ブルガーデンの第二首都、要塞都市パウラ。その中枢施設である議会堂の地下通路を歩きながら、レイフョルドは軽い調子で、傍らを歩く案内役の女性団員に声を掛けた。
「ここも少し雰囲気が変ったねぇ。君もそう思わない?」
「そうなんですか? 私は団に入ってあまり長く無いので、よく分からないです」
レイフョルドの事は既にブルガーデン政府上層のみならず、精鋭団の中でも『やり手の諜報活動家』として知れ渡っている。
その為、彼の案内役には組織の情報に疎く、レイフョルドも一目置く存在であるゼシャールド元神技指導官に縁深いとされている新人団員、プラウシャが仰せ付かっていた。
今回、レイフョルドはエスヴォブス王から任務を受け、リシャレウス女王の許可も得た正式なルートでこの施設を訪れている。
「この先です」
「ありがとう、ここからは僕だけでいいよ」
中枢施設の地下の地下、国家級重罪人や命を狙われる危険を負った身分の高い罪人を収容する地下独房区画。
イザップナーがパウラの最高指導官として政務を取り仕切っていた頃。フォンクランクに対する挑発工作の中で、どうやったのかサンクアディエットの牧場に魔獣を放つ事が度々あった。
公にはされていないが、ある程度命令に従う魔獣だった事が、嘗て風の団に所属していた者の証言で明らかになっている。
「やあ、お久しぶりです」
「……貴様か、何の用だ」
「ちょっと御伺いしたい事がありまして、魔獣の飼い方――買い方かな? についてなんですけど」
魔獣の飼育。飼い慣らされた魔獣の入手経路について、レイフョルドは獄中のイザップナーを尋問する為にやって来たのだ。怪訝な表情を向けるイザップナーに『神技を阻害する能力を持つ魔獣』の話を聞かせる。
「調整魔獣か……」
「おや? その反応と口ぶりから察するに、既に存在を知っていた?」
「あれは何処の出身かは知らんが、風技の商人から買い付けたモノだ。当時はまだ神技阻害能力は低かったようだがな」
元々は比較的安全な草食系の魔獣を使って適当に畑でも荒らしてくれればと思い、魔獣の売買をしているという商人に取り引きを持ち掛けたのだが、捕獲した野生の魔獣ではなく飼育された魔獣だと聞いてイザップナーも驚いたらしい。
売り込みに来ていた商人は、何れ兵器として使える商品に完成させると言っていたそうだ。
「その商人の行方や背後関係は?」
「知らん。一応ヴォーメスト等に調べさせはしたが、ノスセンテス領に入ってからは足取りが掴めなくなると言っていたな」
自分を裏切って逃げた元腹心の名を口にして若干眉を顰めるイザップナーだったが、その腹心が辿った一連の軌跡と後の顛末を詳細に聞かされると、複雑な表情のまま鼻で哂ってみせた。
「ふんっ……バカな奴だ」
必要な情報を聞き終え、そろそろ引き揚げようかと扉に向かうレイフョルドの背中に、イザップナーが一つ思い出したように付け加えた。
「そういえば……あの商人、時々トレントリエッタ訛りの言葉を使っていたな。 貴様と同じ様に」
「……ふむ、なるほど」
『参考になりましたよ』と背中越しに答えたレイフョルドは、そのまま要人独房を後にした。
レイフョルドがパウラの地下に赴いていた頃、ヴォルアンス宮殿ではフォンクランク王室からトレントリエッタに向けて送られた問い合わせに対するトレントリエッタ側からの返答を議題にした会議が、王を交えながら行われていた。
その翌朝、食事の席にてクレイヴォルから事件に関する自国の動きや会議の内容などを聞き出すヴォレット。闇神隊の係わった件だけに、また何か大きな出来事に繋がるかもしれないと、情報収集に余念が無い。
「ノスセンテスのように国家が絡んでいるという事はないのか?」
「今の段階ではまだ何とも判断出来ません」
貴国の領内に魔獣の能力開発を進める外法集団がいるのでは? という問い合わせに対するトレントリエッタ側からの返答は、『我が国にそういった研究活動を行う機関は存在しない』という内容と、この件に関する対策について。
「人間を餌に魔獣の飼育をするような集団は危険だという事で、トレントリエッタ政府も調査に乗り出すとの事です」
フォンクランクからの問い合わせと通商協会からの通報を受け、現在は全力で状況の把握に動いている最中らしい。
「単に道を踏み外した商人集団ぐらいなら良いのじゃがのう」
「今回の魔獣事件については未だ全容が明らかになっていませんので、調査結果が纏まれば規模も明らかになるかと」
街道で魔獣と遭遇するなど今時ありえない、という意識から見落とされがちだった被害報告も、改めて件数の洗い直しと内容の検証が行われている。
「当面は静観するしかないわけか……」
ヴォレットはそう呟くと、咀嚼していた鳥肉を飲み物で一掃して朝食を終えた。
一方、悠介は自分の屋敷でスン達と食事をとりがてら、リーンランプの光源となる太陽苔の栽培について話し合っていた。悠介の奴隷であるラーザッシアも『あくまでも建て前としての奴隷』とする悠介の方針で、同じテーブルに着かせている。
「苔の栽培なんだけど、ラサにも手伝って貰っていい?」
「ああ、そうだな。彼女にも何かさせてあげたいし」
国家公認の唱姫は廃業したラサナーシャだったが、悠介に唱を捧げた事で王室から悠介に所属を移し、悠介個人が所有する唱姫としての立場を確立している。
彼女を買うには悠介を通さねばならず、悠介は本人が望まない限り客を取らせる事もしない為、現在はラーザッシアと同じく、割と暇そうに過ごす日々を送っているのだ。
栽培を試みていたという研究者の情報や、苔の入手にはラサナーシャのコネを活用する。今後、ラーザッシアとラサナーシャの二人にはリーンランプの研究開発を手伝ってもらう事になった。
「さて、それじゃあ今日も宮殿に出勤しましょうかね」
「あ、はい。直ぐに仕度してきます」
悠介が席を立つと、スンは闇神隊の従者服に着替える為に部屋へと上がっていった。
「行ってらっしゃいませ」
「いってらっしゃ~い」
使用人とラーザッシアに見送られ、スンを連れて屋敷の馬車で宮殿に向かう悠介。新型ギアボックスの試作機は昨日の内にソルザックが宮殿まで届けてくれる事になっていたので、衛士隊の控え室か自室にでも運び込まれているだろう。
「スン、これ頼むな」
「分かりました。今回は土神隊員の方にですね」
土技の増幅効果を持つ指輪をスンに預ける。今日は神技の指輪を配る日だ。ノスセンテスから帰還して以降、各宮殿衛士隊員に神技の指輪を届ける役はスンに任されていた。
その効果なのか、宮殿内でスンの存在を疎ましく囁かれていた声も、今ではすっかり鳴りを潜めている。
スンに対するヴォレットの変らない接し方と、まだ従者としてではあるが闇神隊の一員にも数えられるようになった事で、単なる『姫様の気まぐれ』等ではない事に気付き始めたのかもしれない。
「今日も弓の練習?」
「はい、バハナおばさんの弓とヴォレット様に貸して頂いた弓とで交互に射るんです」
命中補正の効果を付与してあるバハナの弓で感覚を掴み、通常の弓を使う事で地力を鍛える効率のよい修練法だという。
「あー、その手もあるなぁ。俺も基礎体力以外に何か鍛えてみようか……剣とか」
「ユウスケさんが、剣ですか……?」
じーっと悠介の顔を見て、愛想笑いを浮かべながら小首を傾げるスン。想像できなかったらしい。軽くへこむ闇神隊長殿。
「あっ あっ ごめんなさい! そういう意味じゃなくて、だってユウスケさんってあまり猛々しい感じじゃないから」
「いや、それはそれで男としてどうとかいう問題が……」
馬車の座席で某真っ白に燃え尽きた拳闘士っぽく乾いている悠介に、くすりと微笑んだスンはそっと腕を握ると、若干身体を寄せながら耳元で囁きかけた。
「わたしは、ユウスケさんの事、頼りにしていますよ?」
「スン…………ラーザッシアの入れ知恵か?」
積極的に触れ合おうとする自らの行為に照れて頬を染めているスンに、悠介はいきなり核心を突いた。
「えっ! いえあのっ べ、別にこれは……」
「はぁ~~~~もう、スンに妙なコト教えんなって言っとかなきゃいかんな」
「ぅ……わ、わたしだって……そういう事に興味くらい、持つんです」
「ん? なんか言ったか?」
ぼしょぼしょと車窓の方を向いて何事か呟いているスンに声を掛けるも、『なんでもないです』と拗ねた雰囲気で返されて悠介は首を傾げる。
高民区の通りを駆け抜けて行く悠介達を乗せた馬車。向かう先に見えるは陽光を浴びて輝くヴォルアンス宮殿。
サンクアディエットの一日は、今日もこんな風に始まるのだった。
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