「わははははっ」
「姫様っ そろそろお稽古の時間です!」
宮殿衛士隊の訓練場にて、試作動力車に乗って楽しそうに走り回るヴォレットを追いかけて走り回るクレイヴォル。昨日、新型ギアボックスを受け取った悠介は早速木材を組み合わせて作った車体に搭載、現在ヴォレットが走行実験を行っている。
悠介自身がまだ乗り物の製作などに慣れていない事もあって、試作動力車は既存の馬車をそのまま小型化したような外観だ。
「今の馬車にそのままギミック動力を付けても使えなくはないか……」
「ユースケ殿! 貴殿も手伝って下さい」
腕組みしながらヴォレットの駆る試作動力車を眺めつつ、今後の開発方針を検討していた悠介に、息を切らしたクレイヴォルが抗議を向ける。ヴォレットが面白がって逃げ回るので中々捕まえられないでいるらしい。
今回作られた試作動力車は、当初予想されていた『人が小走りする程度の速度』を上回り、『人が普通に走る程の速度』を実現していた。走って追いかければ並走は可能だが、そこから停止させるのは困難という微妙な速度だ。
車体が小さいので手を掛けようとすると中腰になり、走る速度が落ちて引き離される。無理に掴めばそのままバランスを崩して転倒、引き摺られ兼ねない。というか、目の前でそれら一連の光景が展開された。
「……今度から外側に緊急停止装置でも付けておくか」
三メートルほど引き摺られて土塗れになった姿のクレイヴォルから御小言トルネードを食らっている涙目なヴォレットを横目に、車体後部の一部が破損した試作動力車を回収する悠介なのであった。
「ところで、そろそろユースケも休暇じゃな。来暦の舞踏祭はどうするのじゃ?」
「そういやそんなイベントもあったな……」
着替えで席を外しているクレイヴォルの代わりにヴォレットを稽古事の教養部屋へ送り届ける悠介は、暦初めにあるお祭りの事を訊ねられてルフク村で収穫祭を過ごした時の事を思い出した。
あと数日で土の暦が終わり、風の暦を迎える。土の暦の初めに収穫祭があったように、風の暦の一日目からは舞踏祭が催される。収穫祭の時よりも伴侶となるお相手探しの色合いが濃いお祭りで、風の暦は結婚や婚約を交わす男女が多くなる暦だ。
「収穫祭の時は気い遣わせちゃったからな、今回は街に居ようか?」
「あー……気持ちは嬉しいのじゃが、舞踏祭でわらわが特定の男性と共に居るのは不味いのじゃ」
婚約者候補組からのアピールが最も強くなる時期でもあり、一応、未来の夫を選ぶ側である者の勤めとして、彼等一人一人の資質を見定めるという名目で相手をしなくてはならないのだそうだ。
「めんどいのぅ」
「大変だな……」
はふぅと憂鬱そうな溜め息を吐くヴォレットに、悠介は気休めかと思いつつも労いの言葉を掛ける。そうして、改めて目の前で赤毛のツーテールを揺らす少女がこの国の時期王を迎えるお姫様なのだなという事を認識するのだった。
ヴォレットを送り届けた悠介は、試作動力車の走行実験に使った屋内訓練場とは別の場所にある屋外訓練場に顔を出す。ここでは投擲型の攻撃系神技を使う神民衛士隊員に混じって、スンが弓の練習に励んでいた。
「スン」
「あ、ユウスケさん」
白い従者服姿に少し大きめの弓を持ったスンが振り返る。
「でかい弓だな」
「はい、でも指輪のお陰で普通に引けるんですよ」
身長ほどもありそうな大弓を難なく扱う白髪の小柄な少女。絵的に『なんかいいなぁ』と等と萌え気分が湧いた悠介は、知らず微笑みを浮かべていた。『優しい笑み』を向けられてどぎまぎするスン。
数日後に控える舞踏祭を意識して、こっそりラーザッシアから色々とレクチャーを受けているスンは、早速その効果が出始めているのかもと、乙女心を弾ませる。
スンが舞踏祭を意識するのには訳がある。カルツィオにおける女性の結婚適齢期は十六歳からになるのだが、今暦の前月初めに十八歳を迎えたスンは、正に適齢期の真っ盛りにあるのだ。
悠介の周囲には何かと魅力的な女性が多いという事で、以前よりも明確に異性として悠介を意識するようになっている今のスンは、収穫祭で村の女性達に囲まれている悠介を眺めていた時に比べて焦りの気持ちも深くなっていた。
『美人じゃないし、可愛くもないし、これと言って取り得も無いし、お腹に酷い傷痕があるし、無技の民で田舎者だし――』
そんな自分が今やフォンクランクの英雄と讃えられる闇神隊長と並んでいられるのは、初めて邪神の祠で出会ってから、共に一つ屋根の下で暮らした日々の巡り合わせがあったからこそ。
ラーザッシアやラサナーシャ達が本気を出せば、自分なんかあっという間に視界から外れてしまうに違いない。闇神隊員のイフョカも、気が付くと悠介の傍らに居たりして中々に侮れない。
これからも悠介の隣に立ち続けるには、他の娘たち以上の努力と積極的なアプローチを持って、ラーザッシアのアドバイスにある『既成事実』を勝ち取らなくてはならないのだ。――胸中にそんな想いを膨らませていたりするスン。
なんだかとてもやる気に満ちて充実した雰囲気を纏っている姿に『頑張ってるなぁ』と感心しつつ、スンに元気を分けて貰ったような気分になった悠介は、邪魔しちゃ悪いからと訓練場を後にした。
「じゃあ、また帰る時に」
「あ……はい、それじゃ」
あまり話が出来ず、ちょっとションボリしながらスンは弓の練習を続けるのであった。
「俺も色々頑張らないとな」
屋外訓練場を出た悠介は、空いた時間でも利用して自身に宿る邪神の力を更に磨いていく事を考えた。
先日、馬車の中で話したスンの反応からして、シンハのように剣を振るう姿は自分に似合わないという事が良く分かったので、素直にカスタマイズ能力を開発する。
まずは最初に作ってからあまり使う機会も無かった戦闘用のカスタマイズデータをメニュー画面に呼び出した。
「落とし穴と防壁だけじゃあイマイチだよなぁ」
屋内ではともかく、この前の任務のように野戦を強いられる状況になると、自身の周囲のみにしか効果の無い現在の戦闘用マップアイテムデータだけでは心許ない。
仕様も専守防衛型なので、攻撃手がいなければ只管相手が落とし穴に落ちるのを待つしかないというのも問題だ。
「ここは発想を変えていくか」
新たな自分の『武器』を創り出すべく、悠介は捻り出したアイデアを戦闘用マップアイテムデータに反映させる作業を始めるのだった。
ザッルナーの風月の十九日目――
休暇に入り、衛士隊の控え室でお土産の仕分けをしていた悠介は、舞踏祭だけは街に下りたくないフョンケや、家に居てもする事がないヴォーマル達と雑談に興じながらスンが来るのを待っていた。
「隊長とスンちゃんはルフク村に帰省っすか」
「ああ、なんか俺がいるとヴォレットのお勤めにもかえって負担が掛かりそうだし、先生にも相談したい事があるからな」
その代わり、年末の自由祭では目一杯遊びに連れ回すので覚悟しておくようにと言われている。
「ゼシャールド氏に相談ってのは、例の魔獣の事ですかい?」
「そんなトコだ」
悠介の屋敷の使用人達にも休暇が与えられてあり、留守中屋敷を管理するのはラーザッシアと使用人の中でも舞踏祭の趣旨に縁のない既婚者や高齢の者たち数人だ。太陽苔の栽培関係でラサナーシャにも自由に出入りする事が許されている。
「あ、そういや余所の街まで出る奴が結構いるってんで、馬車乗り場が混雑してたなぁ」
「早くしないと、使える馬車が無くなっちまいやせんかね」
『一台確保しておきやしょうか』と腰を上げかけたヴォーマルを手で制した悠介は、馬車は使わないのでゆっくりしていてくれと、ララの美酒が入った安酒の瓶を渡す。何処から取り出したのか、すかさずカップを用意するサポート上手なフョンケ。
馬車を使わずにどうやって村まで行くつもりなのかと、ヴォーマルは疑問に思っていたが、フョンケはどうせ隊長の事だからとあまり気にしていないようだ。
「おまたせしました、ユウスケさん」
「お、来たか。それじゃ行こうか」
ヴォーマル達に『良い休暇を』と軽く挨拶を向けて、悠介は衛士隊の控え室を後にした。一応、街の出口までは馬車を使って下りる為、地味な街服に着替えたスンを伴い宮殿の馬車乗り場へと向かう。
何時ぞやのように御土産袋を満載したおばちゃんのような格好の闇神隊長殿と、何に使うのか長めの木板を二枚ほど担いだ専属従者の組み合わせは、尽く廊下で擦れ違う人々の首を傾げさせた。
「本当にこんな所でいいのですか?」
区画門を越え、展望塔広場を過ぎて街の外周までやって来た悠介達は、そこで馬車を降りて運んでくれた御者さんに礼を言う。御者は不思議がりながらも、馬車の利用者が待っている宮殿へと帰って行った。
「さてと、じゃあ街道まで歩こうか」
「はい」
ルフク村に続く一本道となる街道の前まで歩いて来た二人は、そこでスンが担いできた長板を地面に降ろした。ど真ん中は街道を行く馬車と鉢合わせしかねないので、端っこの方にベタリと敷く。
悠介は地面に敷かれた板の端に立つと、カスタマイズメニューを開いて移動用マップアイテムデータを呼び出し、二.五メートルほどの木板二枚を一枚に繋いだ。
そこから更に立ち位置となる足場を残して細く長く、約十メートルの細板にカスタマイズする。
「ユウスケさん、荷物持ちます」
「ああ、頼む」
ここからはカスタマイズ操作に集中する必要があるので、スンの申し出に頷いた悠介は荷物を全て任せる事にした。
悠介がよっこらしょと持っていた荷物を、ひょいと軽々受け取るスン。装備に付与した特殊効果による力の底上げが無くとも、スンの方が悠介より腕力は上だったりする。
「途中で多少跳ねるかもしれないから、足元に気をつけてな」
「はい、大丈夫です」
「よし、そんじゃ行ってみようか」
以前、パウラの長城前で使った足場を入れ替えての転移、サンクアディエットのような構造の街でなら、床石の入れ替えで瞬時に何処へでも移動できるというカスタマイズ能力の性質からイメージした連続瞬間移動法。
『シフトムーブ』と名付けたこの移動法は、先ず、立ち位置の足場を細板の後ろの端から前の端へと移す事で、瞬時に細板の長さ分だけ前方に移動する。今回の場合は約十メートルの移動。
次に、足場を中心にして後方に残された細板部分を足場の前方へと移動させる。これで元の位置より十メートル先にて、細板の後ろの端に立った最初の状態に戻る。そうしてまた足場を前方に伸びる細板の端へと移動。これを延々と繰り返すのだ。
マップアイテムのカスタマイズにマクロ機能のような便利な機能は元のゲームにも付いていなかったので、全て手動で足場移動、実行反映、細板移動、実行反映と繰り返さなくてはならない。ミスをしなければ一秒で一回の移動が可能である。
実行ボタンは意識で押し、足場の移動と細板の移動は両手を使ってカスタマイズメニュー画面の操作を繰り返す悠介。荷物を持ったスンは悠介の背中にぴったりくっついて静かにしている。
『移動、実行、移動、実行、移動、実行、移動、移動……あ、ミスった』
『凄く忙しそうだし、話し掛けない方がいいかな……』
段差や起伏の多い場所では少々使い難く、まだまだ調整と工夫が必要な移動法だが、上手く使いこなせれば時間と距離を大幅に短縮する事が出来る。基本的に静止した状態で移動しているので慣性も付かず、そういう意味では安全な高速移動である。
一つだけ難点があるとすれば、カスタマイズの反映による光のエフェクトが掛かりっぱなしになるので、とても目立つのだ。
「おい! 見ろよアレ」
「うおっ なんだありゃ!」
「ディアノースの英雄じゃないか?」
「あの光は一体……」
『キラキラと輝く光の風に乗った闇神隊長と無技の従者が、東の街道を滑る様に駆け抜けていった』という噂がその日の内に広まり、噂を耳にしたヴォレットが『新しい乗り物が出来たならわらわも乗せろー』と宮殿の上層階から叫んでいたとか。
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