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本編
5話:ゼシャールドの思惑




『さいやくのじゃしん?』
『そうですじゃ、人でも魔獣でも無い災厄の化身ですぞ』

 絨毯の敷かれた広い部屋の真ん中に転がり、開かれた大きな絵本に描かれている黒い邪神の絵を指しながら問うヴォレットに、ゼシャールドはニコニコと答える。

『ちちサマやじぃじでもかてないの?』
『災厄の邪神に(あらが)えるのは、良き人の心のみですじゃ』

『じゃあ、わらわはよきひとになってちちサマやじぃじをたすけてあげるー』
『ほっほっほ、姫は良い子ですのぉ』


「――というような事があってのう」
「そんな関係だったんですか」

 『あの頃の姫は素直で良い子じゃった』と昔を懐かしむゼシャールドに、『今は見る影も無いですね』等と相槌を打って本人から膨れっ面を向けられる悠介。余裕があるのでは無く、単に開き直っているのだ。

 日没間際の低民区表通りは露店を片付ける商人と、夜の商売を始める唱謡(うたうた)い、それを物色する客などが入り混じり、雑然とした独特の雰囲気に包まれる時間帯なのだが、今日は普段と違った物々しい気配が通りの一角を占めていた。
 突然始まった炎神隊の捕り物に、仕事を放り出して集まる野次馬と化した見物衆。ちなみに唱謡いとは娼婦の事である。

 悠介とゼシャールドを取り囲んでいる炎神隊の衛士達は、槍を向けて牽制しながらもその表情には戸惑いの色が見受けられる。
 数年前、エスヴォブス王は『誕生祭』という新年を祝う祭事の席で、全神民衛士に対して『ゼシャールドには関わるな』と勅令を出したのだが、それには『手を出すな』というニュアンスが多分に含まれていた。

 それ以降、ゼシャールドは宮殿を訪れる事も無く、街からも離れた場所にある無技の村に住んでいる。王とゼシャールドの間にどんな事情があったのかは明らかにされていないが、王にはゼシャールドに対して何処か引け目を感じているような雰囲気があった。

「何をしているっ 早くその者達を捕らえよ!」
「し、しかし……王の命令に背く事になるのでは……?」
「それに、現時点で拘束に値する正当な理由があるとは思えません」

 拘束を命じるクレイヴォル隊長に対し、衛士達は王の勅令内容に反する不安と、拘束理由がイマイチはっきりしていない事を挙げて疑問を呈する。下っ端の神民衛士と違い、宮殿衛士隊に所属する者ともなればその程度の提言(ていげん)は許されているのだ。

「かまわん、父様にはわらわから言っておく」

 ゼシャールドに会えた事と、思わぬ退屈凌ぎが見つかった事で上機嫌なヴォレットは、面白そうに言い放つ。二人を捕らえれば宮殿にお持ち帰り出来るのだ。ゼシャールドには甘えられるし、不思議な波動を持つ無礼な黒髪の男にも興味があった。

「姫様もああ言っておられる、災厄の邪神と目される怪しげな者を街に呼び込んだのだ……やはり王の御命を狙って――」
「ほっほっ お前さん、都合の良い時だけ姫の言を聞いとるじゃろ」
「っ……なんだと!」

 ちょこっと図星を突かれてしまい、思わず声を荒げたクレイヴォルに、ゼシャールドは組み易しと見て事態の収拾を図る為、更なる追い討ちを仕掛ける。まだ悠介の存在と力の事は伏せておきたいと考えた。

「うーむ……お主、忠義が過ぎて主君を死なせるタイプじゃな」
「んな……っ」
「エスヴォブスからワシに関わるなと言われておるじゃろう……王が大事なら、その令に従った方がよいぞ?」
「それは、どういう意味だ!」

 飄々とした態度から一転、忠告を与えるような口調で鋭い視線を向けるゼシャールドに、クレイヴォルを始め包囲している炎神隊の衛士達も身構える。面白そうに眺めていたヴォレットも、ゼシャールドの纏う気配が変わった事にビクリと身を竦ませた。

『先生先生、煽ってどうするんですかっ』
『大丈夫じゃ、ここはワシに任せておけ』

 ひそひそと言葉少なに悠介と内緒話を交わしたゼシャールドは元の飄々とした雰囲気に戻ると、苛立ちと動揺を隠せない様子のクレイヴォルに両手を広げるゼスチャーをしながら言った。

「エスヴォブスはワシを遠ざけておきたいのじゃよ、理由は聞くで無いぞ? なのにお前さんはワシ等を宮殿に招待しようという」
「招待ではない! 第一、罪人として捕らえたお前達を王に会わせる訳がないだろう!」
「……ワシの弟子が、宮殿に何人いると思うね?」
「っ……!」

 宮殿には嘗てゼシャールドに神技指導を受けた者も多く居る。水技の民で編成された宮殿衛士隊の治癒系精鋭『水神隊』は、衛士の殆どがゼシャールドを師と仰ぐ者達だ。ゼシャールドを拘束して宮殿に連れ帰れば、間違いなく彼等が抗議や陳情に動く。

 王の意向に従って普段から関わりを持たないよう距離を置いているのに、『忠実なる部下』がそれを破るのか? と問われると、己の忠義と猜疑心を前提にした行動を取っているクレイヴォルは言葉に詰まる。

「で、では……その黒い髪の男はどう説明する!」 
「ユースケがどうかしたかね?」

 矛先を向けられて首を竦める悠介。ヴォレットは『ユースケというのか』と、名前をチェックする呟きを漏らした。

「とぼけるなっ 災厄の邪神と思わしき者を、何故街に呼び込んだのだ!」
「はて? ワシは『災厄の邪神の正体は疫病説』派なんじゃが……お主ら、まさか邪神の実在を信じておるのか?」

 そう返されると、互いに顔を見合わせて『御伽噺(おとぎばなし)だよなぁ』と目配せし合いつつ戸惑う事しか出来ない衛士隊の面々。元々ヴォレットが悠介の黒い髪を見て『災厄の邪神か』と騒いだ事が、この捕り物劇の切っ掛けだったのだ。

 クレイヴォルも一瞬驚きはしたモノの、本物の『邪神』なる存在が実在する等とは思っていない。『災厄の邪神』云々は姫が騒いだ事を此れ幸いと、ゼシャールドを捕らえる口実に利用したダケなのだ。
 戸惑いと沈黙が場を支配する中、頃合と見たゼシャールドは仕上げに入った。

「知っておるか? 全ての色が混ざると黒になるそうじゃ」

 神技の民が宿す神技は、基本的に四大神の内の一つなのだが、稀に二つ以上の神技を宿している者が生まれる事もある。

「ワシは彼の黒髪は四大神全ての神技が混ざり合った状態で宿っておる影響だと見ている」

 『この子を授かった親も、お主らと同じ様に邪神を思い浮かべたのかもしれんのう』と、ゼシャールドは悠介が遠い異国の地にある無技の祠に捨てられていたのを、近くの村の無技人達によって保護され、最近まで隠し育てられて来たのだと身の上話を語った。

 実に流暢にホラを吹くゼシャールドは、周囲の野次馬達も含めて『そうなのかぁ』と皆が納得した表情を浮かべたのを確認すると、最後の締めに入る。軽く咳払いをして背筋を伸ばし、威厳ある口調で朗々と紡がれる邪神伝説に関する考察。

「各地の無技の祠にある邪神像が何故黒いのか、全ての色が混じる、つまり四大神の力が統一されず調和していない混沌とした状態を指し、混沌は災厄を招く邪悪なモノと定義して黒を混沌の象徴にしたとも考えられるが、古来より学術とは縁の無い生活をしているとされる無技人が神技についてそこまで考えたかという疑問を挙げるならば、ワシは染料に塵やカビなどが混ざって長い月日に劣化した結果――」

「ま、まてゼシャールド、分かった、さっきのはわらわが悪かった」

 ヴォレットは論説モードに入ったゼシャールドがすこぶる苦手だった。頭が痛くなりそうな言葉の洪水を止めさせようと、慌てて自分の非を認める。それを見た悠介は目を丸くしながら『意外に可愛いところもあるんだなぁ』等と考えていた。

 そんなこんなとバタバタしている内に、知らせを受けた宮殿から王の通達が届いた事でこの場の騒ぎはお開きとなる。『手出し無用、厳守せよ』通達内容はそれだけだった。

「なんじゃ、これからが良い所なのに」

 ゼシャールドは表向きにそんな事を口走りながら、内心で『上手くいったわい』と胸を撫で下ろす。


「父様の事など気にするな、今度宮殿に来い」

 『わらわは待っておるからなー』と手を振って高民区へ帰っていくヴォレットと、護衛の宮殿衛士隊に側近クレイヴォル。
 野次馬達も解散し、日没から随分経った事で慌しく露店の片付けが進められる中、ゼシャールドの論説に興味を示していた黄髪の壮年男性が続きを聞きたそうにしていたが『その内論文にして発表する』と聞いて『楽しみしている』と帰っていった。 

「ふぅ、やれやれじゃ。 ワシらも馬車に戻るとするか」
「お疲れ様でしたというべきか……」

 良く回る舌ですねと尊敬も込めて皮肉を言う悠介に、ゼシャールドはほっほっと笑って答えるのだった。




 荷馬車に戻った悠介達は荷台に寝床を作ると、ララの実と干し肉を齧りながら明日に備えて露店に出す荷物の整理をする傍ら、先程の騒ぎで出会った、というよりも騒ぎの元凶になったヴォレット姫や、王とゼシャールドの関係について話を始めた。

「ワシとエスヴォブスは昔、一緒に旅をした仲間でな。ふむ、もう少し塩が効いた味にならんかの?」
「へ~、王様と親しかったんですか」

 ゼシャールドの干し肉に味付けのカスタマイズを行いながら、悠介は徒者ではない爺さんの話に耳を傾ける。ニ十年以上も昔の話、エスヴォブスがまだ王に即位する前の事。

 エスヴォブスは将来国を治めるに当たって、武力による侵攻支配以外の方法で国を繁栄、発展させられるよう賢王となるべく世界各地を巡って見識を深める旅をした事がある。その旅で共に諸国を渡り歩いた仲間や従者の中に、ゼシャールドも居たのだ。

「賢王と言えば聞こえは良いがの、彼奴は少々覇気の足らん男でな」

 武力の象徴である炎技の民の頂点にありながら、何事にも平和的解決を願う平和主義者。善政を敷く賢王として民衆の支持も高く、評判も悪くないのだが、他国からの武力によるちょっかいや政治的圧力に対して弱腰であるという批判も内から出ている。

「特に、近年は隣国からの嫌がらせが激しくての」
「嫌がらせ?」

 標高一千メートルを超える大きな山が国土の三分の二を占めている隣国『ブルガーデン』は、四大神に神格による優劣は無いとする思想の元、反等民制を掲げる新興国である。
 山の麓を切り開いて築かれた『要塞都市パウラ』を第二首都として、フォンクランクとの国境を睨んでいる。ちなみに、パウラとサンクアディエットの距離はルフク村よりも近い。

「ブルガーデン側の軍属と思わしき集団がしばしば国境を越えては、フォンクランク領土を荒らしていくんじゃよ」
「え、それヤバイんじゃないですか?」
「まあ、普通なら開戦ものじゃろな」
 
 エスヴォブス王は国境の警備強化を指示つつ抗議の使者を出しているが、ブルガーデン側は等民制度の廃止受け入れを要求するばかりで、抗議はまるっきり無視されているそうだ。

 そればかりか、サンクアディエットにブルガーデンからの密偵が多数入り込んでいるらしく、内通者による宮殿関係者の取り込みに動いた事例も確認されている。国境警備の強化も、情報が漏れていてあまり効果は見られない。

「グダグダじゃないですか……」
「まあの、こちらが幾ら平和主義を貫こうとも相手はそれを折込済みで戦略を打ってくる訳じゃからして、こうなるわな」

 『この国大丈夫なんですか?』と問う悠介に、ゼシャールドは『まだ暫らくは』というあまり見通しの明るくない答えを示す。

「ワシはの、エスヴォブスと相談してブルガーデンに潜る予定になっとるんじゃ」
「それって……」
「所謂、密偵じゃな。但し、ブルガーデンの内通者から誘われる形で行く事になっとる」

 その為に、王とは関係が拗れている事にしているのだと語るゼシャールド。

「ちょっ……それって、国家機密じゃないんですか?」
「うむ、超極秘機密じゃな」
「!っ そんな話、俺に聞かせていいんですか?」

 何気軽に話してるんですかーっと緊張する悠介に、ゼシャールドは真剣な表情になると、この話を聞かせた意図を口にした。

「ワシはの、邪神として喚ばれたお主がこの世界で何を成すのか、そこが気になっておるんじゃ」

 諸説ある邪神のもたらす災厄についても、当時それを記した者や言い伝えた者達が何を持って災厄としたか、時の権力者による裁定か、一般の人々の評価か。それ如何によっては、災厄は災厄では無くなる場合もある。
 結局は『誰にとっての災厄なのか』という事だ。
 
「もしかしたら、ワシは破滅の道への一歩を踏んでいるのやもしれん、だが……」

 悠介に特異な力を与えてこの世界に喚んだ存在の意図は分からないが、古来より言い伝えられて来た歴史の節目とも言える時期に出現を記される邪神が、世界の裁断を行うような超越者的存在であった場合。
 裁断の基準となる情報は正しく、多いが良いだろうという考えに至った。

「お主には、この世界の多くを見聞きし、知って貰いたいのじゃ」







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