現場の街道脇には小隊を組んだ傭兵達が集まり、調査範囲について確認が行われている。不自然な場所に建ちながらも周囲の景色に溶け込んでいるプチ砦は、そのまま調査の拠点に使えるとして、水や食糧が運び込まれていた。
「じゃあ、俺達は先に戻りますので」
「お疲れ様です! 後の事は我々にお任せを」
傭兵部隊に調査活動の引き継ぎを済ませた闇神隊は、一路宿場街へと戻る夜の街道に衛士隊馬車を走らせる。冒険者グループはまだ現場で活動を続けるようだった。犠牲者の遺体回収、運搬などは明日以降に行われるらしい。
「スンは寝ちゃったのか?」
「はい、きっと緊張で疲れていたんだと思います」
エイシャに膝枕をされながら眠っているスンをそっと覗き込んだ悠介は、そこに安からな表情を見つけてホッと一息ついた。街に着くまで寝かしておいてやろうと思いつつ、軽く前髪を撫でる。
「あっ ええと、代わりましょうか……?」
「いやいやいや、そんな所に気を使わなくていいから。 つか、恥ずかしくて出来んわっ」
スンを膝枕するより寧ろされたいぞ等とおどけて見せる悠介。反対側の席でイフョカが膝を揃えながらソワソワしていたが、悠介に気付かれる事はなかった。
深夜前、宿場街に戻った悠介達は明日の朝にでもサンクアディエットへの帰途に就く予定で今夜はこのまま一泊する事になり、通商協会支部の宿舎にて遅い夕食をとりながら今日の事を振り返っていた。
「スンは良くやったと思うよ」
「同感ですな、いい働きだったと思いやすぜ」
「彼女の一撃が状況の流れを変えたとも言える」
「あ、ありがとうございます」
皆からの賞賛にもぢもぢと照れるスン。凄惨な現場を目撃した事も含めて、初任務でいきなり本物の魔獣、それもかなりの変り種との戦闘を経験するなど、何処か悠介と被る所に不思議な縁を感じられなくもない。
「しかし、あの魔獣……一体何者の仕業なのか」
「姿はよく見えなかったが、連係して動いてたように感じたな」
魔獣の話題が出たついで、シャイードとヴォーマルが人為的な巣と特異な能力を持つ魔獣について軽く考察を行い、神技そのモノを阻害する力や、組織的な動きを見せていた事などから軍用に調教された魔獣かもしれないという話が展開される。
「軍用の魔獣なんてのもいるのか……」
「あくまでも、今回出くわした魔獣に関して、ですがね」
「結局、あの時の推察は両方当たっていたのかもしれない」
つまり、当初ヴォーマル達が考えていた『手懐けられた魔獣』と『それを扱う者の存在』に、悠介が指摘した『神技を阻害する能力を持った魔獣』という、今までなら考えられなかった要素が組み合わさっていた事になる。
ヴォーマルが挙げていたブルガーデンの例から言えば、魔獣を戦略的な要素として使えるか否かで考えた場合。単にその土地を荒らす目的でなら、何処かからか捕まえて来た魔獣をその地に放ってやるだけでいい。
だが、何らかの戦略的な目的で使うとなると、敵味方の区別も出来ず、どう動くかも分からないのでは扱い難い。ブルガーデンの工作部隊がフォンクランクの牧場に放っていたと思われる魔獣も、どこまでコントロールされていたかは不明だ。
逆にいえば、そこが解決されたなら、魔獣は強靭な戦闘用獣兵として使えなくはない。
「それを試みている者が、トレントリエッタに居るかもしれないという事か」
なんにせよ、ここから先は上が判断する仕事だろうと、悠介達は一先ずの任務達成を労い合ったのだった。
ザッルナーの風月の十二日目、夕刻――
大勢の処分者を出したノスセンテス滅亡の余波も落ち着きを見せ始め、ガゼッタもこれといって大きな動きを見せていない今日この頃。サンクアディエットに無事帰還を果たした闇神隊は、報告を終えて今回の任務を完了した。
メンバーはそれぞれ通常待機に入り、スンを屋敷に送り届けた悠介は宮殿の私室に籠って宿場街で購入した道具を弄り始める。
「スン! ユースケ! ん? スンはおらんのか」
所用で席を外していたらしく、闇神隊が帰還した時に姿を見せなかったヴォレットが早速やって来ては部屋の中を見渡す。
「疲れてるみたいだったからな、先に屋敷へ帰しといた」
「ふむ、そうか……ご苦労であったな」
ぽりっと頬を一掻きしたヴォレットはそう言うと、悠介が弄っている道具に目を向ける。円柱形の筒に四角い傘を被せたような吊り金具付きのランプ。
見た目はよくある普通のランタンっぽいが、灯す明かりは淡い薄青か薄緑色をした不思議な光を放っている。
「リーンランプじゃな、それをどうするのじゃ?」
「ほー、これってリーンランプっつーのか」
「なんじゃ? もしかして知らずに買って来たのか?」
「ああ、なんか面白そうだったんで」
トレントリエッタ領の街では普通に使われている一般的なランプ。特定の木の皮に張り付く性質を持つ『太陽苔』と呼ばれる苔に『水石』という鉱石を合わせる事で発光する特殊なランプだ。一度の苔の取替えで十日ほど持ち、油の代わりに水を注す。
光源である太陽苔の張り付く木がトレントリエッタの樹海でも一部にしか群生しておらず、特定の環境下でしか育たない木なので、苔の採取場所が限られている。
また、名前とは裏腹に太陽苔は非常に乾燥に弱く直ぐに枯れてしまう為、トレントリエッタ地方のような湿気の多い気候以外の地への運搬が困難であるという条件が重なり、あまり他国へは出回っていない。
そういった理由により、リーンランプは火を使わず安定した明かりを得られる安全且つ便利な道具でありながらトレントリエッタ以外では普及していないのだと、ヴォレットが詳しく教えてくれた。
珍しいモノ好きな性分のヴォレットだけに、以前取り寄せた事もあったらしいが、やはり太陽苔の入手が困難で、恒久的な部屋の照明には使えなかったそうだ。
「苔の栽培を試みている研究者も居るようじゃがな、上手く行っていないみたいじゃ」
「ふーむ、太陽苔か」
例の宿場街はトレントリエッタ領に近い街だったので、ランプの光源も手に入りやすく普通に使われていた。だが、どちらかといえば乾燥気味な風土であるフォンクランクのような地域で使うには、常に一定数の苔を確保出来なければ難しい。
ちなみに、水石は割りと簡単に入手できる。リーンランプ以外に使い道が無いので、マニアックな道具屋くらいでしか扱ってないそうな。
「うちの地下で栽培してみようかな。屋敷で暇そうにしてるラーザッシアにでも管理させて」
「ほほう、なかなか面白そうじゃな」
あまり外を出歩けない彼女の良い息抜きになるだろうし、薬品研究にも使えるかもしれないと、透明度の低いくすんだ筒の中で光を放つ太陽苔を眺める悠介。
栽培用のケース等を必要に応じてカスタマイズする事で環境を調える。ギミック機能を駆使すれば、温度や湿気を一定に保つというような事も難しくはない筈だ。
栽培が成功すれば、今の油木を使った明かりに取って代わる便利な照明として普及させる事が出来るだろう。
「今度またトレントリエッタに太陽苔の生態とか調べに行きたいな」
「そうじゃな……今は時期が悪いから、状況が落ち着いてからならどうにか出来るぞ」
「あーそっか、魔獣の事があったからなぁ」
「う、うむ」
任務の事は最初の触れ込み通り、魔獣退治になったので結果オーライかと呟く悠介。スンの活躍もそれとなく事件の概要に織り交ぜて報告してあるので、クレイヴォルが示した策の第一歩は上手く踏み出せたと言える。
「犠牲になった冒険者は、気の毒だったがな……」
「……ヴォレット?」
事件の犠牲者に配慮を見せるヴォレットに、悠介は若干の違和感を覚える。ヴォレットは以前、ギアホーク砦より生還した悠介と感情の行き違いによる軋轢が生じた経験から色々と学び、彼女なりに想う所があった。
今回の任務を安全そうだからと薦めた手前、実際はかなり危険な任務になった事を気に病んでいる部分もある。それを感じ取った悠介は、どう取り成したものかと戸惑う。二人の間に、少し余所余所しい空気が流れた。
『……らしくないな』
悠介は空気を変えるべく話題を振った。
「あ、そうだヴォレット」
「? なんじゃ?」
「そろそろ例のアレ、製作に入るからな」
ソルザックに研究開発を任せているギミックモーターの新しい試作機が近々出来上がると聞いた事を踏まえて、搭載する入れ物を作っておく。所謂、ヴォレット専用ゴーカートの製作。
「おお! 遂にアレの完成品が出来るのじゃなっ?」
悠介が自走実験で作った動力付きソファーの事を思い出してか、わくわくした表情で瞳を輝かせるヴォレット。宮殿内の廊下を爆走させる訳にはいかないので、訓練場のような場所を使おうと走行実験の計画を話し合う。
「俺の予想だと、ちょっと小走りするくらいの速度は出ると思うんだよね」
「おお~~楽しみじゃのう」
互いの余所余所しさは無くなっていた。
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