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52話:神議会の陰謀




 シンハ王による中枢塔制圧の広伝が響き渡ってから暫らく。深夜にも関わらず街の北側通用門には住民達が長蛇の列を作っていた。その様子を神義堂の中央に設置されている『神眼鏡(しんがんきょう)』という特殊な遠見の鏡で眺めているシンハ。

 古の邪神が造り出したとも謂われるこの神眼鏡は、どういう仕組みなのかパトルティアノーストとその周辺を上空から見下ろしたような風景が映っており、実際にその場にいる人間の動きなどもリアルタイムで映し出される。
 神議会の直接指揮によるノスセンテス騎士団の統制戦闘は、この神眼鏡の力あってこその戦術だったのだ。

 映し出せる範囲はパトルティアノーストを中心に馬車で約半日ほど進んだ距離までであり、森の中まで見通す事は出来ない。ノスセンテス騎士団が森に入ると極端に弱くなる理由でもあった。


 現在、街を制圧しているガゼッタの部隊は、中枢塔を急襲した潜入部隊に城塞門から入って来た騎兵団、街に潜伏していた密偵達を含めても八百人前後と少ない為、パトルティアノースト全体を占領する為の大部隊がガゼッタから向かって来ている。
 無技人国家の占領下では、神技人がどんな扱いをされるか分からないという事で、住民達はガゼッタの占領軍が到着するまえに近くの街へと避難を始めたのだ。

 ガゼッタ軍は中枢塔付近に布陣してノスセンテスの騎士団に睨みを利かせているので、住民達の脱出を抑える為に人数を割くことは出来ず、また占領後の事を考えると住民とのトラブルという厄介事が減らせる為、抑える気も無かった。
 結果として制圧後の混乱は最小限に止められたのだが、避難する住民達に混じって神議会メンバーの中等神民議長以下、ノスセンテスの中枢を担っていた重要人物をごっそり取り逃がしてしまうという失策もやらかしていた。

「神議会で身柄を押さえられたのは高等神民議長だけか……」
「脱出した神議会関係者に他国で亡命政府を立てられると厄介ですな」

 ノスセンテスの他に四大神信仰を軸にしている大国といえばフォンクランクが筆頭だ。トレントリエッタはガゼッタと事を構えるだけの国力は無く、ブルガーデンは四大神信仰を軸にしているものの、等民制の否定を謳っているので神議会を受け入れる筈もない。

「闇神隊の行方はどうなってる?」
「残念ながら、その後の足取りは掴めませんでした」

 パトルティアノーストの住民達とは別ルートでフォンクランク大使達と共に脱出した事までは確認出来ている。
 一般居住区の馬車乗り場から街の中を北東防壁に向けて一直線に不自然な穴が開いていたそうな。防壁自体に穴は無かったのだが、複数の足跡と馬車の車輪跡が防壁の手前まで続いており、それはそのまま壁の外側に抜けていた。

「くく……ユースケの仕業だな」

 馬車で脱出されたとなればもう追いつけまいと、シンハは悠介の身柄確保は諦めた。

「まあ、一応そっちの捜索隊も出しておけ」
「ハッ」

「シン坊は相変わらず大雑把じゃのう」
「……婆さん、自分の仕事は済んだのか?」

 中枢塔の跳ね橋まで下りて来て街の占領に向けた部隊指揮をしているシンハの所へ、塔の内部で調査を行っていたアユウカスがやって来る。幼少時の呼ばれ方をされて嫌そうにしているガゼッタの王に、アユウカスは『ほれ』と見つけ出した書類を差し出した。

「執務室も保管庫の位置も変っとらんかったから、直ぐ見つかったわ」
「ふん……やはり、フォンクランク領の襲撃騒ぎは神議会(やつら)が黒幕だったか」

「部隊編成指示に予算の許可書だけでは確固たる証拠にならんぞ?」
「分かっている。だが……これは使えるな」

 上手く立ち回れば、当面の間はフォンクランクの動きを封じて白族帝国復興の地固めに集中出来そうだと、シンハは取り逃がしたノスセンテス神民議長達を利用する策を考える。

「まずはリシャの所へ使者を出す。逃げた神民議長共には別働隊を組織して追跡させろ」

 嘗ての王城を取り戻した白族の末裔たるガゼッタの王は、帝国の復活に向けて動き始めた。






「もうすぐ森に入ります、ここからは別行動となりますが、馬車はそのまま使って構いません」
「そっか、ここまでありがとう。助かったよ」
「いえ、我々こそ脱出する事ができたのは貴方達のお陰です」
「お互い様ってとこか」

 闇神隊と大使一行に、ノスセンテスの騎士団一個小隊はパトルティアノーストの北東に広がる森の前で別れを告げる。

 ガゼッタ軍が西側防壁に攻撃を開始した頃、宮廷区へ戻った悠介は騎士団となにやら揉めている部下達を見つけ、双方に事情を聞いてみたところ、イフョカが中枢塔のある方角に複数、無技の戦士の気配を感じ取ったらしく、しかしその事を明かす訳にもいかず、闇神隊の護衛兼監視役を担っている騎士達に中枢塔の様子について訊ねていたのだが、騎士達は自国の最高機密に属する施設に関して探りを入れられているように捉えてしまい、不敬を(たしな)めるような言動をした事にフョンケが噛み付いて問答が起きていた。

 悠介はとりあえず自分を含め部下達にもノスセンテスの内部を探るような意図はない事を伝えてその場を収めようとした。そこへ、中枢塔区画から応援を求める騎士が駆け込んで来た事で騒然となった所に、シンハの中枢塔制圧を告げる広伝が響き渡ったのだ。
 その場にいた者は皆一瞬、何が起きたのか分からない様子で呆然と佇んでいたが、晩餐会の会場から足早に戻って来た神議会の各神民議長やフォンクランク大使達の姿を見て我に返ると、慌しく動き始めた。

 要人を保護をして安全な場所へ脱出しなければという事で、悠介たち闇神隊は大使一行を連れて、神議会を護る騎士達と共にパトルティアノーストからの脱出を試みた。

 ガゼッタ軍が通りそうな通路を避けて居住区画に移動した一行はそこで馬車などを調達し、神議会は一般住民に偽装する事で難民に紛れ込み、同じく一般民に偽装した一部の護衛騎士と共に通用門から脱出。
 闇神隊と大使一行はノスセンテスまでやって来たルートを通ってフォンクランクへと脱出する為、調達した馬車に乗り込んで建物の中を派手に突っ切った。

 街の外まで最短距離を行けるよう、カスタマイズで壁をぶち抜いて道を作るという目立つ方法を選んだのは、ガゼッタ軍の目をこちらに引き付けて神議会の脱出を援護するという意味もあった。
 悠介が宙に何かを描くように指を彷徨わせ、『実行』という呟きと共に光の粒が舞ったと思ったら、いきなり前方の壁に大穴が開いて遠く防壁の外側にまで続く屋内トンネルが出現した時は、流石に騎士達も目を丸くしていた。


「あの……ユースケさん達だけで大丈夫なんですか? 森には魔獣もいるって聞いてるんですけど……」
「大丈夫だと思うよ? 来る時も問題なかったし、うちの部下達はあんなんでも一応優秀だから」

「ちょっ なんで俺を指しながらっ!」

 闇神隊と大使一行だけで森に入る事を心配してか、不安そうに訊ねるラーザッシアに、悠介はフョンケを指しながら微妙な言い回しで笑いを取って和ませつつ、安心させるように振舞う。

 屋内トンネル通過の際、難民の列に向かおうとしていたらしきラサナーシャとラーザッシア姉妹を見つけた悠介は、ラサナーシャもどうせ帰国するなら一緒に連れて帰ろうと声を掛けた。必然的に妹のラーザッシアも連れて行く事になったのだ。

 神議会と合流する為にノスセンテスの北西部へと向かう騎士団と別れ、闇神隊一行は森の中を北東に進み、隣国トレントリエッタ領の国境を越えて上陸地点の半島部分まで北上した後、フォンクランクの港街へ迎えの舟を寄越すよう風技の伝達を飛ばす予定だ。
 ちなみに、馬車は半島で乗り捨てる事になるので気兼ねしないようにと、御者役の騎士が一人同行している。

 深夜の森中を移動するのは何かと危険を伴う為、森に少し入った辺りで地面の表面はそのままに、目立たない場所を入り口として、地中に馬車ごと隠せる空間を作った悠介は、そこで一夜を明かす事にした。

 只の洞穴に全員寝袋で雑魚寝でも十分と言える状況にも関わらず、しっかり個室まで作ってしまう凝り性は日本人の性か。
 闇神隊のメンバーや大使達は既に慣れたモノだが、同行する御者役の騎士やラサナーシャとラーザッシア姉妹は、悠介の特異過ぎる神技に驚きっぱなしであった。


 明日からの移動に備えて寝静まる地下宿泊施設内にて、同室となった偽姉妹は携帯用油木の僅かな明かりの下でヒソヒソと言葉を交わし合う。ラサナーシャはこのままフォンクランクに戻っても問題ないが、ラーザッシアには色々と問題がある。
 フォンクランクの『偉いさん』の中にも、何人か面識のある者が居たりするのだ。主に『ミツバチ』としての仕事の関係で。

「まいったわねー、まさかこんな事になるなんて……」

 闇神隊長の篭絡も何も、引き込み先の国が無くなってしまったのでは話にならないじゃないかと、ラーザッシアは上層部の体たらくぶりに愚痴をこぼす。尤も、今回は任務失敗の可能性が高かったので有耶無耶に出来そうな部分だけは期待していたりした。

「ラーザッシア様は、御家族とかいらっしゃらないのですか?」
「こんな仕事してる工作員にそんなの居るわけないでしょ、あと私の事はシアでいいわ」

 場合によってはこれから先、ずっと姉妹を演じ続けていく事になるのだ。一々使い分けていたら疲れてしまうわと、手をひらひらさせるラーザッシア。

「……ねえ、フォンクランクってどんな所?」
「え? ご存じないのですか?」

「知らない。私、パトルティアから出たことないもの」
「そうだったんですか……」

 隣街くらいなら子供の頃に行った事はあるが、孤児の中から使える人材として選び出されてからは、指定人物(ターゲット)を篭絡する為の技を仕込まれ、訓練と実践に明け暮れる日々。
 相手の理想像を完璧に演じる技を磨く裏で、本当の自分がどれなのか分からなくなって悩んだ時期もあった。ターゲットに本気になってしまい、後に死にたくなるような酷い目にあった事もある。
 色々な経験を積んできたラーザッシアだったが、彼女の活動の場はパトルティアノーストという巨大な囲いの中だけだ。

「知ってるケド知らない。そんな感じなのよ、私の知識って」

 仕事柄、色々な情報を吸収し、知識も学んでいる彼女だが、それらは全て他者の視点や経験から書き記されたモノが殆どだ。唯一、薬の調合は仕事と関係なく趣味で嗜むうちに実力を伸ばした。

「頭で分かっててもさ、実際に経験すると何か違ってたりするじゃない?」
「確かに、そういう事はありますね」

 やはり不安があるのか、やけに饒舌な印象を受けるラーザッシアに、話相手を務めるラサナーシャは親身になって相槌をうつ。本来は上司と部下の関係にある二人だったが、『今だけは』と本当の姉妹のような雰囲気で語り合うのだった。

「ラサ」
「はい?」

「ありがとね」
「いいえ……」






 パトルティアノーストから脱出したノスセンテスの政府勢力こと神議会は、難民の列から離れて湖沿いを行く北側街道の森に少し入った辺りで野営陣地を張ると、ブルガーデン方面から戻って来た特詮隊の工作部隊と連絡をつけて情報収集に勤しんでいた。
 集められた情報から現状の分析を行い、パトルティアノーストの奪回と巻き返しを図る為の策を練る。

「状況は芳しくありません。現在パトルティアノーストは約三千のガゼッタ軍に占領されており、住民の大半は――」
「住民の事などどうでもよい! 我々の戦力とガゼッタの動向、各国の動きを報告しろ」

 慣れない野営で満足に休息もとれなかったせいか、すこぶる機嫌の悪い様子の中等神民議長以下、神議会メンバーは、簡易作戦台の上に広げられた地図を前に指示と共に唾も飛ばす。

「フォンクランクにはこれと言った動きはありませんが、まだ情報を得て間もない為と思われます」

 ブルガーデンはガゼッタとの国境に神民兵団を展開している様子で、トレントリエッタは何時も通り沈黙しているとの報告がなされる。トレントリエッタに関しては全域を広大な樹海に覆われているという領土の性質上、難攻不落だが、それだけの国なので思考の外に置いた神議会メンバーは、フォンクランクの動向とガゼッタの今後の動きに注目する。

「闇神隊がこちらの手にあれば良かったのだが……」
「仕方あるまい、向こうの大使連れだったのだからな」
「フォンクランクには何らかの支援を求める声明を出すべきか」


 如何にフォンクランクを巻き込もうかと策を捏ね繰り回しては唸る神議会の面々に、『ミツバチ』が闇神隊と行動を共にしているという情報がもたらされたのは、パトルティアノーストが陥落して二日目の夕刻の事だった。

「これは、なんと都合の良い巡り合わせだ!」
「うむ、我等が事前に敷いておいた謀がこのような形で結ぶとはな」
「早速その工作員に働いて貰うとしよう」

 機運は我等に有りと普段の調子を取り戻した神議会のメンバーは、闇神隊と大使一行を利用したフォンクランクとガゼッタを争わせる謀を組み上げると、特詮隊の工作部隊に細かく指示を出し始める。

 この森に野営陣地を張ってから、ノスセンテスの騎士団は神議会を護衛する為に周囲の警戒や慣れない情報収集など、これまで通り黙々と任務をこなしていた。

 しかし、普段は目にする事も接する事も出来ない所謂『雲の上の人』である神議会を身近に見る事で、騎士達の心にある種の変化が訪れていた。騎士達はノスセンテスの中枢組織である神議会に対して、もっと神聖で威厳ある存在だと思っていた。
 的確な統制指揮。平等な等民制社会。豊富な精製知識。歴史あるノスセンテスを永劫導く古よりの指導者達。

 だがその実体は――

『……これでは只の謀略家集団ではないか……? いや、国家の運営に綺麗事ばかりでは……だが、しかし』

 神議会から直接指示される任務の殆どを、特詮隊のような日陰部隊が賜っている事実。今まで公にはされていなかったが、神議会が騎士団よりも特詮隊を重宝しているという噂は以前からあった。
 現状はそれを目の当たりにしてしまった騎士達が、みな内心で戸惑っているといった具合だ。

「では、そのように」
「うむ、失敗は許されんぞ」

 騎士達の戸惑いを余所に、新たな任務を賜った特詮隊の工作部隊は、対岸にあるフォンクランクの港街に向けて出発して行った。



予定通り進まない~~;;