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本編
53話:儚き蜜蜂の詩【前編】




 神議会が組上げたフォンクランクとガゼッタを争わせる謀とは、闇神隊と大使一行をガゼッタ軍に偽装した特詮隊の工作部隊に襲撃させる事で、両国の確執を決定的なモノにするという割と単純な策略だ。

 相手はブルガーデンの精鋭団やガゼッタの騎兵団を尽く退けたフォンクランクの最強部隊たる闇神隊。如何な百戦錬磨の実力を持つ特詮隊と言えど、まともに戦えば太刀打ち出来まいと予想される。
 そこで現在、闇神隊と行動を共にしている要人篭絡工作員である『ミツバチ』ラーザッシアを使う。彼女は暗殺術の能力こそ期待出来ないものの、薬の扱いに長けている。襲撃の僅かな時間、闇神隊の動きを封じてくれれば良いのだ。

 ヴォーメストの部隊が壊滅していなければ彼等を動かしていた所だが、今回の作戦においてヴォーメスト部隊の壊滅は返って有利な要素ともなりうる。
 例え捕虜となっている彼がノスセンテスの策略に言及していたとしても、この状況下でノスセンテスから新たな工作部隊が送り込まれるとは思うまい。神議会はそう読んだ。
 フォンクランクとガゼッタが衝突する舞台を作り、自分達はフォンクランクに亡命政府を立てる。という計画だ。

「蛮族どもが如何に武力で我等を凌駕しようと、英知に勝る力は無い事を思い知らせてやろう」


 特詮隊が先回りして港街に潜伏しようと月鏡湖を渡っている頃、闇神隊一行はトレントリエッタ領の半島にて、一夜を明かす野営の準備を進めていた。

 北と南に伸びる森を西側に、辺り一面荒野では無いが何もない未開拓の平地が広がっている。そんな風景の一部に光の粒が舞消えると、庭、屋上付き一戸建て十一部屋、厩舎付き車庫完備の宿泊小屋が出現した。

「今日はイフョカが料理担当だっけ?」
「は、はい、ノスセンテスで買い込んだ調味料がありますから……美味しい食事になるよう、頑張ります」

「ほほう、それは楽しみですな」
「あ~腹減ったぜー」

 早速中で休もうかとぞろぞろ建物に入って行く闇神隊メンバーに大使一行。『どっから出した!』といった雰囲気で暫し呆然としていたラサナーシャとラーザッシア姉妹に御者役のノスセンテス騎士の三人は、我に返ると慌てて後に続く。

『ねえ、ユースケって本当に何者なのよ? こんな神技、聞いた事もないわよ?』
『私も……あまり詳しい事は伺った事が無いので』

 ヒソヒソと言葉を交わし合う二人は、傍から見ると本当に仲の良い姉妹に見えた。




 深夜――

 皆が寝静まろうかという頃、外の空気を吸いに屋上(と言っても二階だが)へ上がって来た悠介は、そこにラーザッシアの姿を見つけた。星を見上げながらボンヤリした様子の彼女は、何か考え事をしているように見える。

 普段のラーザッシアなら、接近する人の気配に気付かない等という事は無かったのだが、今の彼女は見た目通りボンヤリと考え事をしていた。思いがけずパトルティアノーストという狭くて巨大な囲いの外へと出る機会を得た事で、今まで考えもしなかった『自由』について想いをめぐらせる。
 このままノスセンテスを離れ、仕事の事も忘れて普通に暮らす自分の姿を想像してみるが、簡単なようで中々上手く思い浮かべる事が出来なかった。

 ここまでの道中で交わした他愛無い会話。夕食の席で行う談笑。何れの場面でも常に周囲の動きを把握し、警戒を怠らず、接取物には何かを混入される事がないか気を張り巡らせ、同時に混入の機会も窺って普段から自分の技と感性を磨く。
 身に染み付いた工作員としての在り方、生き方だった。 

「普通って、どんななんだろう……」
「具体的には?」

「ん、だから普通の人の生活―― って! うひゃああああっ」

 何気無く零れた呟きに質問を返され、流されるように返答しかけて我に返ったラーザッシアは、何時の間にか直ぐ傍にいた悠介の姿に飛び上がって驚いた。

「あ、アンタ何時の間に私の背後に!」
「いや、ついさっき。何かボンヤリしてる感じだったから声掛けちゃ悪いなと思って」

 静かにそっと近付いてみたよ等と答える悠介に、ラーザッシアは思わずツッコミを入れる。

「それワザとでしょ!」
「うん」

 しれっと肯定されて二の句が継げず、口をパクパクさせているラーザッシアの隣に並んだ悠介は、呆れたような戸惑ったような表情で固まっている彼女に、笑いかけながら言った。

「その方がいい」
「……なにが?」

「自然なほうがいいよ」

 ハッと表情を強張らせるラーザッシア。対象(ターゲット)に指摘されて自分が演技を忘れていた事に気付くなど、気が抜けているにも程があると内心で自身を叱責した。そうして、何故だか羞恥の感情が湧きあがり、顔が熱くなっていく。

『な、なにコレ……なんでこんな』

 感情のコントロールが利かず、焦れば焦るほど赤面が止まらない。ラーザッシアにとって、こんな事態は初めて閨房術(けいぼうじゅつ)を仕込まれた時以来だった。

「はっはっはっ やっと本来の君が見られたという事で、今日はこれでおやすみ」
「へ? え?」 

 慌てるラーザッシアに『早く寝ろよー』と気さくな雰囲気で声を掛けた悠介は、僅かな光の粒を残して唐突に姿を消した。カスタマイズを使った建物の部分入れ替えによる移動術。範囲限定の条件付きだが、実質、瞬間移動である。

「な……なんなのよ……」

 演技がバレた事に対してなのか、素の自分を見られた事に対してなのか、原因不明の羞恥心は理解不能な神技を見せ付けられた事で落ち着いた。
 ここから先、ラサナーシャとの血縁を偽ること以外は演技無しでこの集団と行動を共に出来る事に、ラーザッシアはなんだか気持ちが軽くなったような気がするのだった。




 明けて翌朝。皆が顔を合わせる食事の席にて。

「ラサ姉は胸の割りに身体が細過ぎるから、もうちょっと食べたほうがいいんじゃないの?」
「そ、そうかしら……?」

「ユースケもそう思うわよね?」
「そこで俺に聞くなっ」

 昨日までと変りない状況の中、一つだけ昨日までと違った空気が流れていた。それは決して悪いモノではなく、寧ろ良い傾向に感じられる変化と捉えられたのだが、『何故?』という疑惑にも似た疑問の視線が某黒い人にチラチラと向けられている。

「……たいちょー」
「何かな? フョンケ」

「なんかシアちゃんの雰囲気が違うんですけど」
「そうだな」

 黙々と食事を進める悠介はフョンケの疑問にそう惚けて見せつつ、ちらりとエイシャに視線を送る。
 何時もはフョンケの軽口などに睨みを利かせているエイシャだが、今回は追及しても良しと判断したのか表面上は知らん振りを決め込みつつ、聞き耳を立てている。その為か、追求の手は意外な所からも伸ばされた。

「あの……隊長」
「何かね? イフョカ」

「昨日の夜、暫らく部屋に……居ませんでしたよね……?」

 珍しく自分からこういった内容の話に参加する内気な緑髪の闇神隊女性衛士に、ぎょっとした表情を向けるフョンケ。『イフョカが動いた……!』とか変な驚き方をしているヴォーマルが呟く。悠介もちょっと驚き気味になりながら普段のノリで返した。

「もしかして……いつも俺の気配を追ってるとか?」
「えっ? いえ! わた私はっ べ、別にそんな訳ではっ ラーザッシアさんも、出歩いてたみたいだったので……その」

 悠介の切り返しにあっさり撃墜されてワタワタし始めるイフョカの横合いから、今のは聞き捨てならないとばかりにフョンケが追求を始める。

「ターイチョー」
「なんだよ」

「つまり、昨夜はシアちゃんと一緒だったと?」
「ちょっと間な」

 ざわり……と大使一行や同行するノスセンテス騎士も含めた微妙なざわめきが朝の食卓を横切る。
 『これもすっかり何時ものノリになったなぁ』と何処か達観した様子の悠介は、食卓を囲む部屋に漂う微妙な空気を払拭すべく、ラーザッシアの変化について簡単に説明した。

「屋上でっ! 星を見ながらっ! なんと大胆な……今度やってみよう」

「やかましわっ」
「無理に曲解しなさんな!」

 悠介とエイシャにダブルツッコミを叩き込まれて沈むフョンケ。姦しくも穏かな一時(ひととき)、普段は堅苦しい宮中の作法に縛られている大使達や、周りが全員外国人なので少なからず窮屈な思いをしているノスセンテスの騎士も幾分気持ちが和らいだ。
 話題の中心であるラーザッシア本人は、そんな闇神隊の温かい雰囲気に心地良さを感じ始めていた。


 その後の道中も順調に進み、半島の最北端には三日目の夜に到着。港街へ迎えの舟を寄越すよう要請して湖畔で一泊する。釣りが出来たので食卓には魚料理が上がり、ここまで一緒に旅をして来た騎士とのささやかなお別れ会も催された。

「では、帰国の道中、お気をつけて」
「そっちも大変な状況だけど、達者でな」

 彼は本隊(なかま)と合流する為、ノスセンテスの北西部へと向かうそうだ。そうして、パトルティアノーストを脱出してから四日目となる翌日の朝。馬車で去って行く騎士を見送り、悠介達一行は迎えに来た三艘の舟に分乗すると、港街に向けて月鏡湖を渡る。

「ラーザッシアは舟に乗るの初めてなのか?」
「う、うん……あっ 魚! ホントに泳いでる」

 舟の縁にしがみ付いて恐る恐るといった様子で湖面を覗き込んでいたラーザッシアは、泳いでいる魚が見えた事に子供のような反応を見せた。十数年来パトルティアノーストから出た事のなかった彼女にとって、知識でしか知らない()は本当に未知の世界なのだ。

 悠介はそんな何処か子供っぽい雰囲気のラーザッシアに対して『これが本来の彼女の姿なんだろうなぁ』と微笑ましく見ていたが、本当の意味での事情を知るラサナーシャは、彼女の在り方を不憫に感じていた。




「ここが……フォンクランクの港街」

 見上げれば石の天井ではなく、常に大きな空が何処までも広がる『外の街』。暫しその景観に見惚れるラーザッシア。
 活気溢れる港街の雰囲気に圧倒されるように呟いた彼女は、やはり知識として知っている本の情報とは違うと改めて実感した。実際にその場に立つ事で肌に感じられる風の感触、行き交う人々の流れは街の鼓動を思わせ、まるで街全体が巨大な生物のようだ。

 昼頃に港街へ到着した一行は、以前にも泊まった湖沿いの宿に部屋を借りてサンクアディエットに帰国の知らせを行い、ノスセンテスでの出来事に関して連絡を取り合っていた。迎えの馬車隊が到着するまでは暫し港街で一休み出来る。
 本国に帰って来られて、ようやく人心地付けた様子の大使達は、行きも帰りもしっかり護衛役を果たしてくれた闇神隊を労った。

「ここまで来ればもう安全だとは思いやすが、あっし等が出発した後で一騒動あったようですからね」
「サンクアディエットに着くまでは気を緩めないほうがいい」

「だな。つーことで、御三方も一応宮殿に着くまでは気を緩めないで下さい」
「ふむ……確かに、君たちの言うとおりだな」

 ヴォーマルとシャイードの弁に頷いた悠介は大使達に気を引き締めるよう促し、彼等もそれに同意した。


「うおーーっ シャーリーちゃんヴォーヌちゃん今行くぜーー!」

 約一名、風技の使い手で気を緩め捲っている闇神隊衛士が港街の通りを駆け抜けて行く姿も見られたが、悠介達と大使達は意図的に見なかった事にした。彼は彼なりにそっち方面からの情報を仕入れてくるので、割かし公然と黙認されていたりする。



 姉妹にあてがわれた部屋で、『姉』のラサナーシャは窓から街並みを眺めている『妹』ラーザッシアに声を掛けた。

「シア、お買い物に行きましょう」
「え? なにか買うの?」

「あなたの着る服を」
「ああ……そっか、そうよね。うん、行こう」

 あの夜、混乱の中から殆ど着の身着のまま出て来たラーザッシアには、生活に必要な衣類などの荷物が無い。というか、彼女は初めから個人的な所有物をあまり持っていないのだ。任務の度に、必要な物は申請すれば支給されていた。

 街の店で自分の物を買う。そんな当たり前の事ですら、任務の中でしか経験が無い。何か気に入ったモノがあっても、次の任務で『別人』になる場合の邪魔になる為、特定のモノを所有する事は許されなかった。
 当然、給料のお金も所属する部署の経理担当官から、その時毎に必要分を貰って薬品の購入などに当てていたのだ。

「……この買い物って、経費とか出ないわよね……?」
「任務じゃありませんから、私の財布から出しておきますわ」

「お、お世話になるわね……」
「うふふっ 気にしないで下さい」


 港街の大通りに並ぶ露店を覗きながら、仲睦ましげに歩く美人姉妹。何せ素材は現役の唱姫と篭絡工作員である。二人と擦れ違う人々は老若男女問わず、誰もが振り返ってしまう。
 後日、この時の話を聞いたフョンケが『荷物持ちやりたかった!』と、早々に街唱の所へ出掛けた事を激しく後悔したそうな。






『――こちら西大通り前。例の工作員を見つけました――』
『――よし、接触はまだだ。感付かれないよう尾行して、ターゲットの配置を確認せよ――』



人物表の更新はもちょっと後で。




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