「やっと着いた……やっぱ衛士隊馬車の方が早かったな」
「でも、乗り物も無しでこんなに早く着くなんて、凄い事ですよ」
途中休憩も挟みつつ、悠介達がルフクの村に到着したのは昼を少し過ぎた頃だった。時間にして凡そ五時間の道程。ちなみに、五時間近く延々と同じ作業を繰り返す事に関しては、MMO準廃人だった悠介にとってどうという事もない作業であった。
「ユースケにスン、そろそろ帰ってくる頃だと思ってたよ」
「ただいま、バハナおばさん」
「こんちゃーす」
スンの闇神隊専属従者登用を聞いていたバハナは、どうせなら従者服姿で来れば良かったのにとスンの髪を撫でる。
馬車で来なかった事もあり、二人が帰って来た事に気付いたのは村の入り口付近にいた人達だけだったが、ゼシャールドの屋敷前に着く頃には村中に伝わって皆が集まっていた。
「なんか人増えてるような気がするな」
「新しい建物も見えますね」
「ふふ、アンタ達の活躍でみんなこの村に集まって来てんのさ。余所の村から越してくる家族もいたりしてね」
ルフク村は悠介の仕官による優遇処置に加えてゼシャールドの存在もあり、フォンクランクに深く貢献する英雄クラスの人物が二人も関わっている村として結構名前が知れ渡っていた。
そこへ更に、村出身のスンが勇名轟く闇神隊の専属従者に登用されたという事もあって、国内外からの注目度も増している。
「ま、今の所はこれといって問題も起きてないし、賑やかになっていい傾向だと思うよ」
「そっすか……」
以前は林のあった辺りが切り開かれて新しい建物が並ぶルフク村の光景を眺めながら、悠介はここも少しづつ変わっていくのだろうなぁと、幼少の頃に遊び場だった空き地が中学生になる頃には全て消えていた昔の記憶に思いを馳せた。
大きな街ではあまり気にならなかったが、発展すれば人が増え、人が増えれば他人も増える。あと半年もすれば、ほぼ村人全員に行き届いていた帰省時の御土産も、身近な知り合いにのみ配られるようになるのだろう。
「村の発展と希薄な人間関係のジレンマか……」
「ユスウケさん?」
謎の呟きに小首を傾げるスン。悠介は何でもないよと笑みを返してゼシャールドの屋敷へと足を向けた。
「ただいま、先生」
「お久しぶりっす」
「うむ、よく戻ったのう」
「……おかえりなさい」
「おかえり……」
相変わらず飄々として元気そうなゼシャールドにメイド服姿が板について来たベルーシャ、村服姿のエルフョナが揃って二人を出迎えてくれる。エルフョナは表情の変化こそ乏しいものの、纏う雰囲気は人見知りする子供のソレのように自然体だ。
舞踏祭の日に向けて村でも祭りの準備が進められており、中にはベルーシャにアタックする事を公言している猛者もいるとか。もっとも、それは村人ではなく村に駐在する衛士隊員だったりするのだが。
「そう言えば、収穫祭の時は色々あったようじゃの」
「あー、ありましたねぇ……」
「……ありました」
収穫祭でスンが幼馴染みだったタリス青年に襲われた時、自分は村の娘達に包囲されて殲滅され掛かっていた事を思い出して、少し情けない気分になる悠介。
しっかり気を張ってスンの事も守ってやらねばいかんぞ? と笑うゼシャールドに、悠介はなんだか娘を想う父親を前にしたような緊張感を懐くのだった。
その後、夕食を経て一息付いた所で悠介は調整魔獣の事件について話すと、ゼシャールドに意見を求める。
「ふむ。ブルガーデンに売られていた魔獣と、お主達が見た魔獣が同じ者の手によって作られた魔獣なのかが気になるのぅ」
「魔獣の飼育をしてる集団が複数いるかもって事ですか?」
「或いは、集団の本隊は一つで飼育するグループが幾つか存在するとかじゃな」
「ああ……なるほど、色んなやり方をグループ毎に試す、みたいな感じですか」
悠介達が見た、森に巣を作って飼育する方法が以前から行われていたのなら、もっと前から被害報告や目撃情報が上がっていてもいい筈だ。被害報告が急激に増えた時期からして、最近やり始めたのであろうと推測できる。
「まあ、それでも不自然ではあるがの」
態々目立つやり方をしたのは、飼育が目的ではなく実験目的であった可能性もあるとゼシャールドは指摘する。魔獣被害の調査に来た者を相手に、配置した巣と魔獣で何処まで持たせられるかという性能実験であった可能性。
「ん~、どっかで聞いたようなシチュエーションだ……」
悠介は昔プレイしたゲームにそんな感じの展開があった事を思い出していた。
「…………」
「……どうしたの?」
ベルーシャが何か言いたそうにしているエルフョナの気配に気が付き、声を掛ける。悠介とゼシャールドの話を聞いていたエルフョナは、暗殺児の訓練施設にいた頃、そんな魔獣について話し合う研究員達がいた事を覚えていた。
「ふむ、やはりノスセンテス絡みかのぅ」
「古い国だっただけあって、色々出てきますねー……」
一度、ガゼッタに旧ノスセンテスの研究グループで魔獣の研究を行っていたような組織が無かったか、問い合わせてみようかと提案する悠介。
ゼシャールドも邪神関連でガゼッタには警戒したいが、悠介の関心を惹きたいガゼッタ側から、何らかの情報があるなら引き出せるかもしれないと、その提案には肯定的な考えを示した。
「休暇明けにでもヴォレットに相談してみます」
「そうじゃの、まだ情報が集まりきっておらんし、そう結論を急く事もあるまい」
ゼシャールドはそう言って魔獣の話を締め括った。
「大分話し込んでしまったのう、今日はもう休んだ方が良いじゃろう」
「そうですね」
明日の前夜祭と明後日の舞踏祭に向けて、この日は早めに休む事となった。
「よし、なんとか舞踏祭には間に合いそうだ」
ザッルナーの風月の二十日目、舞踏祭の前日。フォンクランクの街道をルフク村に向かって北上する若者の姿があった。
「しかし、その娘は今サンクアディエットに住んでるんだろう? 村に帰ってなかったら無駄足になるぞ」
「大丈夫ですよ。村にはゼシャールド先生も居るし、彼女はこういう祭りの日はちゃんと家に帰る筈ですから」
例え街での暮らしに慣れてしまったとしても、村で世話になった人達との関係を蔑ろにしたりするような娘ではないと言い切る青年に、男性は感心したように頷く。
「そうか、流石は幼馴染だな。相手の事をよく理解しているって所か」
まだ見掛けも歳若い青年と、少し落ち着いた感じのする壮年男性。無技の民である事を示す白髪を靡かせ、地味なマントの下に白い甲冑を隠した二人組。街道の端をその鍛え抜かれた強靭な足腰を持って駆け抜ける彼等は、無技の戦士であった。
「スン……もう直ぐ会いに行くからな」
駐在する衛士隊員も混じって祭りの準備が進められているルフク村。広場を中央の会場として、他の開けた場所にもテーブルや椅子が設置されていく。交流場となる中央会場で相手を決めた者同士が、其々の場所で愛を語らえるようになっている。
殆どの場合、舞踏祭で相手を見つけるというよりも、既に決めていた相手と皆の前で手を取り合って見せる事で『私たちは恋人同士です』と宣言するような形になるのだが、偶に複数の相手と付き合いのある人物が誰か一人を選ぶといった場面もある。
そういうイベントでは予想だにしていなかった相手が選ばれたり選ばれなかったりというドラマが発生するので、普段は陰口を叩かれる対象である二股三股当たり前な誑し男も、この時ばかりは舞台男優のように脚光を浴びるのだ。
もちろん『伴侶が欲しい、でも特定の相手が居ない』。そういう男女を結びつける役割も、舞踏祭は果たしている。
「ふう、飾りつけはこれで全部だね」
「お疲れ様」
広場で担当場所の飾りつけを終えて一息つくバハナと、それを労う手伝いのスン。梯子を片付けながら他の場所の進み具合を眺めつつ、雑談に興じる二人。
「今回もバハナおばさんがお肉を捌くの?」
「うんにゃ、あたしゃお酒持って巡回する役だよ」
村の彼方此方に設置されたテーブルを巡って恋人達の語らいを補佐すべく、酒を振舞う巡回役。トラブルの早期発見なども役柄に含まれている。今年の舞踏祭は例年よりイベントが多そうだとバハナは言った。
ルフク村の人口が増えている事もあるが、駐在する衛士隊員の中に村人と深い関係になった者がちらほら居るのだとか。他にも、ベルーシャを狙っている衛士隊員が数人。
「んー……でも、ベルーシャさんは先生べったりというか……」
「あっはっはっ 確かに」
玉砕祭が見られそうだねぇと笑うバハナは、あと二、三年もすればエルフョナも年頃の娘に成長するだろうから、今から楽しみだと、広場の隅を飾り用の花束に埋もれながらちょこまか歩いている緑髪の小さい姿に目を向けた。
周囲に居る他の大人たちからも微笑ましい眼差しを向けられているエルフョナは、ふと建物の間に出来た路地というよりも隙間に視線を向けて立ち止まる。
「エル? どうかしたのかい?」
じぃっと隙間の一点を見つめて動かない姿に、訝しんだバハナが声を掛けた。エルフョナは視線をそのままに、隙間を指差して一言呟く。
「戦士、二人……」
彼女の見つめる隙間の奥からガサゴソという音が聞えて来た。ついで、なにやら愚痴るような声が近付いて来る。
「まさか衛士隊がいるとは思わなかった、この辺りが変わってなくて良かったよ」
「この村も色々あったようだからなぁ、しかし俺にはきつい抜け道だなこりゃ」
「え……っ タリス?」
村の出入り口を守る衛士隊の警備網を掻い潜り、建物の隙間から広場に現れたのは、ガゼッタに亡命したタリスだった。子供の頃によく使っていた抜け道を通って来たらしい。もう一人、彼の後ろに頭一つ分は大きい無技人の男性が立っている。
突然の事に戸惑う村人達を余所に、タリスは飾り付けられた広場にスンの姿を見つけると表情を輝かせて走り寄ってきた。
「スン! 帰って来て早々君に会えるなんて、やっぱり俺達の絆は――」
そのままスンを抱き締めようと手を広げた所で、間に入ったバハナに阻止される。
「エル、先生たち呼んできな。急いでね」
「ん……」
スンを背中に庇いながらそう言って促すバハナに、エルフョナは短く返答して身を翻すとゼシャールドの屋敷に向かって走り出す。流石に訓練を受けた元暗殺児候補の身体能力は伊達ではなく、あっという間に人ごみの中を駆け抜けて行った。
「バハナさん、邪魔しないで下さいよ」
「あんた、何しに戻って来たんだい」
「もちろん、スンを迎えに」
「はあ?」
ガゼッタに亡命して戦士としての訓練を受けながら過ごしていたタリスは、村の外の世界で色々なモノを見聞きし、色んな人々と交流を重ねる事で、心身ともに少しずつ成長していった。生来の女癖の悪さも落ち着きを見せ始めている。
亡命当初は異国の綺麗な女性達に声を掛けるなどしていたタリスだったが、次第にそういった誑し自慢のような感情が薄れ、真剣に将来伴侶となる相手の事を考える内、スンが如何に自分にとって理想の女性像を体現していたかという事に気付いたのだ。
「それで、態々舞踏祭に合わせてスンを攫いに来たと?」
「正確には舞踏祭の時期が来てしまったから、急いで来たんだけどね」
タリスとバハナのやり取りを聞いて、ざわざわと噂話を始める村人達。広場には知らせを受けて駆けつけた衛士隊の姿もあったが、バハナが話している青年は元村人であるらしいという事もあって、もう一人の無技の戦士を警戒しつつ様子を見ている。
「スン、一緒にガゼッタへ行こう」
「嫌です」
即答。だがタリスもそれは予想していた事らしく、些かの怯みも見せず無技の民を中心とした統治が行われるガゼッタでの暮らしが如何に素晴らしいかを語って説得を始めた。背後に立つ無技の戦士が腕組みをしながら、うんうんと頷いている。
「スン!」
「ほほう、タリス坊主に無技の戦士とは」
そこへ、エルフョナにベルーシャも伴った悠介とゼシャールドが現れた。フォンクランクの若き英雄と、老いたりとて衰えを感じさせない元宮廷神技指導官の登場に、野次馬の人垣が開いて彼等を広場の中央へと通す。
「ユウスケさん! 先生っ」
スンは悠介の傍らに駆け寄ると、何時ぞやのゼシャールドの背に隠れた時のように、黒い隊服を纏う闇神隊長の背中に隠れる。それを見たタリスは若干頬をピクリとさせたが、堂々とした態度で悠介達に向き直った。
「ふむ、別にシンハ王の差し金という訳でもなさそうじゃのう」
「今回の帰郷は俺の独断で個人的なモノですよ先生」
タリス本人とバハナからも大体の話を聞いて事情を把握する悠介達。タリスの里帰りとフォンクランク入りに協力した白族(無技)の戦士は、若者の恋愛を応援する気分で許可を出したそうな。
無技の民にとってガゼッタが如何に住みやすいかという宣伝にもなる事を見越した上での判断であろうと、ゼシャールドは当たりをつけた。
「心意気はともかくじゃ、スンはガゼッタ行きには応じないのではないかの?」
「理由は分かってます」
諦めた方が良いのでは? と促すゼシャールドの言を制したタリスは、悠介に向き直るとビシッと指差しながら糾弾するような言葉を向けた。
「道中で聞いた。スンを危険な戦いの場に引き込んだそうじゃないか」
「え? いや、それは……」
「軍に所属させるって事は、何時かスンの手を血で汚す事になるんだ。俺なら絶対スンにそんな事はさせない」
「そりゃ俺だってそうはならないように考えてるけどさ」
スンの闇神隊専属従者登用について事情を説明しようとする悠介の言葉を遮り、タリスは自分の本気を示すべくフォンクランクの英雄たる悠介に勝負を挑む。
「彼女に相応しい男はどちらか、決着をつけよう。スンは俺が守る」
広場に詰め掛けている人々から『おぉ~……』と言うどよめきが上がった。ガゼッタの戦士となったタリスが、村娘スンを賭けて闇神隊長に勝負を挑んだ、という舞踏祭に相応しい余興に期待が向けられる。
「あんなキャラだったっけ?」
「え、えーと……」
「面白そうじゃないの、あたしもユースケの実力を見てみたいねぇ」
「もうっ バハナおばさんまで……」
タリスが現れた時は警戒心を露わにしていたバハナも、態々ガゼッタからスンの為に帰って来た事や、村に居た頃に比べると随分引き締まった顔付きになって成長を感じさせる彼に、少しだけ感心を懐いていた。
バハナ的に、こういうシチュエーションは好みであったりもするようだ。
『ま、例えタリスが勝ったとしても、スンはユースケを選ぶだろうケドね~』
明日の舞踏祭に向けて二人の決闘の場を作ろうと、飾り付けが終わった広場を一部改修する作業が進められる。悠介は宮殿衛士が私闘に応じても良いのだろうかと気にしつつも、断れそうにない雰囲気に肩を落とし、スンに励まされていた。
「ベルーシャや、回復剤の用意をしておいてくれんか」
「……はい」
明日は舞踏祭本番の日、偶にはこういうのも良かろうと、ゼシャールドは政治的策略などを抜きにした二人の若者の戦いを傍観する事にした。一応、両者の怪我に備えて薬と治癒の準備も調えておく。
「若さじゃのう」
+注意+
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