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56話:事後処理




 無技の村襲撃事件から始まった一連の騒動は、ノスセンテスの事実上の滅亡を持って終結を迎えた。


 闇神隊と大使一行は迎えの馬車隊に乗り、サンクアディエットまでの帰路をノンビリと進む。
 少し遅れて、捕虜を護送する衛士団が後に続いている。ラサナーシャとラーザッシア、エルフョナ達は揃って同じ馬車に乗っていた。その周囲を並走する衛士は彼女達の護衛兼監視役だ。


 ――襲撃騒ぎの後、悠介達はラーザッシアを部屋に運んで宿内に仕掛けた迎撃用の罠を片付け、一段落した所でラサナーシャから重大な話を聞かされる事となった。

「皆さんに、お話しなくてはならない事があります――」

 ラサナーシャは自身の秘事を打ち明けて皆に頭を下げ、今まで騙していた事を詫びた。




「サンクアディエットに戻ったら、大変な事になりますね……」
「だろうなぁ……でも、それもこれも帰ってから考えよう」

 宮殿関係者と深い交流を持つ唱姫がノスセンテスの密偵だったという告白は、ヒヴォディルから神議会と繋がりを持つ貴族が国内に多数存在していたという話を事前に聞いていたので、皆冷静に受け止める事が出来ていた。
 それでも問題としては大きく、エスヴォブス王の人柄からして宮殿が粛清の業火に包まれるような事は無いにせよ、ノスセンテスの残党を押さえる為にかなり突っ込んだ間諜の洗い出しが行われると予想される。

「恐らく、相当数の人事異動があるだろう」
「まあ、暫らくバタバタするんだろけど、俺たちは端っこでノンビリしてよう」

 悠介のお気楽な言葉に、フョンケやイフョカは同意を見せ、エイシャとヴォーマルは隊長らしいと肩を竦めた。シャイードは一人微妙な表情を見せたが、特に何を言うでもなかった。


 そんな調子で悠介達がサンクアディエットに帰還を果たしたのは、ザッルナーの水月の十七日目の事だった。

「よく無事に戻ったな、ユースケ。皆もご苦労であった」
「おかえりなさい、ユウスケさん。皆さんもお疲れ様でした」

「ただいま、なんか二人の顔みたらホッとするな」

 今回は親善大使として出向いた歴史ある大国が滅ぶという、あまりイメージの良い出来事とは言い難い展開を経ての帰還だった為、派手な出迎えは控えられた。悠介もラサナーシャ達の事があるので、その方針には賛成した。
 斯くして、スンとヴォレットから控え目な出迎えを受けた悠介達は、静かに任務終了が告げられたのだった。

「さーて、俺はとりあえず女の所でも顔出しにいくかな」
「今日はまだ事後処理の報告が残ってるからな、出すのは顔だけにしておけよ――っと、姫様の御前で失礼しやした」

 早速顔なじみの街唱を訪ねようとしているフョンケに少々お下品な表現で戒めようとしたヴォーマルは、エイシャからクワッと睨まれて無礼を謝罪する。が、下々で働く衛士達の俗な言葉にも慣れているヴォレットは、特に気にした様子も無いようだ。

『意味が分かってないダケだったりしてな……』

 そんな何時もの雰囲気に和みつつ、悠介は各々街や自室に散っていく部下たちを見送った。そうして自身も部屋に戻ろうとした時、不意に思い出した事があって部下の一人を追いかける。

「ユウスケさん?」
「ん? 何処へ行くのじゃ、ユースケ」

「ちょっと野暮用」

 悠介の部屋に運び込まれているソルザックが研究を進めたギミックモーター製品について、色々要望を話そうと考えていたヴォレットは、そう言って走り去る悠介に不思議そうな表情を向けていた。


「シャイード」
「隊長? 私になにか?」

「いや、なんつーかその……港街の宿でさ、今後の事とか話した時、難しい顔してたろ? それが気になってな」
「ああ……その事ですか」

 港街の宿で今後の成り行きについて話をした時、悠介の方針? について一人、微妙な表情を見せていた事が気に掛かった悠介は、機会があればシャイードがあの時何を思ったのか訊ねてみようと思っていたのだ。

 シャイードは悠介のフォンクランクに対する忠誠心などについて、普段からあまり感じられないのは何時もの事だが、今回の事態やこれからの展望についても他人事のような雰囲気が気になったと答えた。

「闇神隊、ユースケ隊長はこれまでの功績や姫様との親密さから考えても、国の進むべき指針に大きく係わる立場にある」

 邪神という存在としての観点から見ても、邪神について詳しい事は分からないが敵対した勢力は尽く自滅ないし崩壊している。
 悠介を取り込もうと動いたガゼッタやノスセンテスの場合『味方する』と明言したガゼッタは歴史の表舞台に現れ、工作部隊を送り込んだ神議会、ノスセンテスは、その長い歴史を閉じる事となった。
 建国されて五千年とも六千年とも言われる古い大国が、殆ど一夜で消え去ったのだ。

「大きな力と実績を持ち、権力とコネで高い発言力もある。なのに国政に係わろうともしない」
「邪神の云々はともかくとして……他は立場上、偶々そういう状態にあるってだけだからなぁ」

「力ある者、得た者は、その力を使う義務と責任があると私は思う」

 何かを成し得る能力を持ちながらソレを使わないのは『使わない』という行動を選ぶ相応の理由があるならば、それは義務を果たしていると言えるが、ただ使う気が無いというダケであれば、それは義務と責任を放棄した怠惰な選択だと、シャイードは語る。

「使われてこそ力、力は使う為にある。そして力を持つ者は、その力で成すべき事を背負って生まれて来る。私の持論ですが」
「シャイードは、俺に官僚でもやらせたいのか?」

「寧ろ、支配者になって頂きたいくらいですね」
「……危なく無いか? その考え」

 悠介の真剣な問いに、シャイードは『私的な幻想ですよ』と自嘲とも取れる控え目な笑みを返した。






 闇神隊が帰還して三日目。サンクアディエットでは今日までに摘発されたノスセンテスシンパのうち、裏が取れて処分が決まった者の異動や刑の申し渡し、執行等で司法関係者はてんてこ舞い状態だった。

 投獄されていたヴォーメストは処刑、身体に重度の障害を残した元火の団団員の二人には無技人の清掃員に混じって街での労働奉仕、所謂強制労働が言い渡されている。ラサナーシャの上司にあたる伯爵もヴォーメストが処刑される前日に刑が執行されていた。

「流石に、これだけ短期間で大勢の処分がされたのは、父様の代では初めてじゃろうな」
「何せ歴史ある大国が滅亡してしまったのですから、周辺国への影響も大きくなります」

「まっこと、怖ろしい力よなぁ」
「……俺を見ながら言うな」

 ノスセンテスを滅ぼしたのはガゼッタを支配するシンハだと、自分の邪神属性は棚にあげて抗議する悠介。実際、こうも立て続けに『邪神』を敵に回した者が消えて行く様を目の当たりにしてしまっては、そういう力が働いていると考えられても仕方が無い。
 ヴォレットは初めて悠介と出会った時の自分の言葉が、あながち間違ってなかったのではと首を振った。

「うーぶるぶる」
「お前な」

 宮殿の皆が忙しく動き回っており、悠介もギミック製品開発という半分趣味の遊びにノンビリ興じている場合ではないと、ゴーカート作りを自重して薬品開発の方に力を入れている為、おもちゃが増えなくて不満気なヴォレットは悠介で遊んでいるのだ。

「それで? 今日はまた官僚共が集まってやいやい言っておったが、まだ誰か処分されるのか?」
「今日の審議対象は――」

 薬のカスタマイズに勤しむ悠介に間接的なちょっかいを出しながら宮殿内の動き、ノスセンテスに関する事後処理についてクレイヴォルに訪ねるヴォレット。
 ちょっかいを出されながらも、それが良い合間の息抜きになっている悠介は、クレイヴォルが告げた名前に作業の手を止めた。


「ラサナーシャ達の処分?」
「ふむ……あの唱姫とユースケが連れ帰った工作員の女、それに無表情な子供じゃな」

 ブルガーデンから引き渡された神議会関係者とノスセンテス騎士団、解散させられた特詮隊からは、思想的、能力的に使える人材を拾い上げて確保している。
 ラサナーシャやラーザッシア、エルフョナは其々の持つ能力はともかく、立場的に問題があった。

 例えばラーザッシアの場合、彼女は殆どパトルティアノーストでしか活動していなかったとはいえ、多くの宮殿関係者やフォンクランクの豪商に顔を知られているし、彼等の人に知られたくない秘密を知っている。
 彼女を利用しようと企む者、彼女に居られると困る者、はたまた彼女に未練を持つ者達がその内心を隠しつつ、処分について意見を戦わせているので、収拾がつかないのだそうだ。
 処刑は重過ぎるし、追放は秘密が漏れる事を考えれば論外。暗殺児教育で情操の育っていないエルフョナも含め、信用できる人間に預けて管理させるのが一番かという結論にまでは至っているのだが、誰が誰を預かるのかという部分で揉めているのだとか。

「エルフョナは……やっぱ先生のとこかなぁ」
「ふむ、やはりユースケもそう思うか」

 元宮殿上層の関係者としても、人としても信頼できる点では問題なく、ベルーシャという前科もとい前例があるので、暗殺者という特異な環境に身を置いていた者の扱いにも長けていると考えられる。

「それでは、その方向で話を進めようと思います」
「まあ、爺の名を出せば反対できる輩はおらんじゃろう」

「後はラサナーシャとラーザッシアか」
「ラーザッシアという娘の処分については話が拗れているが、唱姫(ラサナーシャ)の処分については概ね決まっている」

 クレイヴォルの話によれば、ラサナーシャにはこれまでの唱姫としての功績と、今後ノスセンテスの関係者洗い出しに協力する事で恩赦が与えられる事になっている。彼女を信望する宮殿関係者からの嘆願書もあったそうだ。
 無罪放免にする事は国の威信、権威に関わるので出来ない。なんらかの罰を与えなくてはならない。相応の罰が与えられた事を民に示す必要もある。

 そんな訳で、国から援助が受けられる立場にありながら国を裏切っていた事は許されざる行為としての罰は与えられるのだが、その内容が極刑ではなく、なるべく穏便なものとして『打ち尻の刑』が挙げられていた。

「まあ、官僚達が考えたにしては妥当な所でしょう」
「うーん、しかしアレはなぁ……」

 気が乗らなそうなヴォレットに、最も穏便且つ、十分な罰が与えられたと民に示す事が出来る刑でもあると説得するクレイヴォル。そういう彼自身からも、歯切れの悪さからあまり気が進まないという内心が感じ取れる。

「それってどんな刑?」
「言葉通りじゃ。皆の前で尻を打つ刑なんじゃが――」


 断罪広場の刑台にて手足を枷で固定して四つん這いにされた受刑者は下半身を露出させられると、一番明るい正午から大勢の民衆に晒されながら執行人に尻を叩かれるという恥辱刑。

 型としてはとにかく無様に見せる事なので、執行人は受刑者の首の後ろ辺り、背中を足蹴にするように踏みつける格好で民衆に晒す尻がよく見えるようにしながら交互に叩く。

 執行されるまで受刑者の管理は執行人に任され、趣味の悪い執行人だと事前に大量の水を飲ませたりするなどして、刑の途中で失禁を誘発するよう仕向けたりもするそうな。
 貴族の娘などは羞恥のあまり途中で失神する者が殆どだが、舌を噛む場合もあるため、自殺防止に猿轡を噛ませる。

 受刑後は恥ずかしくて素顔を晒したままでは街も歩けなくなり、社会的な立場も唱姫としての名声も失うであろうが、特殊な性癖を持つ者はいくらでもいる。職を失うこともないでしょうというのが打ち尻の刑を提案した官僚達の意見だった。

 身体に傷も付かないし、苦痛も少ないだろうとは聞くものの、ヴォレット的には心に深い傷が残るのではないかと気にする。だが、通常ならよくて囚人を使った陵辱刑の後、処刑されてもおかしくない立場。彼女を使っていた伯爵には既に極刑が下されている。

「ふーむ、そんな刑もやるのか……」
「言っておくが、父様が国王の代で恥辱刑が行われた事は無いぞ? わらわが見たのは随分昔の事じゃ」

 先代の王は、というよりも王を取巻く女性達による鎬の削り合いによって、陰謀渦巻く宮殿内では度々『不義を働いた娘』が偶々(・・)何者かに目撃されたり、告発されたりという事があり、そういう者達は見せしめの恥辱刑に処せられていた。
 側室達の機嫌次第では使用人の娘が不義を働く所を偶々(・・)目撃される例も少なくなかったそうだ。エスヴォブス王が周りに妾的な女性を置かないのは、若い頃から宮殿内で彼女等を見てきた事が原因なのではないかという説もある。

「官僚共にしては妥当というがな、クレイヴォルよ、わらわには彼奴等があの唱姫を独占しようと企んでいるようにも思えるぞ?」
「まさか、流石にそれは穿ち過ぎなのでは……」

「なあ、刑が執行されたって事実さえあればいいんだな?」 

 ラサナーシャに科せられる刑罰の段取りについて二、三の質問を投げ掛けた悠介は、こんな事を口走った。

「なら執行人は俺がやる」
「んな!」



一話分に入りきらなかったので、事後処理の顛末は次話で。