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本編
58話:不穏な気配




 フォンクランクの南東にある小さな宿場街。西に月鏡湖が広がり、周りは森に囲まれている。トレントリエッタの国境に近く、湖沿いの街道を南に少し下ればトレントリエッタ領に入る。
 北東に続く街道を進めば、中継点となる村を通ってトレントリエッタの首都『リーンヴァール』へと続く。この宿場街には規模こそ小さいものの、比較的利用者の多い通商協会なる商人ギルドの支部があった。

 通商協会には最近、この街の近くで魔獣による被害の報告が多く寄せられていた。ただでさえノスセンテスの滅亡で交易ルートが潰れてしまい、その再構築にガゼッタとの交渉を控えている大事な時期。
 収益にも少なく無い打撃を被っていた通商協会は、首都サンクアディエットに衛士団の派遣を要請する傍ら、迅速な対応を求める商人達の要望に応え、冒険者を募って独自の調査も進めていた。


「そろそろだな、あの木の布が目印だ」

「本当に魔獣なんぞと遭遇したのかねぇ」
「フォンクランク領の街道は魔獣より盗賊団に気をつけるのが常識だからな」
「だがこの辺りはもうトレントリエッタ領に入ってるんだろう?」
「この国はこれだけ森ばっかりだと、魔獣対策も難しいんだろうなぁ」

 調査隊に雇われた五人の冒険者グループはトレントリエッタの国境を少し越えた付近で馬車を停めると、森に分け入る準備を始めた。装備の確認をしながら、彼等は最近サンクアディエットで売り出されている回復薬について評しあう。

「これがフォンクランク製の回復薬か」
「旧ノスセンテスから流出した精製技術でフォンクランクの薬師が製造、販売してるって話だ」
「随分買い込んだな」

 治癒補助薬を始めとする主な治癒系薬品の製法はガゼッタが握っているのだが、やはり無技人国家であるが故の問題か精製技術が不足しているらしく、以前より市場に出回る数が激減している。
 そんな情報を交えつつ、買い込まれた回復薬がメンバーに振り分けられていった。

「こいつは使えるのか?」
「使用感は悪くなかったな、効果の程はノスセンテスで売ってた回復薬の二割か三割増しって所だった」
「へぇ~、それでいて値段は半額か……確かに悪くないな」
「まあ、メンバーに治癒系水技が居れば使う事も無いだろうけどな」

 緊急用と割り切って、使う時は惜しまず使った方が良さそうだと安価な回復薬をポケットに仕舞う。そうして準備が整うと、其々役割に応じた並び方で隊列を組み、森の中へと踏み込んでいく。

「無いとは思うが、もし巣が見つかった場合は何時も通りの作戦で殲滅(そうじ)するからな」
「目撃情報が全て正しければ、あながち無いとも言い切れんが」
「契約分の仕事をこなせば良いだけさ。こっちはとっとと済ませて、月鏡湖の財宝探しに行こうぜ」


 森の中を少し進み、風技の索敵を行ってまた少し進む。周囲に潜む動物達の動きを観察しながら、不自然な波動や不審な場所が無いかを調べて回ること暫らく。

「っ……! いるぞ、それも三匹近く反応した」
「こんな場所に三匹も固まってるのか……?」
「やはり樹海の奥から流れて来てる奴がいるのかもな」
「気をつけろ、近くに巣穴があるかもしれん」

 狭い範囲に複数で固まって行動する魔獣の気配を確認し、冒険者達は警戒態勢を取りながら慎重に調査を進めて行く。索敵の風を感知しているであろう筈の魔獣はその場所から動く気配を見せない。
 気配がする場所へと近付くにつれて、次第に奇妙な波動が混じるようになった。

「……? おい、なんか変な波動を感じないか?」
「ああ、なんだろうな……これは」
「ちょっとヤバい感じだな、一度戻った方がいいかもしれんぞ」

 まるで人為的に風技の伝達を撹乱するかのような強い神技の波動が、辺り一帯を覆うように響き始めている。その現象に不穏なモノを感じた冒険者達は、一旦街道のキャンプまで引き揚げようと来た道を急いで戻り始めるのだった。






 ヴォルアンス宮殿上層階の一室――
 

 悠介とヴォレットは何時もの部屋でスンの事について、クレイヴォルも交えながら話し合っていた。

「パーティーの最中に空き部屋へ引っ張り込むとは、中々大胆な事をすると思ったものじゃが……」
「そんな色気のある話じゃなかったんだよなぁこれが」

 ささやかな帰還パーティーの席で悠介を隣室に引っ張って行ったスンの『お話』とは、自分を闇神隊に入れて欲しいという内容だった。態々会場から離れたのは、皆の前で言い出すのが恥ずかしかったからだそうな。

「余計に目立っておったがな」
「だよなぁ……」

 だが、あの天然ぶりがらしくて良いという見解の一致を見せる悠介とヴォレット。

「しかし、彼女は何故また急にそんな事を?」
「ん、実は――」


 ラーザッシアは薬の扱いや知識に長け、ラサナーシャも彼女が持つコネや情報網はかなりのモノ。闇神隊のメンバーも含めて、悠介の周りにいる者は皆、何かしら悠介の助けになっている。自分だけが役に立ってないと、スンは気持ちを焦らせていた。

 以前、ルフク村にてスンと話した『能力に見合った仕事や立場を用意する』という言葉の実践について、しかしどうしたものかと考え込む悠介に、スンはできれば闇神隊に入れて欲しいと懇願した。


「なるほどのう……傍に居るだけで良い、という訳にはいかなんだか」
「スンは、大人しそうに見えて意外に行動派だからな」

 考えてみれば、ゼシャールドの屋敷で暮らしていた時も村からそこそこ距離のある邪神の祠まで一人で御供えをしに通ったり、薪や木の実を採りに森まで出かけて行ったりと、街に出ずとも村の周りでは広い範囲で活発に動いていた。

 村で親しくしていた近所の人が少し女傑の入ったバハナである事や、ゼシャールド自身も隠居した身と言いつつ、トンでもない偉業を成し遂げるような行動派の人なのだ。小さい頃からそんな二人を見て育ったスンが影響を受けない筈も無い。

「見事にヴォレットとは正反対だよな」
「うん? どういう意味じゃ?」

「お前は表向き活発で豪胆に見える割に、内面は繊細で傷つき易い所がある」

 サラッとそんな事を言われて、何故か顔を赤らめたヴォレットは、照れ隠しに空飛ぶお皿をぶつけた。 二度ほど。


「ゴホンッ ……しかし、流石にそれは簡単にはいかんのぅ」
「やっぱそうだよなぁ」

 衛士という役職は王から賜っている立場に他ならない。幾ら英雄と讃えられる闇神隊長の悠介でも、等民制国家の軍事機関である宮殿衛士隊に相応な理由もなく無技人を所属させる事は、流石に問題がある。

 更に今は時期も不味い。四大信仰発祥の地とも云われていたノスセンテスが滅亡し、それを成した無技人国家(ガゼッタ)の台頭が噂されてる現状で宮殿衛士隊に無技人を入隊させれば、王がガゼッタの猛威に怯えて媚びている等という批判も噴出しかねない。

「何か理由が必要なんだよな」

 悠介はスンを闇神隊に入れる為の下地を作る良い案は無いかと、ヴォレット達に相談を持ち掛けた。
 闇神隊メンバーを始め、悠介の周りにいる近しい人間は皆スンの事を知っているし親しい間柄とも言える。特に無技人である事を理由に蔑視するような空気も無く、一緒に仕事をする事になっても問題はない。

「ふーむ、何か良い案はないか? クレイヴォル」
「私に振りますか……そうですね、まずは――」

 クレイヴォルの提案により、スンを闇神隊の専属従者として登用出来るように手を打ち、実績を重ねる事で正式に入隊出来るよう取り計らうという方法が検討された。

「多くの人々から支持を得られる民衆受けの良い任務を果たしていけば、反撥する者も抑えられるでしょう」

 丁度今、衛士団の派遣要請に民衆の喜びそうな調査依頼が入っている事を挙げるクレイヴォル。
 南東地域で魔獣の目撃報告や被害報告が上がっているというモノ。一昔前ならともかく、街の近くで魔獣の被害など今時ありえない。恐らく眉唾であろうが『魔獣退治』というネタは民衆受けする。

「魔獣退治ねぇ」
「危なくないのならば、それで行くか? スンは弓を扱えるからのう」
「姫様、まずはエスヴォブス王から彼女を専属従者として登用する許可が得られなければ、話になりませんぞ」

 既に決定事項化して自分も行きたそうな表情を見せつつ、後で土産話を強請る気満々な様子のヴォレットに、冷静なつっこみを入れている専属警護兼教育係殿。彼も大分染まって来ているのだが、自覚はあまりなさそうだ。




「許可しよう」

 『一緒にお食事』とか『一緒にお散歩』などのカードを用意して父王に交渉を挑んだヴォレットだったが、スンの登用はあっさり許可された。少々拍子抜けして首を傾げながら戻って来たヴォレットは、悠介とクレイヴォルにその事を報告する。

「周りの者を説得せねばならんだろうから、もっとゴネられると思ったがのう」
「ゴネるて……」
「王にも、何かお考えがあるのでしょう」

 ともあれ、こうして闇神隊専属従者にスンを登用する事が決まった。







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