55話:儚き蜜蜂の詩【後編】
特詮隊がラーザッシアと接触する少し前――
ノスセンテスの北東、森を通る狭い道程を護衛騎士団の馬車隊が駆け抜ける。
「ガゼッタ軍はまだ追って来ているか?」
「ハッ 神技の迎撃を恐れてか、距離を置いてますが、未だ追跡は諦めていないようです」
パトルティアノースト陥落の日から数日の間に、各地へ散らばる戦力を再集結させた彼等は正式なノスセンテス政府勢力の一団として、神議会と共にフォンクランクを目指し、ブルガーデン領を横断するルートを進んでいた。
途中、ガゼッタ軍の追撃隊に発見されて追跡を受けているが、ガゼッタは以前パウラの長城前で行われた一戦に干渉した事で、ブルガーデンから睨まれている筈だ。国境を越えてしまえば彼等も諦めるだろうと、ブルガーデンへの越境を急ぐ。
「前方に武装した人影多数! 軍旗確認、ブルガーデン正規軍です!」
「我々に停止命令を発しています!」
「救援要請を返せ、ガゼッタの追撃を受けていると伝えろ」
事前の通告無しに領土を横断する非礼は詫びつつ、今は非常時である事情を汲んでもらい、ブルガーデン軍の援護を受けてこのままフォンクランク領まで突っ切る予定でいたノスセンテス政府勢力は、救援要請に対するブルガーデン側からの返答に愕然とする。
「て、停止命令に応じない場合、攻撃すると言ってますが……」
「なんだって? 連中の指揮を執ってる奴は状況が見えていないのか」
神技人が支配する世界の転覆を狙う無技の国ガゼッタは、神技人国家共通の敵である筈だ。このままノスセンテスの領土が全てガゼッタに渡れば、カルツィオの勢力図は一気に塗り換わってしまう。
一時期は凄まじい勢いの発展をみせたとはいえ、ブルガーデンは大国と呼ぶにはまだまだの新興国。ノスセンテスという防波堤無しにガゼッタと国境を隣する事が如何に危険な事かは、素人にも分かる。
ノスセンテスの騎士団長はそう言って苛立ちを露わにするが、今の状況でブルガーデン軍とやりあう訳にも行かない。背後から迫るガゼッタの追撃隊を気にしつつも、神議会を乗せたノスセンテス政府勢力の馬車隊はブルガーデン軍の手前で全軍停車した。
すぐさま馬車の周囲を固めるノスセンテスの護衛騎士達と、彼等を半円形に包囲するブルガーデン精鋭団。そこへやって来たガゼッタの追跡隊は、何故かブルガーデン精鋭団と向かい合うようにノスセンテス政府勢力の馬車隊を包囲する。
当初、ノスセンテス政府勢力の騎士達は、自分達を中心にブルガーデンとガゼッタの両軍が睨み合っているのかと見ていたが、双方の代表が歩み出て一言二言、言葉を交わした様子に、最初から示し合わせていたような雰囲気を感じ取った。
そして、その推察は正しかった。
「武装解除っ?」
「まさか……ブルガーデンとガゼッタが組んでいたとは」
「信じられん……」
「いや、そもそも本当にあれはブルガーデンの精鋭団なのか?」
両軍と交戦してでもフォンクランク領まで突っ切るべきかという意見も囁かれたが、ここまで完全に包囲されてしまっては神議会を護りながらの突破は困難であるという判断から、一時ブルガーデン側による身柄の拘束を受け入れようという結論に至った。
神議会の中等神民議長等はブルガーデン軍の指揮官に遺憾の意を交えながら投降に応じる事を伝えると、ノスセンテスの統治者的立場にある者として相応の扱いを要求したのだが――
「貴殿達は一つ考え違いをしているようだ」
「……なんだと?」
神議会の待遇要求を突っぱねたブルガーデン軍の指揮官は、厳しい態度を崩さず言葉を続ける。
「我々は国家犯罪の首謀者を捕らえに来たのであって、交渉に来た訳ではない」
「それは、どういう意味か!」
「一軍の将風情が、立場も弁えておらんとは……」
「我等をノスセンテス神議会と知っての愚弄なれば、そなた等の女王へ直接抗議が行くモノと心得よ」
威丈高に言い放つ神議会の面々に対し、指揮官はリシャレウス女王直々の命令によって神議会の身柄拘束に乗り出して来た事を説明する。まさか女王の指示によるモノだとは思っていなかった神議会の議長達は『何故ブルガーデンの女王が我等を!』と混乱した様子で狼狽を見せた。
「一体何を考えておるのだ!」
「よもやガゼッタの王と何か裏取引があったのでは?」
「では、パウラまで御同行願う。我々の領内で暗躍した特詮隊の偽装工作について追求があるので、そのつもりで居られよ」
「……っ!」
フォンクランク衛士に変装してガゼッタの調査隊を急襲した特詮隊の極秘作戦に触れられ、神民議長達は表情を引き攣らせた。
ブルガーデン領内で活動する特詮隊の情報を得たリシャレウス女王は、彼等が一度ノスセンテスの政府勢力と合流する為に領外へ出るのを見計らって精鋭団を出動させ、再び領内にやって来る所を国境で待ち構えていたのだ。
情報を伝えたのはレイフョルドで、指示を出したのはエスヴォブス王だったりする。フォンクランク軍を騙ったノスセンテスの工作部隊を捕らえさせる事でブルガーデンに花を持たせて、フォンクランク国民のブルガーデンに対する不信と猜疑を取り除く狙い。
それによってブルガーデンとの親密さを深め、同時にガゼッタへの牽制とする。シンハ王からフォンクランクに伝えられた情報を直ちに選り分け、即日有効利用したエスヴォブス王の采配であった。
が、実はリシャレウス女王の所にはレイフョルドが伝えるよりも先に、ガゼッタの使者から同じ情報が届けられていた。
ヴォーメスト部隊に関する無技の村襲撃計画などの資料を書簡でフォンクランクに送る一方、ブルガーデンには直接使者を向かわせ、重要な情報を渡す見返りに捕獲したノスセンテス政府勢力から得た情報を優先的に流して貰うよう持ちかけていたのだ。
リシャレウスもその辺りは理解しており、シンハとエスヴォブス王、両方の顔を立てる立ち回りをした。ガゼッタ軍の動きに呼応して神議会を拘束、エスヴォブス王には情報提供の感謝と、拘束した神議会の引渡しで応える。
シンハが仕掛けたこの策は、早速その成果をもたらせた。
「闇神隊が狙われている?」
「ええ、どうやら特詮隊は既にフォンクランク領の港街に潜伏しているようでして――」
ノスセンテス政府勢力が拘束された際、神議会を護衛していた騎士達の中に、一刻も早くフォンクランクに伝えて欲しい事があると告発を訴えてきた者がいたという。
シンハは直ちにこの情報をフォンクランクへ伝えるよう指示を出した。ブルガーデンとガゼッタから恩を売る形で、ガゼッタはフォンクランクに自国、白族帝国の復国を認めさせる駆引きの一端として、ガゼッタとブルガーデン双方から緊急情報が送られた。
急報を受けたフォンクランクは、闇神隊を迎えに出ている馬車隊を追う形でヴォルアンス宮殿から救援の衛士団が緊急出撃し、風技の伝達でも危険を知らせるよう対応が取られる。
ブルガーデンとガゼッタから緊急情報が届いた事に、エスヴォブス王は内心で『今回はガゼッタの王に先手を取られたな……』と、シンハの狙いを読みきっていた。今後はガゼッタの動向だけでなく、ブルガーデンとの接近にも気を配らなくてはならない。
「しかし、闇神隊の方は間に合うだろうか」
王の私室から月鏡湖の方角を見やったエスヴォブス王は、次いで愛娘が登っているであろう区画門広場の展望塔に視線を向けた。
悠介は隊服その他に付与された様々な補助効果により、常に快適な生命維持環境に身を置いている。
睡眠も短い時間で十分な回復を得られる為、早めに横になって深夜に起き出し、夜明けまでの静かな時間にカスタマイズ能力の開発に勤しむのが毎日のサイクルであり、それは旅先にあっても変わりは無い。
この日、悠介はラサナーシャが体調を崩したという事で、効果の高い治癒薬の精製に力を注いでいた。ノスセンテスで質の良い素材を確保出来たお陰で『超回復剤』(悠介命名)の開発は順調に進んでいる。
「小腹が空いたな」
新陳代謝が良いせいか数時間も作業をこなせば、あまり身体を動かさずとも空腹を覚える。何か夜食になるモノを貰おうと部屋を出た悠介は、静まり返った深夜の宿内に何となく違和感があるような気がした。
「……今日は何時もより静かなのか」
闇神隊一行が宿泊している部屋の周辺には一般客を泊めておらず空き部屋が続いているが、それでも普段はフョンケやヴォーマル達の話し声なり、大使達の談笑なりが晩くまで聞かれていたモノだ。
「ラーザッシア達姉妹に配慮してるのかもな」
そう思い直した悠介は、厨房に向かおうかと廊下に踏み出した所で――
「たい……ちょ……う……」
「ぅおっ」
搾り出すような掠れた女の声が聞こえて足を停めた。暫らくその態勢で耳を澄ませていると、廊下の壁に並ぶ部屋の扉のうち、三つ程先にある扉の一つがギギギィと軋みを鳴らしながらゆっくりと開かれた。
「た……たい……ちょ……」
「っ! エイシャ?」
扉にしがみ付くような態勢でふらふらと現れたのは、寝衣姿のエイシャだった。膝をガクガクさせながら今にも倒れそうな様子の彼女に駆け寄った悠介は、身体を支えながら体調を気に掛ける。
「おいっ どうした、大丈夫か」
「か、からだが……なにかの……どくぶつ……」
「ちょっと待て、ゆっくり座って……コレ飲んでみ」
「んく……ん……」
青褪めた表情で手足を小刻みに震わせているエイシャをゆっくり座らせると、今し方出来上がったばかりの試作超回復剤を飲ませてみた。すると見る見る血色が良くなり、身体の震えも治まっていく。
「痺れ薬だって?」
「はい、恐らく水技で調整されたモノだと思います」
身体から痺れの取れたエイシャに事情を聞きながら、悠介は一度部屋に戻ってエイシャに飲ませた薬と同じものを複数持ち出すと、他の闇神隊メンバーや大使達の部屋を確認して回る。
エイシャはベッドで夜の読書中に身体の調子がおかしくなり始めた事に気付き、自らの水技で持って回復を試みたが全身に浸透した痺れには殆ど効果がなかった。
どうにか集中して腕だけ動かし、ベッド脇においてあった回復の指輪を装備して補助効果を得ると『隊長に知らせれば何とかなる』の一心で部屋を這い出して来たのだ。
「そっち側から順番に頼む」
「はい!」
人数分の薬瓶を渡し、エイシャと手分けして一部屋ずつ訪ねてみると、大使達も含めて皆同じ様に動けなくなっていた。
「っと、ここはイフョカの部屋か。 イフョカ、大丈夫か?」
「…………た……たい……ょ……たす……け……」
女性隊員の部屋に入る事を一瞬躊躇した悠介だったが、イフョカの助けを求める声にエイシャを待たず部屋へと踏み込む。イフョカは丁度これからベッドに入ろうかとしていた時に身体が痺れ始めたらしく、うつ伏せ状態で床に倒れていた。
その姿を認めた悠介はすぐさま駆け寄って抱き起こすと、特に怪我をしている様子も無い事に安堵の息を吐きながら超回復剤の瓶口をイフョカの唇にあてがう。
「ほれ、コレを飲めば治るぞ」
「……ぁ……ち……はず……か……」
部屋の明かりが消えていて暗かった為、悠介は気付かなかったが、イフョカは薄着の寝衣姿を見られたダケでも恥ずかしい気持ちに加えて、赤ん坊が哺乳を受けるような格好で腕に抱かれて薬を飲まされるという状況に、羞恥で顔を真っ赤にしていた。
一通り救助活動を済ませると、全員が悠介の部屋に集まって現状報告を行い、状況確認を始める。その中で、イフョカは身体が痺れている時にサンクアディエットから発せられたと思しき緊急連絡を、微かにだが捉えていた事を話した。
「闇神隊を狙うモノありか……」
「確かに、この事態は我々が狙われたと言える」
「身体の異常は痺れ薬で確定か?」
「ええ、効果と効きはじめの感覚からして、遅効性のモノかと思われます」
薬を風に乗せて対象に吸わせるような風技を使われた形跡は無いと、フョンケとイフョカが証言する。では何時接取したのかという話になり、各々が何時何処で何を口にしたのかを照らし合わせていく。
「あっしは夕食後、部屋に戻ってから何も口にしてやせんぜ」
「俺も自分で持ち込んだ酒くらいしか飲んでねーっすね」
「我々も……今夜は外で飲もうかという話をしている時に倒れたので」
「つまり、接取したのは夕食の時って事か」
夕食の調理を担当したのは、宿の料理人とラーザッシアだ。
「ラーザッシアが居ない?」
「はい、ラサナーシャさんはベッドで休んでいるのを確認しましたが……」
サンクアディエットからの緊急連絡は、特詮隊の工作部隊もどうにか把握出来る程度の精度でだが傍受していた。詳しい内容までは読み取れなかったものの闇神隊の警護を指示する伝達内容に、工作部隊は急遽作戦を変更。
先に港街の自警団組織を急襲して動きを封じる活動を行った彼等は、予定よりも少し遅れて闇神隊の襲撃に向かっていた。
「薬の効果はまだ続いているか?」
「問題ありません、アレは特別製ですからね」
朝まで身動き取れない筈ですよと答えた部下は『きちんと接取されていれば』と付け加えて、部隊の後ろをついて来る篭絡工作員と暗殺児に視線を向ける。
任務の完了報告に来たラーザッシアは明らかに様子がおかしかった。やはりパトルティアノースト陥落に乗じて脱走したつもりだったのであろう事と、闇神隊の者、篭絡対象に情が移っている事も考えられる。
篭絡工作員が篭絡対象に情を持ってしまった場合は、徹底的な教育を施す事で二度とそういう間違いを犯さないよう指導されるのだが、本拠を失ってしまった現状では適切な施設に送る事も出来ない。
『任務の後で我々が教育してやるか……』
部下達にも良い慰労になるだろうと、工作部隊の隊長はラーザッシアの今後の使い道について方針を定めた。
窓の明かりは幾つか灯っているが、普段と比べて静まり返った宿に裏口から侵入する工作部隊。
闇神隊一行が宿泊している一角には一般客もいないので、速やかに目的の部屋まで移動して暗殺を実行した後、適当に騒ぎを演出することでガゼッタ兵に変装した姿を一般客や野次馬に曝しつつ撤収するという作戦だ。
「この上だ。一斑は右、二班は左、残りは大使を始末して来い」
工作部隊が目的地の二階へと繋がる中央階段前広間に差し掛かった時だった。
「うわっ」
「な、なんだ!」
「床が……っ」
階段を上がろうと踏み出した先頭の者が、突然足元に開いた穴に消えた。思わず踏み止まった後続者も、何故か斜めに傾く床板に足を滑らせて落とし穴に落ちていく。この宿は普通の一般宿であり、事前の調査ではこんな仕掛けは無かった。
「ちっ 待ち伏せか……! 作戦失敗、直ちに撤退する」
構造物を自在に操ると噂に聞く闇神隊長の特異な神技を使った仕掛けである事は明白だ。次々と罠に嵌る部下達の救出を無事な者に指示しながら、工作部隊の隊長は後ろで立ち尽くしている篭絡工作員を振り返りざまに斬りつけた。
「きゃっ」
「……伊達に工作員はやっていないか」
その一閃は彼女の服を僅かばかり切り裂くに止まった。殆ど無意識に避けてその場に尻餅をついたラーザッシアは、驚きと戸惑いの表情で工作部隊の隊長を見上げる。
「ど、どうして……」
「裏切り者には死を、そう習わなかったか?」
「ちが……裏切ってなんて……!」
「問答無用」
黒く塗られた暗殺仕様のナイフが振り上げられ、その切っ先がラーザッシアに向けられる。基本的に命のやりとりなどは専門外であるラーザッシアは、工作部隊長の殺気に中てられて震え上がった。
ずるずると床を後退って逃れようとするラーザッシアだったが、工作部隊長は一歩踏み出しただけで獲物を射程内に収める。
「闇神隊には貴様の死体をくれてやるとしよう、精々可愛がって貰うのだな」
「い、いや……」
「俺は生きてる女性の方がいいな」
割って入るような雰囲気で響いた若い男の声と共に、工作部隊長の視界が引っ繰り返った。
「っ!」
上下逆さまになった視界の先、中央階段の上でこちらを指差しながら佇む黒服の男を認めた工作部隊長は、暗殺対象が出て来た事をチャンスと捉えて攻撃の指示を出そうと考えた。
瞬時に自身の体勢を把握し、足に縄などがついていない事を確認すると、身体を捻って両手両足で床に着地する。どんな仕掛けで空中に投げられたのか、或いはそういう系統の神技を使う者が居るのか、闇神隊長の周囲に目を配ろうとして――
「なにっ!」
彼の視界はまたもや逆さまになっていた。今度は対応出来ず、背中から床に打ち付けられる。が、次の瞬間、彼の視界には床が迫っていた。咄嗟に手足を伸ばして衝撃に備え、膝を打ちながらもまともに衝突する事は免れた。
と思ったら一瞬の浮遊感と共に、今度は天井が遠退いて行く。そして背中に衝撃。次の瞬間、床に向かって落ちていた。
『な、なんだこれは……っ 何が起きている! 俺は何をされているんだ』
その光景を、ラーザッシアは呆然と見つめていた。彼女だけではない。階段の上からカスタマイズ攻撃を行っている悠介の傍らに並ぶ闇神隊メンバーや大使達も、罠に囚われて動きを封じられた工作部隊の隊員達も、皆が呆然としながらも恐怖を覚える光景。
工作部隊長は天井から床に落下したと思ったらまた天井に現れて落下、床に落ちた瞬間にまた天井に現れて落下する。
悠介はカスタマイズで床板と天井板を入れ替える事で、延々と落下し続ける『エンドレスフォール』(悠介命名)なる攻撃を放っていた。ダンッ ダンッ ダンッ という規則正しい落下音が鳴り響き続ける。
この異様な光景は、ほんの数分の出来事だったのが、目撃した者達は数時間にも感じられた。
延々と落下させられ続けて目を回した工作部隊長は前後不覚状態でアッサリ御用となり、その部下達も『もはやこれまで』と観念したらしく揃って武器を捨てた。工作部隊全員の拘束が確認された丁度その時――
「ユースケは無事か!」
街道を約十二時間ほど馬をとっかえひっかえしながら、ぶっとうしで駆け抜けてきた衛士団が港街に到着。ヨレヨレながらも覇気を感じさせる勢いで宿に踏み込んで来たのだ。
「ようヒヴォディル、元気か」
「……君は実に元気そうだね」
衛士団を率いて来たのはヒヴォディルだった。前回のヴォーメスト捕獲等で経験を買われ、宮殿衛士の指揮で手柄が立てられるという事もあり、更に闇神隊に恩を売れる良い機会でもあるとして、上の者達も納得の理由で送り出した。
元々ヒヴォディル本人にそんな裏心は無かったのだが、ここまで見事に事態の決着済みをつき付けられると、苦労して強行軍でやって来ただけに拗ねたくもなる。
「拗ねるなよぅ」
「す、拗ねてなどいないっ」
闇神隊長に宥められている臨時衛士団長殿を見て和む団員達。何時もの『闇神隊の空気』が場を満たす。一連の流れにより、神議会、ノスセンテスの残党による陰謀は阻止されたのだった。
「大丈夫か?」
「あ……」
悠介は座り込んでいるラーザッシアの前にしゃがんで手を差し伸べた。
「わ、私……」
「とりあえずさ……話は後で聞くから、今日はもう休んだ方がいい」
痺れ薬を盛ったのは彼女であるという結論はもう出ている。工作部隊長の言葉から察するに、ラーザッシアはこういう仕事に就いていたらしい事は分かった。
ラサナーシャが妹の仕事について何処まで知っているのかという問題もあるが、ラーザッシアの事は帰ってから決めようという話で闇神隊の中では一先ず決着が付いている。
「シア」
そこへ、眠り薬の効果が切れて目を覚ましたラサナーシャが起き出して来た。全員の目がそちらに向けられ、気を取られた瞬間、音も無く広間に入り込んで来る小さな影。その存在に気付いたのは、床にペタン座りしていたラーザッシアだけだった。
毒蜂のコードネームを授けられる予定の小さな女の子が、ストローの様な筒状の細い管を自らの口にあてがう。
「ユースケ!」
管が向けられている先を確認したラーザッシアが床を蹴る。悠介に向かって放たれたエルフョナの特殊な毒針は、身を挺して庇ったラーザッシアに突き刺さった。
「なっ」
「シア!」
突然射線に入られて目標を仕留め損ねたエルフョナは、きょとんしている所を直ぐに衛士達の手で取り押さえられた。
「おい、ラーザッシア? 大丈夫か?」
「あ……ぐっ うああああああっ」
「いかん、身体を抑えろ! 早く針を抜くんだ」
針の刺さった胸元を掻き毟るように押さえて苦しみもがくラーザッシアの様子に、毒の症状だと見て取ったシャイードが珍しく声を荒げて指示を出す。直ぐに治癒系水技の使い手であるエイシャとラサナーシャも駆け寄って治癒を試みた。
「シア! シア! しっかりしてっ」
「なによこの針っ どうなってるの!」
胸元に刺さった針は何故か引いても抜けず、それどころかどんどん身体の中に入り込もうとする。
「はっはっはっ その針は絶対に抜けんよ、刺さったら終わりだ」
返しの付いた特殊な毒針だと、拘束されている工作部隊の隊長が勝ち誇ったように言い放つ。闇神隊長を仕留め損ねたのは残念だが、裏切り者で且つ、自分をいいようにあしらってくれた闇神隊長への意趣返しになるなら悪く無いと歪んだ笑みを浮かべる。
針の外側に塗られている毒が筋肉の伸縮を誘発し、針はどんどん体内に入り込む。半分ほど入った所で針の内側に仕込まれた猛毒が放たれる仕組みだ。全身を醜く腐らせる腐毒で、死に至るまで地獄の苦しみを味わう事になる。
無理に引き抜こうとすれば、肉に食い込んでいる返し部分が折れて中の毒がぶちまけられてしまう。
「我々を裏切った報いだな! 精々苦しむがっ――」
「うるせぇんだよ屑野郎」
嘲るような笑い声を上げる工作部隊長を殴り倒して黙らせたフョンケが、手をぶらぶらさせながら『胸糞わりぃ』と吐き捨てた。
必死で治癒を施すラサナーシャとエイシャ。針はジリジリとラーザッシアの体内にめり込んでいく。刺さっている箇所の肌は紫色に変色し始めていた。既にもがく力も尽きたのか、ラーザッシアはぐったりとして動かない。
絶望感が広がり始めた広間に、部屋まで薬を取りに戻っていた悠介が階段を駆け下りて来る。
「隊長! このままじゃあ」
「分かってる」
針に手を掛けようとする悠介の腕を、ラーザッシアが手が縋るように掴んだ。
「こ……ころ……して」
「やなこった」
楽にして欲しいという死の懇願を拒否した悠介は、針をカスタマイズして返しの突起部分を消す。あっさり引き抜かれる針。毒針は布で厳重に包んで持ち帰る事になる。
頬に痣をつけて『はあ?』という表情を浮かべている工作部隊長を尻目に、悠介は特別な薬を取り出した。
「臨床試験になっちまうけど、これなら何とかなる筈だ」
一つだけ試作しておいた治癒補助薬がベースの回復特効薬を飲ませて、治癒役の二人に傷周りの治癒を頼む。この特効薬は補助薬の浸透性に加えて水技の治癒効果を増幅し、薬自体にも治癒効果がある。
紫色に変色していた部分は元の瑞々しい肌色に戻り、土気色気味になっていた顔にも赤みが差して来た。毒の症状は落ち着いたようだが、体力の消耗が激しく、ラーザッシアは気を失うように眠りについたのだった。
「ふう……もう大丈夫っぽいな、二人ともお疲れ」
「良かった……流石隊長です、凄い効き目でしたね」
「ユースケ様……」
必死に治癒を頑張ってくれた二人を労った悠介は、眠るラーザッシアの前髪を何時ぞやのようにそっと撫でる。
「とりあえず、今はおやすみ」