闇神隊の専属従者に登用された村娘のスンを巡って、その幼馴染であった青年、無名の見習い戦士がディアノースの英雄に挑むという、如何にも大衆受けしそうなシチュエーション。
 決闘会場の広場は、舞踏祭に相応しいこの催しに期待する観衆の熱気で包まれていた。


 死亡に至るような致命傷を与えない事。審判の制止と指示に従う事。どちらか片方が意識を失うなどした場合はそこで決着。等々、幾つか注意事項の説明を終えて、両者は自陣へと戻っていく。

 自陣に戻った悠介はカスタマイズメニューを開いて戦闘用マップアイテムデータを弄りながら、メニュー画面越しに相手(タリス)の様子を覗き見た。タリスは身長程もある大剣を受け取り、ブンッと一振りして具合を確かめている。
 悠介に用意された角材と同じく、昨日の内に削り出されたモノらしい。木製だがかなりの重量がありそうだ。

「……ああ、なんか既視感があるなと思ったら、シンハの構えに似てるのか」
「俺はシンハ様の強さに憧れて、白刃騎兵団入りを申請したからな」

 ガゼッタ軍の人材選別では実戦経験の浅い者や、訓練を受けた事の無い亡命者は初心者グループとして白刃槍兵団に組み込まれるのだが、訓練場を視察に来たシンハの振るう烈火の如き豪快な剣捌きに惹かれ、タリスは白刃騎兵団入りを希望したという。

「遠慮はしないからな、ユースケ。あんたに勝って、俺の本気をスンに認めて貰う」
「うーん、そういう事じゃないと思うんだけどなぁ……」

 シンハによく似たスタイルで大剣を下段に構える気合い十分なタリスに対し、悠介は何処か煮え切らないというか、気が進まないような様子で適当に片手を前に翳し、半身に構える。
 これはこれで悠介の何時ものスタイルなのだが、観衆にはディアノースの英雄が格下を相手に『余裕』を見せていると映った。

「タリスー! 舐められてっぞーっ 気合い入れていけよー!」
「英雄に一泡吹かせて見せろー!」

 シチュエーションからしてお約束な野次が飛ぶ。益々やる気なさそうにダレている悠介とは対照的に、タリスは身体中に力を漲らせていた。『闇神隊長は接近戦が苦手らしい、距離をあけるな』そうアドバイスを受けている。

『開始と同時に、一気に懐へ飛び込む!』




「んも~~、ユースケったら……スンの祝福が掛かってるってのに、ちっとも気合い入ってないじゃないか」

 特等席から二人の対峙を眺めているバハナは、悠介のやる気なさげな態度にやきもきするように呟く。

「ユウスケさんなら大丈夫ですよ、多分」
「スン、ユースケの戦い方ってどんななんだい?」

「えーと……、実はよく知らなかったり……」
「……あんたもユースケを信頼してるのやら危機感が無いのやら……」

 スンが纏っている衣装の羽飾りを弄りながら、バハナは溜め息を吐くのだった。




「始め!」

 審判の合図と共に、開始の布が振り下ろされた。同時に、引き絞られた弓より放たれる矢のような勢いで飛び出すタリス。訓練兵用の軽い造りとはいえ甲冑に大剣を装備しているにも関わらず、その突貫速度には凄まじいモノがあった。
 訓練では基本的な剣術よりも先ず、足腰を徹底的に鍛えられる。慣れ親しんだ生まれ故郷の地である事も、タリスの身体を躍動させる力の足しとなっているようだ。

 タリスと悠介の立ち位置は大体十メートル程の距離をおいてあるのだが、タリスは開始の合図から僅かな間に半分近くまで距離を詰めていた。
 とりあえず穏便に済ませられるよう、落とし穴を作って防壁で誘導しようとカスタマイズメニューを操作していた悠介は、そのあまりの勢いに気を取られてうっかり操作ミスを犯してしまう。

「あ、間違えた」

 余所見をした瞬間、落とし穴用のマップアイテムデータを誤ってメニューから閉じてしまい、落とし穴分の土を材料にして作る予定だった防壁が構成不能になってしまったのだ。

 真っ直ぐ突っ込んでくるタリス。仕方なく、悠介は戦闘用マップアイテムデータ・タイプIIを予定より早く実行、反映させた。悠介の背後に積まれていた角材が光に包まれて消えていく。と同時に、巨大な人型が出現した。

「な……っ!」

 地面から生えたような全身鎧(プレートアーマー)っぽい外観のそれは、頭部の辺りまでで高さが八メートル近くある巨人の上半身だった。
 突然現れた甲冑巨人に思わず足を止めていたタリスは、巨人が腕を振り上げる動作を見せた事で我に返る。対神技戦の基本。どんなに強力な神技攻撃でも、それを放つ神技人自身は無技の戦士の敵ではない。
 悠介が神技で動かしている巨人なら、本体である悠介を叩く事で止められる筈だと判断する。

『あれだけのデカブツなら動きも鈍い筈! 当たらなければどうって事はない』

 タリスは甲冑巨人の腕が振り下ろされる前に本体を仕留めるべく地を蹴った。次の瞬間、凄まじい衝撃に意識ごと身体を撥ね飛ばされた。
 宙を舞ったタリスが地面に叩きつけられるのとほぼ同時に、甲冑巨人の胸部から上半分が光の粒を残して消え去り、悠介の周囲に防壁が出現する。

「あっぶねぇ~」

 悠介はすんでの所で甲冑巨人の一部を防壁にカスタマイズする事が出来た事に安堵の息を吐く。
 甲冑巨人にはギミック機能で左右のパンチから鉄槌を落とす三段攻撃コンボが設定されてあり、鈍重そうな見た目に反してその攻撃速度は約三秒で一巡するほど速い。
 ギミックスイッチをOFFにしても間に合わないと判断した悠介は咄嗟に、角材で構成されている甲冑巨人の一部をメニュー画面で出しっ放しになっていた防壁データの材料へと転換したのだ。
 最初の一撃で吹っ飛んだタリスに三段目の鉄槌が入れば、命に関わる大怪我をさせる所だった。


 素早い攻撃を繰り出す巨大なゴーレムの出現には度肝を抜かれたらしく、観衆はもとよりタリスの同行者である無技の戦士も、唖然とした表情でしばらく固まっていた。広場の隅で観戦していたエルフョナが無表情で瞳をキラキラさせている。

「流石に今のは驚いたわい……」

 タリスの治癒に駆けつけたゼシャールドは、土技の民が運搬作業などにゴーレムを使っている所は見た事があったが、それはもっとノッソリ動くモノで、人間が格闘術を行うような動きをするゴーレムは見た事が無いと言う。
 だが悠介は小声で、恐らくその土技で作られたゴーレムの方が甲冑巨人より使える筈だと、タイプIIの仕様を語る。

「まだ色々問題も残ってるんですよね、このタイプII」

 滑らかな動きをして見せた甲冑巨人だが、その実ギミック機能で設定された動きを繰り返すだけの固定砲台的な造りになっており、攻撃対象を認識している訳ではないので、正面から来る相手にしか対応していない。
 回り込まれると簡単に攻撃範囲から逃れられてしまうのだ。その場合は防壁を駆使して相手を誘導しつつ、甲冑巨人の角度変更などで対処する事になる。
 敵味方が入り乱れる乱戦には使えず、遠距離からの攻撃には只の的、戦術面での汎用性はあまり高く無い。もっぱら、見た目のインパクトで固まってる隙にコンボを叩き込んで初撃の効果を狙う奇襲撹乱型。ぶっちゃけ『動く張りぼて』とも言える。

 その張りぼてに吹っ飛ばされたタリスの治癒が進められるなか、係りの村人達によって担架が運ばれてきた。

「どうですか?」
「うむ、打ち身と擦り傷じゃの。これくらいなら大した怪我ではないわい」

 そりゃ良かったと、悠介はゼシャールドの屋敷に運ばれていくタリスを見送り、広場に設けられた観覧席を振り返る。


「ほら、行ってきな」
「う、うん」

 バハナに促されたスンが席を立つ。祝福の娘が勝者の元に歩み寄り、羽飾りの王冠を被せて祝福が成された所で、勝敗が着いた事を思い出した観衆から惜しみない拍手が贈られた。

 闇神隊長(ユースケ)の力の一端を間近で実感した事により『英雄の二つ名は伊達ではない』、そんな認識が村人やルフクに駐在する衛士達、そして無技の戦士と見習い戦士の胸に刻まれる事となった。

 皆からの歓声を受けて頭を掻きながら控え目に応えている悠介に、バハナは何処か安心したような眼差しを向けていた。






 舞踏祭二日目の早朝――

 もっと修練を積んで来ると言い残して生まれ故郷を後にしたタリスは、ガゼッタへの帰路を駆ける道中、昨日の晩にゼシャールドから向けられた言葉を思い出す。

 ゼシャールドの屋敷のベッドで意識を取り戻したタリスは、悠介の神技に全く太刀打ち出来なかった自分の実力に失望していた。だがそれでも、スンを軍属に就かせている悠介の事を認められないでいた。

 回復の経過を診に来たゼシャールドに、タリスがそんな自分の胸の内を打ち明けたのは、やはりスンと同じく幼少の頃からお世話になったゼシャールドを信頼し、尊敬しているからこそであった。

『確かにユースケの強さは思い知った、でも……納得出来ない。スンの為にも、俺はもっと力を付けて今度こそ――』
『ふむ。じゃがのうタリス、お主はスンの気持ちを考えた事はあるかの?』

 スンの為というその考えは結局、自分の願望、気持ちの押し付けになってると指摘され、タリスは考え込む。

『まあ、スンが戦いの場に出る事を快く思わない気持ちも理解はできるがの』

 無理に危険な世界へ踏み入らなくとも、悠介の隣に立つ方法は幾らでもあったであろうに、闇神隊に所属して悠介の傍にいる事を選んだのは、自立を望むスンが自分で考え、出した答えだ。
 スン自身が庇護される立場に甘んじる事を否定した。悠介はその気持ちを尊重し、応えた。

『どちらがスンの事をよく考えているかのう』
『……』

 明確な答えを出せないまま、タリスは燻る想いを胸に、まだ薄暗いフォンクランクの街道を南下して行くのだった。






 祭りの初日は決闘イベントで舞踏祭の雰囲気も吹き飛んだので、二日目から本格的な求婚祭りとなり、村の中央会場では若い男女が其々の想い人に『結婚して!』と迫る勢いで告白合戦が行われている。

 スンと悠介は昨日の一件からルフク村公認カップルになってしまったので、ディアノースの英雄に挑むような勇者もおらず、またスンを押し退けて悠介に言い寄れる程の自信家もおらずで、二人は静かな時間を過ごせていた。
 とは言え、玉砕する者、結ばれる者、悲喜交々な空気が暴風のように吹き荒れている村の中では落ち着かない。二人して森に出掛けた悠介とスンは、ぶらぶら歩いている内に初めて出会った邪神の祠までやって来た。


「なんか、懐かしいような気分だな……」

 今は村人の誰かが時々手入れをしているらしく、油木の明かりもちゃんと火を灯している。奥の石室まで入り、天井画を眺めて感慨に耽る悠介。この世界で初めて目覚めた場所だ。

「そういや、スンには感謝しないとな」
「なにがですか?」

 スンがお供えモノの生地を置いていてくれなかったら裸で外に出る破目になっていたと話す悠介に、道端でその裸と邪神のシンボルを直視してしまった時の事を思い出して赤面するスン。

「普通逆な気がするけどなぁ」

 赤面しているスンが何を思い出しているのかを悟った悠介は、照れ隠しにそう言って笑った。

「逆?」
「いや、ああいうハプニングは大抵、男の方が女の子の裸を見ちゃったりするもんじゃないかなと……」

「……ユウスケさん、やらしいです」
「なぜにっ!」

 油木の炎が揺れ、温かみのある柔らかい灯りが照らす石室の中に、二人の笑い声が反響する。不意に声が途切れ、訪れた静けさの中、石の台座に腰掛けたスンがこんな事を言った。

「……み、見たい……ですか……?」
「え」

 両手を胸元で重ねて、俯き加減にちらりと視線を上げたスンは、顔を赤らめながらもう一度はっきりと口にする。

「わ、わたしの身体……見たいですか?」
「…………」

 一瞬言葉に詰まった悠介は、スンの言葉を正面から受け止められず、斜めに躱した言葉を返そうとした。

「それって、またラー――」
「ラーザッシアさんに言われたからじゃありません!」

 強い語調で放たれたスンの声が石室内に響き、悠介の口を噤ませる。

「わ、わたしが相談に乗って貰ってたんです。どうすれば、ユウスケさんの気を惹けるかなって……」
「俺は……」

 思わぬ告白に混乱する悠介。猫を被っていないおやじ状態な女性や猫を被っている女優状態の女性には耐性のあった悠介だが、本気の想いをぶつけて来る女性と向き合った経験は殆ど無かった。こんな時、何と言えばいいのか分からない。
 悠介の沈黙を拒絶と捉えたのか、スンが哀しげな声で呟くように訪い掛ける。

「やっぱり……わたしなんかじゃ、ユウスケさんの相手は……務まりませんか?」
「いや、そんな事はないって! そうじゃなくてさ……なんつーか」

 自分が邪神である事。この世界の人間ではない事。『世界に災厄をもたらし、消える』という伝承。悠介はそういう部分が気になって、なかなか好きな人を作るというか、深い関係になる事に躊躇があるのだと説明した。

「何時か言い伝えの言葉通りに消えてしまうのかもしれないって思うとさ……」

 残される人の事を考えてしまい、そういった関係を築く事に踏み出せないのだ、と。

「……やっぱり、ユウスケさんて何処か変わってます」
「そうかな」

「いつか消えてしまうかもしれない……だったら尚更、自分の生きた証を残そうとする筈じゃないですか」
「うーん、俺の育った時代ってそういう感覚が希薄なところがあったからなぁ」

 顎に手などを当てながら、元世界の世間で感じていた価値観に思いを馳せる悠介は、しゅるり……という衣擦れの音に意識を引き戻される。その目に飛び込んで来たのは、スンの白い素肌と艶かしい肩甲骨。

「スン……?」
「あの大きな塔とか、砦とか……ユウスケさんの痕跡はこれからも、この世界に沢山残っていくと思います」

 揺れる灯りに照らされた陰影が、浅い呼吸に上下するスンの滑らかな起伏を浮かび上がらせる。

「わたしにも……ユウスケさんの痕跡を……あなたを、刻み付けて下さい」

 一糸纏わぬ姿になったスンは恥ずかしそうに伏せていた顔を上げると、真っ直ぐな瞳で見据えながら、その身で悠介を求めた。






 夕方、村に帰る道を行く二人。

「ほんっと、へタレですんません……」
「もうっ いいんですよ、そこまで気にしなくても」

 心底情けないといった雰囲気で項垂れている悠介に、クスクスと笑いながら隣を歩くスンは、優しい慰めの言葉を掛ける。
 結局、ディアノースの英雄はスンの誘惑空間を鼻からの出血で打ち破るという、色々台無しな結果を出して倒れ伏した。悠介は落ち込んでいたが、スンはそれ程気にしていない。

 勇気を出しての告白と誘惑の結果が、別の意味で鮮血の結末だったのは残念だが、少なくとも、悠介は自分の裸と誘惑によってああなってしまったのだ。スンは自分の女としての魅力に、少しは自信が付いたといったところである。

「また機会はありますよ、きっと」
「ははは……は……」

 流石は戦士系の一族だな~等と軽く現実逃避している悠介であった。






 ちなみにその頃、ゼシャールドの屋敷では。

「感覚が、薄いとな?」
「……背中の、下の方が……」

「ふむ、ここかの?」
「……あっ……」

 元気なエロ爺と溶けた氷娘が乳繰り合っていたそうな。







+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。